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8話

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◆◇◆◇◆◇

「ところで、ヴァンのお父様は今何処にいるの?」
「今は野暮用で家を空けてる。恐らく、そろそろ帰って来る筈だとは思うんだがな」

 パーティーにたどり着いてから一度も見掛けていなかった事。
 これまでの諸々を先に全部白状して謝っておこう。そう考えての発言だったのだが、どうにもヴァンのお父様は不在だったらしい。

「野暮用?」

 今回のパーティーは急遽決まったことであるし、タイミングが悪い中、こうして開いてくれたのだろう。
 ただ、野暮用とは一体何なのだろうか。

 反射的に私はヴァンに聞き返していた。

「……王都で面倒事が起きてるだろう。あれの一件で親父殿も最近は忙しくしている」

 ここ二年の間に大きく変化した事が一つある。それが、王位継承に関する問題。
 現国王が病床に臥しているという事もあり、第一王子派と呼ばれる貴族と、第二王子派と呼ばれる貴族の水面下での争いが激化していた。

 魔法師としても名高く、王国の盾とまで謳われるエスターク公爵家は不用意に国を割りたくないという理由から、派閥に所属をしておらず、二つの勢力が変な気を起こさないようにと王都に赴く事で抑止力となっている。
 という話をいつだったか、お父様が誰かと話している際に聞いた気がしたけれど、どうにも本当の事だったらしい。

 ちなみに、私の生家であるアイルノーツ侯爵家もどの派閥にも属しておらず、今回のヴァンとの縁談に賛同した理由の一つに、その点も挙げられたのかもしれない。

「今のところはどうにか均衡が保たれているらしいが、今現在優勢にある第一王子派の貴族の一部が国王の死を望んでいたりと、色々と物騒らしい。聞けば、怪しい勢力からの助力を得ている貴族もいるとかなんとか」

 屋敷に篭ってばかりの私に入ってくる情報は、あまりに限られているのでヴァンの口から知らない情報がぽんぽん出てくる。
 特に一年ほど前までは、私の記憶が確かであればそのいざこざも噂の範疇といえる程度のものだった筈で、恐らく激化したのはここ数ヶ月の話だろう。

「……だから、今家を出るのは本当に危険極まりなかったんだ」
「す、すみません」

 てっきり、曲がりなりにも侯爵家のご令嬢なのだから、当然知ってると思ってたんだが。
 と、責めるような眼差しと共に言葉を投げ掛けられる。
 
 ……もしかすると、ここまで急いで行動に出てくれたのはそれが一番の理由だったのかも知れない。
 自分の無知を恥じると共に、申し訳なくなった私は視線を逸らす事しか出来なかった。

 そんな時だった。

『ねえ、ヴァン』

 ずっと無言を貫いていたハクが、不意に口を開いてヴァンの名前を呼んだ。

『今回のパーティーに呼んだ貴族の中で、精霊術師、、、、はいる?』

 まるで、確信を持っているかのような言い草であった。
 思えば、会場を後にした辺りからハクの様子がいつもと少し違った気がする。

「いや、いない筈だ。そもそも、俺の知る限り精霊術師は曾祖母とノアしか知らない」
『だよねえ。僕の場合は、ノア以外の精霊術師には会った事がない。……だけど、間違いなく精霊の気配がしたと思うんだよね』
「……それって、ここのすぐ近くでって事?」
『うん。それに、ただ精霊の気配がしただけなら気にも留めなかったんだけど、なんだろう。物凄く嫌な感じがした。だからさっきからずっと注意して探してたんだけど、』

 どうにも、見つからないらしい。
 いつになく険しい表情を浮かべるハクの様子は、冗談を言っているようには見えない。

「……ハクの考え過ぎって線はないの? ほら、ハクみたいにお腹が減って彷徨ってるとか」
『な、ないとは言えないけど、今回はなんか、そういうのとは違う感じだったんだよ』

 たまーに、お腹が減り過ぎてゾンビみたいに徘徊するハクの様子をこれまで幾度も目にしていたからだろう。
 可能性として挙げてみたが、ハクは吃りながらも否定した。流石に、「妖怪オヤツくれ」になるあの瞬間については、ハク自身も思うところがあるのだろう。
 とはいえ、全然直してくれないんだけど。

『だから、何か思い当たる節があればと思ったんだけどさ。無いなら、そうだね。一応、警戒くらいはしておくべきだと思う』
「ちなみにだが、その嫌な感じがしたのはパーティー会場の中での話か? それとも、屋敷の中か? 外か?」
『僕が気配を感じた時は屋敷の外だったね。それがどうかしたの?』
「なら、問題はないだろう」

 ヴァンはそう言い切った。

「さっきも言ったように、王都でゴタゴタが起こっている。その関係で、この屋敷を覆うように親父殿が強力な結界魔法を張っている。派閥に属していないからこそ、買ってしまう恨みもあるらしいからな。その保険という事らしい」

 魔法が効かない体質になった筈なのに、全く気づけなかった。
 その事に驚愕する私を見て、ヴァンは答えてくれた。

「……それが出来てしまうから、親父殿は王国の盾なんて大層な呼ばれ方をしてるんだ」

 ヴァンが、親父殿には勝てないと常日頃から言っている理由がよく分かった気がした。

「だが、いつまでも勝てないままでいてやる気もないがな」

 闘争心を剥き出しにして、不敵に笑う。
 これまで幾度となく辛酸を舐めさせられてきたからだろう。

 ひと目がある場所では、落ち着きのある公子として行動を心掛けているヴァンが、その実、人一倍負けず嫌いな性格をしている事を私は知ってる。

 魔法と精霊術。
 それらは異なってはいるものの、異なる中で似通っている部分もある。
 だから、精霊術師としての意見も何度かこれまで求められる事があった。

 勿論、私の知識は殆ど無いに等しいので、決まってハクと、あーでもない。こーでもないとうんうん唸りながらの返事にはなったのは記憶に新しい。

「まぁ兎に角、これからの事も含めてひとまず親父殿と話をしたいんだが、」

 ────やけに遅いな。

 恐らくそう言おうとしていたであろうヴァンの言葉を遮るように、ドタバタと忙しい足音が鼓膜を揺らす。
 やがて、駆け込むように部屋のドアが押し開かれた。

 視界に映り込んだのは、騎士服の男性。
 息を切らしながらのその様子は、逼迫しているという言葉が相応しかった。

「た、大変です!! ヴァン様!!」
「そんなに焦ってどうした」

 パーティー会場で何かあったのだろうか。
 一瞬、そう思ったが、パーティー会場にいたのは執事やメイドといった使用人達だ。

 騎士達は、屋敷の外で待機している者が殆どだった筈と思い出して思い違いに気づく。

「領内から王都に続く道にある橋、その全てが何者かの手によって崩落させられております……!!」
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