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4巻
4-1
しおりを挟む第一話 過去の影
「ここ、か」
俺――ファイ・ヘンゼ・ディストブルグは、静かに言葉を発し、立ち止まる。
すぐ目の前には、少し開けた獣道が森の奥まで続いている……ように見えるが、道があるからと馬鹿正直に進む程、俺も警戒心を捨てていない。
『豪商』ドヴォルグ・ツァーリッヒへの借りを返す為にこの『真宵の森』へやってきたが、お供のフェリからは先走るなと釘を刺されている。
やはり、今回は下見だけで済ませるべきだろう。
そう己に言い聞かせながら殊更ゆっくりと、森の方に手を伸ばす。
すると、50センチ程のところで、顕著なまでに鮮明な異変に遭遇した。
「幻術」
水面に波紋が広がるように、手のひらが触れた場所を中心として小刻みに景色が揺れていた。
事前に聞いていた通りの、惑わす森。迷いの森。
「まあ何というか……」
この幻術がどんな用途の為のものなのか。
漠然とした感想ながら、実際に幻術に触れた事でそれが分かってしまい、俺は眉を顰める。
「変わった使い方をするやつもいたもんだ」
この幻術は、侵入自体を拒んではいない。にもかかわらず、訪問者を惑わしている。
つまり、森の中には大事な何かが存在しているが、何が何でも人目に触れてほしくないわけではない。適度に隠され、適度に人目に触れてほしい。
そんな術者の思惑を読み取り、俺は『変わった使い方』と評した。
「が、邪魔臭い幻術はできるなら退かしてしまった方が良い」
聞けば、随分と前からこの『真宵の森』は存在しているのだとか。ならば、誰か一人が延々と幻術をかけ続けるという線は極めて薄い。
導き出される答えは一つ。ここでは、何らかの魔道具が機能しているのだろう。
そう考えた俺は、止まっていた足を再び動かし始めた。
しかし、向かう先は正面ではなく真横。森の縁に沿って歩いていく。
こういった大規模な幻術を無人で延々と展開し続けるには、大抵の場合幻術の核となる何かを四隅に配置する事で初めて可能となる。うん十年に一人レベルの、群を抜いて優れた術者でもない限りは。
俺は、その核を見つける為に歩き始めていた。
けれど、引っかかる部分もある。
専門家でもない俺でも、そのくらいの事は知っている。そして、この幻術に頭を悩ませてきた人間は少なからずいるはず。なのに、この森は今もこうして存在し続けている。
偶然の産物か。
はたまた、相応の理由があるからか。
「……一筋縄じゃ、いかないかもな」
核を見つけられなかったのか。
核が存在していないのか。
……あるいは、核を壊せなかったのか。
脳裏に思い浮かんだ可能性への対処法を考えながら、しん、と静まり返る森の縁を歩き続ける。
生物の気配どころか、葉擦れの音すらない。随分精巧な幻術だなと思いながら歩く事数分。漸く無骨な石造りの何かが視界に入り込んだ。
「ん?」
まるで放り捨てられたかの如く無造作に置かれた、石碑のようなソレ。
「折角だし、調べてみるか」
フェリやラティファが近くまで来ていたならば、互いの位置を確かめ合える魔道具である鈴を喧しいくらいに鳴らしてるはずだ。彼女らに見つかるまでは油を売っていてもいいだろう。
そう自分自身に言い聞かせ、俺は石碑の側に歩み寄る。
随分な年季ものなのか、苔のようなものが所々に見受けられた。にもかかわらず風化している箇所はなく、傷も一つとて見当たらない。
特別な造りなのだと、一瞬で理解した。
「字は……あぁ、だめだ。何が書いてるのか全く分からねえ」
四角柱の石碑にずらりと薄く刻まれた、ミミズのような文字。
無骨な形ながら、一文字一文字丹精込めて刻んだ事だけは理解できた。
「恐らく、この石碑が幻術を発生させてる原因だろうし、壊しても良いんだが……」
フェリ達を待つなり、自分でも読める文字をもう少し探すなりすべきかと、思いとどまる。
そうして見回してみると、同じ文字ばかりが四面に刻まれているようだったが、たった一部分だけ目を惹かれる場所があった。
「これは、名前……か」
表面を覆う苔をざりざりと手で払う。
すると、そこに隠れていた文字があらわになっていく。
「名は――ルドル、フ?」
ざぁっと何故か全身の肌が粟立った。
刻まれていた文字はどうしてか、俺にも読む事ができた。いや、それだけならばまだいい。
なんで、どうして、ルドルフという名前に引っかかりを覚えてしまっている……?
「…………」
急速に喉が渇いていく。
――失敗は成功の母……っつー言葉を知ってっか?
ッ……!!
息を呑む。
声の主はもうどこにもいないと知っていながら、俺は思わずがばっと後ろを振り向いた。
……勿論、そこには誰もいない。
「いや、あり得ない」
石碑に向き直り、俺は断じる。
「あり得るはずがない。あり得ちゃいけねえだろ……」
自分に言い聞かせるように、余裕を失った声で言葉を続ける。
「……偶然だ。これは、偶然だ」
しかし、ルドルフという名を目にしてから、『真宵の森』にも既視感を覚え始めていた。
ファイ・ヘンゼ・ディストブルグは、間違いなく、この場所を訪れるのは初めてであるのに。
「……偶然、なんだ」
くしゃりと前髪を掻き上げ、がむしゃらに搔き混ぜる。それは、胸の奥に渦巻く感情の発露。
厳密に言うならば、知らない。
でも俺はこの場所を……いや、この石碑を……造ろうとしていた人間を知っていた。先生達の大き過ぎる思い出に隠れていたが、確かに覚えている。
どくん、と俺の心臓が飛び跳ねた。
強く脈動を始めた心の臓は熱を帯び、一瞬にして沸き立つ。
――俺は遺してぇんだよ!!! この出来事を!! この地獄が生まれてしまったというクソッタレた事実を、俺は未来に遺してぇんだ!!!
それは、血を吐くような叫びだった。
当たり前の幸せすら掴めなかった一人の男の言葉。
咽び泣きながらそう口にしていた当時の情景は、確かに経験した記憶の一部として俺の中に根強くこびり付いている。
指先が、震える。
沸騰したお湯でも注ぎ込まれたかのように身体の芯から熱くなる。次いで掠れたノイズ音が俺の思考に割り込み、容赦なく削り取っていく。
脳裏に沸き立つイメージが俺の中で侵食を始め――ひゅ、と息が止まった。
――これだけは、忘れちゃいけない。忘れてなるものか。大勢が絶望して、大勢が人としての死すら享受できなかったこの歴史を、この地獄を繰り返してなるものか!! だから、オレは遺すんだ。負の遺産として未来へ。この過ちだけは、二度と繰り返しちゃいけないから。だから俺は遺したい。お前にとっては屈辱以外の何物でもないだろう。だとしても、この歴史を遺せば、必ずいつか、俺達が望んでいた世界が!!! 剣を握らなくても済む時代がやってくる!!! だから――!!!
たくさん傷ついた。
たくさん悲しんだ。
たくさん、苦しんだ。
それはきっと、意味あるものだった。
必要なものだったんだ。
次に繋げるために、必要な歴史だったんだ。
その過去があったからこそ、未来がある。
明るく弾んだ未来が生まれる。
俺らが望んで止まなかった平和がやってくるんだ。
死への恐怖に怯え続ける日々。それがずっと続くなんてひでえ世界じゃねえか。だから、俺らが変えるしかねえんだよ。
神なんて存在が助けてくれる?
……んな馬鹿な事言ってる暇なんざ俺らにはねえよ。毎日が必死なんだ。この失敗だらけの世界で生きるのに必死なんだ。甘言に身を委ねちまう事はあっても、祈る余裕なんざありゃしねえ。
だから頼るのは、目に見えるものだけって決めてるんだ……少しで良い。
なぁ――世紀の夢想家に、賭けてみてはくれねえか。
一瞬後には何も残らない記憶の奔流。
でも、その一瞬の時間ですら俺にとっては十分過ぎた。
「……嗚呼、そうだ。俺は……知ってる。遺そうとしていたヤツを知って、る」
『古代遺産』。
その言葉が脳裏を過ると同時、カチリと、嵌ってはいけないパズルのピースが嵌ってしまう。
だけど、認めるわけにはいかなかった。
もし、それを認めてしまえば、この世界があの世界の――であると肯定してしまう事になる。
だから、俺が認めるわけにはいかなかった。
たとえ、ルドルフという名に心当たりがあろうとも。
しかし、抱いてしまった疑念は、どれだけ取り繕ろおうとも消えてなくなってはくれない。
「……〝異形〟といい、何の冗談だよ……っ。これは……」
何かが全身に絡みついてくる。
気持ちの悪い汗がぶわっと吹き出し、背中を濡らした。
第二話 『心読』とクズ王子
複雑に絡み合う二つの存在が、俺の思考を悉く支配する。
ルドルフの名が刻まれた石碑。〝異形〟と呼ばれていた怪物。
「まさ、か。この世界は……」
震える喉で辛うじて言葉を紡ごうとして、しかしそこから先は声にならなかった。
あくまで可能性。
しかし、今はまだ可能性でしかなかったとしても、本能が理解してしまっている。その言葉を口にしてしまえば、もう後戻りはできない、と。
だから、拒んだのだ。
ファイ・ヘンゼ・ディストブルグとして生を受けたこの世界が、『――』の未来である可能性を。
「……いいや、だめだ」
深い溜息を吐き、押し寄せる記憶に呑まれそうになる自分を抑える為に、空を仰ぐ。
やはり自然の景色というものは気を紛らわすには最適だな、と感想を抱きながら、俺は無理矢理表情を歪め――酷い笑みを浮かべた。
「まだそうと決まったわけじゃない、が」
無意識のうちに組み立てた仮定が真に正しいものである確証は、まだどこにもない。
何より、俺の知っているルドルフは幻術を扱える人間ではなかった。何かを遺す。その一点に特化した能力の持ち主であったはずだ。
ここまで大規模な幻術を展開し続けるなぞ、それこそ、俺の知る中ではあのドレッドヘアの男以外――
そこで不意に思考が停止した。
ざらざらというノイズが焦燥感を掻き立てる。
ここまで大規模なものだ。誰かと共に造る、そんな選択肢があって然るべきではないか。
そんな思考に辿り着いた俺は、視線を空でも石碑でもなく――幻術に包まれた森へと向ける。そして、もう一度手を伸ばす。
この幻術は、間違ってもルドルフによるものではない。では、誰がここまでの大規模な幻術を展開できるだろうか。一切の隙が見当たらないこの完璧な幻術を、誰が。
心当たりは――一人だけ。
伸ばした手が森を包む幻術の膜に触れ、ぐにゃりと景色が歪む。どくんと心臓が大きく脈打った。
「だよ、な。そうだよな。ここまでの幻術を展開できる人間が何人もいるはずが、ねえよな……」
少し意識した途端、懐古の念は波となり、俺のもとへと押し寄せる。
どこか刺々しく感じる、癖のある幻術。
間違い、ない。間違えるはずがなかった。
これは――
「あんたも、絡んでたんだな」
ドレッドヘアの男――トラウム。
俺の知る中で、最高の幻術使い。
その名を胸中で繰り返し呟いた俺を、例えようのない寂寞が襲った。
それはきっと、二人だけでこそこそと何かを成していた事に対する不満であり、仲間外れにしやがってというやる瀬ない小さな怒りによるもの。
筆舌に尽くし難い感情を抱いた俺であるが、勇んでいた足の勢いはすっかり止まっていた。
〝異形〟についての手掛かりがあるならば。そう思ってやってきた俺にとって、『真宵の森』にはもう用はなかった。
俺がよく知るあの二人も、〝異形〟の存在を憂えていた者達だ。そんな彼らが間違う事は、万が一にもあり得ないだろう。
この世界が『――』の未来である事を否定しておきながら、彼ら二人の存在を嘘であると断じるどころか、彼らならばと背を向けようとする。我ながら随分と都合のいい頭だな、と思う。
「これで、俺が逸る理由はなくなった。なら……ここで大人しく待つとするか」
そう呟いた矢先。
俺の視界に見覚えのあるシルエットが映り込んだ。それは二人組ではなく、三人組の人影。
「……ん?」
先頭きって歩く一人の少女。快活な印象を受ける彼女の名前が、ぽろりと口から零れ出る。
「エレーナ、か?」
宿の食堂で出会った彼女は、『古代遺跡』に用があると言っていた。
そして、待ち合わせでもしていたのか、そこにはもう一人サングラスを掛けた男がいて、彼女らと会話を交わし始める。
「――――」
「――――」
ここからエレーナ達のいる場所まではだいぶ距離がある。会話なぞ聞こえるはずもない上、盗み聞きは些か趣味が悪いと言えるだろう。
その自覚があるというのに、俺が注視し続ける理由。それは、エレーナ達の会話相手の男の存在が原因であった。
亜麻色の短髪。着用するサングラス。くっきりと刻まれた、右の瞳から伸びるひと筋の傷痕。特徴といえばこれだけであるが、何故か俺は、彼を知っている――そんな気がして仕方がなかった。
もしも出会った事があると仮定して。
それは……果たしてどこで、だっただろうか。
思い出そうにも思い出せない記憶を探し求めながら、聴覚が使えないならばと視覚に集中し、読唇を試みる。
『それで、一体この先に何の用だ?』
『それはわたしのセリフ。わたし達は貴方達に呼びつけられた側。言葉を吐く相手を間違ってると思うよ』
『おれは帝国の人間じゃないと前にも言ったはずだが? おれはお前達を呼びつけられる人間じゃない』
『……こんな計ったようなタイミングで現れておいて、まだそんな事を言うんだ?』
『その様子じゃ、おれの忠告は響かなかったみたいだな、カルサスの王女』
『……その呼び方をする時点で、わたしが貴方の言葉を信用できるはずがない。それは一番、貴方が分かってると思うんだけど』
『違うな。その事実を知っているからこそ、こうして忠告してやってるんだ。お前達の求めるものは、ここにはない。大人しく国許へ帰れ』
カルサスの王女……?
聞き慣れない言葉に思わず眉を顰めた。
『それとも、なんだ? たった数日の間に、お前達の求めるものは理想から薄汚れた何かに変わりでもしたか? なら、言葉を変えよう。姉の姿でも、恋しくなったか?』
刹那。ぶちり、と決定的な何かが断裂する音をどこまでも鮮明に明瞭に幻聴した。
『ちょっと、退いてもらってもいいっすか姫さま』
砕けた口調ながら、静謐な怒りを込めて、エレーナの後ろに控えていた護衛――レームと呼ばれていた男が割って入る。
『今の発言は流石に容認も、聞き流す事もできねえっす』
『……レーム、抑えて』
『申し訳ねえっすけど、これは抑える抑えないの問題じゃねえんです。許せる許せないの問題っすよ姫さま。身体張って国を救おうとした人間を貶められて黙るようになっちまったら、おしまいっす』
『……分かってる。ちゃんとわたしは分かってるから。だから、お願い。今は抑えてレーム』
エレーナの必死の宥めのおかげか、抜き身の刃が如き敵意を男に向けていたレームは、不承不承ながら己が得物に伸ばした手を引っ込めた。
『貴方の目的は、遺跡の調査。わたし達に帰国を勧める理由はそれが貴方の益となるから。わたし達を帰国させてそちらに注意を向けさせる、そんなところかな。きっともう時間はあまり残されてないんだと思う。帝国の人間は堪え性がないもんね……それとも、早急に「真宵の森」から出ていかなくちゃいけない理由が出来た、だったりして』
首を傾け、違う?と言葉でなく態度で問い掛けるエレーナ。しかし、それに対する反応はない。
だから彼女は、
『この考え、わりかし良い線いってると思うんだけどな。貴方もそう思わない? ね、『心読』――コーエン・ソカッチオ』
今度は言葉で、そう尋ねた。
『出ていけと助言をするのがどうしてかなんて、ちょっと考えればすぐに分かる。でも、ううん。だからこそ、分からない。わたしがこの結論に至る事を見通せない貴方ではないと思うから』
『……頭が回る人間はこれだから……』
そう言って、コーエン・ソカッチオと呼ばれた男はほんの少しだけ目を伏せた。
『〝無知は罪なれど、知らぬが花もまた事実〟』
『なに、それ?』
『知らないでおいた方が良い話も世の中にはあるって事だ。考古学者として、もう一度だけ忠告だ。時に、王族の血が歴史を紐解く鍵となるケースも存在する。だからこそ、おれはお前に死なれては困る……カルサスの王女。いいか、お前はあの場に向かうべきではない』
『……どういう、意味かなそれは』
『お前の今の立場を知れば、お前の心情なぞ手に取るように分かる。もう数年も前になるのか。帝国に抵抗した哀れな小国の悲劇――〝カルサスの悲劇〟が起こったのは』
ギリッと歯を軋ませる音が三つ。
しかし、そんな敵意を前にして尚、言葉は止まらない。
『無抵抗の市民までもが虐殺された悲劇。きっとお前は縋りたいのだろう、一縷の希望とやらに。まだ、そうして希望があるうちは良い。仮に、だ。最後に見出したその希望が実はただのまやかしで、無残に殺された愛しい民草が、自我すら持たない化け物への贄となってしまっていたのだという事実を知った時、ただでさえ精神的に弱っている今のお前が耐えられるとは思わんがな』
自我を持たない、化け物。
そして、贄。
その言葉を耳にした途端、腹の奥で醜い感情がどろりと渦巻き始める。興味本位で始めた盗み見であったが……事情が変わった。
今までになく思考は加速して巡り――巡り――巡って俺を答えへと誘う。
最早、網膜に映し出される光景の中に彼らは存在していなかった。
コーエン・ソカッチオは言った。自らを考古学者であると。ならば、知っている事も多いだろう。
帝国とドンパチやるのはもう少し後。だから大ごとにするのは拙い。だから騒ぎに発展させるな。
けれど……確実に聞き出せ。
そう必死に己へ言い聞かせて、俺は立ち上がる。
魂に刻まれた言葉に反応し、奔る憎悪が全身を焦がすも。今はまだ決して悟られるなと、必死に押し隠す。
気持ち足早になりながら、目当ての男の下へと歩み寄る。聴覚が全くと言っていい程機能していなかったが、距離が縮まるにつれて彼らの会話が鼓膜を揺らし始める。
「……シヅキ?」
それは、エレーナの声であった。偽りの名で俺を呼ぶエレーナの声。
疑念に塗れた、どうしてここにいるのかと尋ねる言葉であった。
続けざまに男の声がやってくる。
「誰だ……?」
四方八方より俺へと視線が向けられていた。
彼らには因縁があるのだろう。
言葉を交わさなければならないのだろう。
そんな事は先程のやり取りを見ていれば分かった。その上で、俺は俺の事情を優先する。無遠慮に割り込んでいく。
「なあ、エレーナ。そいつ、ちょいと俺に譲ってくれよ」
顎をしゃくり、数メートル先に立つコーエンを示す。
「え?」
勿論、返ってきたのは気の抜けた返事。どういう事なのか全く理解できていない、そんな声。
「気持ち悪りぃ〝異形〟の化け物。それについて、そいつに聞きたい事があるんだ。だから――いきなりで悪いが、ちょいと相手を譲ってくれ」
第三話 読まれる対価に
「……帝国の情報管理も随分杜撰になったものだ」
溜息混じりに視線を地面に落とすコーエン。その先には薄く伸びた俺の影法師。
「聞き間違いじゃなければ……〝異形〟の化け物と。そう言ったか」
そう言ってコーエンは再び顔を上げる。圧のような何かを孕んだ視線が俺を正面から射抜いた。
「確かに、言葉すら理解できない畜生ならば、おれも知っている。仮に、それがお前の言う〝異形〟に当てはまったとして……おれがお前の問いに答える義理はどこにある?」
「答える義理はどこにもない、が」
俺はあえて言葉をひと区切りし、
「答える理由ならあるさ」
コーエンはエレーナとの会話の中で、己を『考古学者』と呼んでいた。
この地――『真宵の森』に彼がいる理由は恐らく、エレーナと同じく、古代遺跡とやらに関係している。そしてそこにはきっと、ルドルフが刻んだ過去がある。その解読ができていないからこそ、コーエンはこの場にいるのだろう。
「俺は、この先にある遺跡を解読する事ができる」
俺に学はない。あの文字から規則性を見つけ、解読するなど到底不可能だ。しかし、真にルドルフが刻んだ遺跡ならば、あの時代を生きた俺ならば、伝えたい事を読み取る事ができる。それだけは絶対であると、そう言い切れた。
「……まさかその戯言が、おれがお前の問いに答える理由とでも言いたいのか?」
「悲しい事に、証明する手段は今はないけどな」
何となく、コーエンにはそれで伝わると思ってしまった。
理屈でも、経験則でもない。ただ、何となく。
そう言えば、彼には全てが伝わるような気がした。
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