クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜

アルト

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4話

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「────こんな場所に客人とは珍しい」


 不意に声をかけられる。
 声のした方へと意識を向ける。
 そこには、燃えるような赤髪の男性がいた。服の上からでも分かるがっしりとした筋骨隆々な身体付き。
 鷹のような鋭い瞳も相まって、つい後ろに一歩後退してしまいそうになる。
 だが、彼に敵意がなかった事もあり、どうにか踏み留まれた。

「普段は、おれを除いてひと一人近づこうとしない場所なんだがな」

 ……一体、彼は誰だろうか。

 記憶を掘り起こしてみるが、目の前の彼に関する記憶を私は────と思ったところで、思い出せてしまった。
 しかし、それは〝クラヴィス華〟の世界を知る綺咲葵としての記憶ではなく、カレン・ルシアータとして生きていた己の記憶の中に答えは存在していた。

「────バレンシアード公爵閣下」

 気付けば、私は口を衝いて彼の名前を呟いていた。

 クヴァル・バレンシアード。
 バレンシアード公爵家現当主にして、セバスが言った言葉が真実ならば、私とゼフィールの縁談を主導した人物。
 原作には一切登場していない人物ゆえに、腹の中が全く分からなくて警戒してしまう。

「最後に会ったのはカレン嬢がこんくらいの時だってのに、覚えて貰えてるとは光栄だ」

 腰のあたりに手を当てながら、バレンシアード公爵は小さく笑う。
 彼の言う通り、最後にあったのは私が5歳の時の話。
 しかも、出会ったのはパーティーの中で、当の私は父の後ろにひたすら隠れていた筈。
 だから、覚えていないと思っていたのだろう。

「だが、こんなに早く訪ねてくるとはな。でも、ちょうど良かった。カレン嬢には、あの手紙の事を説明しなきゃと思ってたからよ」

 まるで、私がゼフィールに送った手紙の内容を知っているような物言いだった。

「え、と」
「カレン嬢には悪いと思ったんだが、あの手紙な、返事はおれが書いたんだ」

 たじろぐ私に、バレンシアード公爵は気まずそうに頬をぽりぽりと掻きながら告げる。

「ゼフィールの奴、お前が勝手に進めただけの縁談だ。相手が誰であれ、会う気はないって譲らなくてな。これでも頑張って説得したんだぜ? だけどよ、あいつ強情でよ」

 あっさりと「構わない」という返事が来たことには違和感を抱いていたけれど、成る程。
 そういう事情があったのか。

 バレンシアード公爵からの説明に、今は納得しかなかった。

「でも、よくここが分かったな? 城にいる連中も、場所を口にしようとしないだろうに」

 それは、城にいる王妃を気遣い、恐れているが故に、ゼフィールの話題は禁句なのだ。
 だからこの場所についても、バレンシアード公爵の言う通り聞いても答えて貰えなかった可能性は高かっただろう。

「えーっ、と、その、そこは、その、奇跡的にどうにかなったといいますか、えと、はい」
「そうかそうか」

 うまい言い訳が見つからなかったものの、バレンシアード公爵はその点については然程気にしていないようだった。

「ここへはゼフィールに会いに来たんだよな? だったら丁度いい。おれが今からあいつの下に案内してやるよ」
「……何か用事があったのではありませんか?」

 塔の外に出たところで出会ったのだ。
 何かしらの用事で塔を後にする予定だったのではないだろうか。
 そう思って尋ねると、笑い混じりに言葉が返ってきた。

「気にすんな、気にすんな。別に大した用事じゃなかったからよ。それに、おれからすりゃこっちの方が大切だ。縁談の話を半ば強引におし進めたおれが言える台詞じゃないかもしれんが────出来れば、ゼフィールと仲良くしてやってくれ。根は良いやつなんだよ、あいつ」

 かん、かんと音を立てて螺旋状の階段を登りながら、バレンシアード公爵は語る。

 城の中にも、城の外にも、誰一人として味方はおらず、誰一人として信用しなかった人間不信王子こと、ゼフィール・ノールド。
 原作主人公であったユリアの手も、幾度となく振り払ってきた筈のゼフィールにとって、バレンシアード公爵はどんな存在だったのだろうか。

 少なくとも私には、彼がゼフィールの敵であるとは思えないし、言葉の一つ一つに込められた親愛の情は、まるで家族に向けるもののようだった。

 原作を知る私だからこそ、それが気になった。だから────。

「バレンシアード公爵閣下」
「ん?」
「閣下にとって、ゼフィール王子殿下とはどのような存在なのですか」
「……まぁ、そうだよな。カレン嬢はそこんところ、気になるよな」

 ゼフィールにとって叔父にあたる訳だから、全くの無関係という事ではない。
 だが、王妃を気にして誰一人として近寄りすらしないゼフィールの下にいる理由は。
 彼に世話を焼いている理由は。

「強いて言うなら……出来の悪い息子────のような存在、かね?」
「出来の悪い息子、ですか」

 繰り返す。
 バレンシアード公爵には、本当の息子がいる筈だ。子に恵まれなかった訳でもない。

「カレン嬢も不思議で仕方がねえとは思う。実際、誰も彼もにそう言われてきた。あんなやつの世話をどうして焼くのか、ってな」

 得られる益は、殆どないだろう。
 強大な力を持つ魔法使いとの縁が得られるとはいえ、魔法使いにも制約が存在する。
 加えて、ゼフィールとの縁を得たとしても、その代わりに失うものが多過ぎる。

 特にこの国に関わらず、魔法使いという存在はあまり歓迎されていない事が多いから。

「でも、如何に魔法使いとはいえ、あいつも一人の人間だ。おれ達となんら変わりない一人の人間なんだよ。だから、おれはあいつに世話を焼いてる。他の人間がしない分、おれが目一杯、な。……まぁ、罪滅ぼしって意味もあるっちゃあるんだが」

 消え入りそうな声で紡がれた最後の一言は、私の耳に届く事はなかった。

「そういう訳で、おれはルシアータ公爵家とあいつの縁談を進めて良かったと思う」
「……どうして、とお聞きしても?」
「カレン嬢が、優しい人だと思ったからだ」

 かん、かん、と絶え間なく響いていた足音が、止まる。
 それは、バレンシアード公爵の言葉を聞いて私が立ち止まったから。

 ────違う。優しいからとかじゃなくて、そんな真面な理由じゃなく、私がここにいる理由は打算によるもの。
 自分の未来を変える為。ただ、自分の為に今ここにいるのだ。

 そう否定しようとして、

「少なくとも、城でのあいつの立場を見て、それでもゼフィールに会おうとする人間はきっとおれくらい。そう思ってた。今だから言っちまうが、カレン嬢はゼフィールに一度として会う事はないと思っていた」
「……あの。じゃあどうして、殿下と私の縁談を主導なさったんですか?」

 バレンシアード公爵の言葉を受けて、私はだったらゼフィールを救ってくれそうな人間との縁談を進めるべきだろうと思った。

 だけど、本来のカレン・ルシアータは正義感によって突き動かされる人間でも、主人公であるユリアのように誰も彼もを救おうとする理念の持ち主ではなかった。

 バレンシアード公爵は、発言を躊躇いつつも隠す事は不義理であると判断してか、言葉を続ける。

「カレン嬢は、何もしないと思ったからだ」
「何もしない?」
「ああ。カレン嬢の性格は、おれも知るところであった。だから、貴女はゼフィールを貶す事も、蔑む事も、突き放す事も、手を差し伸べる事も、歩み寄ろうとする事も、何もしないと思った。そもそも、関わりすらしないと思った」

 本来であるならば、唯一の正統後継者とはいえゼフィールと縁談を結ぼうとする家はなかっただろう。
 だが、私の父上はなんと言うか、公爵家当主にもかかわらず、色々と情報に疎い。
 それと、悪人であるよりは良いのだけれど、なんというか、お人好し。

 そして当のカレンはそんな父の背中にずっと隠れているような深層のご令嬢。

 何となく、カレン・ルシアータが作中随一の不遇キャラになってしまった理由が垣間見えたような気がした。

「カレン嬢にとっては気分の悪い言葉だろうが、別に貶してる訳じゃねえんだ」
「いえ、お気になさらないで下さい。事実ですから」

 止まっていた足を再開させる。

「だから正直、驚いてた。あの手紙然り、こうして本当にゼフィールの下にカレン嬢が訪れてくれた事に。そして本当に、何の悪意もなくゼフィールと会話をしようとしてくれてる事実に」
「……分かるんですか?」
「悪意があるかないかくらい、目を見りゃ分かる。そうじゃなきゃ、こうしてゼフィールの下に案内もしてねえよ。そら、着いたぜカレン嬢」

 視線の先には、重々しい扉が一つ。
 明らかに何かを閉じ込める用途で造られたであろうものであったが、バレンシアード公爵からすればもう慣れたものなのだろう。
 気にした様子もなく、扉越しに「邪魔するぞ、ゼフィール」と一方的に告げて、扉を押し開けてゆく。

 そして、扉を開けた先には私の知っている姿よりも随分と幼かったものの、画面越しで幾度となく目にしてきたゼフィール・ノールドがそこにはいた。


「……帰ったんじゃなかったのか、クヴァル」


 不機嫌な様子で紡がれる言葉。
 だが、私は幼い容姿ながらもゼフィールと出会えた事以上に、バレンシアード公爵と彼が普通に会話をしている事実が衝撃的だった。

 私の知る限り、ゼフィールは誰かと会話する事を徹底的に拒んでいた人だったから。

「そのつもりだったんだがな。偶然、カレン嬢と出会ってな。ほら、言っただろ。お前の婚約者になったカレン・ルシアータ嬢」
「……そういえば、そんな事を言っていたな。だが、婚約は認めても、出向くという話は断ったと記憶してるが」
「ああ、それな。それ、おれが勝手に了承しちまってよ。なに、ちょいとばかし手が滑ったんだ。わり」
「……はあ」

 何をどう手を滑らせれば、断りの手紙を了承に書き間違えてしまうのだろうか。
 ゼフィールの立場であったならば、聞かずにはいられない言葉。

 でも、ゼフィール自身がバレンシアード公爵のそういう部分にもう諦め切っているのだろう。
 抗議するだけ時間の無駄と判断してか、あからさまに深い溜息を一度だけ漏らした。

(……本物のゼフィールだ。声は少し幼いけど、うん。ちゃんと名残がある。すっご。一回でいいから、カレンじゃなくて、葵って呼んで貰えないかなあ……?)

「それで、一体俺に何の用だ」

 原作開始時ならば、こんなやり取りすら叶わなかっただろう。
 たった一言の会話すら拒絶する人間不信王子。それが私の知るゼフィール・ノールドだ。

 有名人に出会った野次馬のような考えを巡らせる私だったが、ゼフィールの問い掛けのお陰で我に変える。
 そうだ。
 色々と惜しいけど、今はこんな事をしてる場合じゃなかったんだった。

 だから私は、考える時間なんて然程なかったけれど、その中でどうにか導き出した八年後にゼフィールとの婚約を円満に破棄でき、その上、それからも陰ながらゼフィールを助けられるポジション。

 つまり、

「……ぁ、の。ゼフィール王子殿下。えっと、その……私と、お友達になっていただけませんか」
「…………はあ?」
「は?」
「お嬢、様……?」

 ゼフィール、バレンシアード公爵、セバスの順で私の言葉に対し、何言ってるんだお前と言わんばかりの反応が返ってきた。

 ……ある程度の予想はついてたけど、みんなしてそんな反応をしなくていいじゃんか。
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