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1175 不眠の対策

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「・・・あの、フェリックス様」

荷馬車の中から顔を出し、闇の巫女ルナがフェリックスに声をかけた。

空気は冷たく吐く息も白いが、晴れた日の午後の日差しは強く、その眩しさにルナは目を細めて眉の上に手を当てた。

「ん、なんだい?ルナ」

ゴールド騎士のフェリックス・ダラキアンは、馬車の動く速度に合わせて足を進めながら、ルナに顔を向けた。雪道を歩いているというのに、呼吸も一切乱れず涼しい顔をしているのは、さすがゴールド騎士というところだろう。


「その、実は・・・朝から気になっていたのですが・・・」

話しを切り出したルナだが歯切れが悪く、周囲に目を向けているその様子は、話してもいいのか迷っているように見える。

「・・・ルナ、遠慮しないで話してみなよ」

後押しするように手を差し向けて話しの先を促すと、ルナは、それでは、と前置きをして話し出した。


「あの、フェリックス様もお気づきだと思いますが、顔色が悪い兵士さんが多いなって思ったんです。目の下に隈があって・・・やつれてるように見えます」

黒い瞳でじっとフェリックスを見つめるルナからは、軍の兵隊を心から気にかけている事が伝わってくる。


「ああ、その事か・・・うん、僕もね、どうしたものかって悩んでたんだよね」

ルナが心配している事は、フェリックスも承知していた。

なぜなら騎士団にも同じ状態の者が多数いるからだ。ゴールド騎士とシルバー騎士は、夜毎に蠢(うごめ)くトバリの視線に対抗できているが、実力の劣るブロンズ騎士は重圧に耐えきれず、日に日に疲労を溜めているのだ。

すでに進行にも支障をきたしており、今日は持っても明日は分からない。そんなブロンズ騎士達を見て、フェリックスは彼らをどう護るべきか考えていた。


「・・・はい、大丈夫なのでしょうか?このままではいつ倒れてもおかしくないと思います」

フェリックスはルナから視線を外すと、考え込むようにしばし口を閉じた。
そして言葉をまとめると、ゆっくりとルナに向き直った。


「・・・今朝アルベルトとレイマートとも話したんだけどね、今トバリの影響を受けている者達が、すぐに耐性力を身に着けられるかって言うと不可能なんだよね。このままじゃ帝国につく前に彼らは倒れると思う」

現実を冷静に見れば、フェリックスの言葉通りだろう。
このまま歩き続ければ、そう遠くないうちに体力は限界を迎えるはずだ。

どうする事もできないのかと、悲し気な表情を見せるルナに、フェリックスは言葉を続けた。

「一応対策を考えてはみたんだ。抵抗力の無いブロンズ騎士を、抵抗力のあるシルバー騎士と同じテントに入れるんだ。そしてブロンズ騎士を先に寝かせ、夜明け頃に交代してシルバー騎士を寝かせる。こうすれば自分達が寝ている間は、シルバー騎士が護ってくれているという安心感で、熟睡とまではいかなくても、ある程度は落ち着いて眠れるんじゃないかな?軍の方も同じようにしてみてはどうかって、アルベルトから軍団長に話してもらったんだ」

「・・・そうだったんですね、フェリックス様、でもそのやり方では、シルバー騎士の皆様や、夜の番をする方々が寝不足になりませんか?」

「うん、今の時期は日の出が遅いからね。だから明日からは起床時間を変更する事になると思う。後で軍団長とも話すけど、夜の番をする人は午前9時に起床、それから朝食をとって10時に出発。これなら3~4時間は睡眠をとれると思うんだ。どうかな?」

これまでは6時に起床して、テントを片付け、7時30分までには朝食をすませて出発をしていた。
それを遅らせるというのだ。食事の準備や細かい事は夜寝ている側で担当し、夜の番をする人への負担を極力減らすという考えだ。

意見を求められたルナも、良い考えだと一も二も無く賛同した。

「ただ、やはり3~4時間の睡眠では足りないだろうね。かと言って昼まで寝かせるわけにもいかない。物資にも限りがあるからね、切り詰めて計算してこれがギリギリなんだ。だからあとは彼らの精神力、気持ちで頑張ってもらうしかないかな」

最後は精神論だった。だがすでに戦争は始まっているのだ。もとより決戦の場まで、万全の状態でいられるなどあるはずがない。最低限にも足りない睡眠時間だが、それでもとれるだけをとり、立って歩くしかないのだ。


「・・・大丈夫、なのでしょうか?」

一度は良い考えだと表情を明るくしたルナだったが、懸念材料を聞いて再び心配そうに声を落とした。
できる限りの対処はしている。だがそれでも十分とは言えない。

「ルナの気持ちはよく分かるよ。僕もできるだけの事はするつもりだ。だけど現実的には、短くても安心して寝られる時間を確保できるだけ、良しとするしかないんだ」


ここは戦場だからね・・・・・そう言葉を締めくくると、フェリックスは表情を和らげて、フワリと荷馬車に飛び乗った。

足音一つ立てずルナの前に降り立つと、フェリックスは膝を曲げてルナと目線を合わせた。
突然の事にルナが目を丸くすると、フェリックスはルナの額を指先でトンと突いた。

「え・・・?フェ、フェリックス、様?」

「ルナ、あまり悪い方に考えちゃだめだよ?最善をつくしたのなら、あとは信じるだけさ」


「・・・はい、フェリックス様」

まだ少しの不安はある。
だけどフェリックスの最善を尽くすと言うのなら、自分はそれを信じるだけだ。

あの日、追われていた自分を助けてくれた騎士様を信じる。

ニコリと微笑んだルナに、フェリックスも笑顔を返した。


「うん、良い笑顔だね、ルナ」
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