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八話

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「はえー……君らが婚約者に、ねえ。あぁ、いや、今はもう生徒じゃないんだからその言い方はまずいか。あの王子殿下と、公爵令嬢様が、ねえ」

 私がイグナーツの国、フェルリアに向かう事になった経緯を軽く話すと、妙齢の女性————学長は驚いたように声を上げていた。
 でも、それはあくまで表面上だけ。

 結構、びっくりな話をしたつもりだったのに、内心ではそこまで驚いていないようだった。

「あんたにそう言われるのは気持ちが悪い。公式の場だと五月蝿い奴が出てくるかもしれないが、こういった非公式の場でくらいこれまで通りにしてくれ」

 他人行儀な呼び方をするのはこいつだけで十分だ。と言ってイグナーツは一瞬だけダミアンを見る。
 ……そういえば、昔はイグナーツって呼び捨てにしてたのにずっと殿下呼びだなあと今更ながら思い至る。

「あ、私も公爵令嬢様なんて柄じゃないのでこれまで通り、レラで構いません」
「……型破りなところは二人揃って相変わらずか」

 まぁ、君らがそうしろって言うんなら、気楽だしそうさせて貰うけども。

 と言ってすんなりと受け入れるあたり、学長も学長で人のことは言えない側の人間だった。

「それにしても、三人が一緒に行動、ともなるともう一人の問題児は怒りそうだねえ」

 もう一人の問題児とは、言わずもがなこの場に居合わせていない唯一のパーティーメンバーであったアイリスの事だろう。

 一人だけ仲間外れにされた。

 その理由で不貞腐れ、暴れ回る未来が透けて見えるよと学長は何処か疲れた様子で呟いた。

「もしかして、アイリスが今何してるのか学長は知ってるんですか?」
「……あれ? 何も聞いてないんだ?」
「色々あってあんまり連絡が取れてなかったんですよ……」

 色々の部分は察してくれ。
 と、目で訴えかけると、それだけで理解してくれたのか。

「……あー、えっと、ほら、君らってダンジョンに関しては抜群に優秀だったろう? だから、暇してた彼女をわたしが学院に引っ張ったというか。まぁ、今は時折、教師まがいの事をして貰ってるんだよ」

 ……イグナーツが入学した事で突然増えた人員も、卒業に伴ってかなり抜けちゃったからねえ。
 と、聞こえるか聞こえないか程度の呟きと共に、学長はイグナーツに意味深な視線を向けていた。

「当初は公爵家の人間にそんな事を頼むのはどうかと思ったんだがね、彼女がイグナーツばりに自由気ままに動くものだから実家の方から魔法学院で面倒見てくれるならそれに越した事はないと連絡がきて。じゃあって感じでもう一年くらい不定期でここにやって来てくれてるよ」

 そういえば、教師の人が沢山いたのはイグナーツが強引に入学を決めたからだったんだっけ。

「あれ。それじゃあ、もしかしてアイリスと会えたりしますか?」
「どうだろう。でも、ここ最近はよく顔を出してるし、会えるんじゃないかなあ」

 何となく、懐かしいから。
 そんな適当な理由で向かった先で、偶然にもアイリスと久し振りに会えるかもしれない。

 その可能性が出てきた事に対する歓喜の感情が真っ先に、私の表情に出てしまっていたのか。
 微笑ましいものでも見るかのような視線で、私を見つめながら、

「今の時間帯だと、そうだねえ。いるとすれば恐らく、ダンジョン攻略の付き添いでもしてる頃————」

 学長がそこまで言ったところで、ちょうど、遠間より声が掛かった。
 聞こえてきたその声は、何処か焦燥めいたものを感じさせるものであったが、同時にそれは私のよく知る声音でもあった。


「ねえ学長。少しいいかしら? ダンジョン攻略で怪我した生徒がいるから、治癒の手伝いをして欲し……い、のだけれど」
「噂をすれば何とやら、ってやつなのかね」


 足早に歩み寄りながら、学長を呼ぶその声の主。私達の姿を視認するや否や、パチクリと瞠目して立ち止まった亜麻色の髪をハーフアップに纏めた彼女に、私はとてもよく見覚えがあった。


「————や。久しぶり、アイリス」
「…………。今日って同窓会だったかしら?」
「流石に、それは酷くない?」
「冗談よ。冗談。でも、レラまで一緒にいるのってそのくらい信じられないのよ。……だって貴女の生家ってあたしのとこよりも堅苦しかったじゃない?」
「……ん。否定はしない」
「でしょう?」

 お互いに生家が公爵家という事もあったからか。生家同士の確執とは裏腹に、アイリスとは不思議と馬があった。
 だから、家の事もそれなりに話していたし、イグナーツと同様に親友と呼べるうちの一人だった。

 何気ない再会の一言に、その名残りを感じつつ、私は苦笑いした。
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