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1253 予想だにしえない事態

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突きを防がれる事は想定していた。
もしこのまま突き殺せるならばそれが一番だが、そこまであまい相手ではないだろう。
アルベルト・ジョシュアは、防がれる事を前提に突きを繰り出した。

グラビティソードがバージルの左手に衝突した瞬間、アルベルトの体には右腕を通して強い反発が返ってきた。それはまるでとても厚い鋼鉄の塊に、剣を突きたてたような重く響く衝撃であり、とても人の肉体が出せるものではなかった。

想像以上の反動には思わず顔をしかめてしまったが、防がれる事を前提とした攻撃だったため、アルベルトは迷わず剣を手放した。それと同時にバージルが左手で剣を掴み引き寄せたが、その時アルベルトはすでに地面を蹴って、バージルの頭上高くに跳躍をしていた。

アルベルトはバージルの目の前で跳んだわけだが、バージルはアルベルトの突きを防ぎ、そのまま剣を掴む事に意識が集中してしまった。そして剣を手放すはずがないという思い込みも相まって、アルベルトの姿を見失い致命的な遅れをとった。


その結果・・・・・


目にかかる影に顔を上げた時にはすでに、光り輝くオーラを纏ったゴールド騎士は、バージルの頭の上に跳んでいた。

う、上だと!?バカな、速い!俺が一瞬目を離してしまった事を除いても、行動が早過ぎる!
剣を掴まれれば少なからず動揺があるはずだ。一度は取り戻そうと抵抗するのが普通だろう?

だがこいつ、この速さは俺が剣を止めた瞬間に動いてなければ不可能だ。迷いの無いこの動きは、ここまでを最初から想定していたという裏付けだ。まさかこいつ、最初から武器も手放すつもりだったのか!?
俺の左腕の硬さを知っているからこそ、突きを防がれる可能性を最初から計算に入れていた。
その結果突きが通じなかったのなら、剣を捨ててその拳で俺を倒すつもりだったと言うのか!?

な、舐めやがって!そんな事で俺の裏をかいたつもりか!?舐めやがって!舐めやがって!舐めやがって!舐めやがって!舐めやがって!舐めやがって!舐めやがって!舐めやがって!舐めやがって!

てめぇぇぇーーーーームカつくぜェェェーーーーーーッツ!


「ぐッ!ガァァァァァァーーーーーーーーッツ!」

腹の底から声を張り上げ、下から拳を突き上げる!




へっ!その顔(ツラ)、全て理解したみたいだな?
そうだ、剣を持っていればそれに縋(すが)ると思っていたようだが、あいにくゴールド騎士にとって、剣は必ずしも必要なわけじゃない。
闘気を込めた打撃は、それだけでけっこうな威力になるんだぜ?

こんなふうにな!


右の拳を硬く握り締め、全身に纏っていた闘気を右の拳に闘気を集中させる。
ただそれだけだが、それがどれほどのパワーかは言うまでもないだろう。

小細工など無い!ただ闘気を込めただけの握り拳を全力で叩きつける!


「終わりだ」

絶叫するバージルとは対照的に、アルベルトは落ち着き払った声で静かに呟いた。

下から拳を突き上げ、反撃に出るバージルだが、ここまで後手に回って到底間に合うはずが無い。
アルベルトの振り下ろした闘気の拳が、バージルの頭を叩き潰した。





身長差はおよそ二十センチ、体重で百キロを超えるバージルに比べ、アルベルトは八十キロ程度であり、体格で大きな差があった。だがアルベルトの闘気の拳は、そんな体格差などものともしない一撃だった。

バージルの頭はまるでスイカを割ったかのように砕かれ、真っ赤な血を撒き散らしながら前のめりに倒れた。痙攣を起こした体が小刻みに動いているが、即死である事は確かめるまでもなく誰の目にも明らかだった。

決着である。


「・・・・・ふぅ・・・・・」

己の頭から流れる血の海に顔をうずめ、動かなくなったバージルを見下ろし、アルベルトは一度大きく息を吐いた。


手ごわい相手だった。
パワーもスピードも俺の上を行っていた。だが力任せに攻めるばかりで、駆け引きも技も足りなかった。
それでも何度かひやりとさせられたし、もしこいつがもっと頭を使って戦う事を覚えたら、危なかったかもな・・・・・


結果としては、大きな負傷もせずにアルベルトが一方的に勝利したようにも見える。
だがその内容は、大きな緊張状態の中で掴んだ勝利だった。


・・・こいつは第二師団の副団長だったな・・・よし、これでもう一度勢いを取り戻せる。


地面に突き刺さっている片手剣を抜き、今度は小さく息をついた。
そして己の勝利を示すように剣を高く掲げると、周囲で戦いを見守っていたクインズベリーの兵士達から歓声が沸き起こった。


「うおぉぉぉぉーーーーー!アルベルト様ぁぁぁぁぁーーーーーー!」
「すげぇっ!さすがゴールド騎士だ!」
「やった!いける!いけるぞっ!」

再び勢いを取り戻したクインズベリー軍の士気の高さは、これまで攻め込んでいた帝国の兵士達を怯ませ、その足を止めさせる程だった。



「おいおいおい!あの銀髪のゴールド騎士やりやがったぜ!あのでっけぇヤツの脳天カチ割りやがった!」

軍の最後尾では陽の光をさえぎるように、眉の上に手を当てながら戦いを見ていたリカルドが、拳を握り締めて大きく声を上げた。

「アルベルトのヤツ、流石だな。これで形勢はこっちが有利になるだろう」

リカルドから戦況を聞き、レイチェルもレイジェスの他のメンバー達も、安堵の言葉を口にした。

実際にバージルが倒された事で帝国軍には動揺が広がり、戦況はクインズベリーが優勢に傾いた。
このまま押し切るだろう。そう思われた。


だがその時、誰もが予想しえない事が起きた。


「敵は怯んだぞ!全軍突撃!総攻撃をかけ・・・・・ッツ!?」

先頭に立ち、帝国軍に向けて剣を突きつけたアルベルトは、背後に感じた異様な気配に振り返り、そしてあまりの衝撃に目を開いて絶句した。


「グゴォォォォォォォォォーーーーーーーーーーッツ!」


そこには頭を割って殺したはずのバージルが立っていた。
血まみれの頭を上げ、人のものとも思えない叫びを上げて立ち上がったのだ。

そう、アルベルトは確かにバージルの頭を割ったのだ。
バージルは脳髄をぶちまけ、大量の血を撒き散らし倒れたのだ。
人間である以上、疑いようもないくらい確実に殺したはずだった。

だがバージルは立ち上がった。



なんだと!?立った?どうやって?頭を割って中身をぶちまけたんだぞ!?死んでいるはずだ!
本当は生きていたのか!?いや、ありえない!頭を割った手応えだってまだ残っている!ならば魔道具!?いや、幻覚でも見せられているのか!?いったいなにが起きている!こんな事がありえるのか!?


アルベルトが混乱を喫したのは、時間にして1秒にも満たない瞬き程の一瞬だった。
だが敵を前にして、ましてや自分に対して最大限の憎悪を実らせている相手に対して、防御も忘れ呆然と立ち尽くしてしまった事は、致命的な失態だった。


「グガァァァァァーーーーーーーーッツ!」

「ッ!」

焦点の定まらない目で飛び掛かってきたバージルに対し、アルベルトは反応を示したが遅かった。
バージルはアルベルトの体を両腕で締め上げると、そのまま持ち上げた!

「ぐうぅッ!き、貴様ッ!」

外そうとしても、自分を締めるバージルの両腕はびくともしない。異形の左腕の怪力は理解していたつもりだが、右腕も信じがたい力だった。


ど、どうなってやがる!?左腕が異常なのは知っているが、右腕もおかしいぞ!?とっさに闘気を纏(まと)わなかったら、全身の骨を砕かれていたぞ!
こ、こいつ、いったい・・・・・!?

「ウガァァァァァーーーーーーーーッツ!」

「ッ!?て、てめ、え・・・!」

口を張り裂けん程に開き、野獣の如き咆哮を上げるバージルと目が合った。
そしてその目を見て、アルベルトは理解した。


こ、こいつッ!この目!まるで生気がない!ガラス玉みてぇに空洞だ!
やっぱりだ、やっぱりこいつはもう死んでいる!
死んだ肉体を何かが動かしているんだ!考えられるのはこの左腕、おそらく寄生型の魔道具だ、これがこいつの精神を食って肉体を乗っ取ったんだ!
右腕の急激な力の上昇も、左腕が肉体を侵食している影響だ!

「ぐ、うぐぁっ!て、てめぇ、左腕が、本体かぁッ!」

ギリギリと体が軋み悲鳴を上げる。気を抜くと骨を砕かれ、体を押し潰されそうになる。ものすごい重圧だった。アルベルトは闘気を放出しながら、歯を食いしばり声を絞り出した。

バージルの意思や感情は左腕の魔道具、宿り水によって奪われたものだが、アルベルトの問いが正解だと言うように、光の消えた空虚な目でバージルはニヤリと笑った。



「ま、まずいぞ!アルベルト様ぁぁぁーーーーーッツ!」
「今お助けに入ります!」
「うぉぉぉぉぉーーーーーーーッツ!」

我らが指揮官の窮地に、クインズベリーの兵士達が飛び掛かる!

「グガァァァァァァーーーーーーーーッツ!」

背後から切りかかったクインズベリー兵士達だが、バージルはアルベルトを締めあげたまま体を回し、右足で蹴り上げた!

「なッ!?」

一蹴り・・・たったの一蹴りで、切りかかったクインズベリー兵士の体が、引きちぎられてしまった。
まるで関節など無いような、奇妙にしなる蹴りにアルベルトは目を見張った。そしてその正体に気が付いた。バージルの両足も左腕同様、赤黒い筋繊維がむきだしになっていた。

「グ、グオォォォォォォーーーーーーーーッツ!」


こ、この野郎、体が変形してやがる!それにこのツラ、まともじゃねぇ!自我を失い、精神を乗っ取られて暴走してやがる!くそッ!こ、このままじゃ・・・・・!





前線の異常事態は、最後尾のレイジェスにまで伝わっていた。
死んだはずの敵が起き上がり、再び猛威を振るっている。
そしてゴールド騎士のアルベルトまで捕らわれてしまったのだ。

この状況で静観などできるはずもない。

「レ、レイチェル!や、やべぇぞ!」
「分かってる!みんな、行くぞ!」

レイチェルを先頭にして、レイジェスのメンバー達は最前線で戦うアルベルトの救出へと走り出した。

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