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七話

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 〝卵〟を見つけたのは、本当に偶然だった。
 蜜に誘われる蜂のように。水を求める魚のように。気付けば不思議とそこに足が向いていた。

 そして偶然、魔物が密集していて、そこに見た事もない〝卵〟があった。
 ただ、それだけの話。

 ……でも、気の所為か。
 ずっと昔もこんな事があったような、そんな気がした。
 〝あいつ〟と馬鹿をやりながら、『聖女』として振る舞いながら、必死に奔走して。
 後悔だけはまっぴら御免だからって性分に従って、頑張って生きていた頃。

 ちょうど、同じような経験をしたような気がしたんだ。

 大きな、大きな〝卵〟を拾って、〝あいつ〟からは食べる気か? とか言われて、そんなわけあるか! って怒って。
 色々とあった結果、愛着が湧いちゃったからって事でどうにか頑張って孵化まで漕ぎつけた、そんな思い出が不意に今と重なり合う。

 でも、大事な部分の記憶がどうしてか朧げで、靄がかってる。あと少しで色々と思い出せそうなのに、思い出せない。それが何よりももどかしい。
 シルエットも、名前も、もう殆ど全てが出掛かってるのに、最後のあとちょっとがどうしようもなく遠くて。

 確か私の頭の上に乗って、よくお昼寝をしてた事は思い出せるんだけど、肝心の名前が————。

「————ぼーっとしてるが、大丈夫か?」

 思いを馳せる私に、声が掛けられた。
 それは隣を歩くルークさんの声。
 お陰で私の意識が引き戻され、現実に向く。

「え? あ、あぁ。大丈夫です。ちょっとだけ、考え事をしてただけなので」

 ……そうだ。
 あの後、シュミッドさんから〝卵〟を見つけた場所にまで案内してくれって言われて、それを引き受けたんだったと数十分ほど前の記憶を遡る。

 〝卵〟がー。〝卵〟がー。
 って話してたからか、すっかり私の意識も〝卵〟の事に傾いてしまっていた。

 上手い事この記憶を思い出せれば、正体不明のあの〝卵〟が何であるのか。
 その答えにたどり着けるかと思ったけど、果てしなく遠い昔の事を思い出すのには少しばかり時間を要しそうでもあった。

 だから、また今度の機会にしようと決めてその思考を彼方へと私は追いやる。

「しっかし、嬢ちゃんが魔法使いだったとはなぁ。てっきり政略結婚の為に寄越された貴族令嬢かなんかだと思っちまったぜ」

 初めこそ、冗談だろ?
 といったいった様子であったものの、シュミッドさんを〝卵〟を見つけた場所へと案内する事になった道中に、ルークさんと一緒になって私が魔物を倒して進む中で、驚愕の声は感嘆の声へと変わっていた。

「メルセデスの名前を聞いてもちっとも物怖じしないその態度も、魔法の自信から来てるのかね」

 少しだけ興味深そうに見詰められる。

「どう、なんでしょう」

 隣国とはいえ、公爵家の人間。
 確かに言われてもみれば、ちょっとくらい気後れしても可笑しくはないというのに、その兆候は自分でも驚くくらい現れていなかった。

 だから、なんでだろう? って首を傾げると、自分でも分かってないのかよと笑われる。

 多分、前世の記憶が作用したからなんだろうけど、イマイチ判然としないのだ。
 鮮明に思い出せる事は、〝聖女〟としての力の使い方と、〝あいつ〟との思い出。あとは本当に、虫食いだらけの生きた記憶だけ。

「色々と興味が尽きねえ子だな。見た事もねえ魔法といい、その歳に似合わねえ毅然とした態度といい」

 〝聖女〟の存在が廃れていたから、当然といえば当然だけれど、〝聖女〟として当たり前だった魔法も廃れてしまっていた。

 一応、文献で記録だけ残ってはいるみたいだけど、使い手はゼロ。
 それもあってか。
 じとーっ、と観察するようにシュミッドさんから見詰められる事が何度かあった。

「まぁいいさ。どんな理由であれ怯えられるより余程いい。それで、改めてその〝卵〟についてなんだが、」

 〝卵〟を見つけた場所は、以前、ルークさんが領民の男の子を助ける際に踏み入れた森のその更に奥に位置する場所。
 たどり着くまでに距離はまだ————それなりにある。

 だからか、シュミッドさんは、件の〝卵〟を抱えて私達について来てくれていたロイドさんに視線が向け、語り始めた。

「俺に譲ってくれねえか、、、、、、、、
「譲る……?」
「ああ。もちろん、あくまでルーク達がそいつの処分に困ってるなら、の話だがな」

 ルークさんとしても、処分に困っていたと思うし、別に譲っても全然構わないとは思うんだけど。と思ったところで言葉が付け足される。

「もう既にルーク達に話しはしたが、最近、魔物が異常なくらい増えてやがんだ。それも、結構手に負えねえくらいに。で、さっきから見てる限り、襲って来る魔物は例外なくその〝卵〟を狙ってる。だから、〝それ〟を魔物掃討に上手く使えねえかなって思ったんだよ」

 〝卵〟の正体はさておき、魔物を寄せ付けるその特性を魔物掃討に活かしたい、という申し出であった。

「……魔物を寄せ付けるって事はつまり、中身も魔物が入ってる可能性が高いって事だぞ」
「そのリスクを背負ってでも、価値があるって事だ。こっちは『聖女』さま、なんて切札はないもんでな。使えるもんはなんだって使う気概でいかなきゃいけねえんだわ」

 若干自嘲気味にそう言うシュミッドさんであったけど、そんな彼に無性に『聖女選定』での内情をぶちまけてしまいたくなった私は悪くない。

 そんな私をよそに、ルークさんはシュミッドさんが冗談を言っている訳ではないと理解をしてか、ため息を一つ。

「……まぁ、処分に困ってたのは事実だし引き取ってくれるなら、それはそれで構わないんだが」

 そこで、何を思ってか。
 ルークさんの視線が私に向く。
 何処か、物言いたげな視線だった。

「あんたはどう思う? ルナ嬢」
「……私は、そうですね。いっそひと思いに砕き割っちゃった方がいいんじゃないかなあって思いますね」

 色々と思うところはあったし、〝卵〟について何か思い出せそうな部分もあったけど、不安材料だからって事でとっとと処分しちゃった方が良くない? というのが私の本音だった。

「それに、シュミッドさんに〝卵〟を譲るとしても、これだけの魔物を引き連れる事になってしまいますし、それは些か……」

 不味いんじゃないかなって苦笑いを浮かべながら、私は歩いて来た道を振り返る。
 そこには魔物の死骸の痕がずらりと。

 一応、倒す度に焼くなりしてはいるけれど、その数が尋常ではなかった。
 流石は魔物が蔓延る僻地として有名なランドブルグ辺境伯領と言うべきか。
 他の貴族達がこぞって近付こうとしない理由が良く分かる。

「いや、そこは問題ない。この森を抜けた先にメルセデス公爵領がある。迂回すれば、確かに数日は要する距離だが、この森を突っ切った場合、急げば一日程度で着く」

 だから、たとえ大量の魔物を引き連れる事になろうが、森を抜けた先で兵を待機させておけば良い話である上、ランドブルグ辺境伯領にも位置する森の魔物を減らせるのであれば兵を出すのも吝かではないと付け加えられた。

「ま、ぁ、そういう事でしたら別に構わないんじゃないでしょうか」

 であるならば、そこまで問題はないか。
 と、私も納得した事を確認してか、シュミッドさんは嬉しそうに破顔した。

「おお、おお! そうか、そうか。そりゃ、助かるぜえ。正直、親父様が『教会』の連中に助力を求めちゃいるが、随分と頼りなくてな。噂の『聖女』さまを引っ張ってこれりゃあ、なんて言っちゃいるが、無理臭かったしよ」

 一瞬、聞こえて来たその言葉に自分の耳を疑う。

「……『教会』の連中に助力を求めたんですか?」

 公爵家ともなれば、別に『教会』なんて胡散臭い神父達を頼る必要もないと思うが……。
 と思ったところで、私の内心を理解してか、シュミッドさんは何処か気まずそうに後ろ頭を掻きながら言い辛そうに答えてくれる。

「言ったろ? 使えるもんは何だって使う、ってな。でけえ領地を持ってる分、色々と追いついてねえのさ。小さな村はもういくつも魔物の餌食になってやがるし、兵を向けた時にはもう既に手遅れだったって事も少なくなくてな。だったら、どこか一つに魔物共を集中させて、いっぺんに叩き潰せらればなと思ってたところでルークの手紙だ。こりゃ、天佑と思ったね、割とマジで」

 ランドブルグ辺境伯領では、魔物の存在が然程珍しくない事もあり、多少魔物が増えたところで誤差の範疇である。

 魔物がいる。
 という意識が領民にも根強くある為、被害が目に見えて増える事もなく、そこまで深刻視はしてなかったんだけれど、どうにも他の領地ではかなり大変な事になっているらしい。

 私の生家であるメフィスト伯爵領は他の貴族の領地に囲まれた内地であった事もあり、そう言った話はランドブルグに来るまでちっとも私の耳に入ってこなかったから全く知らなかった。

「なるほど……」

 私が毛嫌いする『教会』であるけれど、一応、あそこは魔物の討伐を生業としている組織である。

 神に祈りを捧げる事により、神からの御加護を賜り、その御加護でもって魔物を討伐するとかそんな感じの場所だったはず。
 だから、皆さん祈りを捧げましょう。
 そして献金も捧げましょう。

 といった事を当然であるとばかりに吹聴し、信者を増やしている連中である。

 神の御加護なんてないよとか言おうものならば、地の果てまで追いかけて来るような、そんな奴らだ。
 出来る事ならば、関わりたくないと思うのが普通の感性である。

 でも、そいつらの手すらも借りたい状況だったのだろう。だから、色々と言いたい事はあったけど、それら全てをのみ込んで、成る程とその一言だけに留めておく事にした。



 そうこう話しているうちに、〝卵〟を見つけた場所へと辿り着きかけていたその時。

 およそこの場に似つかわしくない人影が私達の視界に映り込む。

 急いでいたのだろう。
 何処かで見た事がある衣服に身を包む彼は、空気を貪るように肩で息をし、此方へと近づいて来る。

「えっ、と」

 急に現れた彼は、何を思ってか。
 私達の姿を見るや否や、安堵の表情を浮かべていた。そしてすぐさま、シュミッドさんの下へと歩み寄る。

「……メルセデス公爵家の人間だな。大方、何か不測の事態に見舞われた、といったところか」

 状況が全く理解出来ず、困惑する私に説明するように、隣にいたルークさんが呟くようにそう教えてくれる。
 どこかで見た事があるような衣服だと思ったけど、よくよく注視してみると少しだけ嗜好が違うけど、シュミッドさんの服によく似ている。

 それでか、と納得すると同時、どうしてメルセデス公爵家の人間が一人で。それもこんな危険な場所を走っていたのだろうかと頭の中が疑問で埋め尽くされる。

 そして程なく、ルークさんのその言葉が正しかったと言わんばかりに、息を切らす彼の言葉が私の鼓膜すらも揺らした。

「————大変申し訳ありません、シュミッド様……!! そ、その、クラウド神父が……、いえ、色々とまずい事になってしまいまして……!!」
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