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食べ物に罪はない、勿論彼女にも

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 人の数だけ趣味や思考が違うように、信仰する神様も、人やその土地によって変わってくる。

 特に、色んなモノに神様が宿っているようなこの世界じゃ、神話も宗教も星の数ほどあるわけで。そんな世の中だからか、もはや古くさいというか因習じみてるとしか言い様のない、神様に生け贄を捧げるとかいう儀式の類いも、当たり前のごとく健在しているわけで。

 その当事者になってしまった俺としては、とても迷惑この上なかったりする。




 朝っぱらからひっきりなしに村のみんなが出入りしては、俺の前に神子への供物と称して詫びの品を置いていく。

 みなしごの俺には到底口にすることすら叶わない、瑞々しい果物や肉の塊だったり。男の俺にはまさに豚に真珠といっても差し支えない、宝玉があつらえられた装飾品や絹の衣服だったり、様々だ。

 神子ってのは俺のことらしい。

 仰々しい言い方をしてはいるが、つまりは生け贄ってことだ、神様への。

 これが最期の晩餐というやつなんだろうな。あとは、少しでもこれらを着けて見栄えを良くしろってことか?

 どうせこれから死ぬのに余計なお世話だ。嫁に行くわけじゃないんだぞ? 悪かったな、村長の息子と違って平凡面でさ!

 髪の色も他のみんなと違って生まれたときから年寄りみたいに真っ白だし。目の色も血みたいに真っ赤だし。体よく化け物の子を生け贄として処分出来て、村には神様からの恩恵も貰えてまさに一石二鳥、万々歳だよなぁ?

 ……俺はれっきとした人間なのに。

 別にこの世に未練はない。

 毎日、朝から晩まで馬車馬のごとく働かされて、口に出来るものといえば、僅かな麦を水でかさまししたものだけで。正直、なんの楽しみもありゃしない。村のみんなから搾り取ったもので、贅沢三昧している村長一家と違って。

 ただ死にたくなかったから生きてただけだ。それ以外、何もない。

 まぁ、たった一つ懸命に守ってきた自分の命も、日が落ちればあっさり消えてしまうのだけれど。

 ……痛いのは嫌だなぁ。少しでも慈悲があるなら、一思いに殺って欲しい。

 噂では、生きたまま四肢をもがれて喰われるとか。双子の神様だから、仲良く真っ二つにして頭からかじられるとか。肉の欠片も、骨の一つも、髪の毛一本でさえも残らないだとか、心臓が凍りつくような内容ばかりだ。

 湧き上がる怒りと恐怖のせいだろう。気持ち悪くて、重っ苦しい。まるで、胃の中身を無理矢理ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたみたいに。

 こんな状態で、もうすぐ死ぬって状況で、いくら毎日空腹だからって。目の前に見たこともない豪勢な食事を用意されたからって、お腹が空くわけが……

 ふと、獣の唸り声のようなこもった低い音が、俺の腹から聞こえてくる。

「マジか……」

 俺の気持ちとは裏腹に、身体の方は至極正直なようだ。堪えることが出来なかったらしい。香ばしく焼けた肉の匂いに、色とりどりの果実から漏れる甘ったるい匂いに。

 そっと蔵の戸を開けて隙間から外を覗く。見えたのは、見張り役の男の人が数人立っているだけで、これ以上品を運んでくる人影はいなさそうだ。

 音を立てないように慎重に閉じてから、件の物達と向き合う。

 やっぱり、まずは肉からだよな! 冷めたら勿体無いし!

 早速、自分の顔よりも大きな骨付き肉を手に取り、かぶりつく。

 ……何だこれ、滅茶苦茶柔らかいんだけど。

 でかい獲物が取れたときに、くず肉を貰ったことがあったけど……噛みきれないわ、獣臭いわで食えたもんじゃなかったよなぁ。貴重なタンパク質だから、無理矢理飲み込んだけど……ぶっちゃけ虫のがよっぽど美味しいし。

 だから、肉なんてそんなもんかと思ってたけど……

 全っ然固くない、しかも何か甘い、肉なのに。噛む度に口の中に肉汁が溢れて、すぐに溶けてしまう。こんなに美味しいものを、じっくり味わわずに飲み込むなんて勿体無いのに。勝手に口が、喉が、動いてしまう。

 きっとアイツらは、ずっとこんなもんばっかり食ってたんだろうな……あー……ダメだ。奴等の顔を思い出したら、折角の食事が不味くなる。

 頭を振ってニタニタと見下してくる幻を、どうにか思考の外へと必死に追いやった。

 今は、目の前の食べ物のことだけに集中しよう。気を取り直して、ピンク色をした丸い果実に手を伸ばす。俺の掌くらいの大きさもあるそれに恐る恐るかぶりつくと、途端に果汁が溢れだしてボタボタと床に染みを作っていく。

「うっわ、勿体ない!」

 御神酒用の杯を手繰り寄せて、果実をその上に乗せた。小さいけど無いよりはマシだろう。多分。

 それにしても、すごい甘いなこれ。当たり前だけど、初めて口にするものばかりだ。あの黄緑色をした小さな果実の集まりも、黄色の細長い果実も甘いんだろうか。

 考えるだけで不思議と胸がドキドキする。こんな気持ちは初めてだ。

 これが楽しいってことなのかな?

 それからはもう夢中だった。頬張りきれない程の果実を頬張って、胃袋に入るだけ肉を詰め込んだ。




すっかりパンパンになってしまったお腹を撫でて、ごろりと木製の床に寝転がる。

「いくらお腹が空いてるからって、流石に全部は入りきらないよなぁ、やっぱ」

 うーん……勿体無い、スゴく勿体無い。

 でも、こんなに好きなだけ美味しいものを食べたのは生まれて初めてだ。

 川の水で物理的に満たしたことはあったけど、全然比べ物にならないな。お腹だけじゃなくて、何だか心も満たされた気がする。もしかして、こういう感じを幸せっていうんだろうか。

 村長一家のことは気に入らないけど、最期にこんないい思いをさせてもらったことだけは感謝しないとな。

 重くなってきた瞼を擦っていると、控え目なノックの後に妙齢の女性が入ってくる。見たことのない人だ。服装的に、村の人ってよりは寺院の人っぽいけど。

「お食事はお気に召されたでしょうか? 私は薫子と申します、よろしければお召し物のご準備をさせて頂きたいのですが」

 そう言って俺なんかの為に深々と、床に額を擦り付けるみたいに頭を下げた。この人も好きでやってる訳じゃないだろうに。それだけ生け贄ってのは重要視されてるんだろうな、この村じゃ。

 まあ、よっぽど神様を怒らせるようなことをしなければ、たった一人捧げるだけで百年は安定して暮らせるって話だから当然か。

「えっと、つまり着替えを手伝ってくれるってことでいいんだよな?」

「はい、左様でございます」

「じゃあ頼むわ。貰ったのはいいけど、こんな上等な服着たこともないから困ってたんだよ」

「かしこまりました。では、失礼致します」

 頭を下げた体勢のまま、身動き一つしなかった彼女がゆっくりと顔を上げる。真っ白な服を手に取ると俺のすぐ側で跪いた。

 彼女が着替えさせやすいように身につけていたぼろ切れ同然の服を脱ぐ。一応お清めという名目で、昨日散々滝の水を浴びせさせられていたから身体はそんなに汚れてはいないはずだ、多分。

 滑らかな肌触りの衣が滑るように俺の全身を包んでいく。装飾の施された紐で腰の辺りを結ばれて、さらに白い衣を重ねられる。緑色の宝玉であしらわれたものを首から下げられ、額には丸い飾りのついた紐を緩く結ばれた。

 作業中ずっと、彼女の口がボソボソと動いていたのが気になって耳をそばだてていると、延々と俺に対して謝罪しているのが分かった。聞こえるか聞こえないかの小さな声で、ごめんなさい、ごめんなさい、と。

 別に彼女が悪いわけじゃないのに。自分のことは棚において、可哀想だな……と漠然とそう思った。
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