上 下
1,241 / 1,253

1230 和解の握手

しおりを挟む
セドコン村から数百メートル程離れた雪原で、クインズベリー軍はまだ動かずに留まっていた。

なぜならばまだ戦いを終えたレイジェスの戦士達が、総大将のバーナード・ロブギンスへ報告を終えていなかったからだ。

そして今、軍の幹部達と二人の王子が集まる天幕の中で、レイチェルから戦いの報告を受けたバーナード・ロブギンスは、しばし内容を飲み込むように黙り、やがてゆっくりと口を開いた。


「・・・・・そうか、あの闇はここからでも見えていたし、ここまで届く程の凄まじい圧力だった。もし全面対決となっていたら、こちらの被害は計り知れないものになっていた事だろう。お主らレイジェスの働きは見事だった」

「ありがとうございます。ですが私達レイジェスだけの成果ではありません。ニーディア・エスパーザが蔦を抑えていなければ、もっと被害が出ていたかもしれません。それに村の住人だったラクエル・エンリケスが協力してくれた事も大きかったです」

労いの言葉をかけられても、レイチェルは表情を変える事はなかった。
実際に仲間達はよく戦った。それは誇っていい。しかしニーディアとラクエル、この二人がいなければもっと犠牲者が出ていたかもしれない。

勝利できた事は喜ばしい。だが心はすでに次の戦いに備え、引き締められていた。

「ふむ、ニーディアか・・・ラゴフ、クレイグ、エリクス、この三人を失った事はあいつには耐え難い痛みだろう。だがお主達があいつを拒まなかったおかげで、仇を討つための力になる事ができた。それは救いだっただろうな。礼を言うぞ」

ロブギンスは謝意を表すと、隣に立つ副団長のカルロス・フォスターに目を向けた。


「カルロス、お前からも何か言うべき事があるんじゃないか?」

そう指摘を受けて、カルロスは目を伏せた。

ロブギンスの言わんとする事は分かっている。
カルロスの編成した隊は、セドコン村の奪還に失敗し、将来有望な若手さえ失ってしまったのだ。

ハビエルには歯が立たなかったと言っても、エフゲニー・ラゴフも、クレイグ・コンセンシオンも、百人力と言っていい実力者だった。そして白魔法使いのエリクス・スピルカも、豊富な魔力量と魔力操作のセンスを兼ね備えた優秀な人材だった。

そして彼らと行動を共にした四十名も、力のある兵だった。十万の軍勢とはいえこの犠牲は大きかった。

カルロスが口を噤(つぐ)んでいると、ロブギンスが静かに言葉を続けた。

「カルロスよ・・・秘蔵っ子のニーディアだけでも生き残ったのはよ、ラゴフらが体張ったのはもちろんだが、レイジェスの人間も助けてくれたからなんだぜ?」

諭すように、けれど釘を刺すように強い口調を向けられたカルロスは静かに目を開けると、レイチェルに顔を向けて頭を下げた。

「・・・色々とすまなかった。ニーディアを助けてくれた事、そして敵を討ち、セドコン村を解放してくれた事に感謝する」

予想外に素直に謝罪の言葉を口にするカルロスに、レイチェルは少なからず驚かされた。
だがプライドが高く、あれだけレイジェスを毛嫌いしていた男が頭を下げたのだ。
そこに嘘偽りは感じられなかった。

すでにカルロスは、己の感情を整理していたのだ。


「・・・カルロス副軍団長・・・私達レイジェスは軍人ではありません。できるだけ足並みは乱さないよう心がけますが、規則や規律に疎いところはありますので、ご迷惑をおかけする事はあるかもしれません。ですがクインズベリー国の人間として、国を護りたいと思う気持ちは同じだと思ってます。ですから・・・」

カルロスが顔を上げると、レイチェルはその目をじっと見つめ、そして右手を差し伸ばした。

「共に力を合わせて戦いましょう」

差し出されたレイチェルの右手に、カルロスは少しだけ驚いたように目を開いた。
しかし、フッと口元に笑みを作るとその手を握り、そうだな、と頷いた。

「国を護りたいと思う気持ちか・・・・・確かにそこに違いはないな」

「はい、今こそクインズベリーが一丸となる時です」

固く握ったお互いの手は、クインズベリーの結束をより強固なものとした証となった。



和解の手を握る二人を見て、ロブギンスも満足そうに笑った。

「そうだ、それでいい。これでクインズベリー軍もより強くなった。王子、クインズベリーは勝てますよ」

ロブギンスの隣で椅子に腰をかける第一王子のマルス、第二王子のオスカー。
ふいに話しを向けられ、オスカーはとっさの対応ができず、あいまいに頷いただけだが、マルスは腕を組んでロブギンスに顔を向けた。

「そうだな、ラゴフ達は失ってしまったが、クインズベリー軍の結束は強固なものになった。ここから先は帝国との闘いも厳しさを増していくだろう。だがクインズベリーが一枚岩となって立ち向かえば、帝国にだって打ち勝てる」

ロブギンスもマルスも、ラゴフ達の死に何も感じていないわけではない。

だがロブギンスは十万の軍の大将として、とうの昔に死ぬ覚悟ができていた。部下の死に感情を乱す事はない。なぜなら自分自身がの命も、勝利のためならいつでも差し出せるからだ。

マルスもまた王族としてある種の覚悟を固めていた。
それは自分自身の命も含め、王族として時には冷徹な判断も下す非情さである。

この戦争に負ければクインズベリーは滅びる。
それゆえに情のある部下であろうと、その死に感情を乱す事はしない。
常に冷静でなければならない。全ては勝利のためである。


「オスカー、お前ももっと強くなれ。お前の優しさは美徳だが、それは平時での話しだ。今は何事にも動じない心の強さが必要なんだ。明日には中間地点に着く、俺達も忙しくなるぞ」

この場にいてもほとんど言葉を発する事はせず、ただ成り行きだけを見守っていたオスカーに、マルスは自分達の立場を説いた。


「はい・・・申し訳ありません、兄上」

やや俯き加減に言葉を返すオスカー。オスカー自身、マルスの言っている事は十分に分かっている。
しかし人に厳しく、まして冷たくする事など、オスカーにはとてもできない事だった。

オスカーは優し過ぎるのだ。

「・・・まぁ、すぐにできる事ではないだろう。だが心構えはしておく事だ。ロブギンス大将、話しもついたようだし、今日はここで終いにしよう。彼らレイジェスも体を休めたいだろうしな」


マルスの一言で、ここでの話し合いは終わる事となった。

また一日ここでキャンプとなったが、日没の時間を考えればしかたない。暗くなり始めていた以上、夜の警戒は最優先である。それにレイジェスには満足に動けない者もおり、無理をして倒れてしまうなど、あってはならない事だった。

翌日は朝から中間地点を目指す。そう取り決めて解散をした。




その日の夜、同じテントの中で・・・・・


「え?それってアタシに、これからも戦えって言ってんの?」

「ああ、その通りだ。今回のセドコン村での戦いで確信した。ラクエル、力を貸してくれないか?帝国に勝つにはキミの力が必要だ」


これから激しさを増していくであろう帝国との闘いにおいて、ラクエルの力が必要だと見たレイチェルが、共に戦おうと声をかけていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

処理中です...