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1206 敵への称賛

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こいつっ!まだ動けるのか!?

自分に向かって飛び掛かってきたイサックを見て、アゲハは目を開いた。
ラクエルに斬られた事で、右の脇腹から広がった氷は腰や胸まで固めている。
その状態でここまで動けた事自体が並外れている。しかも一度力を使い果たして膝まで着いた。
そこから再び立ち上がるには、どれだけエネルギーが必要になるか・・・

油断をしていたわけではないが、ここでイサックが飛び掛かって来る事は、アゲハの想定にはなかった。力を使い果たした男に、薙刀の刃でとどめを刺す。それだけだと思っていたからだ。

だが・・・・・

「フッ!」

腰を左に回して右腕を振り上げる。イサックのがら空きの胴体に狙いをつけて、石突を叩き込む!
想定外だが、反応できるかできないかはまた別な話しである。
一瞬の後には敵に対する認識を修正し、反撃に転じれるだけの経験をアゲハは持っている。

「むっ!?」

しかしアゲハは再び目を開かされた。なぜならアゲハの繰り出した石突は、イサックの左脇腹に入る寸前のところで、鉄の鎖に巻き取られて止められたからだ。

深いダメージを負い体力も底を尽き、なにより激高状態であるにも関わらず、石突を防がれるとは思わなかった。

「がぁぁぁぁぁぁーーーーーーーッツ!」

イサックは叫びを上げて右手に握る鎖を引くと、アゲハの手にする長物が引かれて前のめりに体勢が崩される。

「くっ、まだそんな力をッ!」

体付きを見れば元々の腕力がある事は分かっていた。だがここまでダメージを負っていて、自分がバランスを崩される程の力を残している事に驚かされた。

いや、これは体力を残していると言うよりは、精神力、心の力だ。
仲間の死を見るまでは立っている事さえ辛かったはず。しかし地に倒れ伏す仲間を目にし、肉体の限界を超える力を絞り出したんだ。

「ダラァッツ!」

殺意に満ちた目を光らせ、左手に握る鎌をアゲハの頭に向けて振り下ろす!

「チッ!」

両腕を掲げ、薙刀の腹でイサックの鎌を受けとめる!


身長175cm程のアゲハはイサックとほぼ同程度の背丈であり、上背で劣っている事は無い。
ましてやアゲハは帝国軍の師団長まで担った女であり、パワーもスピードもイサックに引けを取るものではなく、むしろ上回っている程である。

だが、押し込まれた。


「ぐっ!な、なにッ!?」

イサックが上から押してくる鎌を、アゲハは下から薙刀で受け止める。体勢としてはアゲハに不利ではある。だが前述の通り、元師団長のアゲハはパワーもスピードもイサックを上回っている。
ましてやイサックは満身創痍であり、そもそもが戦える状態ではないのだ。

だが現実として、イサックのパワーにアゲハはねじ伏せられようとしていた。



こ、こいつっ!とっくに体力を使い果たしているはずだ!なのに、気力だけでここまでの力を引き出せしているのか!?

精神が肉体を超えた時、これほどの力を発揮する事ができるとは・・・敵ながら大したものだよ。

けどね・・・そんな体で私に勝とうってのは舐め過ぎじゃない?


両足に力を入れて大地をしっかり踏みしめると、アゲハは腰に力を入れて両腕を前に突き出した!

「ぐっ!?ウオォォォォォォーーーーーーーーーッツ!」

鎌を持つ左腕が押し戻されて一瞬目を剥(む)くが、すぐにこれまで以上の力を込めて鎌を押し当てる!

「チツ!しつこい!さっさとくたばりなよ!」

再び押し合いになり、アゲハは歯を食いしばった。
上からねじ伏せようとするイサック、下から押し返そうとするアゲハ。二人の力は拮抗しており、一瞬たりとも気を抜く事は許されない。

アゲハとイサック、互いに睨み合いながら力をぶつけあっていたその時、イサックの耳が微かな風切り音を捉えた。

「ッ!?」

咄嗟に顔を後ろに反らしたその直後、鋭く首筋をかすめたソレは地面に突き刺さった。

目を向けるとそれは鉄の矢だった。
どこから撃って来た?矢が飛んで来た方角に顔を向けると、数軒離れた高い屋根の上で、緑色の髪の少年が矢を構えて立っていた。


「はぁぁッ!?あのタイミングで避けやがった!んだよアイツ、くそ面倒くせぇ!人の迷惑考えろよ!」

集団から一人離れ、決定機を狙っていたのはリカルドだった。

激しい戦いだった。いくつもの家屋が破壊され、今だに斬空烈波の余波で風が荒れ狂っている。
しかも敵は甚大なダメージを負っている。その状況で射った矢を躱したのだ。

リカルドは驚きを隠せなかった。
だが敵が実力者だという事は最初から分かっていた事だ。すぐに切り替えて二の矢、三の矢を射る!

「クソがっ!大人しく死んどけ!」

放たれた矢を躱すなど、そう簡単にできる事ではない。

だが高速で回り続けても標的を見失わない動体視力、さらに極限状態の精神の高揚がイサックの身体能力を限界を超えて引き上げたため、今のイサックには飛んでくる矢を目で追う事など難しい事ではなかった。

額に飛んで来た矢を顔を反らして躱し、心臓に来た矢を体を捻って躱す。
続く四の矢も五の矢も、かすらせる事さえ許さずに躱しきる。イサックは完全にリカルドの矢を見切っていた。

「はぁぁぁっ!?あの野郎、目良すぎだろ!?だったら・・・!?」

鉄の矢では駄目だ。そう判断したリカルドは、魔道具大地の矢に指をかけた。
だがその時、斬空烈波と結界の衝突による爆風を突き破り、一直線にイサックに向かって走る赤い影が目に映った。


「ッ!?」

自分に向かって来るその赤い影を、イサックも視界の端に捉えた。
そして顔を振り向かせた時、赤い髪の女、レイチェルはすでにイサックの懐に入り込んでいた。

「フッ!」

短く息を吐くと、逆手に握る左手のナイフをイサックの左脇腹に突き刺した!

「ぐッッッ・・・がはっ!き、きさ、ま・・・ど、どうやって・・・」

レイチェルのナイフは、イサックの体を固める氷をも貫き深々と刺さる。
こみ上げてきたモノを口から吐き出すと、イサックの膝から力が抜けたように足元がふらつき、前のめりに倒れそうになる。


斬空烈破は結界を突き破ったはず、沼に足を取られた状態でどうやって生き残った?
イサックの疑問にレイチェルは答えず、突き刺したナイフを無言で抜き取る。


「・・・敵ながらお前はよく戦った、もう眠れ」

そして静かにそれだけを呟くと、右のナイフでイサックの喉を横一線に斬り裂いた。

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