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一話

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「————なんで魔法を使おうとしないのよっ! アイファ!!」

 王立魔法学院の中で貼り出されていた成績表。
 それにバン、と手をついて悲鳴じみた声をあげたのは、親友とも言える少女——メル・フェデリカであった。

「上から……わあ、五番目だ。私にしてはかなり成績良くない?」
「……話を逸らさないで、アイファ」

 親の仇でも見るように、睨め付けられる。
 別に私、悪い事なんて何もしてないのに。

「……魔法の実技さえ出来ていれば、アイファが間違いなく一位じゃない。これ」

 そうして私から視線を外し、メルはある場所へとその視線を動かした。
 向かった先は、私の成績表。

 それも、魔法実技0点という部分にだ。

 しかも、私の魔法実技が0点というのは今回に始まった話じゃなくて、かなり前から。
 お陰で、アイファ・エクタークは魔法がロクに使えないんだろうって噂されるようになっていた。

 メルが怒っているのは、それについて。
 私が実は魔法をちゃんと使えるって知ってる数少ない人だから、こうして怒ってる。
 ちゃんと使ってさえいれば、〝魔無し〟なんて陰口を叩かれる事もないだろうに、って。

 魔法が使えない魔力無し。
 だから、〝魔無し〟。

 単純明快で実に分かりやすいあだ名であった。

「そうかもね?」
「そうかもねって、貴女……」

 怒られようが、陰口を叩かれようが、ちっともこのスタンスを崩そうともしない私に呆れてか。
 殊更に深い溜息が聞こえてきた。

 そして、メルが大声を上げた事によってすっかり周囲の注目を集めてしまっていた。
 その事実を遅れて認識した私はすっかり居心地が悪くなってしまった場から退散すべく、足を動かす。

「ち、ちょっと! どこ行くのよ、アイファ!」

 とはいえ、メルは立ち去ろうとする私の後をついて来るようであった。

 ————〝魔無し〟のインチキ女。

 ぼそりと口にされ、確かに私に向けられていた陰口を聞こえないフリでやり過ごしながら、私はその場を後にした。


 †

 そしてやって来たのは魔法学院に位置する屋上。

 人の気配なんて全く感じられないこの場にて腰を下ろし、始業までの時間潰しをって思っていた私は後ろからついて来ていたメルに向けて、口を開く事にした。

「ねえ、メル」
「……なによ、アイファ」

 呆れてるようだった。
 でも、メルのその気持ちもよく分かる。
 それだけ馬鹿な事をしてるって自覚もあった。

 そして、五秒、十秒と逡巡を挟んだのち、やっぱり、メルにはちゃんと話しておこう。
 これ以上、何も知らないまま、心配を掛けるわけにはいかないし。

 そう決心をして、私は胸の内に仕舞い込んでいた秘事を打ち明ける事にした。

「メルにだから言うけど、私さ、ずーっと、ずっと昔に誓った事が、あるんだよね」

 魔法をなんで使わないのか。
 そんなやり取りをするようになって、もう一年くらい経つっけ。

 過去を思い返しながら、私は脈絡のない言葉を並べ立てる。

「滅多な事がない限り、魔法は使わないって。そう、誓ったんだ」

 それが傲慢であり、慢心であり、馬鹿で、アホで、どうしようもなく理解されない拘りであると自分でさえも理解して尚、私は愚直に貫いていた。

 誓ったから。

 そんな理由、一つの為だけに。

「ちかっ、た?」

 使えない制約とか、もしかするとあるのかもしれない。あれだけ叫んでたメルだけど、そんな予想をしていたのかもしれない。
 だから、そんな陳腐でありきたりな言葉を耳にして、素っ頓狂な声をあげていた。

「うん。誓ったの。それも、大事な人の前で誓った事だから。だから、違えたくはなくてさ」

 別に違えたからといって何か罰があるわけでもないけど、私は守っていたかったんだ。

 この誓いは、あの人、、、との、思い出でもあるから。こうしてずっと守ってる限り、あの人との思い出を忘れないでいられる気がしたから。

「……それって、誰の事なのよ、アイファ」

 私とメルは、家族ぐるみで付き合いがあった事もあり、16歳の今現在の時点でもう十年以上も付き合いがあった。
 だから、色々と隠し事もバレてしまってる。

 私が、魔法を使おうとしてないだけで、実は使える事とか。

「メルの知らない人だよ。……すっごい不器用で、すっごい優しくて。それでもって、私が初めて好きになった人、、、、、、、

 私の言葉にメルが驚いたのか。
 後ろから、息をのむ音が聞こえてきた。

 色恋になんててんで縁のなかった私の口から、そんな言葉が出てくるとは夢にも思わなかったのかもしれない。

 でも、いるんだなこれが。

 って心の中で言葉を返す今の私は、それなりにいい笑顔を浮かべていたと思う。

 メルにも会わせてあげたかったけど、私でさえも、もう会えない、、、、人だから、会わせてあげるとは口が裂けても言えなくて。

「だから、私は魔法を使わないんだ」

 風化してしまう事が怖かった。
 大切な****あの人との思い出が消えて無くなってしまう事が何より嫌で怖かった。

 魔法を使えるのに、使わない。
 なんて馬鹿な真似を私が貫いてる理由は、そんな理由からだった。

 今となっては、その誓いだけが、唯一の繋がりのようなものでもあったから。

「それにね。ここだけの話、私ってあんまり魔法の事が好きじゃないんだよね。だって、ほら、魔法ってさ、便利だけど危ないじゃん? 色んな事の火種になったりするから。そんな事もあって、私はあんまり好きになれないんだ」

 魔法を好き好んでるやつが、魔法を使わない。
 なんて誓いを溢す筈もない。
 だから、その感情は既にメルに気付かれていただろうけどあえて、口にしておく事にした。

「……でも、使わなきゃいけない時は、躊躇いなく使うよ。メルを助けた、あの時のように。それに、これは****あの人との約束でもあるから」

 メルがこうして私に付き纏う理由は、幼馴染であるから、という理由であるとは思う。

 ただ、きっとこうして節介を焼こうとする最たる理由は、幼少の頃に私がメルを魔法を使って助けた事があるからだ。

 助けたかったから、助けた。
 だから、魔法を使う事をあの時は躊躇う事をしなかった。

 ああ、うん。それでいい。
 魔法というものは、そういう時にのみ、使って然るべきだ。私自身がそう決めたのだから、それが正しい姿。だから後悔なんてどこにも無い。

 でも、私の中ではどこまでも、魔法とは特別でなくてはならなかった。私が私である限り、その感情だけは失っちゃいけなかったんだ。


 そして私は、始業までのすこしの間、あと僅かの時間だけメルに向かって語る事にした。
 暈しながら、少しだけ内容を変えながら、私がそんな誓いを溢すキッカケを作ってくれた過去の思い出を。


 私以外、荒唐無稽としか思えないであろう大事な、大事な————前世の話を。


 †

 それは、もう気が遠くなるほど昔の話。
 十年とか、二十年とか。
 そんなレベルじゃきかないくらいの過去————前世の、話。

「私、決めたんだ。魔法はもう、二度と使わないって」

 鈍色に染まった空の下。
 ざぁっ、と音を立てて吹かれる風と共に、私はそんな言葉を口にした。

 この世界では、随分と長く戦争が行われていた。悪意が猛威を振るい、荒れ狂う世界。終わりの見えない戦争ってやつは、何よりも私達にとって身近な存在であり、忌むべきものだった。

 でも、終わりの見えない戦争も漸く、終わりを迎えようとしている。
 荒れに荒れた大地を見下ろしながら、隣で地面に腰を下ろす青年に向けて私がそう発言をしたのはそんな理由からだった。

「クラウスには内緒にしてたけど、もし、こんな日が来る事になったらそうしようって前から決めてたんだ」

 青年————クラウスの名を呼びながら、私は言葉を続けてゆく。
 彼は、私の婚約者だった。
 所謂政略結婚ってやつだったけど、仲は多分、良かったと思う。

 戦争の同盟相手に。
 たったそれだけの理由で組まれた縁談。
 そして来る日も来る日も戦争に悩まされ、私達自身も戦争に駆り出されていた事もあり、もう十年近く近くで過ごしてたというのに、婚約者らしい事なんてたった一度もした試しがなかった。

 ……でも、今思えばそれで良かったのかなって、思う。たとえ仲が良かろうが、悪かろうが、私とクラウスが一緒に過ごせるのはこの日が最後、、と決まっていたから。
 未練がなくて良かったじゃん。って、何度目か分からない言い訳を心の中で重ねながら私は笑った。

「戦争は終わったのに、旗頭になってた王女、、自身が変わらず魔法を使ってたらさ、色々と良くないじゃん?」

 本当はもうちょっと色々と理由はあったんだけど、大きくそう纏めて口にする。

 戦争は終わったんだって民草に教える為にも。余計な不安を煽らない為にも、戦争を私達から遠ざけなければならなかった。

 本当の平穏にはまだ、辿り着いていない。
 まだ、道半ばであるから。
 だか、ら————。

「……お前らしいな」

 伊達に長い付き合いじゃないからか。
 呆れ混じりに返ってきたその返事には、理解の色が含まれていた。
 
「でも、いいんじゃねえの。そういうのもさ」

 少なくとも俺は、その考えを尊重してやるよって、言葉を付け足して、クラウスは仕方なさそうに笑った。

 ————もう必要ない。戦争の為だけに使われてきた魔法は、戦争の道具としての認識が根強く滲み込んでいる。だから、この力はもう要らないし、使っちゃいけない。
 少なくとも、この〝戦争〟が風化するまでは。

 現国王陛下でもある父にそこまでする必要はないと言われ、反対されてしまった決め事。
 でも、「お前らしい」って言って、クラウスは肯定をしてくれる。

 その「私らしさ」ってやつで散々クラウスを振り回してきた張本人だから、私は苦笑いを浮かべるしかなくて。でも、その言葉は何よりも嬉しかった。

「俺は好きだけどな、お前のそういう綺麗なところ」

 苦笑いを浮かべる私の表情から、既にそのことを誰かに相談して反対され済みと見てか。
 笑われてしまう。

「民草の為に。民草の為にって、何をするにしてもまず自国の民を想うお前の考え方は何も間違ってねえよ」

 たとえそれが、意味を成さない行為であろうとも。その姿勢は称賛されて然るべきものだ。
 そう、クラウスは私の言葉をどこまでも肯定してくれて————でも。

「だけど、二度と使わない。は、駄目だ。そこだけ訂正してくれ」
「……訂正?」

 散々肯定してくれてたのに、何故か最後の最後で駄目だしが入る。

「……魔法を使わなくちゃいけない状況に陥った時は、ちゃんと躊躇いなく使ってくれ。たとえば、自分を。誰かを、守らなくちゃいけない時とかさ」

 ……あぁ、そういう事か、って、納得がいく。

 私が自他共に認める〝ど〟が付くほどの頑固者だから。一度決めてしまった事に対してはたとえ身を滅ぼす事に繋がろうともそれを貫こうとする。
 故に、クラウスは言ってきたんだと思った。
 
 使わないと決めたら、たとえ自分が死ぬ状況に陥ったとしてもそれを貫こうとするかもしれない頑固過ぎる私に対して、「二度と使わない」はやめてくれって。

「……心配、してくれるんだ」

 ————もう、婚約者でも無いのに。

 その言葉を続けようとしたけど——やめた。
 喉元まで出かかった言葉を直前で飲み込み、誤魔化すように自分でも分かる不器用な笑みを向けておく。

 百数十年と行われ続けていた戦争に終止符が打たれ、結ばれた和平。
 様々な条件が盛り込まれ、漸く合意に達した和平条約には、国家間での同盟は勿論、結婚といった血の繋がりを作る事を禁ずる、というものがあった。

 この和平を長く続けていく為にも、国家間同士での繋がりをつくらず、国力の差を出来る限り付けない。そんな約束が交わされていた。

 だから、王女である私と隣国の王子であったクラウスは——元、婚約者。

「当たり前だ。婚約者の心配をして、何が悪い」

 クラウスにだってその通達は行ってる筈なのに、何を当たり前の事をって、平然と言ってのける。

「それに、お前が俺の立場だったとしても、どうせ俺と同じ事を言っただろ?」

 私が、クラウスの立場だったとしたら。
 その前提で少しばかり考えてみると、確かに言ってる気がする。なんて結論が出てきた。

 本当だ。人の事全然言えないじゃん、私。

「……十年って、短いようで長いんだよな」
「……そうだね」
「十年前は、ただの婚約者だった。親の言葉一つで決められただけの中身のない関係。でも、十年も一緒に過ごせば、こうも変わっちまうんだ……十年は、長過ぎるんだよ」

 せめて。
 せめて、あと数年早ければ良かったのにな。お互いに。って言葉が続けられた。

 お互いに、婚約者という関係に居心地の良さを感じてしまっていたから。
 未練なく離れる……には、些か一緒に居過ぎた。

「……思えば、婚約者らしい事なんて一度もした事が無かったよな」
「そんな時間は無かったからね」
「それも、そうだ」

 寝ても覚めても戦争、戦争。
 色恋にうつつを抜かす暇なんて一秒とて存在してなかった。だから、これは仕方がない事であって。

 やがて降りる沈黙。
 それは、十秒、二十秒と過ぎてゆく。
 その時間がクラウスなりの葛藤であったのだと、続く言葉のお陰で気付けた。

「……ずっと、言えてなかったんだけどさ。なぁ、アイファ————」

 ————愛してる。

 ……今、このタイミングで言うことか。
 って責め立てたくなる言葉が私の名前と共に口にされる。ただでさえ未練だらけなのに、未練に逃げ道を塞がれて雁字搦めにされてしまいそうだった。

 でも、何処か涙声になっていたその一言に文句なんて言えるはずが無くて。

 つられるように、じわりと温かい何かが私の頰を伝って落ちて来ようとする。
 それを歯を噛んで必死に抑えながら、これ以上の未練を作ってなるものかって聞こえないフリをしようと、聞き返そうとして。

「……クラ、ウス?」

 一瞬俯いた間に、私の顔に影が覆い被さっていた。それは、クラウスの影。
 どうして。
 そう思ってる間に私とクラウスの顔の距離はお互いの息が当たる程近くなっていた。

 やがて、私の唇に自分ではない他の温もりが触れる。それが接吻であって、離別の意味を示すものであるのだと否応なしに理解させられた。

 程なく、触れ合っていた唇が離れてゆく。

「……しょっぱ」

 ちょっとだけ涙の味がした。
 接吻自体は別に嫌では無かったけど、こういう事は初めてだったから妙に気恥ずかしくて。
 羞恥心を隠すように、私は笑いながらそんな感想をもらした。

「……悪い」
「……でも、悪くないかな。こういうのも」

 もう婚約者でもなくなったのに、こういうところを他の人に見られたら怒られちゃうのかなあ。
 なんて感想を抱きつつも、悪くなかったと私は伝える。

 そしてそれが、私とクラウスの最後の思い出になった。


 また、いつか。どれだけの時間がかかるかは分からないけど、いつか、会いにいくから。


 叶う筈のない約束を二人で交わす。
 お互いに、それは理解してた。
 でも、それでも、いつか会えますようにって、願いたかったんだ。信じたかったんだ。

 たとえ、口の中がどうしようもなくしょっぱくて。涙の味と理解しながら、それがこの世界という現実の味のように思えてしまっていたとしても、私は————。

 †

 ブ———————。

 唐突に鳴り響くブザーの音。
 屋上では特に大きく響き渡るそれは、緊急事態を示す警告音であった。

 昔語りをしていた私と、メルの意識はその音によって一気に現実に引き戻されてしまう。

 始業の合図——では勿論なかった。

『学生の皆さんは、校舎内に避難を————』

 続く校内放送。
 教員の声が、一際大きく鳴り響いたブザー音の後に続き、私達の避難を促してくる。

 何かがあったのだろう。
 どう考えても、この事態はただ事ではなかった。

 そして、生徒がいないか学院内中を見回っているのだろう。
 ドタドタと騒がしく足音を響かせ、息を切らせながら走り回る先生に、私達の存在が見つかったのはそれからすぐの事だった。

 †

 ————ここから南東に位置する〝ダンジョン〟内にすまう魔物達が溢れ出した。
 そしてその対処にちょうどダンジョン攻略を昨日から行っていた私達の上級生にあたる三学年の一部の人間と、一部の教員が当たっている。
 三学年の中でも優秀な人間と、更に教員を今から現場に向かわせるが、私達二学年、一学年の生徒は学院内で待機をするように。
 事態が収拾するまで、外に出る事も禁ずる。

 ブザーが鳴った理由を教室に連れ帰られた私達に説明してくれた教員は、それを最後に教室を後にした。恐らく、現場に向かうのだろう。

 ……まあ、こればっかりは仕方がないかな。

 ここは大人しく、事態が収拾するのを待つしかないよね。

 そう思っていた私とは対照的に、隣の席に座るメルの蒼海を思わせる蒼い双眸には不安の色が滲んでいた。

「……メル?」

 様子が気になって、声を掛ける。
 心なしか、彼女の身体は震えていた。

「……大丈夫、よね?」
「大丈夫って?」
「……ダンジョン。昨日から潜ってた三学年って多分、わたしの兄も含まれてるの」

 メルには一つ上のお兄さんがいる。
 名は、ランガス。

 私と違って魔法実技も優秀と認識されているメルがどうしてそんなに不安がってるのだろうか。
 その疑問が一瞬にして霧散すると同時、私までも不安に駆られる羽目になっていた。

 先の教員の様子。尋常ではないブザー音。
 それらが感情を助長し、空気を送り込まれた風船のように大きく膨らんでゆく。

 そして、十秒、二十秒と流れる沈黙。
 やがて、

「……ねえ、アイファ」

 メルの真剣な眼差しが、私を射抜く。

 ————頼みが、あると。

 その言葉はどうしようもなく、私の心を揺さぶった。

 幼馴染みであり、親友のメルの言葉だ。
 主語が欠けていても、何が言いたいかなんて手に取るように分かる。
 だから、

「付き合うよ。メルに、私も付き合う。助けに行きたいんでしょ? お兄さんの事」

 私は兎も角、メルは魔法学院に在籍する真面目な生徒。
 魔法という戦える力を日々、鍛えている側の人間だ。何も出来ないわけじゃない。

 だったら、助けに向かいたい。そう願い、考えを帰結させる事は何も悪い事じゃないし、私からすればそれは至極当然の事のようにも思えた。

「…………」

 私の発言に、鳩が豆鉄砲を食ったようにメルは驚いていた。頼み事はついて来て。
 ではなくて、兄のランガスさんを助けに行きたいから色々と取り繕っておいて。なんて言おうとしていたのだろうか。

 でも……だめだよ、メル。
 親友が一人で危ないところに行かせる真似を、私が許容するわけないじゃん。

「……もしかして、違った?」

 待てど暮らせどやって来ない返答。
 もしかして、私が理解してると思っていただけで、その実、メルの考えてた事とは全く違う事を言っちゃった……?

「……ううん。合ってる。それで、合ってるわ」

 不安に覆われ掛けていた私の感情を振り払うように、首を左右に小さく振って、メルが先の言葉に肯定してくれる。

 だけど、問題が一つだけあった。

 誰もが焦燥感に駆られている為、普段よりもずっと学園内から抜け出しやすい環境になっているとはいえ、どうやって教員の目を掻い潜って魔物が溢れ出した場所にまで向かうの、か。

 ……でもそれは、私が魔法を使えば何とかなる問題でもあった。
 何せ私は、これでも国の旗頭にまでされた————〝五百年前の魔法使い、、、、、、、、、〟なのだから。

 だから私は、不安の色を表情の端々に浮かべるメルに対して、「私に任せて」と声を掛け、そして二人で一緒に教室を飛び出した。


 †

 アイファ・メルトリア。
 それが、前世での私の名前だった。

 メルトリア王国が第一王女。
 人よりもずっと魔法の扱いに長けていた事から、国の旗頭にまで担ぎ上げられ、そして、隣国の王子であったクラウスと婚約を結んでいた王女。それが、私だった。

 メルトリアの魔女。
 そんな呼ばれ方をするくらいには、あの戦争は活躍してたと思う。

 アイファ・エクタークとして二度目の生を受けた時、五百年前の文献に私が載っていた事は本当に驚いた。しかも、誰が残したのか、メルトリアの魔女って書かれてた。文献を思わず引き裂こうかと考えたのは私だけの秘密である。

「……相変わらず、凄いわねアイファの魔法は」


 ————〝インビジブル〟————。


 それは五百年という時を経て、廃れてしまった魔法。激化する戦争に勝つ為だけに各国の首脳陣が練りに練って編み出した魔法の数々は、それはもう規格外と呼べるものが大半であった。

 この、〝インビジブル〟もそうだ。

 効果は、四半刻もの間、魔法を付与された対象の存在をある条件下を除いて完全に知覚不能にするというもの。

 親友の兄を助ける為であれば、使い惜しみをするつもりはないけれど、私のせいで廃れた筈の魔法が蘇る。なんて事はあってならないので特に昔の魔法はあまり使いたくはなかった。

「……凄くないよ、私は」

 人を殺す為に作り出された魔法を扱える事の、何が凄いのか。
 一瞬にして脳内を埋め尽くす慚愧の念。後悔と、苦悩と、悔恨。それらを含んだ過去の記憶。
 鮮明に蘇る汚穢の記憶は、私を苛んだ。

 思わず口にしてしまいそうになる自責の言葉を必死に呑み込んで、自分自身を取り繕う。

 一応、暈しながらも打ち明けた事には打ち明けたけど、あの昔語りに対して何も言おうとはしないメルの気遣いに感謝しつつ、私は普段と変わらない笑みを意識して浮かべた。

 そうこうしてる間に私は轟音響く現場へとたどり着く。その時既に、〝インビジブル〟の効果は切れていた。

 響く轟音と痛苦の声。
 戦争を想起させる音の数々を前に、表情に険を刻みながら私はメルと共に足早に足を進ませた。


「————何で此処に二学年の人間がいる……!!」

 それは、私達の姿を確認した教員の怒号だった。

 魔法学院では一学年、二学年、三学年と着衣する制服が違う為、その者の学年がひと目で分かるようになっている。
 だから、すぐに看破されてしまっていた。

「早く戻れ!! っ、たく、学院に残ってる連中は何をやってんだ……!!」

 毒突きながら乱暴に言葉を吐き捨てる教員の身体には幾つもの傷が見受けられる。
 それが、どれだけこの場が危険であるのかを示していた。

 でも、その脅威は。その怒声は、私達からすれば、逃げ道を塞ぐ言葉にしかならない。
 それだけ脅威であるならば、尚更助けなければ。そんな感情が増幅されるだけ。
 逆効果でしかなかった。

 しかし、教員の怒声を聞きつけてか。
 私達の下に、更に二人の教員が駆け付けてきた。

 教員の一人が私達を学園まで送り届ける。

 そして早口に交わされる会話。

 どうにか未だ視界に映り込まないメルのお兄さんの加勢に向かいたい。そう願う私達の想いとは真逆の方向に話が進もうとしていたその時、彼らの会話に割り込むように私は口を開いた。

「————私達にも、手伝わせて下さい」

 一瞬にして、彼らの視線が私に集まる。
 続くように、メルも「わたしもお願いします」と声を上げた。

「……魔法をロクに使えないお前に、手伝える事は何もない」

 教員の中に私の事を知ってる人物がいたのだろう。この場において、魔法を使えない人間は荷物でしかないと事実を突き付けられる。

「魔法なら……使えます」
「試験の際に頑にゼロを取り続ける人間がか」

 それを言われては、何も言い返せなかった。
 でも、引き下がるわけには行かなくて。

「はい」

 教員の目を見詰め返し、私はその上で、と肯定した。


 これは、魔法使いだった王女の誓い。
 民草を守りたいと願い、戦い抜いた私自身の誓い。

 私の魔法は、何かを守る時にだけ使う。
 その誓いだけは、何があろうと揺らがない。

 ————俺は、そういうお前だから惚れたんだ。

 いつかの会話を、思い出す。
 それはクラウスの言葉だった。


「『————やらせてあげればいいだろうが』」


 そんな時。
 背後から聞こえて来た声が、現実のものなのか。幻聴なのかが、分からなくなった。

 ……それは、ずっと昔にクラウスが私に投げ掛けてくれた言葉だったから。

 まだ私が旗頭としても認識されていなかった頃。まだ、ずっと幼く、戦争に参加すらしていなかった頃。

 民草や騎士達が傷付く姿を黙って見ているだけは嫌だ。だから、私も守る為に戦いたい。
 そう私が喚き、そして周囲から挙って非難された時、クラウスが言ってくれた言葉だった。


 ————誰かを守りたいと願う心は、否定されるべきものじゃない。


 たとえそれが、子供の駄々であったとしても、尊重されるべきだ。俺は、そう父から教わった。

 当時私より、若干歳上だっただけのクラウスの言葉。
 けれど、そこには見た目からは考えられない程の重みがあったんだ。今でも、まだ覚えてる。


「クラ————」


 だから私は、反射的にクラウスと名を呼び掛けてしまって。

 でも、すんでのところで言葉が止まる。
 肩越しに振り返った先にいたのは、当たり前だけど、クラウスではなかったから。

 金糸を思わせる髪を短く切り揃えた青年だった。身格好は、三学年の服。
 一つ上の学年の人なのだと認識しながらも、端正に整った相貌を一瞬ばかし見詰め、クラウスとは似ても似つかないその容姿から、やがて私は視線を外した。

「……ウェルグ」

 その青年の名は、どうやらウェルグというらしい。
 彼の姿を見て、口にしていたからきっとそれで間違いない。

 一年も魔法学院に通ってるのに、一度として見た事のない上級生。という事もあって少しだけ不審に思う部分もあったけど、その懸念を振り払う。

「そういう目を見せるやつに、俺はよく心当たりがある。ずっと昔に、誰かを守りたい守りたいって繰り返し俺に訴えてきていたやつに、良く似てるんだ」

 ————そういう奴は、無茶はするが、無謀は言わない。だから大丈夫じゃないか。

 私と、メルを交互に見詰めながら、ウェルグと呼ばれた青年は小さく笑いながらそう口にした。

「手伝ってくれるって言ってるんだ。手を借りればいいだろ。何を拒む必要があるんだよ」

 この二人と、俺だって歳はひとつしか変わらない。対して差はないだろう。

 それに、この状況下で戦力である教員を一人でも減らすのは褒められた行為じゃない。
 戦えると言ってるんだ。
 なら、手を借りればいい。

 そう言ってウェルグは言葉を締めくくる。

 ……そんな、折。

 ぶわっ、と私達のいた場所に深く、濃い黒い影が落ちた。日が雲に覆われたのか。
 すぐに抱いた感想。
 でも、それが違うのだとすぐに理解した。


「——————!!!!」

 言葉にならない叫び声。
 それは、〝ダンジョン〟から出てきたであろう魔物の鳴き声であった。
 翼を生やした巨軀が、私達の頭上に覆い被さるようにそこにいた。

「ま、ずッ————」

 息を呑む音の重奏。
 悲鳴じみた声を上げて私達を逃がそうとしてくれる教員の人達。

 そんな彼らの様子を前に。
 この状況下を前に、私の頭の中はどこまでも冷静だった。

 何故ならば、こういう窮地ってものを私は幾度となく経験して来たから————!!

「…………、ッ、〝想いを繋げアンカー〟!!!」

 憚る感情に背を向けて、思い切り叫ぶ。
 それは、私に取って己を鼓舞させる魔法の言葉————〝想いを繋げアンカー〟。

 私は、俺は、此処にいるんだ。
 嘆きの声すら届かない戦場の大地だからこそ、私達はその一言を口にしてから魔法を行使する。

 死に逝く死者の想いすら繋いで、魔法を紡げ。

 そんな口癖が、私達の国では浸透していた。
 たかが言葉。されど言葉。

 気付いた時には、私達にとってその一言は己を鼓舞させる魔法の言葉に変わっていた。

 だから、その力を借りると言わんばかりに今生の私も、時折、〝想いを繋げアンカー〟と口にする。何より、この思い出も、私にとっては忘れたくない大事な思い出だったから————。

 だから迷いなく紡ぎ、そして私は言葉を繋げる。親しみ深い、己の矛である魔法を力強く。


「————〝貫き穿つ剣群グラディウス〟————!!!」


 キィン、と鳴る金切音。魔法陣の音。
 浮かび上がる特大の魔法陣から、剣群と言い表すべき不揃いな剣が姿を覗かせ、そして私達に向かって何かをしようとしていた魔物にそれは殺到を始めた。

 その聞き覚えのないであろう魔法の言葉に、周囲の人間は目を剥いた。
 およそ五百年前に廃れた魔法。

 ただ、不思議な事に一人だけ反応が違った。

 私が〝想いを繋げアンカー〟と口にした瞬間から、この人だけは。
 ウェルグと呼ばれた彼だけは何故か変わった驚き方をしていた。

 それはまるで、幽霊でも見たかのように。



 この魔法は、三人だけの魔法だった。
 三人だけが、使う事を許された魔法。
 アイファ・メルトリアだった頃の私の、が作り上げた魔法だった。



 †


「……にい、さん」

 過去の私は、か細くなった声で、兄を呼んだ。

 意地っ張りな兄だった。意地悪で、捻くれてて、嘘つきで。でも、そんな兄の事を私は嫌いじゃなかったし、婚約者であるクラウスも兄にそれなりに懐いていた。

 でも、お別れは突然やって来た。


「……し、く、ったなあ……」

 唇を、痙攣する歯で必死に噛み締めながら、兄は言う。痛そうに、つらそうに。
 そして、やって来る未来がどうやっても避けられないものだと知って、悲しそうに瞳から雫を零れ落としていた。

「いける、って、思ったんだけ、ど」

 ひゅー。ひゅー。
 刻々と弱くなる息の音と共に、兄は言葉を続ける。

「ごめ、ん、なさい。ごめんなさい。ごめん、なさい。ごめんなさい……」
「ぼくが、勝、手にやったことだ。あやまるな、よ、アイファ」

 血だらけの兄の手が、私の頭を優しく撫でた。
 弱々しい手つきでゆっくりと。

 誰のせいでこうなったのか。
 そんなものは、考えるまでもなかった。

 私のせいだった。

 私が、魔法を上手く使えるようになったからって。私が、だから、みんなの為にって。そして、慢心して、油断して、そして、致命的なミスを犯しかけて……そして、兄に助けられた。

「で、も」

 私は守られた。
 でも、守ってくれた兄はそのせいで致命傷を負う羽目になった。身体の、右半分。
 あるべき筈のものが、ごっそりと抉れ、消し飛んでいた。顔からは血の気が失せて、蝋燭の最後の瞬き程度の時間しかもう残されてないって、理解したくなくても、理解するしかなかった。

「うる、さいな。妹は、黙って兄に守られとけばいい、んだよ……」

 謝罪なんていらないし、するなって怒られる。
 頰を伝って落ちてゆく涙を、咎められた。

「そう、だよな、くらうす」

 もう、話す事すらしんどかっただろうに、にぃっ、と口角をつり上げて笑いながら、慌てて駆けつけて来たクラウスに、兄は言葉を向けた。

「……ああ」

 否定をする筈もなかった。
 クラウスは、ただ、兄の言葉に頷いた。

 良い返事だ。

 そう言わんばかりに、ほんの少しだけ、兄の笑みが深くなった。

「アイファは、おっちょこ、ちょいだし、あぶないし、注意力、散漫だし、やさしすぎるし、ほん、と、だめだめで、みまもってやらないと、よるもねむれない」

 散々だった。
 兄の中で、私の評価は底辺の中の底辺だった。

「で、も、さ。かわいいいもうとなんだ。おまえ、なら、わかるよな、くらうす」
「…………あ、あ」

 邪魔をしちゃいけないと思った。
 恥ずかしいとか、そんなものは抜きで、邪魔をしちゃいけないと思った。兄の言葉を、遮るわけにはいかなかった。

「なかせたら、ころす」
「分かっ、てる」
「は、っ。なら、いいんだ」

 光が失われつつある兄の瞳が、空を向いた。

「……そう、だ。あれ、おしえてやるよ。ぼくの、とっておきのまほう。さいごに、おまえらふたりにだけ、ぼくの、まほうをおしえてやる」

 お前ら、前からずっと知りたがってたよなって。これが最期だからって、聞きたくない言葉が重ねられる。やめてと言いたかった。
 でも、言葉はなぜか、出て来てくれない。
 言葉の代わりに、輪郭を沿うように涙が流れるだけ。止まらなかった。ちっとも、止まってくれなかった。

「〝貫き穿つ剣群ぐらでぃうす〟、って、いうんだ」

 かっこいいだろ。
 って、言葉を溢して、ぽつりぽつりと、これまで教えてくれとせがんでも、一度としてその魔法を教えようとしなかった兄は語り出した。


 やがてやってくる、避けられない終わり。別れの瞬間。兄が話す間、必死に治癒の魔法を使ってたのに、無情なまでに効果は見られなくて。

 なのに、自分の作ったとっておきの魔法を語った兄は、満足そうに笑っていた。
 悔いはないって。
 後悔はないって、言わんばかりに。

 その笑顔が、どうしようもなく私の胸を締め付けた。でも、笑わなくちゃいけなかった。
 兄に言われたから。あやまるなって怒られたから。だから、頑張って、取り繕う。

「こん、な世界だけど……」

 戦争の絶えない騒乱の世界。
 理不尽な不幸が、彼方此方に転がっているこんな世界だけど。

「おまえらは、しあわせになれよ。おにあい、だからさ」

 その言葉を最後に、兄の声は聞こえなくなった。


 †

 魔法なんて、使うものじゃない。
 使わないで済むならそれが一番だ。
 私は、変わらずそう思ってる。

 色んなことがあった。
 色んな思い出があった。

 そこには絶望があって。後悔があって。諦観があって。悔恨があって。

 魔法を恨んで。
 魔法に救われて。
 魔法と、共に生きて。

 結局、一番魔法を恨んでいた筈の人間が、誰よりも上手く扱えるという皮肉な現実が出来上がった。


「——————」

 どさり。
 殊更大きく響いた落下音が、周囲の人間を現実に引き戻した。魔法陣から出現した剣に串刺しされ、息絶えた魔物の死骸。

 その異常性を指摘するように、教員の人達は全員が私に瞠目していた。

 でも、この時この瞬間に限って言えば、それは好都合だった。

「————いくよ、メル」

 親友の手を掴み、私は教員達をおいてその場から抜け出そうと試みる。
 そんな折、

「————こっちだ。ついてこい」

 教員達とは、違う反応を見せていた三学年のウェルグが、私達に向けて言葉を飛ばす。

「っ、あっ、ちょっと、お前達!! それに、ウェルグ!! お前ッ!!!」

 行動を止めようとする教員達から逃れるべく、私とメルはウェルグの言葉に従って走り出した。
 でも、先の魔法のお陰である程度は大丈夫であると判断してくれたのか。

 追いかけて来る勢いは緩やかなものだった。


 †

「お前、ランガスの妹だろ」

 走る事数分。
 私達がウェルグさんに連れてこられた場所は魔物の発生場所————ではなく、そこから少し離れた開けた場所であった。

 きっと、教員の人が私達を深追いしなかった理由はここに向かっていると気付いたからなんだって、遅れて理解する。

「目元がよく似てる。それに、あいつはよく一個下に妹がいるって話してたんだ。お前の事なんだろ?」

 そしてウェルグさんの視線が私達から外れて、ある場所へと向かう。
 そこには包帯を巻かれ、気の幹にもたれながら休養を取るランガスがいた。

「行ってやれよ、治癒魔法くらい使えるだろ」

 私達がこの場にやって来た理由をいつ、理解したのだろうか。
 そんな疑問に頭を悩まされる私は彼の言葉に従って慌てて駆け寄って行くメルの姿を見詰めながら声を掛ける事にした。

「……あの」
「〝想いを繋げアンカー〟」
「……?」
「この言葉を、何処で知った?」

 ————前世の名残り。

 その問いに対して正直に答えるとすれば、この回答が正しい。でも、流石に信じる方が間抜けとさえ言えるそんな回答をするわけにもいかなくて。

「……忘れちゃいました。随分と、昔のことだった筈なので」

 気付いたら、口にするようになっていた。
 そんな言い訳をして、言葉を濁す。

 ただ、単に気になっただけだったのか。
 ウェルグさんが「そうか」とだけ告げて、会話は終了した。

「……良い魔法だな」

 きっと、その言葉の向かう先は、少し前に展開した魔法——〝貫き穿つ剣群グラディウス〟。

 前世とはいえ、自慢の兄から教えて貰った大切な魔法思い出だ。褒められると、自分の事のように嬉しく思えて、つい、頰が綻んでしまう。

「……ウェルグさんって、三学年の方、なんですよね?」
「服を見れば一目瞭然だろう」
「あ、いや、そうなんですけど」

 言葉に詰まる。

 かれこれ一年以上学院に通ってる身だというのに、私は初めてウェルグさんと出会ったような気がしてた。だから、本当に魔法学院生なのかなって疑問に思っていたんだけど。

 ……それを、悟ってか。

 少しだけ悩む素振りを見せたのち、

「俺はあんまり、学院にいないからな」

 若干言い辛そうに、そう答えてくれた。

「探してるんだ」

 どうして、って問いかけるより先に、ウェルグさんの言葉が続く。

「離れ離れになった大事な恋人を、探してるんだ」

 どこまでも、真剣な声音だった。
 絶対に、どこかにいる筈なんだって、言葉から感情が滲み出ていた。
 きっと、大事な人なんだろう。とっても。

 例えるなら、私にとっての、クラウスのような。

「……そう、だったんですね」

 だから嘘を言っているようには、思えなくて。
 生返事だとか、適当に言葉を返すべきじゃないと思ったから、私は言葉をゆっくりと自分で考えてから口にする事にしていた。

「————だけど、17年。17年だ。17年もの間、一切掴めなかった手掛かりが、やっと掴めた。こんなに近くにいただなんて、想像だにしなかった」

 紡がれる言葉。
 そこには喜びがあった。嬉しさがあった。幸せがあった。
 私にはよく分からないけど、ウェルグさんにとって良い事があったんだと思う。

「なぁ……名前、教えてくれないか」

 そういえば、まだ名乗ってすらいなかったんだっけ。と、思い返しながら「アイファです」と答えると、何故かウェルグさんはポカン、と呆気に取られてしまう。

 何か引っかかる部分でもあったのだろうか。

 でも、それも刹那。
 すぐにその驚きの感情は、なりを潜めた。

「……良い、名前だな」
「どうも。と言いたいところですが、女の名前を褒めてたら、彼女さんに怒られちゃいますよ」

 たとえ、側にいないとしても。
 恋人がいるならそこのところは気を付けておいた方がいいとアドバイスをすると、何がツボに入ったのか。ぷくく、と身体を振るわせてウェルグさんは笑い出した。

「……あぁ、いや、悪い。確かに、お前の言う通りなんだが、心配はいらん。あいつも、この名前なら、、、、、、褒めても怒らないだろうから」

 ……なにそれ、変なの。

 そんな感想を抱きながらも、私は気にしないように努める事にした。

 やがて。

「まだ、動けるか」

 何かが吼える音が響き渡ると同時、ウェルグさんの声が私の鼓膜を揺らした。

 視線の先にはそれは大きな魔物が数体。
 きっとそれは、魔法は使えるか、という確認なのだろう。

「問題ありません」
「そうか」

 後ろにはメルのお兄さんや、他の三学年の方。一部の怪我を負った教員の人がいる。
 だから、動ける私は、役に立たないと。

 私の魔法は————こういう時の為にあるのだから。

 そして、

「————〝想いを繋げアンカー〟————」

 魔法の言葉を口にする。

 ————それ、どんな意味があるんだ?

 ずっと昔に、クラウスが私に投げ掛けてきた問い。他国の王子であったクラウスにとっては、至極当然の疑問であった。

 ————想いを繋ぐおまじないだよ。私は、俺は、ここに居るんだって、知らせる為のおまじない。

 誰かが言った。

 死に逝く死者の想いすら繋いで、魔法を紡げ。

 全てを力に変えて、想いを形に。

 ————みんなが一つに。って感じがして、かっけーと思うがね。ぼくはさ。

「……変わらないな、お前は、やっぱり」

 兄の言葉を。己の言葉を。クラウスの言葉を。
 懐かしい言葉を思い返しながら、魔物を討伐するべく、私は声を上げる。

「〝貫き穿つ剣群グラディウス〟!!!!」

 ————〝魔無し〟のインチキ女、上等。

 私の魔法は、守る為だけにあるものだ。
 たとえ己を除いて誰にも理解されないとしても、この誓いにだけは嘘はつけない。つく気は、ないんだ。

 こんな不器用な私を、それでも愛してくれた人達がいたから————。
 たとえ五百年も昔の前世の話だろうと、関係はなかった。


 そして私は、魔物の下へと駆け出した。


 ————いつまでも私の魔法は、誰かを守る魔法であり続けられますように。

 そう、願いながら。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ピコっぴ
2021.01.22 ピコっぴ

すごくアルトさんらしい冒頭ですね♬
お気に入りポチッとしちゃいました

アルト
2021.01.22 アルト

ありがとうございます!!!!

解除

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