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1240 別人になった男
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帝国軍第二師団長ジャロン・リピネッツ。年齢は28歳。
金色の髪は襟足が長く、前髪は後ろに撫でつけている。
やや釣り上がった青い目からは、人に対する猜疑心のようなものが見える。
この男はおそらく相手が誰であろうと、他人を心から信用していないのだろう。
身長は178cm、低くはないが体力型として見れば高いとも言えない。
体つきも細くはないが、他の戦士達と比べて目を見張るものもない。
腕力があるわけでもなく、スピードがあるわけでもない。
弱いとは言わない。だが強いわけでもない。
それがアゲハが抜けた後、空位になったその座に就いた男である。
帝国では力さえあれば年齢は問われない。決闘で師団長の座を勝ち取る者も多い帝国では、体力と気力が充実している二十代で師団長に就く者が多かった。
それはジャロン・リピネッツも同じだった。
当時の副団長と師団長の座をかけて戦い、そして勝った。
しかしこの時まで、ジャロン・リピネッツは全くの無名と言ってよかった。
前述の通りの身体能力の持ち主であり、当然戦場で目立つ成果を上げた事もなく、上官からの覚えが良いわけでもない。
大勢いる兵士の一人。それがジャロン・リピネッツだった。
そのため空位の第二師団長の座に、当時の副団長が繰り上がって就こうとした時、ジャロン・リピネッツが手を挙げたのは誰もが驚かされた。
驚き、そして次に嘲笑された。
当然だろう。なぜ今日までただの一兵卒だった男が、副団長に勝てると思ったのか?
なにを勘違いしている?自分の力量さえ分からない愚か者なのか?
体力型だが特出したところの無い、十人並みの体格。
力も速さも技も無い。もっと言えば名前さえ知られていない。
誰もがジャロン・リピネッツを嘲笑った。こいつは今日ここで死ぬ。そう思われた。
だがその結果は、誰も予想さえできないものだった。
言うまでもないが、当時の副団長はジャロン・リピネッツを、力でも速さでも全てにおいて大きく上回っていた。
そして繰り出す多彩な技は、ジャロンでなくとも並の使い手が躱しきれるものではない
勝って当然。そういう戦いだったのだ。
だが結果として、最後に立っていたのはジャロン・リピネッツだった。
まるで戦いなど無かったかのような綺麗な顔のジャロン・リピネッツが、足元に倒れ伏す副団長を見下ろしている姿は、誰も忘れる事ができないだろう。
十人並みの体格、力も速さも平均程度しかない男が勝ったなど、話しだけを聞けば誰も信じないだろう。
しかしこれは事実である。
何も持っていない、ただの名も無き一兵士が、第二師団副団長を破り、新たな師団長の座に就いた。
なぜジャロンが勝てたのか?その場で見ていた兵達にもまったく理解できなかった。
だがジャロンと副団長の戦いを見て、たった一つ・・・これだけは認めなければならないものがあった。
副団長の攻撃の全てを、ジャロンは躱して見せたのだ。
かすり傷一つ負っていないその姿を見て、帝国軍の兵士達の反応は様々だったが、大半の者はマグレか何か卑怯な真似でもしたのだろう。そう判断した。
その後、何人もの腕利きの兵達がジャロンに挑んだが、ジャロンはそのことごとくを傷一つ負う事なく叩き伏せた。
そして地面に倒れる兵達の数が十を超えた頃、全員が認めざるをえなくなった。
こいつと戦ってはいけない。絶対に勝てないと・・・・・
帝国との国境の山パウンド・フォー、西峰は標高4477メートル。
北、南、東の三峰と比べ、標高は一番低い。
雪の降らない帝国との国境地帯であるため、この辺りからは比較的乾燥した土地になってくる。
だが西側はクインズベリー寄りのため、乾燥の影響は少ない。
「リ、リピネッツ団長・・・あと三十分ほどで、クインズベリー軍が西の麓に着くそうです・・・」
天幕の中で部下からの報告を受けるのは、第二師団長のジャロン・リピネッツ。
山の中腹に陣を取り、クインズベリー軍がいつ現れても、迎え撃つための準備は出来ていた。
横に広く兵士を配置し、後ろを取られないようにしつつ、いつどこから敵が現れても迅速に対応できるように警戒に当たらせる。
単純な陣形だが、ジャロン・リピネッツは五万という兵士を持っている。
数を持っているからこそできる戦法だった。
「そうか、ヤツらが帝国に入るためには山越えは必須。ならば標高が一番低く、傾斜も緩やかな西峰から来ると思ったが、読み通りだな・・・」
ジャロン・リピネッツは椅子から立ち上がると、報告に訪れた兵にゆっくりと顔を向けた。
「バージルに伝えろ。戦闘開始だ、当初の予定通りにいくぞ」
威圧したわけではない。ジャロンはいたって自然な口調で指示を出しただけだ。
だが命令を出された兵士は額に大粒の汗が浮かび、緊張から喉が渇いてうまく返事をする事ができなかった。
得体の知れない圧迫感だった。
その口から発せられる言葉の一つ一つが、まるで死の宣告のように肌に突き刺さる。
命じられたのはただの伝達だ。それでなぜここまで怯えなければならない?
こんなの異常だ。だが、この異常を通してくるのが、この男ジャロン・リピネッツ。今では自分の上官になった男だ。
この兵士はジャロンが師団長になる前から知っている。どこにでもいるその他大勢の中の一人だったはずだ。それがどうしてここまで恐ろしい男になった?
人が変わったなんてものじゃない。本当に別人になったとしか思えない程だ。
「・・・聞いているのか?」
「は、はいッッ!」
ジャロンに睨まれ慌てて言葉を絞り出すと、兵士は逃げ出すように天幕を出て行った。
すぐに・・・バージル副団長にすぐに伝えなければならない。
もし伝達が少しでも遅れてしまったら、自分は殺されるだろう。
だから言いつけは最短で、最優先で行動に移さなくてはならない。
ジャロン・リピネッツはもはや自分の知っている男ではない。
師団長になって、ジャロン・リピネッツは変わってしまった。
いや・・・あるいは、最初からそうだったのかもしれない。
ジャロン・リピネッツは、自分の部下でも容赦なく殺す、恐ろしく冷酷で残酷な男なのだ・・・・・
金色の髪は襟足が長く、前髪は後ろに撫でつけている。
やや釣り上がった青い目からは、人に対する猜疑心のようなものが見える。
この男はおそらく相手が誰であろうと、他人を心から信用していないのだろう。
身長は178cm、低くはないが体力型として見れば高いとも言えない。
体つきも細くはないが、他の戦士達と比べて目を見張るものもない。
腕力があるわけでもなく、スピードがあるわけでもない。
弱いとは言わない。だが強いわけでもない。
それがアゲハが抜けた後、空位になったその座に就いた男である。
帝国では力さえあれば年齢は問われない。決闘で師団長の座を勝ち取る者も多い帝国では、体力と気力が充実している二十代で師団長に就く者が多かった。
それはジャロン・リピネッツも同じだった。
当時の副団長と師団長の座をかけて戦い、そして勝った。
しかしこの時まで、ジャロン・リピネッツは全くの無名と言ってよかった。
前述の通りの身体能力の持ち主であり、当然戦場で目立つ成果を上げた事もなく、上官からの覚えが良いわけでもない。
大勢いる兵士の一人。それがジャロン・リピネッツだった。
そのため空位の第二師団長の座に、当時の副団長が繰り上がって就こうとした時、ジャロン・リピネッツが手を挙げたのは誰もが驚かされた。
驚き、そして次に嘲笑された。
当然だろう。なぜ今日までただの一兵卒だった男が、副団長に勝てると思ったのか?
なにを勘違いしている?自分の力量さえ分からない愚か者なのか?
体力型だが特出したところの無い、十人並みの体格。
力も速さも技も無い。もっと言えば名前さえ知られていない。
誰もがジャロン・リピネッツを嘲笑った。こいつは今日ここで死ぬ。そう思われた。
だがその結果は、誰も予想さえできないものだった。
言うまでもないが、当時の副団長はジャロン・リピネッツを、力でも速さでも全てにおいて大きく上回っていた。
そして繰り出す多彩な技は、ジャロンでなくとも並の使い手が躱しきれるものではない
勝って当然。そういう戦いだったのだ。
だが結果として、最後に立っていたのはジャロン・リピネッツだった。
まるで戦いなど無かったかのような綺麗な顔のジャロン・リピネッツが、足元に倒れ伏す副団長を見下ろしている姿は、誰も忘れる事ができないだろう。
十人並みの体格、力も速さも平均程度しかない男が勝ったなど、話しだけを聞けば誰も信じないだろう。
しかしこれは事実である。
何も持っていない、ただの名も無き一兵士が、第二師団副団長を破り、新たな師団長の座に就いた。
なぜジャロンが勝てたのか?その場で見ていた兵達にもまったく理解できなかった。
だがジャロンと副団長の戦いを見て、たった一つ・・・これだけは認めなければならないものがあった。
副団長の攻撃の全てを、ジャロンは躱して見せたのだ。
かすり傷一つ負っていないその姿を見て、帝国軍の兵士達の反応は様々だったが、大半の者はマグレか何か卑怯な真似でもしたのだろう。そう判断した。
その後、何人もの腕利きの兵達がジャロンに挑んだが、ジャロンはそのことごとくを傷一つ負う事なく叩き伏せた。
そして地面に倒れる兵達の数が十を超えた頃、全員が認めざるをえなくなった。
こいつと戦ってはいけない。絶対に勝てないと・・・・・
帝国との国境の山パウンド・フォー、西峰は標高4477メートル。
北、南、東の三峰と比べ、標高は一番低い。
雪の降らない帝国との国境地帯であるため、この辺りからは比較的乾燥した土地になってくる。
だが西側はクインズベリー寄りのため、乾燥の影響は少ない。
「リ、リピネッツ団長・・・あと三十分ほどで、クインズベリー軍が西の麓に着くそうです・・・」
天幕の中で部下からの報告を受けるのは、第二師団長のジャロン・リピネッツ。
山の中腹に陣を取り、クインズベリー軍がいつ現れても、迎え撃つための準備は出来ていた。
横に広く兵士を配置し、後ろを取られないようにしつつ、いつどこから敵が現れても迅速に対応できるように警戒に当たらせる。
単純な陣形だが、ジャロン・リピネッツは五万という兵士を持っている。
数を持っているからこそできる戦法だった。
「そうか、ヤツらが帝国に入るためには山越えは必須。ならば標高が一番低く、傾斜も緩やかな西峰から来ると思ったが、読み通りだな・・・」
ジャロン・リピネッツは椅子から立ち上がると、報告に訪れた兵にゆっくりと顔を向けた。
「バージルに伝えろ。戦闘開始だ、当初の予定通りにいくぞ」
威圧したわけではない。ジャロンはいたって自然な口調で指示を出しただけだ。
だが命令を出された兵士は額に大粒の汗が浮かび、緊張から喉が渇いてうまく返事をする事ができなかった。
得体の知れない圧迫感だった。
その口から発せられる言葉の一つ一つが、まるで死の宣告のように肌に突き刺さる。
命じられたのはただの伝達だ。それでなぜここまで怯えなければならない?
こんなの異常だ。だが、この異常を通してくるのが、この男ジャロン・リピネッツ。今では自分の上官になった男だ。
この兵士はジャロンが師団長になる前から知っている。どこにでもいるその他大勢の中の一人だったはずだ。それがどうしてここまで恐ろしい男になった?
人が変わったなんてものじゃない。本当に別人になったとしか思えない程だ。
「・・・聞いているのか?」
「は、はいッッ!」
ジャロンに睨まれ慌てて言葉を絞り出すと、兵士は逃げ出すように天幕を出て行った。
すぐに・・・バージル副団長にすぐに伝えなければならない。
もし伝達が少しでも遅れてしまったら、自分は殺されるだろう。
だから言いつけは最短で、最優先で行動に移さなくてはならない。
ジャロン・リピネッツはもはや自分の知っている男ではない。
師団長になって、ジャロン・リピネッツは変わってしまった。
いや・・・あるいは、最初からそうだったのかもしれない。
ジャロン・リピネッツは、自分の部下でも容赦なく殺す、恐ろしく冷酷で残酷な男なのだ・・・・・
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