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1241 パウンド・フォーへの進軍

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西の山脈パウンド・フォー。
帝国とクインズベリーの国境となる山である。

レイチェル達がレイマート達を救出するために駆けつけた時は、まだ冬になる前だったため、特に何か思う事はなかった。
だが白い雪化粧をした山は、前回来た時とはまったくの別物に見えた。

一見すると山はとても美しかった。枯れ葉や動物の死骸、捨てられたゴミなどの山の汚れ、その全てを白い雪が覆い隠してくれるからだ。
だがその美しさの裏で、樹氷の森は降り積もった雪を風に乗せて飛ばし、山の侵入者の視界と体温を奪う。もし倒れてしまえば冷たい雪が体を包み込み、ゆっくりと死へいざなうだろう。
景観の美しさは死の危険と隣合わせ。これが雪山なのだ。


雪の降らない帝国との国境の山と言っても、クインズベリー側ではやはりそれなりに積もっている。ロングブーツでなければ足を取られてしまうだろう。

この雪自体はクインズリーにとって有利に働くだろう。だが帝国はすでにこの山で、万全の体勢で待ち構えている。
帝国が雪に不慣れという事を考慮しても、登るしかないクインズベリーにとっては、やはり厳しい戦いになる事は間違いないだろう。

山を城として待ち構える帝国、攻め込むクインズベリー。このようにパウンド・フォーでの決戦が、攻城戦のようになる事は予想が付いていた。
アンリエールが決戦を冬に選んだのは、少しでも自軍に有利な環境を整えたいという考えからである。



「アゲハ、この山で私達を待っている師団長だが、前にキミは掴みどころのないヤツと言っていたな?もう少し詳しく教えてくれないか?」

パウンド・フォー、西峰の麓(ふもと)まで辿り着くと、山を見上げながらレイチェルがアゲハに尋ねた。

「ああ、その話しか・・・」

レイチェルの質問に、アゲハ少し言い淀(よど)んだ。
話せないわけではない。だが説明するには材料が足りなさ過ぎる。

「ロンズデールのシャノン、彼女の部下が調べた情報では詳細までは分からなかった。なんでも全くの無名が、急に師団長になったらしいな?」

レイチェルが言葉を続けると、アゲハは薙刀を地面に刺して、腰に手を当て考えるように話し出しだ。

「う~ん、何て言ったらいいか、私も前に会議で話した事くらいしか知らないんだが・・・・・私も師団長として、できるだけ多くの部下の顔と名前は憶えておこうと思ってな、部下と話す時には顔を見て話すように心がけていたんだ。万を超える人数がいるんだから、全員はとても無理だけどね。必要以上の会話をしないヤツとか、やたら声のでかいヤツとか、まぁ色々いたが人が沢山いれば色んなヤツがいる。そういうものだよな?ただな、あいつ、ジャロン・リピネッツは、何て言ったらいいんだろう・・・」

当時の事を思い出すように、アゲハは顔を上げて空に目を向ける。
わずかに眉根が寄っていて、難しい表情をしているのは、あまり良い印象では無かったのかもしれない。
レイチェルは話しの続き急がせる事はせず、アゲハが言葉をまとめるまで待った。

そしてじっと空を見つめた後、少しの間をおいて、アゲハはレイチェルに顔を向けた。

「怖いヤツ・・・・・一言で言えば、ジャロン・リピネッツは怖いヤツだ」

「・・・怖い?それは、戦士として怖いという事か?」

思いもしない言葉だった。まさか師団長まで務めたアゲハの口から、怖いという言葉が出るとは予想もしなかった。それほど強い男なのか?レイチェルはそう思ったが、アゲハは首を横に振った。

 「いや、私が見た限り、あいつは体力型として抜きんでた何かを持ってはいなかった。力も速さも並みだ。ハッキリ言って私なら瞬殺できる。そんな特徴の無いあいつを私が怖いと感じたのは・・・あの目だ・・・」

そこで言葉を切るとアゲハは一度息をつき、レイチェルの目を見つめて口を開いた。

「あまり表情も変わらないし、淡々としていて、最初は大人しいヤツだなと思ったんだ。けどね、さっき言った通り私はなるべく顔と名前を覚えようと、相手の目を見てしっかり話すようにしていたんだ。その時も訓練中のジャロンの目を見ながら助言をしていたんだ・・・・・そして話していてふと思ったんだ。こいつ、私を見ていない・・・ってね」

「・・・それは、どういう意味だい?」

「・・・ジャロンは私の話しを聞いてはいた。教えた通りに体を動かし、返事もしたからね。けど、あの目・・・あいつのあの目・・・空っぽのガラス玉のようだった。普通は誰かと話しをしていたら、そこには何かしらの感情が宿るだろ?親愛でも敵意でも敬意でも、なにかしらあるはずなんだ。けれどジャロンの目には、何もなかったんだ・・・・・」

目を伏せて静かに首を横に振る。
まるで当時の事を忘れたいと言うように・・・・・

「レイチェル・・・あいつ、ジャロン・リピネッツは、恐ろしいくらい空虚な男だ。あいつには何も無い。喜びも、悲しみも、怒りも・・・何も無い男なんだ。それが分かった時、私は・・・あいつを心底恐ろしいと思ったよ・・・」

「・・・アゲハ・・・」


今のアゲハはの話しでは、ジャロン・リピネッツがどうやって師団長になれたのかは分からない。
戦闘力が低い事は確かなようだが、万の軍勢を従える師団長という座は、力を持たずに就けるものではない。つまりジャロン・リピネッツは何かを隠し持っている。

そしてその何かが分からなければ、この戦い・・・・・


「おい、難しい話しはそんくらいにしろよ?そろそろ行くようだぜ」

アゲハの話しが終わったタイミングで、リカルドが横から口を挟み前方を指さす。
パウンド・フォー攻略の司令官、カルロス・フォスターが進軍の合図を出したところだった。





「お?クインズベリーが動き出したようだな。お前達、作戦通りにいくぞ。俺が合図を出したら一斉に撃つんだ」

クインズベリー軍が山へ足を踏み入れた時、麓から1000メートルほど上では、横一線に並ぶ兵達を前に、不敵な笑みを浮かべて見下ろす男がいた。

身長は2メートルはあるだろう、長いシルバーグレーの髪を何本もの細い束に結っている。
鋭い金色のその目には、これから登ってくるクインズベリーの軍勢など敵ではないと、そう自信に満ちていた。

深紅の鎧を身に着けている事から、この男が帝国の幹部だという事は分かる。

帝国軍第二師団、副団長バージル・ビジェラは高らかに笑った。

「ふはははは!さぁ登ってこいクインズベリーよ、この山が貴様らの死に場所だ」
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