上 下
26 / 46
3章

24話 半年後

しおりを挟む
「結構伸びたな……」


 肩に少しかかる程に伸びた白銀の髪に触れる。
 時の流れを顕著に表したソレを見て俺は笑った。


「あれから、もう半年か」


 神秘の色を目にしてから既に半年もの月日が経過している。
 無駄にした時間はないと断言出来るほどに修練に費やした。
 農業の方も、合間を見てうろ覚えな記憶を頼りに助言を続けていたからか、試験的に行った発案の経過は上々といった具合。


 本質的なものとして根付いていた他人を避ける性質は今も健在のようで、人付き合いはお世辞にも良いとはいえないが友達と呼べる人間は数人出来た。


 比較的同世代の友人と会話に興じる俺を遠目に、執事であるヴェインが涙ながしながら喜んでいたのも記憶に新しい。


「なぁに哀愁に浸ってんのさ」


 いつもの修練場。
 師匠がよく座っている岩に先んじて腰を下ろしていた俺の背後から声がかかる。


 聞き慣れた師匠の声だった。


「時の流れは早いなって思ってただけだ」
「まるで老人の考えだね。人生を悟るにはまだまだ早過ぎるよ」


 あれから誕生日を迎え、8歳となった俺であるが、見た目と中身のチグハグすぎる思考回路は1歳程度歳をとったからといってその違和感が消えるはずもない。


「違いない。僕はまだまだやらなきゃならない事が山積みだ。悠長に歳なぞ取ってられん」


 邪念を振り払うようにかぶりを僅かに振ってから腰を上げ、立ち上がる。


「今日、また一歩足を進める。これからの指標にもなるやもしれない。師匠も良ければ見に来てくれ。



 ————僕の仕合を」


 ひと月ほど前だろうか。
 親父さまが俺にとある話を持ちかけてきた。


 それが経過報告。
 半年の月日を費やし、どこまで成長したのか見せてくれという旨の話であった。


 親父さまもこれ以上の恥はかきたくない。
 だから俺の実力を目にしようという事だろう。
 これ以上なく筋の通った話だ。だから俺は二つ返事で受け入れた。


 俺の相手となる人物は親父さまの私兵団の中でも上位に位置するお抱えの騎士だとか。
 盗賊に襲われたあの一件以降、ハーヴェン子爵家は自衛力には力をかなり注いでいる。
 俺が負ける確率は高いはずだ。全力を尽くさなければならないだろう。だが。


「わかってると思うけど、『纒い』は禁止だ。手札は隠し持ってこその手札だよ。それは理解してるかい?」
「分かってる。今回の相手は僕の敵じゃない。力量を見せれば良いだけ。負けられない相手ではない。それは理解してる」
「ならよし。オレからはそれ以外特に言っておくことはない。気が乗ったらコッソリ見ることにするよ」


 『纒い』は使えない。
 いや、本当の事を言えば使わないではなく、使えないに近い。
 まだ俺は扱いに慣れていない。
 師匠から言わせれば、自分が側にいない時に『纒い』を使うのは絶体絶命に陥った時のみにしろと。
 でないと、身体が壊れるらしい。
 

 師匠が気にかけているのは俺の意地っ張り具合。
 負けん気を拗らせて『纒い』を使うのではないかと危惧したのだ。


「ナガレの戦闘能力は『纒い』が無くとも十分、子供という枠組みからは逸脱してる。だけど、騎士を相手取るにはまだ早い。これも一種の修練と思って取り組むんだ。その経験がナガレの力になってくれるはずさ」
「くははっ」


 師匠が柄にも無く俺を励ましてくれるその行為に笑う。無用な行為だと言外に知らしめるために嗤う。


「僕は戦士じゃない。貴族だ。戦いに意地を張るのは戦士の特権だろう? 僕が戦いに意地を張るのはお門違いってやつに他ならん」


 そうだ。
 俺は貴族であって戦士ではない。
 誰かに勝ちたい。そんな高尚な想いを持ってるわけでなければ、剣に人生を捧げてるわけでもない。


 自己利益のみを追求したからこそ、俺はこうして修練をしてる。そんな人間が意地を張って?
 それはあり得ない。もし、そんな感情を抱くと言うのなら、それは傲慢に他ならないだろうから。


「そうか。人は求め過ぎれば何かを必ず代償に失う。その心構えは忘れちゃダメだよ」
「言われずとも」
「ははっ、可愛げのないヤツ」
「……うっさい」


 師匠曰く、口調は半年前を境に丸くなったというか。
 壁のようなものが無くなってとっつきやすくなったらしい。
 師匠風に言えば揶揄い甲斐のある相手とか。


「とりあえず用はそれだけだ」
「これを言う為だけに?」


 ここに来たのかい?
 純粋に疑問に思う師匠を前に小さく笑う。


「日課、って言うのか。朝はここに居ないと落ち着かなくなっただけだ。アイツら・・・・は何かと節介を焼きたがる。それも純粋な好意からの行動だ。好意を無下にはし難い。だからここに逃げて来た、と言った方が正しいのかもな」
「ナガレは好かれてるね」
「こんな不気味な子供を慕うアイツらがおかしいだけだ。本来、僕は人に好かれるような人種じゃない」
「好意を振りまいといてよく言うよ」
「ただの気分だ気分。たった一度や二度の気まぐれで人を信用し、慕うアイツらの考えは僕には理解できん。ラッキー程度に心に留めておけば良いだろうに。でも、慕われるというのも悪くない」


 笑顔に包まれる日常も、存外悪くない。
 叶う事ならば、可能な限りこの幸せが続きますように。


「すっかり馴染んでるねえ」
「心地良くてな」


 今まで人を好んでいなかったナガレが急に領民達と仲良くし始めた。初めは何を企んでる? などと思われたりしていたが、今ではすっかり受け入れられ、俺の中でもそれが馴染んでいる。


 親父さまは放任主義なところもあり、今のところは放置されている。巷じゃ、シヴィスが俺という猛獣を手懐けたという事で猛獣使いなどと呼ばれたりしてるらしい。
 それをネタにからかったり、俺も日常を謳歌している。


「さて、そろそろ帰るか」


 長居は無用。
 仕合は早朝からだ。
 あまりここで時間を潰すわけにもいかない。


「頑張ってきな」


 半年、俺に双剣の扱いを叩き込んでくれたヤツが激励してくる。
 普段はあまりそういう事を言わない人なんだが、その言葉に俺も乗っかる。


「ああ、少しばかり頑張ってくる」
しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

【完結】天候を操れる程度の能力を持った俺は、国を富ませる事が最優先!~何もかもゼロスタートでも挫けずめげず富ませます!!~

udonlevel2
ファンタジー
幼い頃から心臓の悪かった中村キョウスケは、親から「無駄金使い」とののしられながら病院生活を送っていた。 それでも勉強は好きで本を読んだりニュースを見たりするのも好きな勤勉家でもあった。 唯一の弟とはそれなりに仲が良く、色々な遊びを教えてくれた。 だが、二十歳までしか生きられないだろうと言われていたキョウスケだったが、医療の進歩で三十歳まで生きることができ、家での自宅治療に切り替わったその日――階段から降りようとして両親に突き飛ばされ命を落とす。 ――死んだ日は、土砂降りの様な雨だった。 しかし、次に目が覚めた時は褐色の肌に銀の髪をした5歳くらいの少年で。 自分が転生したことを悟り、砂漠の国シュノベザール王国の第一王子だと言う事を知る。 飢えに苦しむ国民、天候に恵まれないシュノベザール王国は常に飢えていた。だが幸いな事に第一王子として生まれたシュライは【天候を操る程度の能力】を持っていた。 その力は凄まじく、シュライは自国を豊かにするために、時に鬼となる事も持さない覚悟で成人と認められる15歳になると、頼れる弟と宰相と共に内政を始める事となる――。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載中です。 無断朗読・無断使用・無断転載禁止。

【完結】五度の人生を不幸な出来事で幕を閉じた転生少女は、六度目の転生で幸せを掴みたい!

アノマロカリス
ファンタジー
「ノワール・エルティナス! 貴様とは婚約破棄だ!」 ノワール・エルティナス伯爵令嬢は、アクード・ベリヤル第三王子に婚約破棄を言い渡される。 理由を聞いたら、真実の相手は私では無く妹のメルティだという。 すると、アクードの背後からメルティが現れて、アクードに肩を抱かれてメルティが不敵な笑みを浮かべた。 「お姉様ったら可哀想! まぁ、お姉様より私の方が王子に相応しいという事よ!」 ノワールは、アクードの婚約者に相応しくする為に、様々な事を犠牲にして尽くしたというのに、こんな形で裏切られるとは思っていなくて、ショックで立ち崩れていた。 その時、頭の中にビジョンが浮かんできた。 最初の人生では、日本という国で淵東 黒樹(えんどう くろき)という女子高生で、ゲームやアニメ、ファンタジー小説好きなオタクだったが、学校の帰り道にトラックに刎ねられて死んだ人生。 2度目の人生は、異世界に転生して日本の知識を駆使して…魔女となって魔法や薬学を発展させたが、最後は魔女狩りによって命を落とした。 3度目の人生は、王国に使える女騎士だった。 幾度も国を救い、活躍をして行ったが…最後は王族によって魔物侵攻の盾に使われて死亡した。 4度目の人生は、聖女として国を守る為に活動したが… 魔王の供物として生贄にされて命を落とした。 5度目の人生は、城で王族に使えるメイドだった。 炊事・洗濯などを完璧にこなして様々な能力を駆使して、更には貴族の妻に抜擢されそうになったのだが…同期のメイドの嫉妬により捏造の罪をなすりつけられて処刑された。 そして6度目の現在、全ての前世での記憶が甦り… 「そうですか、では婚約破棄を快く受け入れます!」 そう言って、ノワールは城から出て行った。 5度による浮いた話もなく死んでしまった人生… 6度目には絶対に幸せになってみせる! そう誓って、家に帰ったのだが…? 一応恋愛として話を完結する予定ですが… 作品の内容が、思いっ切りファンタジー路線に行ってしまったので、ジャンルを恋愛からファンタジーに変更します。 今回はHOTランキングは最高9位でした。 皆様、有り難う御座います!

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

へぇ。美的感覚が違うんですか。なら私は結婚しなくてすみそうですね。え?求婚ですか?ご遠慮します

如月花恋
ファンタジー
この世界では女性はつり目などのキツい印象の方がいいらしい 全くもって分からない 転生した私にはその美的感覚が分からないよ

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。 かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。 ついでに魔法を極めて自立しちゃいます! 師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。 痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。 波乱万丈な転生ライフです。 エブリスタにも掲載しています。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです

もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。 この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ 知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?

処理中です...