1,176 / 1,298
1175 不眠の対策
しおりを挟む
「・・・あの、フェリックス様」
荷馬車の中から顔を出し、闇の巫女ルナがフェリックスに声をかけた。
空気は冷たく吐く息も白いが、晴れた日の午後の日差しは強く、その眩しさにルナは目を細めて眉の上に手を当てた。
「ん、なんだい?ルナ」
ゴールド騎士のフェリックス・ダラキアンは、馬車の動く速度に合わせて足を進めながら、ルナに顔を向けた。雪道を歩いているというのに、呼吸も一切乱れず涼しい顔をしているのは、さすがゴールド騎士というところだろう。
「その、実は・・・朝から気になっていたのですが・・・」
話しを切り出したルナだが歯切れが悪く、周囲に目を向けているその様子は、話してもいいのか迷っているように見える。
「・・・ルナ、遠慮しないで話してみなよ」
後押しするように手を差し向けて話しの先を促すと、ルナは、それでは、と前置きをして話し出した。
「あの、フェリックス様もお気づきだと思いますが、顔色が悪い兵士さんが多いなって思ったんです。目の下に隈があって・・・やつれてるように見えます」
黒い瞳でじっとフェリックスを見つめるルナからは、軍の兵隊を心から気にかけている事が伝わってくる。
「ああ、その事か・・・うん、僕もね、どうしたものかって悩んでたんだよね」
ルナが心配している事は、フェリックスも承知していた。
なぜなら騎士団にも同じ状態の者が多数いるからだ。ゴールド騎士とシルバー騎士は、夜毎に蠢(うごめ)くトバリの視線に対抗できているが、実力の劣るブロンズ騎士は重圧に耐えきれず、日に日に疲労を溜めているのだ。
すでに進行にも支障をきたしており、今日は持っても明日は分からない。そんなブロンズ騎士達を見て、フェリックスは彼らをどう護るべきか考えていた。
「・・・はい、大丈夫なのでしょうか?このままではいつ倒れてもおかしくないと思います」
フェリックスはルナから視線を外すと、考え込むようにしばし口を閉じた。
そして言葉をまとめると、ゆっくりとルナに向き直った。
「・・・今朝アルベルトとレイマートとも話したんだけどね、今トバリの影響を受けている者達が、すぐに耐性力を身に着けられるかって言うと不可能なんだよね。このままじゃ帝国につく前に彼らは倒れると思う」
現実を冷静に見れば、フェリックスの言葉通りだろう。
このまま歩き続ければ、そう遠くないうちに体力は限界を迎えるはずだ。
どうする事もできないのかと、悲し気な表情を見せるルナに、フェリックスは言葉を続けた。
「一応対策を考えてはみたんだ。抵抗力の無いブロンズ騎士を、抵抗力のあるシルバー騎士と同じテントに入れるんだ。そしてブロンズ騎士を先に寝かせ、夜明け頃に交代してシルバー騎士を寝かせる。こうすれば自分達が寝ている間は、シルバー騎士が護ってくれているという安心感で、熟睡とまではいかなくても、ある程度は落ち着いて眠れるんじゃないかな?軍の方も同じようにしてみてはどうかって、アルベルトから軍団長に話してもらったんだ」
「・・・そうだったんですね、フェリックス様、でもそのやり方では、シルバー騎士の皆様や、夜の番をする方々が寝不足になりませんか?」
「うん、今の時期は日の出が遅いからね。だから明日からは起床時間を変更する事になると思う。後で軍団長とも話すけど、夜の番をする人は午前9時に起床、それから朝食をとって10時に出発。これなら3~4時間は睡眠をとれると思うんだ。どうかな?」
これまでは6時に起床して、テントを片付け、7時30分までには朝食をすませて出発をしていた。
それを遅らせるというのだ。食事の準備や細かい事は夜寝ている側で担当し、夜の番をする人への負担を極力減らすという考えだ。
意見を求められたルナも、良い考えだと一も二も無く賛同した。
「ただ、やはり3~4時間の睡眠では足りないだろうね。かと言って昼まで寝かせるわけにもいかない。物資にも限りがあるからね、切り詰めて計算してこれがギリギリなんだ。だからあとは彼らの精神力、気持ちで頑張ってもらうしかないかな」
最後は精神論だった。だがすでに戦争は始まっているのだ。もとより決戦の場まで、万全の状態でいられるなどあるはずがない。最低限にも足りない睡眠時間だが、それでもとれるだけをとり、立って歩くしかないのだ。
「・・・大丈夫、なのでしょうか?」
一度は良い考えだと表情を明るくしたルナだったが、懸念材料を聞いて再び心配そうに声を落とした。
できる限りの対処はしている。だがそれでも十分とは言えない。
「ルナの気持ちはよく分かるよ。僕もできるだけの事はするつもりだ。だけど現実的には、短くても安心して寝られる時間を確保できるだけ、良しとするしかないんだ」
ここは戦場だからね・・・・・そう言葉を締めくくると、フェリックスは表情を和らげて、フワリと荷馬車に飛び乗った。
足音一つ立てずルナの前に降り立つと、フェリックスは膝を曲げてルナと目線を合わせた。
突然の事にルナが目を丸くすると、フェリックスはルナの額を指先でトンと突いた。
「え・・・?フェ、フェリックス、様?」
「ルナ、あまり悪い方に考えちゃだめだよ?最善をつくしたのなら、あとは信じるだけさ」
「・・・はい、フェリックス様」
まだ少しの不安はある。
だけどフェリックスの最善を尽くすと言うのなら、自分はそれを信じるだけだ。
あの日、追われていた自分を助けてくれた騎士様を信じる。
ニコリと微笑んだルナに、フェリックスも笑顔を返した。
「うん、良い笑顔だね、ルナ」
荷馬車の中から顔を出し、闇の巫女ルナがフェリックスに声をかけた。
空気は冷たく吐く息も白いが、晴れた日の午後の日差しは強く、その眩しさにルナは目を細めて眉の上に手を当てた。
「ん、なんだい?ルナ」
ゴールド騎士のフェリックス・ダラキアンは、馬車の動く速度に合わせて足を進めながら、ルナに顔を向けた。雪道を歩いているというのに、呼吸も一切乱れず涼しい顔をしているのは、さすがゴールド騎士というところだろう。
「その、実は・・・朝から気になっていたのですが・・・」
話しを切り出したルナだが歯切れが悪く、周囲に目を向けているその様子は、話してもいいのか迷っているように見える。
「・・・ルナ、遠慮しないで話してみなよ」
後押しするように手を差し向けて話しの先を促すと、ルナは、それでは、と前置きをして話し出した。
「あの、フェリックス様もお気づきだと思いますが、顔色が悪い兵士さんが多いなって思ったんです。目の下に隈があって・・・やつれてるように見えます」
黒い瞳でじっとフェリックスを見つめるルナからは、軍の兵隊を心から気にかけている事が伝わってくる。
「ああ、その事か・・・うん、僕もね、どうしたものかって悩んでたんだよね」
ルナが心配している事は、フェリックスも承知していた。
なぜなら騎士団にも同じ状態の者が多数いるからだ。ゴールド騎士とシルバー騎士は、夜毎に蠢(うごめ)くトバリの視線に対抗できているが、実力の劣るブロンズ騎士は重圧に耐えきれず、日に日に疲労を溜めているのだ。
すでに進行にも支障をきたしており、今日は持っても明日は分からない。そんなブロンズ騎士達を見て、フェリックスは彼らをどう護るべきか考えていた。
「・・・はい、大丈夫なのでしょうか?このままではいつ倒れてもおかしくないと思います」
フェリックスはルナから視線を外すと、考え込むようにしばし口を閉じた。
そして言葉をまとめると、ゆっくりとルナに向き直った。
「・・・今朝アルベルトとレイマートとも話したんだけどね、今トバリの影響を受けている者達が、すぐに耐性力を身に着けられるかって言うと不可能なんだよね。このままじゃ帝国につく前に彼らは倒れると思う」
現実を冷静に見れば、フェリックスの言葉通りだろう。
このまま歩き続ければ、そう遠くないうちに体力は限界を迎えるはずだ。
どうする事もできないのかと、悲し気な表情を見せるルナに、フェリックスは言葉を続けた。
「一応対策を考えてはみたんだ。抵抗力の無いブロンズ騎士を、抵抗力のあるシルバー騎士と同じテントに入れるんだ。そしてブロンズ騎士を先に寝かせ、夜明け頃に交代してシルバー騎士を寝かせる。こうすれば自分達が寝ている間は、シルバー騎士が護ってくれているという安心感で、熟睡とまではいかなくても、ある程度は落ち着いて眠れるんじゃないかな?軍の方も同じようにしてみてはどうかって、アルベルトから軍団長に話してもらったんだ」
「・・・そうだったんですね、フェリックス様、でもそのやり方では、シルバー騎士の皆様や、夜の番をする方々が寝不足になりませんか?」
「うん、今の時期は日の出が遅いからね。だから明日からは起床時間を変更する事になると思う。後で軍団長とも話すけど、夜の番をする人は午前9時に起床、それから朝食をとって10時に出発。これなら3~4時間は睡眠をとれると思うんだ。どうかな?」
これまでは6時に起床して、テントを片付け、7時30分までには朝食をすませて出発をしていた。
それを遅らせるというのだ。食事の準備や細かい事は夜寝ている側で担当し、夜の番をする人への負担を極力減らすという考えだ。
意見を求められたルナも、良い考えだと一も二も無く賛同した。
「ただ、やはり3~4時間の睡眠では足りないだろうね。かと言って昼まで寝かせるわけにもいかない。物資にも限りがあるからね、切り詰めて計算してこれがギリギリなんだ。だからあとは彼らの精神力、気持ちで頑張ってもらうしかないかな」
最後は精神論だった。だがすでに戦争は始まっているのだ。もとより決戦の場まで、万全の状態でいられるなどあるはずがない。最低限にも足りない睡眠時間だが、それでもとれるだけをとり、立って歩くしかないのだ。
「・・・大丈夫、なのでしょうか?」
一度は良い考えだと表情を明るくしたルナだったが、懸念材料を聞いて再び心配そうに声を落とした。
できる限りの対処はしている。だがそれでも十分とは言えない。
「ルナの気持ちはよく分かるよ。僕もできるだけの事はするつもりだ。だけど現実的には、短くても安心して寝られる時間を確保できるだけ、良しとするしかないんだ」
ここは戦場だからね・・・・・そう言葉を締めくくると、フェリックスは表情を和らげて、フワリと荷馬車に飛び乗った。
足音一つ立てずルナの前に降り立つと、フェリックスは膝を曲げてルナと目線を合わせた。
突然の事にルナが目を丸くすると、フェリックスはルナの額を指先でトンと突いた。
「え・・・?フェ、フェリックス、様?」
「ルナ、あまり悪い方に考えちゃだめだよ?最善をつくしたのなら、あとは信じるだけさ」
「・・・はい、フェリックス様」
まだ少しの不安はある。
だけどフェリックスの最善を尽くすと言うのなら、自分はそれを信じるだけだ。
あの日、追われていた自分を助けてくれた騎士様を信じる。
ニコリと微笑んだルナに、フェリックスも笑顔を返した。
「うん、良い笑顔だね、ルナ」
0
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~
月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。
「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。
そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。
『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。
その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。
スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。
※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。)
※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
ファンタジー
科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。
無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~
白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。
日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。
ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。
目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ!
大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ!
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。
【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】
異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~
イノナかノかワズ
ファンタジー
助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。
*話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。
*他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。
*頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。
*無断転載、無断翻訳を禁止します。
小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。
カクヨムにても公開しています。
更新は不定期です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる