5 / 26
5話
しおりを挟む
ヴァンの発言に頭が真っ白になったのは私だけではないようで、その衝撃的な発言。
行動に、先程までの黄色い声が嘘のように静まり返ってしまう。
そんな中、どうにか絞り出すように口にされたアリスの言葉によって沈黙が破られる。
「……ぁ、あの、ヴァン公子?」
信じられない。
何かの嘘ではないのか。
常に自分に自信を持つアリスらしくない様子だったから、姉がどういう事を考えているのかが手に取るように分かってしまった。
だが、アリスが思い浮かべているその可能性は、今し方、三歩後ろで待機していた私の目の前で優しく微笑むヴァンの行動が容赦なく否定している。
ヴァンが私とアリスを間違えたという可能性は皆無と言っていいだろう。
だからこそ、アリスは余計に目の前の光景を信じられなかったのかもしれない。
ちなみに私も信じられなかった。
『成る程? 確かに、ヴァンはアイルノーツと縁を結びたいとは言ってたけど、アリスとは言ってない。何も嘘は吐いてないって訳だ』
唯一冷静だったハクが、この珍妙な光景を見下ろしながら優雅に考察していた。
確かにそうなんだけど。
確かにそうなんだけども……!
(後で全部説明する)
どういう事なんだと目で訴え掛ける私を見詰めながら、口パクでヴァンが答える。
パーティーから抜け出しては、時折、エスターク公爵家の御当主から逃げる。
その際に、音を立てず、時間を掛けずに意思疎通を何度も行っていた事もあって、アイコンタクトはばっちりであった。
「どうかなさいましたか、アリス嬢」
肩越しに振り返り、ヴァンがアリスの呟きに応じる。
「……失礼ですが、名前を間違ってはいらっしゃいませんか。とてもじゃありませんが、ノアがヴァン公子に釣り合うとは思えませんの」
アリスは、才色兼備なアイルノーツの才女を、ノア・アイルノーツと勘違いしている線を疑っているようだった。
『落ちこぼれ』『出涸らし』『出来損ない』
呼ばれた蔑称の数は数知れず、そんな私がヴァンと釣り合う訳がない。
その気持ちは私としても分かるが、二年も頻繁にパーティーの招待をされておいて名前を覚え間違っていたという可能性は、冷静になればあり得ないとすぐに分かる事だろう。
だが、それを考えられるだけの冷静さすら今のアリスからは削り取られていた。
「ヴァン公子のような素敵な殿方には、わたくしのような人間が相応しいに決まっていますわ」
そんな自信過剰が許され、罷り通る程にはアリスは完全無欠とも言える容姿。
そして、才を持っていた。
対して私は、パーティーでは決まって隅っこにて時間を潰し、交友関係もかなり狭い。
才能言わずもがな、魔法の才は姉に劣るどころか、手も足も出ない始末だ。
容姿だけは、姉妹という事もあって似ているが、華があるのはアリスの方だ。
私がそんな事を思う側で、愛想笑いを顔に貼り付けていたヴァンが答える。
「確かに、貴女は素敵な女性だと思います。容姿は端麗で、頭脳明晰。魔法の才能も突出している。家格も高く、人望もあるようだ」
自分の方が相応しいと口にするアリスを擁護するように、同調する声、仕草を見せていた他の令嬢達を見て、ヴァンは淡々と述べる。
「ただ、俺はノアがいい。これはそれだけの話です。それに、彼女を俺の婚約者として迎える件については、親父殿も賛同してくれています。ノアならば、文句はないと」
……初耳だった。
というか、私はパーティーから抜け出すヴァンの手助けをしていた張本人なので、かなり恨まれてる気がしてたんだけど、何故賛同してくれているのか。
ヴァンの出まかせだと思うが、もしこれが事実なら不気味極まりない。
いい根性してるなと絞られる未来しか見えなかった。
「……カルロス殿が?」
ヴァンの発言に、お父様が驚きのあまり声を上げていた。
きっと、まるでエスターク公爵が私の事を以前から知っているかのような物言いが引っ掛かったのだろう。
カルロス・エスターク。
エスターク公爵家が主催するパーティーに何度も参加しているので顔はよく知っている。
性格は、少しだけ気難しそうな人。
武人気質、とでもいうべきか。
勿論、私は一度として話した事も、面と向かって顔を合わせた事もない。
「しかし、ですな。ヴァン殿には大変申し上げ難いのですが、うちのノアは」
恐らく、アリスの憂さ晴らしで勧められた縁談の事を持ち出そうとしたのだろう。
だが、待ってましたと言わんばかりにこのタイミングで被せるようにヴァンは声を張り上げる。
「ええ。ですから、こうして恙なく縁談の件を了承して貰えてホッとしています。この件については後ほど、父も交えてお話させて頂ければ。それと、少し彼女と話がしたいのですが、お借りしても?」
にっこりと笑うヴァンの笑顔は、それはもう満面という言葉がピッタリだった。
お父様も、娘の嫁ぎ先は決まっていないと言質を取られた事。
可愛がっていたアリスではないとはいえ、エスターク公爵家と縁が結べる事。
それらに対して葛藤をしていたのだろう。
生返事となりながらも、「……ぇ、ええ」と肯定した事で、ひとまず私は愛想笑いを浮かべるヴァンに手を引かれ、この場から離れる事となった。
行動に、先程までの黄色い声が嘘のように静まり返ってしまう。
そんな中、どうにか絞り出すように口にされたアリスの言葉によって沈黙が破られる。
「……ぁ、あの、ヴァン公子?」
信じられない。
何かの嘘ではないのか。
常に自分に自信を持つアリスらしくない様子だったから、姉がどういう事を考えているのかが手に取るように分かってしまった。
だが、アリスが思い浮かべているその可能性は、今し方、三歩後ろで待機していた私の目の前で優しく微笑むヴァンの行動が容赦なく否定している。
ヴァンが私とアリスを間違えたという可能性は皆無と言っていいだろう。
だからこそ、アリスは余計に目の前の光景を信じられなかったのかもしれない。
ちなみに私も信じられなかった。
『成る程? 確かに、ヴァンはアイルノーツと縁を結びたいとは言ってたけど、アリスとは言ってない。何も嘘は吐いてないって訳だ』
唯一冷静だったハクが、この珍妙な光景を見下ろしながら優雅に考察していた。
確かにそうなんだけど。
確かにそうなんだけども……!
(後で全部説明する)
どういう事なんだと目で訴え掛ける私を見詰めながら、口パクでヴァンが答える。
パーティーから抜け出しては、時折、エスターク公爵家の御当主から逃げる。
その際に、音を立てず、時間を掛けずに意思疎通を何度も行っていた事もあって、アイコンタクトはばっちりであった。
「どうかなさいましたか、アリス嬢」
肩越しに振り返り、ヴァンがアリスの呟きに応じる。
「……失礼ですが、名前を間違ってはいらっしゃいませんか。とてもじゃありませんが、ノアがヴァン公子に釣り合うとは思えませんの」
アリスは、才色兼備なアイルノーツの才女を、ノア・アイルノーツと勘違いしている線を疑っているようだった。
『落ちこぼれ』『出涸らし』『出来損ない』
呼ばれた蔑称の数は数知れず、そんな私がヴァンと釣り合う訳がない。
その気持ちは私としても分かるが、二年も頻繁にパーティーの招待をされておいて名前を覚え間違っていたという可能性は、冷静になればあり得ないとすぐに分かる事だろう。
だが、それを考えられるだけの冷静さすら今のアリスからは削り取られていた。
「ヴァン公子のような素敵な殿方には、わたくしのような人間が相応しいに決まっていますわ」
そんな自信過剰が許され、罷り通る程にはアリスは完全無欠とも言える容姿。
そして、才を持っていた。
対して私は、パーティーでは決まって隅っこにて時間を潰し、交友関係もかなり狭い。
才能言わずもがな、魔法の才は姉に劣るどころか、手も足も出ない始末だ。
容姿だけは、姉妹という事もあって似ているが、華があるのはアリスの方だ。
私がそんな事を思う側で、愛想笑いを顔に貼り付けていたヴァンが答える。
「確かに、貴女は素敵な女性だと思います。容姿は端麗で、頭脳明晰。魔法の才能も突出している。家格も高く、人望もあるようだ」
自分の方が相応しいと口にするアリスを擁護するように、同調する声、仕草を見せていた他の令嬢達を見て、ヴァンは淡々と述べる。
「ただ、俺はノアがいい。これはそれだけの話です。それに、彼女を俺の婚約者として迎える件については、親父殿も賛同してくれています。ノアならば、文句はないと」
……初耳だった。
というか、私はパーティーから抜け出すヴァンの手助けをしていた張本人なので、かなり恨まれてる気がしてたんだけど、何故賛同してくれているのか。
ヴァンの出まかせだと思うが、もしこれが事実なら不気味極まりない。
いい根性してるなと絞られる未来しか見えなかった。
「……カルロス殿が?」
ヴァンの発言に、お父様が驚きのあまり声を上げていた。
きっと、まるでエスターク公爵が私の事を以前から知っているかのような物言いが引っ掛かったのだろう。
カルロス・エスターク。
エスターク公爵家が主催するパーティーに何度も参加しているので顔はよく知っている。
性格は、少しだけ気難しそうな人。
武人気質、とでもいうべきか。
勿論、私は一度として話した事も、面と向かって顔を合わせた事もない。
「しかし、ですな。ヴァン殿には大変申し上げ難いのですが、うちのノアは」
恐らく、アリスの憂さ晴らしで勧められた縁談の事を持ち出そうとしたのだろう。
だが、待ってましたと言わんばかりにこのタイミングで被せるようにヴァンは声を張り上げる。
「ええ。ですから、こうして恙なく縁談の件を了承して貰えてホッとしています。この件については後ほど、父も交えてお話させて頂ければ。それと、少し彼女と話がしたいのですが、お借りしても?」
にっこりと笑うヴァンの笑顔は、それはもう満面という言葉がピッタリだった。
お父様も、娘の嫁ぎ先は決まっていないと言質を取られた事。
可愛がっていたアリスではないとはいえ、エスターク公爵家と縁が結べる事。
それらに対して葛藤をしていたのだろう。
生返事となりながらも、「……ぇ、ええ」と肯定した事で、ひとまず私は愛想笑いを浮かべるヴァンに手を引かれ、この場から離れる事となった。
22
お気に入りに追加
1,778
あなたにおすすめの小説
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
貴方誰ですか?〜婚約者が10年ぶりに帰ってきました〜
なーさ
恋愛
侯爵令嬢のアーニャ。だが彼女ももう23歳。結婚適齢期も過ぎた彼女だが婚約者がいた。その名も伯爵令息のナトリ。彼が16歳、アーニャが13歳のあの日。戦争に行ってから10年。戦争に行ったまま帰ってこない。毎月送ると言っていた手紙も旅立ってから送られてくることはないし相手の家からも、もう忘れていいと言われている。もう潮時だろうと婚約破棄し、各家族円満の婚約解消。そして王宮で働き出したアーニャ。一年後ナトリは英雄となり帰ってくる。しかしアーニャはナトリのことを忘れてしまっている…!
十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~
氷雨そら
恋愛
幻獣を召喚する力を持つソリアは三国に囲まれた小国の王女。母が遠い異国の踊り子だったために、虐げられて王女でありながら自給自足、草を食んで暮らす生活をしていた。
しかし、帝国の侵略により国が滅びた日、目の前に現れた白い豹とソリアが呼び出した幻獣である白い猫に導かれ、意図せず帝国の皇帝を助けることに。
死罪を免れたソリアは、自由に生きることを許されたはずだった。
しかし、後見人として皇帝をその地位に就けた重臣がソリアを荒れ果てた十三月の離宮に入れてしまう。
「ここで、皇帝の寵愛を受けるのだ。そうすれば、誰もがうらやむ地位と幸せを手に入れられるだろう」
「わー! お庭が広くて最高の環境です! 野菜植え放題!」
「ん……? 連れてくる姫を間違えたか?」
元来の呑気でたくましい性格により、ソリアは荒れ果てた十三月の離宮で健気に生きていく。
そんなある日、閉鎖されたはずの離宮で暮らす姫に興味を引かれた皇帝が訪ねてくる。
「あの、むさ苦しい場所にようこそ?」
「むさ苦しいとは……。この離宮も、城の一部なのだが?」
これは、天然、お人好し、そしてたくましい、自己肯定感低めの姫が、皇帝の寵愛を得て帝国で予定外に成り上がってしまう物語。
小説家になろうにも投稿しています。
3月3日HOTランキング女性向け1位。
ご覧いただきありがとうございました。
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる