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1207 沼からの脱出と備え

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ジーンの天衣結界が破壊された直後、斬空烈波から仲間達を護ったのは黒魔法使いのミゼルだった。

「ぐぅッ!こ、これはすげぇ圧力だな!」

腰まで沼に埋まりながらも両手に風の魔力を集め、ジーンの結界の破損個所を防ぐようにして、風を飛ばしていたのだ。

「ミ、ミゼル!」

振り返ったジーンも目を開いて驚きを言葉にすると、ミゼルは声を張り上げた。

「ジーン、何やってんだ!まだお前の天衣結界は生きてんだろ!さっさと修復しろ!」

「わ、分かった!」

歯を食いしばって風の魔力を放出するミゼルを見て、ジーンはすぐに天衣結界の修復に魔力を注ぎこんだ。

そう、ミゼルの言葉通り、ジーンの天衣結界はまだ完全には破壊されていないかった。

結界に入った亀裂が大きく広がり、一部が欠け始め、いよいよもたなくなってきたその時、ミゼルが風魔法でフォローに入ったからだ。

ミゼルはユーリに言われた言葉から閃きを得て、風と結界を合わせる事を実戦したのだ。

即興だったため不完全ではある。だが複数ある破損個所にそれぞれ風を飛ばして隙間を埋める事で、結界へのダメージを抑える。これ自体は上手くいった。

そして斬空烈波が爆発して結界の外は吹き荒れているため、敵も決着がついたと判断して更なる追撃はなかった事で、ジーンは着実に結界の修復を行う事ができた。

ミゼルが風で援護しながら、ジーンは結界の修復を行う。これでしばらくは時間を稼げると思われた。

だがまだ問題は残っていた。


「ユーリ、俺につかまってろ」

「いい、そうするとミゼルも沈むのが早くなる」

外からの攻撃を防いでも沼は残っている。
特に体の小さなユーリはすでに胸の近くまで沼に沈んでいた。
あたり一面が沼と化しているため、体重を預けられる場所もなく沈みゆくしかないのだ。

自分につかまるように言って左手を伸ばすが、ユーリは首を横に振った。

「外にいるアゲハとリカルドが、きっと何とかしてくれる」

真っ直ぐな目でそう話すユーリに、ミゼルはフッ笑った。

「・・・分かった。俺も仲間は信じてる。でもな、せめて俺の服くらい掴んでろよ。もう胸の近くまで沈んでるじゃねぇか」

「ん・・・分かった」

小さく頷くと、ユーリはミゼルの服の端を掴んだ。


そしてミゼルとジーンの奮闘により、なんとか結界を保ち耐えていると、ラクエルが場の緊張感に合わない軽い調子の言葉を発した。

「あ、思いついたんだけどさ、アタシの凍結のナイフで沼を固めれば脱出できるかも!」

「なに、本当か?」

ラクエルの隣のレイチェルが、その言葉に反応して顔を向けた。

すでにレイチェルもラクエルも下半身は沼に沈んでいた。そして少しでも沈む時間を稼ごうとして、できるだけ身じろぎをせずにじっと耐えていたところだった。

「マジマジ、ほら、アタシの凍結のナイフって触るだけで固めるじゃん?だからこれで沼をちょっと触れば・・・」

名案だとばかりに笑って話すラクエルは、右手に握っていた凍結のナイフの刃先を、軽く沼に突き刺した。
するとナイフを中心に、刺した端から沼の黒い水がどんどん氷っていき、足場くらいの大きさはすぐに出来上がった。

「・・・へぇ、すごいじゃないか」

「でしょ?瞬間的な凍結能力なら、氷魔法より上だからね。ん~・・・やっぱり水の上だからちょっと安定感は足りないけど・・・レイチェル、あんたなら行けるでしょ?アタシが行ってもいいんだけどさ、アタシはこれで他のみんなを助けとくよ」

レイチェルが感心したところで、ラクエルは左手で氷に触れて感触を確かめた。

薄氷ではないが、水の上に張った氷は流氷のように安定感が無い。これを足場にして沼から脱出するには、人並み以上のバランス感覚とボディコントロールが求められる。

「ラクエル、大丈夫だ。私が行くよ。キミはその氷でみんなを助けてくれ」

表情を変えずにそう言うと、レイチェルはラクエルの作った氷に両手を乗せ、上半身の力だけで下半身を水から浮かせて飛び上がった。そのまま体重を感じさせない軽やかさで両足を氷の上に乗せると、今度は思い切り氷を蹴って大きく飛び上がった。

氷は音を立てて粉砕されたが、レイチェルは結界の外まで辿り着く事ができ、沼からの脱出を成す事ができた。

結界の外へ出たレイチェルは、もう一度足に力を溜めて地面を強く蹴ると、荒れ狂う風の壁を突き破って駆け出した!




そして今・・・・・

レイチェルのナイフによって首を斬り裂かれたイサックは、まるで体を支える糸が切れたように膝から崩れ落ち、レイチェルの足元に倒れ伏した。


「・・・あと二人か」

動かなくなったイサックを見下ろし、レイチェルは静かに呟いた。
ニーディアから聞いた情報では敵は四人。体力型と青魔法使いは倒したから、残りは黒魔法使いと白魔法使いの二人。

この集団のボスと思われる黒魔法使いはまだ残っている。



「レイチェル、流石だな。ん、どうした?」

敵を倒したというのに神妙な顔をして考えこむレイチェルに、薙刀を肩にかけてアゲハが声をかけた。
その声に顔を向けると、レイチェルは両手のナイフを腰の鞘にしまい、腕を組んで口を開いた。

「・・・残りは二人、数の上では私達が圧倒的に有利だ。だがニーディアの話しを聞いた限り、敵のボスはかなり危険だ。アゲハ、キミからも昨日話しは聞いたが、あらためてどう戦うべきだと思う?」


ニーディアの仲間達は、見えないなにかで圧し潰された。

対策は練って来ているが、リスクはできるだけ下げておきたい。昨日も聞いてはいるが、小さな事でも何か知っているなら教えてほしいという意味で向けた言葉である。


「・・・昨日も言ったけど、こいつらのボスはハビエル・フェルトゥザで間違い無いと思う。その気になれば簡単に師団長になれる男だ。ハビエルが戦っているところはあまり見た事はないが、見えない何かで圧し潰すという能力以外にも、魔力そのものが極めて高い。初級魔法の爆裂弾でさえ信じられない威力だった。だからレイチェル、私達が勝つためには速攻が一番だと思う。ハビエルが上級魔法を使う前に倒すんだ。ヤツが上級魔法を使ったら、どうなるか分からないぞ」


「・・・ああ、分かった」

元帝国軍のアゲハは、ハビエルの存在を知っていた。そしてハビエルがどんな人間であるかも、概ね知っているつもりだった。
高い実力を持ちながら、あえて軍に馴染めないはぐれ者だけを集めて、自分のチームを作った風変りな男だった。

ハビエルがこの村に来た理由は、帝国のためというのはもちろんあるだろう。だが自分達の価値を軍に認めさせる事が一番だろう。アゲハの話しにレイチェルが頷いたところで、やっと爆風が弱まってきた。
そしてその風の中から、ゆっくりと歩いて来る人影が見える。

それはラクエルのナイフで作った氷を足場にして、沼から脱出したミゼル達だった。


「いやぁ、ひでぇ目にあったぜ・・・」

最初に風を掻き分けるようにして出て来たのは、ミゼルだった。
全身に泥水を被っていて、黒いローブからも水がしたたり落ちている。

「ふぅ・・・みんな無事みたいで良かったよ」

ジーンもミゼルと同様の恰好だった。やはり泥水を被っているから、青いローブが薄黒く染まっている。
そして限界近くまで魔力を消耗したため足取りは重く、笑顔を見せてはいるが、その顔には隠しきれない疲労が浮かんで見えた。

「ミゼル、ジーン、そこに座って。ヒールをかけるから。少しは楽になると思う」

ミゼルもだが、特にジーンは魔力の消耗が大きかった。魔力の消耗による疲労はヒールでは癒せず、自然回復に頼るしかない。それはユーリも分かっているが、ヒールをかける事で少しでも楽になってほしいというユーリの気持ちだった。


「おーい、ユーリ、俺も俺も、俺にもヒールを頼む!」

ミゼルとジーンが、斬空烈波の巻き添えをくらい、倒壊して横倒しになった家屋の柱に腰を掛けると、リカルドが数軒先の屋根から飛び降りて走って来た。

弓使いのリカルドは戦闘開始直後から一人別行動をとっていた。
イサックを狙い放った矢は惜しくも躱されてしまったが、イサックの注意を引き、攻撃の手を止めさせた事は一つの成果である。

だが言うまでもなく遠距離攻撃であり、もちろん怪我などしていない。つまりヒールは不要である。


「リカルドは無傷。魔力の無駄」

「あ!?なんでだよ!?俺だって疲れてるっての!贔屓かよ!」

冷たくあしらうユーリに、リカルドが目を吊り上げて抗議する。
こんな状況でもどこか平和な光景に、レイチェルは少しだけ緊張が解れて肩の力が抜けた。



「おー、やっぱりキチンと倒してたね」

ミゼル達から離れて、ラクエルはレイチェルとアゲハに近づいて来くると、イサックの死体を見て口を開いた。

「ああ、ラクエル。キミのおかげだ。敵も倒せたしみんな無事だった」

「へへ、まぁちょっとヤバかったけど、みんな無事で良かったよ。でも、こっからが本番だよ?」

レイチェルから感謝の言葉を伝えられると、照れた感じに笑ったラクエルだが、すぐに表情を引き締めた。

今一瞬は勝利に喜んでもいい。だがまだ最大の敵が残っている。


「・・・風で探ってみたが、ハビエルがいるのは多分あそこだ」

アゲハは村の奥の巨大な氷の柱を指差した。
クレイグ・コンセンシオンの放った火柱を、ハビエルが一瞬で氷付かせたものである。

風の精霊を通して気配を探る事もできるアゲハは、村に残っている二人を捉えた。

黒魔法使いハビエル・フェルトゥザと、白魔法使いのノエル・メレイシアである。


「・・・分かった。いよいよだな」

まもなく対峙するであろう敵のボス。それはどれほどのものだろうか。レイチェルはオープンフィンガーのグローブをはめ直すと、敵のボスがいるであろう巨大な氷の柱を見据えた。
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