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三話

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 †

「……先代。どうやら、レイ・カルサスがミレニアムの長女を婚約者に迎えたのは事実のようです」
「……あの小倅めが」

 カルサス王国城内。

 先代と呼ばれた老齢の男────ガナン・フェイルは、己に向けられた言葉に対して苛立ちを隠す事なく吐き捨てる。

「全く、面倒な真似をしてくれるわ」

 かつては第二王子派と呼ばれる人間だったガナンは、己らの神輿であった第二王子を失った時、己らの手で城から追い出した第三王子の存在に目をつけた。
 蜘蛛の糸ほどの可能性だったが、事故死に見せかけるべく〝魔の森〟と呼ばれる『魔女』がすまう地に捨て置いた第三王子は、存命だった。

 だからガナンは事実を捏造し、第三王子を新たな神輿として担ぎ上げ、第一王子派だった連中を蹴落として己らの地位を確固たるものにした。
 
「……まさか、ミレニアム公爵家と水面化で話を進めていたとは」
「あの小僧なりに頭を悩ませたんじゃろ」

 誰にも悟られないよう、ミレニアム公爵家と縁談を推し進め、ガナン側にはフェイル公爵家と縁のある御家から婚約者を迎える素振りだけを見せていた。
 そして城に迎えた翌日に婚約者のお披露目パーティーを開くという用意周到さ。
 しかも、ガナン側のお家から婚約者を迎えると口約束ながら素振りを見せていたレイが観念したと信じて疑わなかったガナンは、彼に言われるがまま、多くの貴族を集めてしまっている。
 明日にはレイの婚約者のお披露目パーティーという事でカルサス王国の大半の貴族が集う事だろう。

 このまま事態が進めば、少なくともレイを傀儡とし、フェイル公爵家の血を王家に入れ、ゆくゆくはカルサスを掌握する。
 というガナンの計画は破綻する。

「……嵌められましたね」
「確かに、儂らはあの小僧を侮っておったかもしれん。だが、それはあの小僧も同じよ」
「と、言いますと」
「あの小僧も詰めが甘いわ」

 口角を吊り上げ、下卑た笑みを浮かべるガナンに、報告をしていた貴族然とした男はぞくり、と得体の知れない恐怖心を抱く。
 既に隠居したとはいえ、フェイル公爵家の先代当主。
 徹底した冷徹な性格、行動故に多くの貴族諸侯に恐れられていたかつての威光は健在。
 そう思わずにはいられない。

「本当は、もう少し後にする予定じゃったが、この機会にミレニアム公爵家を潰してやるのも悪くないわ。まこと、レイの小僧は儂等ら想いの良き殿下よな?」

 愉楽を表情に貼り付け、怒りの感情を上塗りしながら、くくくとガナンは喉を鳴らし嗤う。

「……ですが、そう事が上手く運びますでしょうか」
「確かに、城内で事を起こした場合、万が一という事がある。だが、幸いにも明日はアレの命日よ」
「アレ、と言いますと……『魔女』ですか」

 〝魔の森〟にいた『魔女』が死んだ日。
 それが、ちょうど明日の事だった。

 表に出回っている嘘の事実ではなく、真実を知る彼らは、レイが『魔女』に執着している事を知っている。
 四六時中首に下げているロザリオは、彼が唯一持つ『魔女』の遺品だった。

「小僧は間違いなく、アレの墓参りに向かう。その際に、ミレニアムの小娘を向かわせれば良い。騒ぎを起こしてミレニアムの責任を問えば、後はどうとでもなるわい」

 レイの生死に関わる騒ぎを起こし、それをメルのせいにする。
 あまりに単純な計画であるが、単純故にハマる時はとことんハマる。

「なにせ、死人に口なしとも言うしの」

 騒ぎを起こしたメルは、死人に口なし。
 自業自得の末に死んだ事にすれば、後はどうにでもなる。

 嘘の事実であるとはいえ、ガナン達、第二王子派だった貴族は陛下からの信も厚い。
 疑われる事はないだろう。

「そうなれば、嫌でも殿下は理解する事でしょう。我々と、共にする以外に道はないと」

 お前のせいで、関係のないミレニアムが責め立てられ、婚約者は死んだ。
 そうなれば、あの小生意気なレイも我々の言葉にこれ以上反抗出来まい。

 そんな未来を想像し、彼らは気分を良くしたように笑う。

「まこと、明日が待ち遠しいものよな?」

 出し抜いたと思っていた人間が、実は手のひらで踊らされていたと知った時、一体どのような表情を浮かべてくれるのか。
 出来る事なら反骨心の一切をこれで失ってくれれば、扱い易い傀儡が出来て嬉しいのだが。

 ガナンはそんな事を思いながら、悪辣に。醜悪に唇を三日月に歪めていた。
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