落ちこぼれ令嬢は、公爵閣下からの溺愛に気付かない〜婚約者に指名されたのは才色兼備の姉ではなく、私でした〜

アルト

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7話

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◆◇◆◇◆

 ────一体、どういう事なのかしら。

 ────どうしてヴァン公子は、アリスさんではなく、落ちこぼれの妹さんを選んだの?

 ────もしかして、実は。


 ヴァンとノアが居なくなった会場。
 しんと静まり返った会場では、小声の会話がよく響いた。
 そしてそれは、未だ現状を正しく理解出来ていない……否、頭が追いついていないアリスの耳にもしっかりと届いていた。

『俺はノアの方がいい』

 だが、ヴァンが言い残したその言葉のせいで、冷静に物事を考える力すら削り取られているアリスに、周囲の声を咎めるという選択肢はなかった。
 彼女の頭にあるのは、何故そうなってしまったのかについて。
 それがぐるぐると堂々巡りのように頭の中でひたすら繰り返される。

 ヴァンの言葉を鵜呑みにするならば────まるでそれは、己がノアに劣っているようではないか。
 容姿も。頭脳も。魔法の才も。人望も。

 何もかもがノアより優れている己が、何故ああ言われなければならないのか。
 何故、よりにもよってノアが選ばれたのか。

 間違いなく、自身が選ばれる筈だった。
 周囲の貴族達は勿論、両親も、誰も彼もがお似合いと褒め、選ばれると断言してくれていた。なのに。
 なのに、なのに、どうしてこうなった?
 どこから────自分は間違っていた?

「どうして、ですの?」

 無意識のうちに、アリスの口から疑問がこぼれ落ちた。

 隣では、両親が必死に茫然自失となるアリスの事を励まそうとぎこちない様子で言葉を投げ掛けてくる。
 しかし、それらの言葉は右から左へ素通りしていた。アリスが求めているのは励ましの言葉ではない。
 彼女が求めているのは、これはタチの悪い夢だ。という言葉一つだけだった。

「どうして、わたくしじゃなく、ノアが選ばれるんですの?」

 考えても考えても、答えは出ない。
 ただ何より、今この空間に居続ける事がアリスにとって苦痛だった。
 本来、羨望のような眼差しを向けられる存在である筈の己が、こうして奇異の目に晒される事は不愉快極まりなかった。

「……。少し、風に当たってきますわ」

 ふらふらとした足取りで、アリスは一旦、会場を後にする事を選んだ。
 頭にこそ入ってはこないが、周囲の雑音が今のアリスにはひどく気に障った。



 当てもなく、歩く。
 歩いて、歩いて、歩いた先。
 花に誘われる蝶のように、アリスはソコへ辿り着いていた。

『────きっと、騙されてるに違いない』

 これが夢でないならば────そう、きっとヴァンはノアに騙されているのだ。
 そう考えていたアリスの考えを肯定する声が、不意にやって来た。

 変声期を迎える前の幼い少年を思わせるその声に、アリスは振り向く。

『そうでなければ、あり得ない。だって、全てにおいて自分はノアより優れてる筈なのに』

 妙に、頭の奥にまで響く声。
 アリスの視界に映り込んだ貴族然とした服装の少年は、一体誰なのか。

 普段ならば訝しんでいた事だろう。

 だが、今のアリスからすればどうでも良かった。彼がどうして、こんなところにいるのか。
 どうして、会場にいなかったであろう目の前の少年がその事を知っているのか。

 そんな事よりも、自分の考えを肯定してくれる。その一点が、アリスにとっては何よりも重要だった。
 否、もしかするとそうなるように仕掛けを施された結果なのかもしれない。
 しかし、どうでも良かった。

『そうだよね、アリス・アイルノーツさん』
「……えぇ、そうですわ。そうとしか考えられませんわ」

 だから、得体の知れない少年に背を向けるのではなく、向けられる声にアリスは応じた。

『君の妹の魔の手から、ヴァン・エスタークを救う方法がある』

 ああ、やはり自分は間違っていなかったのだ。あれは、タチの悪い夢だったのだ。
 ヴァン・エスタークの隣には、やはり、わたくしのような人間がいるのが正しい。

 虚無感に苛まれていた筈の胸中が満たされていく感覚に、アリスは破顔した。

『これを会場で使えば、きっと君の悪い夢も覚めるはずだよ』

 両手に収まる程度の大きさのソレは、香炉に似ていた。

「それは、本当ですの?」
『ああ、勿論だとも。だけど、出来れば人が多く集まっている時がいいかな。それに、公子を騙して君に恥をかかせるような人間の悪事は、多くの人の目に晒してこそ、だろう?』
「ええ……ええ! そうですわ。その通りですわ」

 汚い手段を取った人間には、それ相応の報いがあって然るべきだ。
 目の前の少年はそれをちゃんと分かっている。

 次第に気分が良くなってゆくアリスは、少年から迷いなく香炉を受け取った。
 そして、会場に気分良く戻ろうと思った時、ふと気づいた。

 あの少年は、一体何者だったのだろうか。

 はやる気持ちを抑え切れず、踵を返した筈のアリスは再び振り返る。
 だが、その時既にそこに少年の姿はなかった。

 アリスの手の中には間違いなく香炉がある。
 少年がいた事は紛れもない事実。
 しかし、まるで神隠しにでもあったかのように少年の姿は跡形もなく消えてしまっている。

「……奇妙なこともあったものですわね」

 不気味極まりない先の現象に、多少の、、、違和感を覚えながらも、アリスはその足で再び会場へと向かう事にした。
 



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