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10話
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◆◇◆◇◆◇
────何も思っていない相手に、冗談でもそんな事を口にする訳がないというのに。
ノアと話をしていたヴァンは、喉元付近にまで出掛かったその言葉をすんでのところで飲み込んでいた。
ノア・アイルノーツという少女は、アイルノーツの屋敷の中では、いない人間として扱われていた。
それをヴァンが知ったのは、ノアと出会い、友になろうと言われたあの日から一ヶ月ほど経過したある日のこと。
ノアは知らない事だが、アイルノーツの屋敷にヴァンは何度か訪ねた事があった。
偶然、近くに寄ったから。
相談したい事があったから。
単純に、話をしたかったから。
理由は様々であったが、いつ訪ねても屋敷の人間からの返事は「いない」の一点張りだった。
初めは、それが留守という意味だと思っていた。だが、その実、使用人達が口にする「いない」が、そんな「人間」は、アイルノーツにはいないという意味であるとヴァンが知る事になる。
ヴァンにとって、ノアは友達だ。
己にとって唯一の友がそのような扱いをされている。そう知ったヴァンは激情に駆られ、どういう事なんだとアイルノーツの当主の下にまで怒鳴りに向かおうとすらしていた。
だが、偶然にも居合わせたハクの存在のお陰で、その最悪の事態は避けられる事になった。
『────だからノアは、成人を迎えると同時に家を出るつもりにしてるんだ』
その時既に、ある程度の事はお互いに話していた。故に、ノアが成人を迎えると共に家を出るつもりにしている事もヴァンは知っていた。
ノア本人は、世界を見て回りたいから。
ハクの故郷にも行ってみたいから。
貴族令嬢って、堅苦しいし、私の性にあってないんだよね。
そんなポジティブな事ばかり言っていたから気付けなかったが、貴族令嬢である筈の彼女が家を出ようとする最たる理由がソレだったのだと、その時ヴァンは漸く気付けた。
だからヴァンは、ノアが貶められているなら、貶められないようにすればいい。
そう思い、自身の公爵としての地位を利用しようとした。ハクにその為に協力をしてくれと告げた事もあった。
けれど、ハクはその申し出に首を横に振った。
理由は単純だった。
きっとノアは、それを求めてない。
気を遣わせてしまったって、キミに遠慮するようになると思う。
出来ればそれは、ノアがキミに助けを求めるような事があった場合だけにして欲しい。
ノアも、初めて友達が出来たって、いつになく毎日を楽しそうに過ごしてるから。
それを壊したくないと言うハクの言葉に、ヴァンも頷く事しか出来なかった。
そうなる未来が、ヴァンの中でも容易に想像出来てしまったから。
そしてその事を知ったヴァンが、ノアの心境を思い、深刻そうな顔を浮かべていた事があった。
どう声を掛けたらいいのか。
なにを話せば、いいのか。
悩むヴァンだったが、一番辛いであろうノアは、何も気にした様子もなく振る舞っていた。
どころか、そんな表情を浮かべるヴァンを心配し、気を遣ってくる始末だった。
『何か辛い事でもあった? そうだ。私が相談に乗ってあげよっか。ほらほら、解決はしないかもしれないけど、誰かに相談すると良いって言うでしょ?』
一番辛いのはノアだろうが。
ヴァンはそう言いたかった。
俺の心配より、自分の心配をしろと叫びたかった。
でも、言えなかった。
ノアにとって、それが当たり前なのだ。
実家での扱いも、周囲からの思われ方も。
何もかもが彼女にとってはもう当たり前。
だから気にしてないし、気にする事でもないと割り切っているのだろう。
……俺なんかよりも、ずっと強い人だ。
ノアに対してそんな感情を抱くと同時、ヴァンはその日以降、多少強引でも、ノアをパーティーから連れ出すようになった。
せめて自分と二人きりの時は、心から笑っていてほしいと思ったから。
この感情の正体がヴァンには分からなかったが、不思議と嫌いじゃなかった。
気が付けばずっと目で追うようになっていて────そして、今回の婚約の件については、考えるより先に動いていた。
『いいんじゃねえの。これまで、手を差し伸べようにも差し伸べられなくてウズウズしてたんだろ。助けてやればいいじゃねえか。権力ってのは、時にはそうやって使うもんだぜ』
親父殿────カルロスは、思いの外、あっさりとヴァンに許可を出した。
辺境伯から恨まれる事になるかもしれない件については、義理があるなら話は別だが、どうして貴族の中でも狡っ辛い事で有名なあの辺境伯風情に遠慮しなきゃいけねえよ? と、強気過ぎる返事を貰っていた。
それでいいのか、公爵家当主と思いはしたものの、あの時に限って言えば父のその言葉がヴァンにとっては何よりも頼もしく思えた。
ヴァン自身、最後の最後まで成人を迎えたら家を出るというノアの言葉を尊重するつもりでいた。
だから、ノアを助ける事に繋がるという逃げ道が用意されていて尚、己の婚約者にと望む事をしなかったし、そういう話を極力持ち出す事はしなかった。
貴族が苦手であるノアを、ヴァンの我儘で拘束する訳にはいかないと考えていたから。
そんなのは、ただの自分勝手だから。
でも今回の出来事があって、それが覆った。
だから、そんな顔をしなくていいのに。
そんな、申し訳なさそうな言葉を口にしなくて良いのに。
だってこれは、俺が望んで。
俺が好きでやった事なのだから────。
「……確かに、先は長そうだ」
呆れるハクの言葉に、ヴァンは肯定する。
明確な言葉にした事はほとんど無かったとはいえ、ノアは他者からの好意に全く気付こうとすらしない。
……いや、気付けない、と言った方が適当か。
でも、ヴァンはそれで構わなかった。
成人と共に家を出るつもりだった頃のノアならば、時間は敵であったが、経緯は兎も角、婚約者として落ち着くことになった今、時間は味方だ。
なら、ゆっくりと時間を掛けて自覚して貰えるようにしよう。
そんな事を思いながら、「……なんか仲間外れにされてる感じするんだけど」と、不貞腐れるノアの言葉に、ヴァンは笑った。
────何も思っていない相手に、冗談でもそんな事を口にする訳がないというのに。
ノアと話をしていたヴァンは、喉元付近にまで出掛かったその言葉をすんでのところで飲み込んでいた。
ノア・アイルノーツという少女は、アイルノーツの屋敷の中では、いない人間として扱われていた。
それをヴァンが知ったのは、ノアと出会い、友になろうと言われたあの日から一ヶ月ほど経過したある日のこと。
ノアは知らない事だが、アイルノーツの屋敷にヴァンは何度か訪ねた事があった。
偶然、近くに寄ったから。
相談したい事があったから。
単純に、話をしたかったから。
理由は様々であったが、いつ訪ねても屋敷の人間からの返事は「いない」の一点張りだった。
初めは、それが留守という意味だと思っていた。だが、その実、使用人達が口にする「いない」が、そんな「人間」は、アイルノーツにはいないという意味であるとヴァンが知る事になる。
ヴァンにとって、ノアは友達だ。
己にとって唯一の友がそのような扱いをされている。そう知ったヴァンは激情に駆られ、どういう事なんだとアイルノーツの当主の下にまで怒鳴りに向かおうとすらしていた。
だが、偶然にも居合わせたハクの存在のお陰で、その最悪の事態は避けられる事になった。
『────だからノアは、成人を迎えると同時に家を出るつもりにしてるんだ』
その時既に、ある程度の事はお互いに話していた。故に、ノアが成人を迎えると共に家を出るつもりにしている事もヴァンは知っていた。
ノア本人は、世界を見て回りたいから。
ハクの故郷にも行ってみたいから。
貴族令嬢って、堅苦しいし、私の性にあってないんだよね。
そんなポジティブな事ばかり言っていたから気付けなかったが、貴族令嬢である筈の彼女が家を出ようとする最たる理由がソレだったのだと、その時ヴァンは漸く気付けた。
だからヴァンは、ノアが貶められているなら、貶められないようにすればいい。
そう思い、自身の公爵としての地位を利用しようとした。ハクにその為に協力をしてくれと告げた事もあった。
けれど、ハクはその申し出に首を横に振った。
理由は単純だった。
きっとノアは、それを求めてない。
気を遣わせてしまったって、キミに遠慮するようになると思う。
出来ればそれは、ノアがキミに助けを求めるような事があった場合だけにして欲しい。
ノアも、初めて友達が出来たって、いつになく毎日を楽しそうに過ごしてるから。
それを壊したくないと言うハクの言葉に、ヴァンも頷く事しか出来なかった。
そうなる未来が、ヴァンの中でも容易に想像出来てしまったから。
そしてその事を知ったヴァンが、ノアの心境を思い、深刻そうな顔を浮かべていた事があった。
どう声を掛けたらいいのか。
なにを話せば、いいのか。
悩むヴァンだったが、一番辛いであろうノアは、何も気にした様子もなく振る舞っていた。
どころか、そんな表情を浮かべるヴァンを心配し、気を遣ってくる始末だった。
『何か辛い事でもあった? そうだ。私が相談に乗ってあげよっか。ほらほら、解決はしないかもしれないけど、誰かに相談すると良いって言うでしょ?』
一番辛いのはノアだろうが。
ヴァンはそう言いたかった。
俺の心配より、自分の心配をしろと叫びたかった。
でも、言えなかった。
ノアにとって、それが当たり前なのだ。
実家での扱いも、周囲からの思われ方も。
何もかもが彼女にとってはもう当たり前。
だから気にしてないし、気にする事でもないと割り切っているのだろう。
……俺なんかよりも、ずっと強い人だ。
ノアに対してそんな感情を抱くと同時、ヴァンはその日以降、多少強引でも、ノアをパーティーから連れ出すようになった。
せめて自分と二人きりの時は、心から笑っていてほしいと思ったから。
この感情の正体がヴァンには分からなかったが、不思議と嫌いじゃなかった。
気が付けばずっと目で追うようになっていて────そして、今回の婚約の件については、考えるより先に動いていた。
『いいんじゃねえの。これまで、手を差し伸べようにも差し伸べられなくてウズウズしてたんだろ。助けてやればいいじゃねえか。権力ってのは、時にはそうやって使うもんだぜ』
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それでいいのか、公爵家当主と思いはしたものの、あの時に限って言えば父のその言葉がヴァンにとっては何よりも頼もしく思えた。
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だから、ノアを助ける事に繋がるという逃げ道が用意されていて尚、己の婚約者にと望む事をしなかったし、そういう話を極力持ち出す事はしなかった。
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そんなのは、ただの自分勝手だから。
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だから、そんな顔をしなくていいのに。
そんな、申し訳なさそうな言葉を口にしなくて良いのに。
だってこれは、俺が望んで。
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「……確かに、先は長そうだ」
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……いや、気付けない、と言った方が適当か。
でも、ヴァンはそれで構わなかった。
成人と共に家を出るつもりだった頃のノアならば、時間は敵であったが、経緯は兎も角、婚約者として落ち着くことになった今、時間は味方だ。
なら、ゆっくりと時間を掛けて自覚して貰えるようにしよう。
そんな事を思いながら、「……なんか仲間外れにされてる感じするんだけど」と、不貞腐れるノアの言葉に、ヴァンは笑った。
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