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1199 冷酷な男の悲しみ

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「止まって・・・ここから先は敵の領域よ」

セドコン村の入り口から数歩手前まで来ると、前を歩いていたニーディアが足を止めた。
そして右手を真横に出して静止をかけると、一歩後ろを歩いていたレイチェル達も、その場で立ち止まった。

「ニーディア、ここから先に進むと蔦が飛び出してくるのか?」

ニーディアの背中にレイチェルが声をかけた。
本来であればリーダーのレイチェルが先頭に立つべきである。しかし今回は蔦の魔力を感知できる、ニーディアを案内役にするべきだと判断したのだ。

「ええ、正確にはあと三歩ね。問題の蔦なんだけど、私の分析では地中に張り巡らさせた魔力が、地上で動く者を感知して襲ってくるんだと思うわ。村全体が攻撃範囲なんだから、自動でなければ不可能よ」

「なるほど・・・そうすると蔦を使用している間、術者はどうしてるんだ?」

「・・・私は蔦の魔力を押さえつけている間、全神経を集中させて一歩もここを動く事はできなかったわ。でも蔦の術者は余裕があったみたいよ。蔦に魔力を割きながら、戦う事もできると思うわ。悔しいけど私より格上よ・・・」

自分は魔力が枯渇する事も覚悟の上で蔦を押さえていた。
だが蔦の魔道具を使っていた魔法使いは、確かに押さえ込まれはしたが、決死の覚悟のニーディアとは反対に、表情は涼しく焦りは全く見られなかったのだ。

それはつまり、その気になればいつでも撥ね返す事ができるのか、はたまた格下の抵抗など取るに足らない事と、相手にもしていなかったという事である。

右手に持つ木製の杖をぎゅっと強く握り、ニーディアは後ろに並ぶレイジェスのメンバー達に顔を向けた。

「私はここで蔦を押さえるわ。でも相手の魔力量は、私とは比べ物にならないくらい多いから、いつまで持つかは分からない。もちろんこの命が尽きても、敵を倒すまで蔦を押さえ込む覚悟はあるわ。でも油断だけはしないで」

ニーディアは昨日、敵の魔力と直接触れた事で、蔦の使い手の魔力がどれほど強大なのかを感じ取っていた。

魔力の強さもさることながら、恐るべきは桁違いの魔力量だった。
村全体に魔力の根を張り巡らしながら、一向に底をつく様子の見えない無尽蔵の魔力量など、ニーディアは過去に見た事が無い。

自分が勝てる相手ではない。それは理解した。

けれど自分が勝てなくても、彼らが勝てればそれでいい。
時間を稼ぐ事、それが勝利のために自分の為すべきことだ。

レイチェルはこの戦いに懸けるニーディアの想いを受け止め、その茶色の瞳を真っすぐに見つめて言葉を返した。

「・・・分かった。ニーディア、正直私達とキミはお互いをよく知らない。けれどキミの覚悟は十分伝わった。だから私達もキミの覚悟に応えるために全力を尽くす。キミが蔦を押さえている間に、必ず敵を倒してこの村を取り戻す」

「ええ、期待しているわ・・・」

ニーディアは村へと向き直ると、手にしていた木製の杖、伝授の杖を地面に突き刺した。

「じゃあ始めるわね、あらためて言っておくけど、私は蔦を押さえたら後はなにもできない。あなた達に頼りっきりで申し訳ないとは思うわ。でも・・・お願い、あいつらを倒して!」

ニーディアの体から発せられる青い魔力が、伝授の杖を通して地面へと流れて行った。

「・・・その杖、情報を伝えるだけの杖じゃないのか?」

驚いたようにレイチェルが目を向けると、ニーディアは前を向いたまま答えた。

「伝授の杖は樹齢千年を超える霊木で作られているの。これだけ長く生きた樹は、樹そのものが魔力を帯びているから、魔力伝達がとてもしやすいのよ」

目を細めてフッと笑うと、ニーディアの魔力が一層高まっていった。そして杖の先端から発せられた青く強い光が、辺り一帯を照らしだす。

「見てなさい蔦の女!あんたの魔力は私が封じてやるわッ!」


ニーディアの魔力が地中に根を張る蔦を捉えた!






「・・・あら?」

セドコン村の酒場で紅茶を飲んでいたノエルは、自分の魔力への接触を感知して、カップを持つ手を下ろした。

「ノエル、どうかしたのか?」

テーブルの向かいに座るハビエルが声をかけると、ノエルは左手で紫色の前髪を耳にかけ、小さく息をついた。

「ハビエル、昨日私の蔦を抑えた魔法使いがいたでしょ?死んだと思ったけど、生きてたみたい」

困ったように眉を下げてはいるが、その紫色の瞳は笑っているようにも見える。
まるで悪戯をする子供に手を焼いていると、愚痴をこぼすような物言いだった。

ノエルがそう言ったところで、それまで壁に寄りかかって窓の外を眺めていた青魔法使いのラモンが、大げさに肩をすくめて言葉を挟んで来た。

「おいおい、今よ、村の外が光ったぜ!連中昨日あんだけやられたくせに、また攻めて来たみたいだ。ノエルの蔦を封じたヤツもいるみてぇだし、仇討ちってか?」

ニヤニヤと笑って話すラモンに、イサックはテーブル席から椅子を引いてラモンに体を向けると、不快そうに眉を潜めてラモンを見た。

「おいラモン、朝からうるさいぞ。クインズベリーが攻めて来るのは当たり前だろ?一回撃退したくらいで退くわけがない。最初に決めた通り、何度でも返り討ちにしてやるだけだ」

イサックの腰には、ベルト代わりのように鎖が巻かれており、その先端には幾人もの血を吸った鎌が鈍く光っていた。

「チッ、イサックよぉ、偉そうに言ってるけど、昨日みたいにヘマすんじゃねぇぞ?ちょっと危なかったじゃねぇか?」

クインズベリー軍のエフゲニー・ラゴフとの戦いで、ラゴフが裏の顔を見せてからは押されていたのは事実だった。
ラモンの指摘にイサックの眉がピクリと動き、ラモンを見る目も鋭くなる。

「・・・喧嘩売ってるのか?ラモン」

低い声で言葉を発し、イサックが椅子から立ち上がると、二人の話しを黙って聞いていたハビエルが口を開いた。

「二人とも、そのくらいにしろ」

口にしたのは短い言葉だったが、ハビエルに睨まれた二人は一切の口答えをする事はなかった。
イサックはまだ何か言いた気にラモンを睨んだが、それでも黙って椅子に腰を下ろし、ラモンもそれ以上軽口をたたく事はせずに席に着いた。


全員がテーブル席に座り、自分に視線を向けている。それを確認するとハビエルはゆっくりと口を開いて話し始めた。

「クインズベリー軍が再び攻めて来たようだが、さっきイサックが言った通り、俺達がやる事は変わらない。向かって来るヤツらは全て殺せばいい。それだけだ。ノエル、お前の魔力量に敵う者はいない。持久戦になればいずれ勝つのはお前だ。だがそれまで付き合う必要が無いのも事実だ。撥ね返せるだろ?」

ハビエルの黒い瞳に見据えられ、ノエルは少しの間を空けてニコリと微笑んだ。

「・・・ええ、もちろんよ。なんだか必死の抵抗が可愛いから付き合ってあげたけど、撥ね返せというのならそうするわ」

ハビエルは質問をしているのではない。やれと言っているのだ。であれば、ノエルの返事は決まっている。

「イサック、ラモン、お前達は昨日と同じだ。好きに暴れて来い。だがお前達は二人組のチームだ、それは忘れるな」

ハビエルが二人に視線を送ると、イサックもラモンも、分かった、と一言返事をして立ち上がった。

ハビエルは絶対的なリーダーであるが、仲間に対しても必要な時は力を使う。先日ハビエルに潰された時の事をイサックもラモンも忘れてはいない。
言われた事には大人しく従っておいた方がいい。二人はそう判断したわけだが、返事をするタイミングも、席を立つタイミングも、打ち合わせをしたわけではないが見事に重なった。

「あら、イサックもラモンも息がピッタリじゃない?仲良しね」

クスクスと笑うノエルに、イサックもラモンもムッとして眉間にシワを寄せるが、フンと鼻を鳴らして外へと出て行った。

「ノエル、あまりからかうな。お前の悪い癖だ」

「そう?私は雰囲気を和ませているつもりなんだどね。だって、アレリーとラニがいなくなってから、すっかり静かになっちゃったでしょ?あの二人はムードメーカーだったのにね。アダメスとサンティアゴもおしゃべりだったから、話題が尽きなくて楽しかったわ・・・・・」

失った仲間達を思い出し、ノエルは目を細めて紅茶のカップを手に取った。


「・・・・・ノエル、先にいってるぞ。準備ができたら来い」


「ええ・・・これを飲んだらすぐに行くわ」


立ち上がったハビエルに、ノエルはあえて目を合わせなかった。
なぜなら、ハビエルの声がわずかに震えていたから・・・・・

今も無表情を装っているのだろう。だがノエルには分かる、その無表情も薄い皮一枚だけだと言う事を。

はぐれ者の集まりと言われるこのチームを作ったのはハビエルなのだから。
ハビエルが一人一人に声をかけて作ったチームなのだから。

冷酷な男と思われがちだが、仲間への情は誰よりも強い。
そんな男が仲間を四人も失って、平静でいられるわけがないのだ。


「・・・ハビエル、あなたの悲しみは私が受け止めるわ」


一人残った酒場で、ノエルは瞳を閉じてその想いを口にした・・・・・

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