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六話

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「にしても、まだ一年しか経ってない筈なのに、随分と久しぶりな気がするなあ」
「アイリスは兎も角、レラは丸々一年以上顔を合わせて無かったからな」
「……もしかしてその物言い、アイリスとは偶に会ってた……?」
「偶然、何度か出会う機会があったんだよ」
「ず、ずる……!!」

 わ、私なんて、私なんて何度肩身の狭い思いを味わってきた事か。
 なのに、そんな中、他の三人は気軽に会って楽しく過ごしてたのか……!!

 などと被害妄想を膨らませていく中。

「仕方がないだろ。だってお前、婚約者いたし。友達とはいえ、立場上、ほいほい会うわけにもいかねえし、そのせいでレラの立場が悪くなったら合わせる顔がなくなる」
「……まぁ、うん。そうなるよね」

 いくら友達であるとはいえ、婚約者がいる身で男に政治的な理由もなく会いに行くのがマズイ事は私も分かる。
 だから、ナターシャにカルロスの婚約者としての立場を盗られた今だからこそ、私もイグナーツに会いに行こうとしていたわけだし。

「でも、アイリスとは同じ国の貴族同士だろ。別に、羨む必要は————」

 ないんじゃないか。
 本来、そう続けられたであろう言葉であったけれど、私の疲れ果てたげっそりとした表情を目にしたからか、最後まで紡がれる事は無かった。

「……御家同士のね、仲があんまり良くなくてね」
「そういえば、ユースティル公爵家とルーカス公爵家は仲が悪いんでしたっけ」
「それは、もう。アイリスの名前出すだけでうちの両親は滅茶苦茶嫌な顔をするからね」

 あんな家の人間とつるむな。
 くらいは平気で言われる。
 というか、実際に私何回か言われたし。でも怒られて尚、手紙はこっそりと出してやったけども。

「だから、手紙のやり取りもこっそりだから頻度は少ないし、会ったとあればそれはもう、すっごい羨ましいんだよ」
「成る程なあ」

 イグナーツも貴族同士の問題やらをそれなりに把握しているのだろう。
 どこか同情に似た感情が私に向けられた。

「なら、折角だし国に帰ったら一度四人で集まって久し振りにダンジョン攻略でもするか」
「……他国の、それも公爵家の人間二人を連れて四人でダンジョンに潜った日には、宰相の頭どころか生気まで根こそぎ禿げちまうと思うんでそれは勘弁してやって欲しいっす」
「……あ、あははは」

 四人でまた集まってダンジョン攻略を。

 それはとても魅力的な提案であったけれど、流石にそれはダミアンの言う通り無理があり過ぎた。だから思わず、乾いた笑いが出てしまう。

 きっと、出来て四人で集まって買い物だとか、魔物とは無縁の場所で遊ぶとか。
 そのくらいだと思った。

 でも、それでも十分過ぎるくらい楽しいと思う。そんな光景を頭の中で思い浮かべていたからか。気付くと自分だけにしか分からない微々たる変化であったけれど、顔が綻んでしまっていた。

「ところで、これからどうするとかもう決まってるの?」

 うちに戻るという選択肢は、先程立ち去ったナターシャが両親に何か言ってる頃だと思うし、身内のアレな部分を出来れば見せたくはないんだけど……。
 などと思う私の思いが天に通じたのだろう。

「いや、特には決まってなかったから、レラの両親に軽く挨拶してからさっさと国に戻るつもりだったな」

 あんまり好き勝手行動してると、ダミアンから小言が飛んでくるしな。
 と、煩わしそうに言っていたけれど、そういう立場にあるから仕方がないと割り切ってるのか。
 せめて、もう少しお手柔らかに頼む。

 なんて言葉を付け足していた。

「何か問題、でもあったか?」
「あ、ううん。それはないない」

 ————婚約者になった。

 という事実はまだあんまり受け入れられてはないけど、息の詰まる実家から飛び出せる真っ当な機会がこうして転がり込んできたのだ。
 このまま家に居続けても私の心が日に日に死んでいくだけだったし、気分転換がてら隣国にお邪魔するのは全然アリだった。

 問題なんてある筈がない。

 ただ。

「もし、ダミアンが許してくれるなら、だけど」

 視線をダミアンに。
 次いで、イグナーツについて来ていた護衛の人達に向けて

「その挨拶が終わったら折角だし、久しぶりに『王立魔法学院』に寄らない?」

 母校である『王立魔法学院』は此処からそれなりの近場に位置している。
 隣国に向かうとなれば、足を運ぶ機会もなくなるだろうし、何より折角此処まで来たのだ。

 だったら、一年振りに寄らないかと提案。

「俺は別に『王立魔法学院』に寄る事に反対をするつもりはないんだが、記憶が確かなら俺、学長に相当嫌われてた気がするんだよなあ」
「……気がする、じゃなくてそれ現実っすよ殿下」

 学院始まって以来のトラブルメーカー。
 だからこそ、イグナーツが学長に嫌われていても何ら不思議な事ではなく、当時の心労は今では計り知れないものだった事だろう。

 普通、卒業生には卒業した後でもまた顔を出してくれても良いからな。
 くらいの言葉をかけるものだが、イグナーツに対しては、お前のようなトラブルメーカーは二度とごめんだ。

 くらい言ってたような気がする。

 今思えば、一国の王子によくまあそんな言葉が掛けられたなあと思いはするけれど、かけられた負担やらを考えると言って然るべき。
 と思えるあたり、やはりイグナーツはいろんな意味で大物だと思う。

「それじゃ、イグナーツの国に行く前に一度、『王立魔法学院』に寄るって事で!」

 ダミアンからの反対もなかった事だし、じゃあ決まり。と言って私は言葉を締めくくる。

 それから十数分後。

 私が荷物を纏めてる間に両親への挨拶を済ませたらしいイグナーツと共に、私はルーカス公爵領を後にして、『王立魔法学院』へと向かう事になった。



「————げ!! い、イグナーツっ!?」


 そして、数十分程かけて私達が『王立魔法学院』にたどり着くや否や、急に生まれたやけに仰々しい人集りに、何事だ。何事だと顔を出してきた学長が一瞬にして顔をこわばらせたその反応が無性に懐かしくて、「げ!! はないだろ! げ!! は!!」と怒るイグナーツをよそに、私とダミアンは顔を背けて笑っていた。
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