上 下
1,250 / 1,277

1249 反転攻勢と帝国士気

しおりを挟む
「リカルド、前線はどうなっている?」

軍の最後尾で待機しているレイジェスのメンバー達。
額に手を当て遠くに目を向けているリカルドに、レイチェルは訊ねた。

「あ~・・・けっこういい感じだぜ。こっちが押してるわ。勢いが違うね。帝国は下がりながら反撃してっけど、全然駄目だな。へっぴり腰。このまま押し切れんじゃね?」

幼少の頃からハンターとして、狩りを生業にしてきたリカルドは目が良い。
レイチェルや他のメンバーの視力が悪いわけではないが、他の人間ではぼんやりしか見えないところでも、ハッキリと見えるだけの目を持っているのだ。
リカルドの口から戦況を聞くと、レイチェルは顔を上げて太陽の位置を確認した。

「そうか・・・まだ陽は高いが、この季節なら戦闘可能時間はあと4時間、長くて4時間半というところだろう。こちらが押しているのなら、できるだけ戦力を削っておきたいところだな」

夜になれば闇の主トバリが現れる。トバリから身を護るためには、何かに隠れて姿を隠すしかない。したがって陽が落ちれば、必然的に休戦するしかないのだ。

「どんなに勝っていても、夜になったら一時休戦するしかない。そして朝になったら仕切り直しだからね。帝国にしたら何とか被害を最小限に抑えて、夜を迎えたいところだろうね。今はクインズベリーの士気の高さに圧されて、面くらったところはあると思う。でも一晩経てば立て直してくる。今日勝てても明日は五分かもしれない」

薙刀を肩にかけながら、アゲハも冷静に戦況を分析する。
そう、帝国は最初姿を消したまま上から爆裂魔法を乱射して、クインズベリーにダメージを与える算段だった。
だが想定より早く仕掛けに気付かれた上、単身で乗り込んで来たゴールド騎士に圧倒され、後手に回されてしまったのだ。
さらに副団長のバージルが敗走した事で全体の士気も下がってしまい、今はクインズベリー軍の猛攻に、防戦一方に追い込まれているのだ。


「んだよそれ?だりぃな。せっかく勝ってんだからよ、一発ドカーン!ってやっちまえばいいんじゃねぇの?ミゼルよぉ、光源爆裂弾撃って決めちまえよ」

眉間にシワを寄せて、面倒くさそうにミゼルに話しを向けるリカルド。
だがミゼルは呆れたように溜息をつき、首を横に振った。

「はぁ~・・・おいおいリカルド、なに言ってんだよ?あれだけ敵味方が入り混じってんだぞ?撃てるわけないだろ?それにこんな山の中で上級魔法なんて、山を破壊しかねない。雪崩や土砂崩れがおきたら、帝国だけじゃなくて、こっちだって大ダメージだぞ?だから初級魔法か、中級なら氷魔法とかで戦うしかねぇんだよ」

ミゼルがなぜ上級魔法が使えないかを淡々と説明すると、リカルドは眉一つ動かさずに、ミゼルの肩にポンと手を乗せ、諭すように言葉をかけた。

「よく分かってんじゃねぇか。分かってんなら気をつけろよ?間違っても光源爆裂弾なんか撃つんじゃねぇぞ?」

「・・・は?、いやいや、何言ってんだよ?俺が教えてやったのに、まるで俺が知らなかったみたいに言うなよ?」

「んだよ、言いがかりか?俺はお前を試しただけだって。うっかり光源爆裂弾撃ちそうな顔してっからよ。俺が忠告しなきゃ、今頃光源爆裂弾撃ってたんじゃね?とにかく上級魔法使わなきゃいいんだって。分かった?」

「てめぇ!リカルド!このやっ・・・!」

呆れたように目を向けるリカルドに、ミゼルが詰め寄ろうとすると、アゲハが間に入って二人に制止をかけた。

「はいはい、そこまでそこまで。はぁ~、なんで私が仲裁しなきゃなんないのか。まずリカルド、あんたあっちに行ってな。ミゼルもいちいち挑発に乗らないで。戦争中だよ?前線でみんな戦ってるって忘れないで」

注意を受けた事が不満だったのか、リカルドはふくれっ面をするが、それ以上何か言うでもなく大人しく距離を取った。

ミゼルも納得はできていないようだが、リカルドも黙って離れたので、分かった、とだけ答えて顔を前に向けた。


「アゲハ、良い仲裁だった。お腹を殴らずに黙らせるとは只者じゃない」

普段は問答無用で殴って黙らせるユーリは、アゲハが言葉だけでスムーズに解決した事に、感心してやまなかった。

「いやいや、お腹殴って黙らせる程の事じゃないでしょ?」

「そう?殴った方が早いと思うけど」

「・・・あんたもたいがい物騒な頭だね」

アゲハが呆れたように頬を引きつらせたその時、前線が大きくざわめき出した。





「・・・もろい」

軽く撫でただけで、屈強な兵士達の体が紙屑のように引き裂かれていく。

「な、なんだこいつ!?」
「ひ、左だ!左腕に気を付けろ!」
「うわぁぁぁぁーーーーーーッツ!」

戦況はクインズベリーが優勢に進めていた。
だが突如現れた異形の腕を持つ男によって、クインズベリーの前線が崩れ出した。

「一振りでこれか・・・加減が難しいな・・・」

左腕は肩口から斬り落とされていた。

本来ならば肩から先は欠損しているはずである。だが今その失われたはずの箇所には、赤黒い剥き出しの筋繊維が、人の腕の形を作り成していた。

戦線に復帰した第二師団副団長バージル・ビジェラは、己の新たな左腕の異常な強さに、最初は感覚がついていかなかった。


「くっ!接近戦は危険だ!黒魔法使い、氷で動きを止めろ!」

剣で斬りかかっても、その異形な左腕で受け止められてしまう。
振るわれた左腕を防ごうとしても、鉄の鎧ごと引き裂かれてしまう。

数十人の兵達を瞬く間に失った事で、接近戦は到底不可能と判断したクインズベリー軍の部隊長は、魔法による攻撃を指示した。

前に出ていた体力型の兵士達が下がると、魔力を溜めていた黒魔法使い達が、一斉に氷の魔力を撃ち放つ!

「刺氷弾!」
「地氷走り!」

正面からは無数の氷の槍が迫り、足元からは鋭い氷の刃が突き上げてくる!


「ぬおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーッツ!」

バージルは腰を落とすと、左腕に渾身の力を溜めて右脇の下に抱え込んだ。
そして腰を右に捻ると、自身に向かってくる刺氷弾と地氷走りに対し、正面から左腕を振り払い叩きつけた!

「なにィーーーーッツ!?」

たった一振りで全ての氷が粉砕され、部隊長も黒魔法使い達も誰もが驚愕した。


反対に帝国軍は士気が高まった。
素手で魔法を粉砕するなど、そう簡単にできる事ではない。それも数百を数える刺氷弾に、足元を埋め尽くす地氷走りである。

先頭に立って戦う姿勢を見せたバージルに、帝国兵達の歓声が上がった。

「オォォォォォォォーーーーーーッツ!バージル様!」
「すげぇ!いける!これならいけるぞ!」
「クインズベリーをぶっ殺せぇぇぇーーーーーーッツ!」



反転攻勢をかけ始めた帝国兵達。その様子を一段高い場所から見下ろし笑うのは、栗色の髪を三つ編みにした魔法使いの女、トリッシュ・ルパージュだった。

「ふふふふふ・・・バージル副団長、良い感じですね。そのまま最後まで持つといいですね?せめて憎いゴールド騎士をぶっ殺すまでは」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...