前世は剣帝。今生クズ王子

アルト

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2巻

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 プロローグ


 アフィリス王国での戦争を終えたと思いきや、今度は親交のある水の国リィンツェルに兄上――グレリア・ヘンゼ・ディストブルグのお供として馳せ参じる事となった、俺――ファイ・ヘンゼ・ディストブルグ。諸国にとどろく蔑称――〝クズ王子〟らしい堕落した生活は遠ざかる一方であった。
 そんな中、王族同士の顔合わせの際に飛び出した、リィンツェルの第二王子ウェルス・メイ・リィンツェルによる侵攻宣言。
 グレリア兄上とウェルスの密談に聞き耳を立ててみれば、家族を救う為に『虹の花』なる薬草を手に入れなければならないらしく、唯一その花が咲くサーデンス王国に戦争を仕掛けるのだという。
 そしてグレリア兄上は、その虹の花の入手に肩入れするようなのだが、それが自生する場所はおとぎ話の如く語り継がれているような魔窟。グレリア兄上は俺をそんな場所へと連れていく気はないようで、俺を抜きにして話は進んでいく。
 それでも、俺は己の本能が知らせる嫌な予感を信じ、グレリア兄上の助けになるべく独断でとある準備を進めていた。

「大事な人を危険な場所に向かわせたくない。その気持ちは痛いくらい分かる。でも……なんか複雑だな」
「……なんの話?」

 にび色に染まった空に見下ろされながら、俺はそうひとりごちる。それに反応したのは、つい先程顔を合わせたばかりの一人の少年。この『店』の番だと名乗った傭兵の彼であった。

「俺に傷付いてほしくないんだろうけど、俺だって……あぁ、いや、何でもない。コッチの話だ」

 裏路地の薄汚れた壁にもたれかかりながら、無意識のうちに言葉が口をいて出てしまった事を慌てて誤魔化ごまかす。
 探していた者――『豪商ごうしょう』ドヴォルグ・ツァーリッヒがやって来るまでここに居座ると俺が言い、それに対して半ば投げやりに、勝手にすれば?と少年が言い放ってから早数分。一切まともな会話もなく、ただただ時間だけが過ぎ去っていく。

「取り越し苦労に、なってくれれば一番良いんだけどな」

 そんな独り言は、吹かれる風にさらわれて消えていった。




 第一話 集まり


 部屋の中央に置かれた横長のテーブル。
 その左右両側に三つずつ椅子が置かれており、そこで国の重要人物と呼ばれる者達が五人、顔を突き合わせていた。

「さて、そろそろ始めよう」

 メイドが紅茶の入ったカップを配り終わり、退室した事を見届けてから、赤髪の青年――ウェルス・メイ・リィンツェルがそう話を切り出した。
 席の配置は、ウェルスの右隣に長い赤髪をシニヨンに纏めた少女――リーシェン・メイ・リィンツェル。左隣に、くせの白衣の男性――ロウル・ツベルグ。
 そしてウェルスと向き合うように、ディストブルグ王国が第一王子グレリア・ヘンゼ・ディストブルグ。普段とは異なり、騎士服のようなものを着衣したフェリ・フォン・ユグスティヌが、その左隣に座っていた。

「その前に一つ、宜しいでしょうか」


 控えめに手を挙げ、発言をしたのは、この場において一番の年少者である少女――

「どうした、リーシェン」

 リィンツェル王国の謎多き第二王女リーシェン・メイ・リィンツェルであった。

「私は、今日の話し合いは四人でと聞いていたのですが」

 そう言ってリーシェンはフェリを注視する。
 特に、その腰に下げられていた二本の剣のうちの一つ、影色に染まった剣に対して嫌悪感をき出しにし、ささくれ立った様子で問い掛けた。

「訳あってこのフェリにも参加してもらう事になった。実力はオレが保証しよう。何か不都合でもあるか、ウェルスの妹」

 疑問に対して返答をしようと口を開きかけたフェリだったが、相手の立場が王族であるが故、可能な限り気分を害さないようにと悩んでいる隙に、代わってグレリアが声を上げた。

「……いえ」

 他意はない。そう断言するグレリアに対しても、フェリへの感情の残滓ざんしをほんの僅かに向けてしまうリーシェンだったが、それも一瞬の出来事。どろりと胸の奥でうず巻き始めていた感情にふたをし、ごほん、とわざとらしくき込んでみせる。

「事情は分かりました。でしたら私から一つだけお願いが」

 彼女なりに一番たりさわりがないであろう選択肢を瞬時に判断し、選び抜く。辿り着いた答えは、今しがた口にした言葉の通り、『お願い』をする事であった。
 彼女は――リーシェン・メイ・リィンツェルという少女は、色々なモノが先天性の特異体質者である。
 本来、視覚とは姿形を認識する役割しか果たさない。だからそれを補うように他の聴覚なり味覚なりという五感が、身体に備わっている。
 しかし、彼女だけは違った。
 本来人間に備え付けられた視覚という機能の領分から、リーシェンのそれは遥かに逸脱していた。それこそ視覚一つで他の五覚を補えてしまう程に。
 視えてしまうのだ。感情が。過去が。未来が。声が。記憶が。心が。憎悪が。悪意が。善意が。好意が。そして、死、が。誰も視覚によって認識できないであろう情報の奔流が、半ば強制的に視えてしまうのだ。
 それでも、歳を重ねていくうちに、それらは幾分か制御ができるようになっていた。己の精神を守る為の自己防衛本能なのか、意図的に視ないように心掛ければ、彼女自身のをそれなりに抑える事が可能となっていた。
 ただ、それでも視えてしまうものもある。
 例えば、視る視ない以前に、否が応でも存在感を主張してくる感情のかたまりのようなもの。
 言ってしまえば、今のリーシェンは視え過ぎるが故に、その視力を抑えるべくくもった眼鏡をあえて掛けている状態に近い。つまり急拵きゅうごしらえのフィルターをかけているものだから完全にシャットアウトはできず、幾ら視ないように心掛けようとも、今回のように視えてしまう事も多々あった。

「腰に下げられているその黒塗りの剣を……別の部屋に収めて来ては頂けませんか」

 そう、リーシェンは言った。
 フェリは名目上、グレリアの護衛扱いである。
 故に帯剣が許されており、同様にロウルもまたある程度の武装をしていた。勿論、会議の結果次第で反目するかもしれないからという理由ではなく、突然この場に侵入者がやって来てしまうような事態を予想して、である。
 だから、リーシェンの発言は帯剣をしている事に対しての不満ではなかった。今し方指定した、黒塗りの剣にのみ向けられた嫌悪であった。

「その剣は、私には刺激が強くて」

 場が場であるから、リーシェンは慎重に言葉を吟味ぎんみしてから発言をする。こうした場でなければ、単刀直入に不快だ、と言ってしまっていたかもしれない。どうにか取り繕おうとする彼女であったが、そんな心境とは裏腹に、表情は嫌悪感で歪められていた。

「…………」

 対してフェリはリーシェンの発言を受け、口元にほんの僅かなしわを寄せた。
 彼女が指定した黒塗りの剣が、もし仮に、フェリにとって何の意味も持たないただの剣であれば、分かりましたと一切の抵抗もなく手放した事だろう。
 しかし、影色に染まった黒塗りの剣はある人から託された物である。今のフェリにとって、肌身離さず手にしておきたい物であった。だから口ごもり、返答に躊躇ちゅうちょする。究極とも言える選択に頭を悩ませる。
 そんな折だった。

「……その剣。あの少年のモノですよね?」

 リーシェンの発言によって、黒塗りの剣――〝影剣スパーダ〟の存在に気が付いたのだろう。
 話題に上がった剣に心当たりがあったロウルが、割って入るように話に混ざる。
『あの少年』というワードに当てはまる人物なぞ、フェリにとっては一人しかいない。だから、ロウルと『あの少年』に繋がりがあった事に対して多少の疑問を感じながらも、はい、と控えめに肯定した。

「リーシェン殿下」
「なんですか、ロウル」

 この二人の関係はそれなりに近いのだろう。
 リーシェンは、ロウルにとって天上の立場である王族にもかかわらず、会話に遠慮が一切感じられない。そして、無礼と捉えられてもおかしくないその態度をリーシェン自身がとがめる素振りもない。このやり取りは、二人の関係を鮮明に表していた。

「仕える主人から下賜かしされたの物を置いてこいというのは、いささこくなお願いとは思いませんか? 此方はお願いする立場にあります。我慢して頂けませんか?」
「……これは、私なりの心遣いでもあります」
「勿論、それは承知しております。それを踏まえた上で、ですよ」

 リーシェンが『視える』体質である事は、ロウルも既知だ。であれば、そんな彼女が嫌悪する物がどんな物か、それを分からない彼ではない。にもかかわらず、発言を取り下げろと暗に言ってくる彼に、リーシェンは眉根を寄せた。
 どす黒い負の感情に似た黒いもやが、視線の先にある剣からどうしてか視えてしまう。
 それはきっとロクでもない物だ。そう思いながらもジッと見つめ続けていると、彼女の耳に、ざ、ざざ……というノイズが走った。
 リーシェンにとって身に覚えのある感覚だった。それも、あまり思い出したくないたぐいの。この感覚は、耐え難い悲痛の過去を幻視する時の――
 それを素早く悟った彼女は、まぶたを閉じる。
 己の目が捉えた情報を無理矢理に弾き飛ばさんと、考えをシャットアウトした。
 そして一拍、二拍と沈黙が続き、水を打ったように場は静まり返った。

「私は、リィンツェル王国が第二王女、リーシェン・メイ・リィンツェルと申します。お名前を伺っても宜しいですか? エルフの方」
「……フェリ・フォン・ユグスティヌと申します。リーシェン殿下」
「では、フェリさんとお呼びさせて頂きます。その黒剣ですが」

 言葉が、止まる。
 悩ましげな態度のまま、リーシェンはどう言い表すのが正解であるかを吟味しつつ、けれどやはり適切な言葉は思い浮かんではくれなかったのか――

「……あまり縁起の良いものではないと思います。取り扱いにはくれぐれも気を付けてください。先程の発言は取り消します。話の腰を折って申し訳ありませんでした」

 当たり障りのない言葉を並べ、ぺこりと頭を小さく下げた。

「い、いえ!! 私こそ、我儘わがままを申してすみませんでした」

 王族に頭を下げさせてしまった。その事実に深い罪悪感を覚えてひどく狼狽ろうばいしながら、フェリも遅れじと頭を下げる。
 二人のそんな様子を見て、解決したと判断したのだろう。今度こそとばかりにウェルスが話を再度切り出した。

わたし達の目的は、サーデンス王国領土である孤島に自生する虹の花。その入手だ」

 万病を治すと言われる伝説の
 しかし、効果が絶大な反面、その入手は困難を極める。いわく、島には強大な魔物が多く潜んでおり、中には〝英雄〟と呼ばれる者達に苦境を強いた魔物もいたという言い伝えすら残っている程。そのせいで滅多に人が訪れようとせず、島に関する情報は殆ど存在していない。故に、花を入手しようとするならば、可能な限りの戦力を集める事は必要不可欠であった。

「このメンツが恐らく、現状において集められる最高戦力であるとわたしは思っている」

 ウェルスが周囲に視線を向けた。
〝英雄〟であるロウル・ツベルグ。
 特異体質であり、戦闘能力さえ度外視すれば〝英雄〟と同格以上の力を発揮するリーシェン・メイ・リィンツェル。
〝英雄〟に届き得る存在とまで呼ばれたグレリア・ヘンゼ・ディストブルグ。
 加えて、先代の頃よりディストブルグを支え続ける王子付きメイドであるフェリ・フォン・ユグスティヌ。
 最後に――

「言い出しっぺはわたしだ。もちろん、足手纏あしでまといになるつもりは微塵みじんもない」

 これ見よがしにウェルスは腕をまくる。
 そこには、刺青いれずみ彷彿ほうふつさせる刻印がずらりと彫り込まれていた。

「ウェルスお兄様……貴方って人は……」

 右隣から呆れる声が聞こえるも、それに反応する事もなく、ウェルスは言葉を続ける。

「リィンツェル王家に伝わる刻印術式――『フェレズィア』」

 代々受け継がれてきたそれは、本来であれば国の跡継ぎのみが刻めるもの。
 それを、国のトップである現国王と跡継ぎのはずの第一王子が床にせっているからと、ウェルスは独断で自らに刻み込んできたのだ。
 リーシェンが呆れるのも仕方がないと言えた。

「これで〝英雄〟格は三人。だけれど、所詮わたしはまがい物。虹の花を確実に手に入れる為にはもう一人、〝英雄〟格が欲しい」

 それは当初よりロウルから言われていた事である。リーシェンを連れたとしても、〝英雄〟は三人は必要であると。
 だが、無いものは無いのだ。どれだけ望もうとも、都合良く手元に降って湧いてくる事は、逆立ちしようともあり得ない。
 だからこそ、ウェルスは考えた。
 自国にないのであれば、余所から持ってくれば良いのでは、と。

「ですので、サーデンス王国にて、とある〝英雄〟に声をかけるつもりです」

 ウェルスに代わってロウルが言う。
 一見、完全なアウェーとも思えるサーデンス王国であるが、実のところそうでもなかったりする。
 サーデンス王国の言い伝えは有名である。その言い伝えを頼ってサーデンス王国に向かう者は後を絶たない。
 そして、虹の花を手に入れられるチームを求めている〝英雄〟が居ついたりと、サーデンス王国とは全く無関係の人材が数多く在留している。

「声をかける予定であるのは『虚離きょり使い』と呼ばれる〝英雄〟」

 半径二〇〇メートル。その間であれば一瞬で距離を詰め、また遠ざける事ができる固有能力を持ち、それは自身だけでなく他人さえも対象可能とする、移動のスペシャリスト。どこにでも存在し、まるでそこにいなかったかのように一瞬で姿を消す。まさしくきょのような存在。
 故に『虚離使い』。

「戦闘能力においても、〝英雄〟の中で上位に位置する者です。リーシェン殿下と『虚離使い』には虹の花の捜索に専念して頂き、魔物を食い止める役割はこの二人を除いた全員で行う予定です」
「……信用はできるのか?」

 このメンバーの中で誰が最重要人物かは、言われずとも全員が認識している。間違いなく、リーシェン・メイ・リィンツェルである。
 彼女を大して交流もない人間一人に任せるのは如何なものなのか。そう指摘するグレリアの意見は至極当然のものであった。

「この作戦は、リーシェン姫殿下有りきです。彼女は何があっても死なせるわけにはいきません。ですので、最も強く、もしもの際には確実に逃がす事のできる人間を側に置かなければなりません」

 それに、とロウルが言葉を続ける。

「向こうに着けば、嫌でも分かりますが、虹の花を取るにあたって、虚離の能力を用いて魔物との戦闘を避ける事ができる彼以上に適した人間はいないでしょう」

 それは、実際に赴き、帰還した人間の言葉だ。
 今この場において、ロウルの言葉以上に信を置ける発言は存在しない。その、いやに実感のこもった言葉を前に、ならばこれ以上言う事はないとグレリアは口を閉ざした。

「もうすでに、時間は迫ってます」

 何の時間なのか。
 それを尋ねる人間はいない。
 誰もが、病で床に臥せっている人間の時間である、と認識していたから。その為のこの場であったから。

「二日後の朝に出立。船はすでに手配してあります」

 ここリィンツェル王国とサーデンス王国の間は海で隔てられている。だから船を使って移動するしか方法はない。
 加えて『虚離使い』に接触して協力を仰ぎ、孤島に入る手続きをしなければならないなど、やる事は山積みであった。

「分かった」

 グレリアがそう返事をする。
 グレリア達がこの国にやって来た本来の目的である第三王子の誕生日パーティーは、本人が床に臥せっている事を理由として、先延ばしになる事がすでに決定していた。
 ウェルスがディストブルグに招待状を出したのが、第三王子が倒れる数日前。
 招待状のタイミングは運が良かったのか、悪かったのかと二人で苦笑いしていた記憶はまだ新しい。

「では、二日後にまた――」

 顔合わせと情報共有。それらを目的とした話し合いは、ロウルのその言葉をもって終わりを告げた。


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