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1180 ラクエルの説明

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「・・・お前、なんでこんなところにいるんだ?」

レイチェルは率直な疑問を口にした。
目の前にいる女は、昨年ロンズデールに行った時に船で戦った魔道剣士、ラクエル・エンリケスだった。

かなりの実力者で、戦いを見ていたシャノンやリンジーは、レイチェルと互角とまで評していた。
実際二人の戦いは、かろうじてレイチェルが勝利したが、内容は紙一重の際どいものだった。

そして沈む船から脱出した後、ラクエルは一緒に脱出した人の中で、特に親しくしていた数人と行動を共にし国を出た。レイチェルが知っているのはそこまでだった。


「あ~、アタシらね、ロンズデールを出てからは、そこのセドコン村に住んでたのさ。ね、リリア」

レイチェルの質問に答えながら、ラクエルは後ろを振り返った。
すると肩の下まである長い金髪の女性が、遠慮がちに前に出て来て、レイチェルにペコリと頭を下げた。

「・・・お久しぶり、ですね。その節は大変お世話になりました。ほら、エマもご挨拶なさい」

挨拶の後、リリアが視線を下げて話しかけたのは、一人娘のエマだった。
母親の後ろに隠れていた小さな女の子は、名前を呼ばれると様子を見るようにおずおずと顔を出してきた。


「・・・こんにちは」

そして小さな声で挨拶をする。

母親ゆずりの金色のボブカットにクリっとした目、見覚えがあった。
あの船でラクエルと戦い止めを刺そうとした時、自分の体を盾にしてまで止めに入った女の子だ。

「・・・この子はあの時の・・・一年ぶりかな、大きくなったね」

リリアに挨拶を返してから、レイチェルはエマに視線を移した

たった一年だが、大人と子供では成長がまるで違う。ハッキリ覚えているわけではないが、それでも記憶にあるエマと今のエマではやはり大きくなったという印象だ。


レイチェルとリリア達の間にある、ぎこちない空気はしかたのないものだった。
リリア達はラクエルに船で何度も助けてもらっており、船を降りた後もこうして一緒に行動するくらい慕っている。

対してレイチェルは、そのラクエルと敵対したのだ。

結局レイチェルが武器を下ろした事で命は取らずに決着となり、脱出の際も協力する事で一応は友好的な関係を作ったように思えた。だがいざこうして対面すると、やはりそう簡単に笑い合えるものではなかった。


だがラクエルは違った。

「はいはい、リリアもエマもまだ気にしてんの?ちゃんと話したじゃん?アタシらは最後にきちんと和解したんだって。握手もしたし、もうダチって感じ?だよね?レイチェル」

微妙な空気の消すように、ラクエルはパンパンと手を叩いて、レイチェルとリリアの間に割って入った。

「・・・ダチ?」

ラクエルが金色の瞳をレイチェルに向けると、レイチェルはきょとんとした顔で聞き返した。

「え?違うの?だってロンズデールでさよならする時、アタシら握手したよね?あれって、これまでの事はチャラで、ダチとしてよろしくって事なんじゃないの?」

「・・・ぷっ、あははははははは!あ~、うん、なるほど、確かにお前の言う通りだ。そうだな・・・ラクエル、お前みたいなヤツは嫌いじゃないし、友達って事でいいと思うぞ」

当然のように言われて、レイチェルは思わず笑ってしまった。
そしてラクエルの言葉に頷いて、あらためて右手を差し出した。

「え~、なんか引っかかる言い方だよねー、まぁいいけど別に、んじゃあらためてよろしく」

ラクエルはなぜ笑うのかと頬を膨らませたが、すぐにニっと笑ってレイチェルの右手をぎゅっと握った。





「・・・おしゃべりは終わったかな?顔見知りのようだが、どういう関係だ?」

後ろからかけられた声にレイチェルが振り返ると、そこには黒いローブを身に纏った男が立っていた。
言葉には不快感を滲ませ、睨むようにレイチェルを見ている。

「ああ、カルロス副団長、この人達は私がロンズデールに行った時に知り合ったんです。身元は私が保証します」

さっきまでラクエルが文句をぶつけていたのは、この男、カルロス・フォスターだったのだ。
レイチェルの言葉に、カルロスは眉間にぐっとシワを寄せた。

背丈はレイチェルとさほど変わらないが、年齢は倍以上離れている。
白い物が混じった灰色の長髪は、伸びるがままに無造作に下ろしており、言動や表情からも分かる通り、気難しい上にそもそもレイジェスには良い印象をもっていない。

それを十分に感じ取っているから、レイチェルもカルロスに対しては、必要がなければ接する事もしなかった。

「ほう・・・では聞いてくれないか?この女はさっき私に対してずいぶん暴言を吐いた、まぁそれは見逃してもいい。ここまでの話しぶりを聞けば、教養が知れるからな。問題は軍の前に立ち塞がった事だ。ただでさえ日程が遅れているというのに、さらに時間をとられた。身元を保証するというのなら、これに対してどう責任をとるのか問いたい」

「あぁ!?お前さっきからアタシに喧嘩売って・・・」

レイチェルに顔を向けていたカルロスだが、チラリとラクエルに侮蔑の視線を送ると、ラクエルも怒気を漲らせて前に出た。だがそんなラクエルの前にレイチェルが手を伸ばして静止をかけた。

「・・・カルロス副団長、少々言葉が過ぎるのではないですか?彼女、ラクエル・エンリケスはこう見えてとても情が深く、ロンズデールでは大勢の人から信頼を得ていました。なにやら言い争いをしていたのは見えましたが、何の意味もなく彼女が軍の前に立ち、暴言を吐くとは思えません」

黒い瞳を細め、真っすぐにカルロスを見据える。だがカルロスもまたレイチェルの視線を正面から受け止め、一歩も退かなかった。

「ほぉ・・・言うではないか、そこまで言うからには、お前の信頼するその女の言葉が真実だと証明する必要があるぞ?」

カルロスが再びラクエルに視線を向けると、レイチェルもまたラクエルに向き直った。
そしてラクエルの眼を見て口を開いた。

「ラクエル、そういうわけだから話してくれないか?なぜここにいて、なぜ軍の前に立ちふさがったんだ?」

その瞳にラクエルを疑う色は見えなかった。
ラクエルとは特別な信頼関係を築いたわけではない。だがロンズデールでのラクエルのふるまい、そして一年経った今でも、あの時の親子がラクエルと一緒にいる。
それだけ見れば、レイチェルがラクエルを信用するには十分だった。

ラクエルもレイチェルの眼を見て、感じるものがあった。
だから一つ息をつくと、あらためて自分の行動の理由を話し始めた。


「・・・さっきもそこの人に言ったんだけどね、アタシらはそこのセドコン村から逃げて来たんだ。ヤバイ連中に村の人はみんな殺されてさ、生き残ったのはアタシらだけさ」

そう言ってラクエルはとなりに立っているリリアとエマ、そして後ろを見ろと言うように振り返った。
ラクエルが目立っていたためこれまで気が付かなかったが、そこには短髪で清潔感のある男と、セミロングの金髪の女性と、桃色の髪の女性の三人が地面に座っていた。

一見すると具合でも悪いのかと思ったが、桃色の髪の女性も金髪セミロングの女性も顔色が悪く、両手で自分を抱きしめるようにして震えている。
短髪の男性はそんな二人を落ち着かせるように、優しく声をかけているようだ。

「・・・あ、彼は見覚えがあるな。ロンズデールの船にいたよな?名前は確か・・・フランクだったか?」

ロンズデールの船員で名前はフランク。レイチェルは見覚えあった男の名前を思い出して口にした。


「うん、それと金髪の方がシェリーで、桃色の方がリズ。あの村から逃げて来られたのはアタシら六人だけ。あとはみんな変な蔦に縛られて殺されたんだ・・・」

そう言ってラクエルはレイチェルに向き直ると、右手の人差し指を、突きつけるように地面に向けた。


「・・・地面に引きずり込まれてね」
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