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1191 後に続く者達のために

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エフゲニー・ラゴフが突如地面に圧し潰された時、屋根の上からその光景を見たクレイグが感じ取ったものは、身も凍るような恐ろしい魔力だった。

黒魔法使いとして己を高めるために、数々の強敵と戦ってきた。死にかけた事など何度もある。
幾つもの死線を潜り抜けて、自分がクインズベリーで最強クラスになったという自信がついた。

だが今クレイグが肌で感じた魔力は、そんなクレイグの自尊心など、あっさりへし折る程のとてつもない魔力だった。

ラゴフが倒されいる。すぐに助けに入らなければならない。それは分かっている。
だが頭で分かっていても、体が動かなかった。


なんだ、この恐ろしい魔力は?
術者はあの深紅のローブを纏っている男か、見えない何かでラゴフを押さえつけている。
四属性の魔法ではない、魔道具か。


ハビエルの魔力を浴びたクレイグは、いつの間にか全身にぐっしょりと汗をかいていた。


「ガアァァァァァーーーーーーーーーーッツ!」


クレイグを縛っていた緊張の楔(くさび)を解いたのは、ラゴフの絶叫だった。
己を圧倒的に上回る魔力に恐怖ですくんでしまった。だが仲間の危機がクレイグを動かした。

屋根から飛び降りたクレイグの両手には、超高密度に圧縮された風の球が高速で渦巻いていた。

「・・・ウオォォォォォーーーーーーーッツ!」

クレイグは大口を開けて叫んだ。
普段ほとんど話しすらしない男が、腹の奥底から叫んだ。そうしなければ飛び降りる事はできなかった。そうしなければ向かっていく事はできなかった。

魔力を浴びただけで、クレイグはハビエルとの力の差を、それほどまでに感じ取っていたのだ。


「・・・ほう、なかなかの魔力だ。そうか、貴様だな?」

上空から自分に向かって来るクレイグを目にし、ハビエルはこの男が自分の爆裂弾を、空へと飛ばした魔法使いだと察した。

自分には及ばない。だがそれでもかなり高い魔力を持っている事は、両手の風魔法を見れば分かる。


「受けてみろォォォォォォーーーーーーーッツ!」

右手を掲げ、風の球をハビエルに向かって叩きつける!

それは射程距離の短さから中級魔法に分類されているが、上級魔法に勝るとも劣らない破壊力を有している。

直接相手に叩きつける事で発動するその魔法は・・・・・


「サイクロンプレッシャーか、なるほど良い選択だ。上級魔法では村まで破壊するからな」

上級魔法はその破壊力ゆえに、村一つ程度は簡単に破壊してしまう。それゆえに村の奪還を目的としているクインズベリー軍は、上級魔法を村の中で使用する事はできないでいた。
つまり実質上級魔法と言えるこのサイクロンプッシャーこそ、今使用できる魔法の中で最強の攻撃魔法という事になる。

クレイグの判断は正しい。

しかし・・・・・


「なっ・・・んだと!?」

「・・・良い腕だ。俺の爆裂弾を飛ばしただけはある。だがそれだけで俺と正面からやり合おうと言うのは・・・少しばかりあまい考えだな」

クレイグのサイクロンプレッシャーは、ハビエルの左手で受け止められていた。
高速で回転する風の球を、その上から魔力を被せて押さえ込む。明確な力の差がなければできない芸当だった。

「くっ!オォォォォォォーーーーーーーーッツ!」

クレイグは悟った。どうやってもこの男には勝てない。だがそれでもここで下がるわけにはいかない。
破れかぶれで残った左手の風の球も叩きつけるが、結果は同じだった。

「無駄だ、俺との力の差は分かるだろ?貴様では俺に傷の一つも付けられんぞ」

ハビエルもまた、右手の魔力で風の球を押さえ込んでいた。ギリギリと歯を食いしばり、なんとか押し込もうとするクレイグとは対照的に、ハビエルは汗の一つもかく事なく、涼しい顔でクレイグの両手を押さえている。

両者の魔力には、埋めようのない圧倒的なまでの差があった。

「ぐ、き、貴様!・・・て、帝国の幹部とは、ここまでの魔力を持っているのか!?」

「・・・帝国の幹部、か・・・この深紅のローブを見れば、そう判断するのも無理はないか」

クレイグの言葉にハビエルはわずかに目を細めた。そして・・・・・

「う、オォォォォォォォォーーーーーーーーッツ!」

「・・・もういいだろう、俺に正面から向かってきたお前の勇気は評価する」


クレイグが魔力を振り絞り、両手の風の球を押し込もうとしたその時、突如全身にかかった重圧によってクレイグは地面に圧し潰された。


「ぐッ!?あ、あがぁ・・・ぁ、ぁ・・・ッ!」

ラゴフの隣で全身を雪の上に埋もれさせ、苦痛のうめき声を漏らす。それは耐えがたい圧力だった。体中の骨という骨が悲鳴を上げて、クレイグの体はバラバラになりそうだった。

「重いか?苦しいか?・・・貴様も潰してやろう」

ハビエルの黒い瞳が冷酷な色を浮かべた。





・・・クレイグ・コンセンシオンは考えた。

敵の攻撃の正体は分からない。だが自分を潰すこの見えない何かからは魔力が感じられる。
四属性の魔法でこの芸当は不可能だ。やはり攻撃の正体は魔道具によるもの見て間違いない。

だがその魔道具はどこにある?
この男ハビエルは空手であり、武器の類は何も持っていない。

そうなると考えられるものは・・・・・体内だ!

魔力生命体を使った攻撃をしてこないという事は、寄生型の魔道具ではない。
体の中に魔道具を埋め込んでやがるんだ。だとすれば、奪う事も破壊する事も不可能だ。

もう俺達にできる事は・・・・・

いや、まだある。俺達はこいつに勝てなかった。だが、まだできる事はある。


隣で倒れているラゴフに目を向けた。
紳士的な仮面の下には、戦闘狂のような本性を隠した男、エフゲニー・ラゴフ。

一定以上に感情が高まりその本性が顔を見せると、身体能力が飛躍的に上がるという特異体質を持っている。だがそれでも、この帝国の男にはまったく通用しなかった。

もう自分もラゴフも死を待つだけだ。だがこの底の知れない男は危険すぎる。

こいつを本隊にぶつけてはだめだ。どれだけの被害が出るか分からない。
全軍をもってして負けるとは思わないが、勝つにしてもこれからの帝国との闘いに、甚大な影響が出る。


だからクレイグは覚悟を決めた
後に続く者達のために自分ができる事は・・・・・



「・・・ク、クレイ、グ・・・な、にを・・・・・」

エフゲニー・ラゴフは、ハビエルの重圧によって全身の骨を砕かれ、すでに動ける状態ではなかった。
だが視界に映ったものを見て、言葉を絞り出した。

クレイグ・コンセンシオンは重圧をかけられながらも、震える右手で左目の眼帯に手をかけていたのだ。

「お、おま、え・・・ま、まさ、か・・・・・そう、か・・・・・」

薄れゆく意識の中で、ラゴフはクレイグの意思をくみ取り、小さく笑った。

「ラゴフ・・・すまないが・・・一緒に・・・・・」


一緒に死んでくれ



「・・・貴様・・・何を・・・」

もはや圧し潰されるだけの二人だった。だが黒魔法使いの様子がおかしい。
力の差は十分に理解したはずだ。だがこの状況でこの男はまだ諦めていない。


左目の眼帯に手をかけて・・・こいつ、まさか!?


クレイグが左目の眼帯を引き千切ったその瞬間、左目の空洞に詰められていた赤い宝石が弾け飛び、天まで届くほどの業火が辺り一帯を焼き尽くした。
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