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1178 ハビエルチーム
しおりを挟むザックザックと雪を踏む音が聞こえてくる。
腕を組んで木製の椅子に深く腰をかけていた男は、耳に届いた音に閉じていた瞼を開けると、出入口に目を向けた。
誰がここに来るかは分かっている。
なぜなら今この村にいるのは、自分達四人だけだからだ。
そして自分を含めた三人はここにいる。そうなると必然的に外に出ていたもう一人が帰って来た事になるからだ。
四人がいる場所は、この村にある唯一の酒場宿だった。
そのため大人数が入れるように、簡素だがかなり広く作られている。木製の四角いテーブルは十台以上あり、カウンターも十席以上ある。
昼間は食堂も兼ねているらしく、ランチ用のメニュー表も各テーブルに備えられている。
本来であれば、昼食時のこの店は大勢のお客で賑わっているはずだった。
だが今は静寂と言ってもいいくらいの静けさに包まれていた。
「ふぅ~・・・寒い寒い、やっぱ帝国とは全然違うな。おう、ハビエル、クインズベリーが動き始めたぞ。あと2~3時間もすればこの村に来るだろうな」
ギィっとドアを押し開けて入って来たのは、体格の良い赤茶色の短髪の男だった。
男は雨で濡れたコートを脱ぐと、空いているテーブルの上に放り投げた。濡れた髪からも水が滴り落ちているところを見ると、それなりに強い雨が降っている事が分かる。
男は奥のキッチンまで歩いて行くと、カウンターに置いてあったタオルを取って、頭や顔をゴシゴシと拭いた。
「そうか・・・ご苦労だったな、イサック」
ハビエルと呼ばれた男は、偵察に出ていたイサックに労いの言葉をかけた。
この男の名はハビエル・フェルトゥザ。
クインズベリー軍に、二度の襲撃をかけたチームのリーダーである。
身長は175cm、年齢は二十代後半から三十歳というところだろう。
肩の下まである長い黒髪は首元で一本に結んでいる。彫りが深く端正な顔立ちをしているが、鋭く黒い目は厳格そうな印象を与えていた。
そして深紅のローブを纏っている事から、ハビエルが魔法使いであり、帝国の幹部クラスの実力者である事は分かる。
しかしこのチームをまとめているという事は、ハビエル自身も何らかの理由で、帝国で上り詰める事を諦めたという事だろう。
実力はある。だが特異な能力や個性的な思想から集団に馴染めない。そういった者達を集めて作ったのがハビエルチームなのだから。
イサックは頭を拭いたタオルを空いているテーブルに置き、ハビエル達と同じテーブルに腰を掛けた。
「大丈夫だ、偵察は体力型の俺の仕事だからな。お、ノエル、美味そうなの飲んでるな?ココアか?俺にも一杯入れてくれよ」
ノエルと呼ばれたのは、ハビエルの隣に座っている女性で、腰まである長い薄紫の髪が特徴的だった。年齢は二十代前半に見える。背丈はハビエルより少し低いが165~170cmはあるだろう。
手足がスラリと長く、彼女もまた深紅のローブを着用していた。
厳格な雰囲気のハビエルとは対照的に、ノエルはハビエルの隣で常に微笑みを絶やさず、静かに湯気の立つココアを飲んでいた。
「いいわよ、イサックは濃いめが好きだったわよね?ちょっと待ってて」
ノエルはニコリと微笑むと、席を立って当然のようにキッチンへと入って行った。
本来はこの酒場のマスターが立っている場所だが、もはやこの酒場どころか、この村には自分達以外誰もいないので、部外者のノエルが入っても咎められる事は無い。
「あら、お菓子もあるじゃない。イサック、ビスケットがあったけど食べる?」
「ああ、ちょうど小腹も空いてたんだ。もらうよ」
軽く手を挙げて答えると、イサックは椅子に座り直し、誰に言うでもなく呟いた。
「・・・それにしても、俺が出ている間に見事に片づけたもんだ。戻って来たら村人が一人もいないんだからな」
「あ~、そりゃあよ、ノエルの蔦(つた)だ。仕込みは時間がかかるが、一度発動したらあれほど怖い魔道具はねぇよな」
イサックの言葉に答えたのは、それまで黙っていたラモンだった。イサックとは席一つ分を空けているが、同じ並びに座っている。
チラリとイサックに目を向けて、何が楽しいのかニヤニヤとした笑いを浮かべている。
「・・・ああ、そうだと思ったよ。ノエルの蔦(つた)以外に、一つも痕跡を残さずに何百人も消せるわけがない」
イサックが言葉を返すとラモンは、そうそう、と頷きながら、クックックと小さく笑っている。
「・・・ラモン、何がそんなに面白いんだ?」
怪訝な顔を向けるイサックに、ラモンは面白くてしかたないと言うように大口を開けて笑って答えた。
「決まってんだろ!?ほらあの女だよ、あの女!お前にべったりしたあのピンク髪の女!あいつさぁ、蔦に絡まった時すげぇ泣いてたんだぜ!助けてーって!男を見る目がねぇからだよ!俺を選んでりゃ死ななくてすんだのになぁぁぁっ!あーははははは!ざまぁ見ろ!」
ラモンが嘲笑っている女とは、この村に来た時にナンパまがいに声をかけた村の女性だった。
二人いたうちの金髪の女性は選ばなかったが、桃色の髪の女性リズは、どっちと付き合うという質問に、イサックを選んだのだ。それによってプライドを傷つけられたラモンは、リズの頬を平手打ちにしたのだ。
「・・・ラモン、お前と話してると反吐が出そうになる」
「あぁ?なんだよ?お前今更正義感出してんのか?あの女に同情してんのかよ?お前だって倒れたあの女を無視してここに来たんじゃねぇのかよ!?」
顔をしかめるイサックに対して、ラモンはテーブルを強く叩きつけて立ち上がった。
「それがどうかしたのか?俺とあの女は初対面で名前も知らないんだぞ?そこまでする必要があるか?俺は名前も知らない誰かが死のうと心を痛める事はない。俺が言っているのは品性の問題だ。お前の素行、そして話題は下劣極まりない。わざわざ言葉に出して言う話しか?頼むからもう口を閉じろ」
イサックは椅子に座ったまま長身のラモンを見上げた。そして吐き捨てるような口ぶりでラモンを罵ると、ラモンは額に青筋を浮かべ、イサックの胸倉を掴み上げた。
「あぁ!?イサック!てめぇマジでぶっ殺すぞ!」
「青魔法のお前に喧嘩ができんのかよ?口だけは達者だな?」
ラモンに胸倉を掴まれたイサックの眼が鋭く光る。
そしてイサックが右の拳を握り締めたその時だった・・・・・
「あがぁッ!?」
「ぐぁッ!?」
ラモンとイサックは見えない何かに圧し潰されるように、突然床に這いつくばされた。
手が、足が、顔が、全身が板張りの床にめり込みむと、メキメキとヒビが入り始めた。
顔の皮膚が裂けて血が噴き出し始めると、激痛のあまりラモンは悲鳴を上げた。
「うがぁぁぁぁーーーーーっ!や、やめろハビエルーーーーーッ!つ、つぶ、れ、る・・・ッ!」
ラモンもまた床に這いつくばりながら、必死な形相で声を絞り出した。
「ぐぬぅっ!ハ、ハビエル!わ、分かっ・・・た・・・お、おとなしく、する、だから・・・」
潰される寸前の蛙のような二人を、氷のように冷たい眼で見下ろしているハビエルの肩に、ポンと白い手が乗せられた。
「・・・ハビエル、そのくらいにしてあげたら?ラモンもイサックももう懲りたわよ。ね?許してあげて」
ココアの入ったマグカップを持ったノエルが、ニッコリとハビエルに微笑みかける。
「・・・・・そうだな、二人とも二度と騒ぐなよ」
ハビエルが目を閉じて小さく息をつくと、それまでの重圧が嘘のように消えた。
解放されたラモンとイサックは、息を切らしながらよろよろと立ち上がると、二人とも目を合わせる事もせず、黙って椅子を引いて倒れ込むように腰を下ろした。
「はい、お待たせイサック、これココアね。温まるわよ、ビスケットもどうぞ。ラモンも良かったら食べてね?それとも何か飲む?」
額や頬が裂け、血を流しているラモンとイサックを見ても、ノエルは何事もなかったかのように微笑みかけた。
「ノエル、お前も座れ。そろそろ本題に入ろう」
「あら、ごめんなさい。ハビエル」
ノエルは口に手を当てて、微笑みながら謝ると、静かにハビエルの隣に腰を下ろした。
そして全員の眼が自分に向いている事を確認すると、ハビエルは静かに口を開いた。
もうすぐこの村に来るクインズベリー軍を、どうやって殲滅するかの話しを・・・・・
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