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1173 慰問
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陽が高くなってきた頃、クインズベリー軍はとある村に立ち寄った。
村の住人は全部で300人にも満たない小さな村だ。10万ものクインズベリー軍が入れるはずもなく、兵のほとんどは村の外で待つ事になった。
この村に立ち寄ったのは慰問が目的である。
そのため村の中に入ったのは、第一王子のマルス、第二王子のオスカー、護衛としてゴールド騎士のアルベルト・ジョシュアと、騎士団団員が十数名。そして四勇士の白魔法使い、エステバン・クアルトだった。
「へぇ、これはすごい人気だねぇ、さすが王子様ってか」
薙刀を杖替わりにして寄りかかりながら、アゲハは村の中に目を向けて一人言ちた。
先ぶれはしておいたが実際に二人の王子が村に入ると、たった300人しか住んでいない小さな村とは思えないほどの、とても大きな歓声で迎えられたのだ。
「そりゃそうだ。戦争が始まって不安になってたとこに、二人の王子がそろって慰問にくるんだ。それにこの十万の軍勢を見れば、帝国なんかやっつけてくれるって期待もできる。この大歓声は彼らの期待の表れさ」
ぐるりと村を囲む自分の背丈より高い柵にもたれかかりながら、レイチェルはアゲハに顔を向けた。
マルスとオスカー、二人の王子が軍に同行している目的はこの慰問のためである。
自分達王族が国民の前に姿を見せて言葉をかける事で、不安に打ち勝ち、この国の未来に希望を見い出してほしい。
国民を元気づける事。それこそが王族の責務である。
そしてその勤めを果たすため、今二人はここにいる。
「クアルトを連れて行ったのも大きいよな」
アゲハとレイチェルの会話に入って来たのは、治安部隊隊長のヴァン・エストラーダだった。
「お、ヴァンじゃないか、治安部隊のお前もここで留守番か?」
知っている声にレイチェルは顔を向けると、挨拶代わりに軽く右手を挙げる。
「ああ、基本的に治安部隊は町を護る事が仕事。王侯貴族の護衛や城の警備は騎士団の仕事だからな。キッチリ役割が分かれてんだよ。そりゃいざって時にはそんなの関係なく働くけど、今はそういう時じゃないしな」
アゲハとレイチェルの前まで歩いて来ると、ヴァンは自分達治安部隊と、騎士団の役割の違いを簡単に説明した。
そしてヴァンの話しに区切りがついたタイミングで、アゲハはヴァンの眼を見て話しかけた。
「あんたが治安部隊隊長のヴァン・エストラーダか、私はアゲハ・シンジョウだ。こうして話すのは初めてだよね?」
「ああ、俺がヴァン・エストラーダだ。そうだな、城で見た事はあるから顔は知っていたが、直接話すのは初めてだ」
ヴァンがアゲハに顔を向けて言葉を返すと、アゲハは門の前から村の中を指差してヴァンに訊(たず)ねた。
「ねぇ、さっきクアルトが行くのは大きいって言ってたけど、四勇士のクアルトが一緒に行く事って、なにか特別な意味でもあるの?」
ヴァンがアゲハの指差す方に目を向けと、そこには王子達が来たことによる人だかりが見える。
ヴァンはそれを見ながら質問に答えた。
「ああ・・・あれはな、クアルトが村にいる怪我人を治療するために行ったんだよ」
「え?なんで?村人にも白魔法使いはいるでしょ?それともこの村には、四勇士でないと手に負えないような怪我人でもいるの?」
アゲハは眉根を寄せて聞き返した。治療行為に異論を唱えるわけではないが、今回は慰問で立ち寄っただけと聞いている。それなのにクインズベリーで一番の白魔法使い、四勇士のエステバン・クアルトまで出して、どんな治療行為を行うのかが疑問だった。
「いや、そういうわけじゃねぇんだけど、四勇士はクインズベリー国の守護者って立ち位置だからな、あれでけっこう敬われてんだよ。その四勇士の白魔法使いクアルトが、直々に村人の治療にあたるんだ。これで国民の信頼もより深まるし、王子達の顔も立つってわけだ」
「へぇ・・・けっこうしたたかなんだね。まぁ、慰問で言葉をかけてもらえるのも嬉しい事なんだろうけど、怪我人を治療してもらえるって具体的な恩恵があると、印象が全然違うだろうからね」
ヴァンの説明に納得のいったアゲハは、あらためて村の中に目を向けた。
すでに二人の王子と護衛達は村長の家に入ったらしく、姿は見えなくなっている。
村長の家は村の奥にあるため、門の外にいるアゲハ達からは本来見えないのだが、今日に限っては外に人だかりが出来ているため、おおよその場所は目星を付けられた。
「・・・一目で分かるな。どのくらい時間がかかるか分からないけど、あれだけ人が集まっているなら、早くても1~2時間はかかりそうだね。しばらくは待機か・・・」
アゲハは大きく息をつくと、地面に突き刺した薙刀によりかかり、退屈そうに村の中を眺めた。
「お前分かりやすいな、まぁじっと待ってるだけなんて暇なのは分かるけどよ、ここが終わったらまた次の村でも同じ事やるんだぜ?」
「え?マジ?」
呆れたように話すヴァンに、アゲハも眉を寄せながら聞き返す。
「当たり前だろ?王子達は慰問のために来てんだぞ?まさか一か所だけで終わると思ってたのか?この村から10キロくらい先にも村があるし、その更に20キロ先には町もあるんだぞ?今日は時間的にこの村一つで終わるだろうが、明日は二か所以上は回ると思うぜ」
「そうだな、回れるところは全てまわるだろうから、明日も明後日もギリギリまで慰問をするだろうな」
横で話しを聞いていたレイチェルも、ヴァンの説明に言葉を添えて頷く。
「・・・あ~・・・」
「あきらめろ。このペースだとあと2日くらいで中間地点に着くと思う、王子達はそこまでしか同行しないから、慰問はそこで終わりだ」
「・・・はぁ、しかたないか。慰問の間はつっ立ってるしかないんでしょ?それなら私も護衛として村に入りたいくらいだよ」
地面に突き刺した薙刀によりかかりながら、大きな溜息をついて露骨に顔をしかめるアゲハを見て、ヴァンとレイチェルは顔を見合わせて笑った。
村の住人は全部で300人にも満たない小さな村だ。10万ものクインズベリー軍が入れるはずもなく、兵のほとんどは村の外で待つ事になった。
この村に立ち寄ったのは慰問が目的である。
そのため村の中に入ったのは、第一王子のマルス、第二王子のオスカー、護衛としてゴールド騎士のアルベルト・ジョシュアと、騎士団団員が十数名。そして四勇士の白魔法使い、エステバン・クアルトだった。
「へぇ、これはすごい人気だねぇ、さすが王子様ってか」
薙刀を杖替わりにして寄りかかりながら、アゲハは村の中に目を向けて一人言ちた。
先ぶれはしておいたが実際に二人の王子が村に入ると、たった300人しか住んでいない小さな村とは思えないほどの、とても大きな歓声で迎えられたのだ。
「そりゃそうだ。戦争が始まって不安になってたとこに、二人の王子がそろって慰問にくるんだ。それにこの十万の軍勢を見れば、帝国なんかやっつけてくれるって期待もできる。この大歓声は彼らの期待の表れさ」
ぐるりと村を囲む自分の背丈より高い柵にもたれかかりながら、レイチェルはアゲハに顔を向けた。
マルスとオスカー、二人の王子が軍に同行している目的はこの慰問のためである。
自分達王族が国民の前に姿を見せて言葉をかける事で、不安に打ち勝ち、この国の未来に希望を見い出してほしい。
国民を元気づける事。それこそが王族の責務である。
そしてその勤めを果たすため、今二人はここにいる。
「クアルトを連れて行ったのも大きいよな」
アゲハとレイチェルの会話に入って来たのは、治安部隊隊長のヴァン・エストラーダだった。
「お、ヴァンじゃないか、治安部隊のお前もここで留守番か?」
知っている声にレイチェルは顔を向けると、挨拶代わりに軽く右手を挙げる。
「ああ、基本的に治安部隊は町を護る事が仕事。王侯貴族の護衛や城の警備は騎士団の仕事だからな。キッチリ役割が分かれてんだよ。そりゃいざって時にはそんなの関係なく働くけど、今はそういう時じゃないしな」
アゲハとレイチェルの前まで歩いて来ると、ヴァンは自分達治安部隊と、騎士団の役割の違いを簡単に説明した。
そしてヴァンの話しに区切りがついたタイミングで、アゲハはヴァンの眼を見て話しかけた。
「あんたが治安部隊隊長のヴァン・エストラーダか、私はアゲハ・シンジョウだ。こうして話すのは初めてだよね?」
「ああ、俺がヴァン・エストラーダだ。そうだな、城で見た事はあるから顔は知っていたが、直接話すのは初めてだ」
ヴァンがアゲハに顔を向けて言葉を返すと、アゲハは門の前から村の中を指差してヴァンに訊(たず)ねた。
「ねぇ、さっきクアルトが行くのは大きいって言ってたけど、四勇士のクアルトが一緒に行く事って、なにか特別な意味でもあるの?」
ヴァンがアゲハの指差す方に目を向けと、そこには王子達が来たことによる人だかりが見える。
ヴァンはそれを見ながら質問に答えた。
「ああ・・・あれはな、クアルトが村にいる怪我人を治療するために行ったんだよ」
「え?なんで?村人にも白魔法使いはいるでしょ?それともこの村には、四勇士でないと手に負えないような怪我人でもいるの?」
アゲハは眉根を寄せて聞き返した。治療行為に異論を唱えるわけではないが、今回は慰問で立ち寄っただけと聞いている。それなのにクインズベリーで一番の白魔法使い、四勇士のエステバン・クアルトまで出して、どんな治療行為を行うのかが疑問だった。
「いや、そういうわけじゃねぇんだけど、四勇士はクインズベリー国の守護者って立ち位置だからな、あれでけっこう敬われてんだよ。その四勇士の白魔法使いクアルトが、直々に村人の治療にあたるんだ。これで国民の信頼もより深まるし、王子達の顔も立つってわけだ」
「へぇ・・・けっこうしたたかなんだね。まぁ、慰問で言葉をかけてもらえるのも嬉しい事なんだろうけど、怪我人を治療してもらえるって具体的な恩恵があると、印象が全然違うだろうからね」
ヴァンの説明に納得のいったアゲハは、あらためて村の中に目を向けた。
すでに二人の王子と護衛達は村長の家に入ったらしく、姿は見えなくなっている。
村長の家は村の奥にあるため、門の外にいるアゲハ達からは本来見えないのだが、今日に限っては外に人だかりが出来ているため、おおよその場所は目星を付けられた。
「・・・一目で分かるな。どのくらい時間がかかるか分からないけど、あれだけ人が集まっているなら、早くても1~2時間はかかりそうだね。しばらくは待機か・・・」
アゲハは大きく息をつくと、地面に突き刺した薙刀によりかかり、退屈そうに村の中を眺めた。
「お前分かりやすいな、まぁじっと待ってるだけなんて暇なのは分かるけどよ、ここが終わったらまた次の村でも同じ事やるんだぜ?」
「え?マジ?」
呆れたように話すヴァンに、アゲハも眉を寄せながら聞き返す。
「当たり前だろ?王子達は慰問のために来てんだぞ?まさか一か所だけで終わると思ってたのか?この村から10キロくらい先にも村があるし、その更に20キロ先には町もあるんだぞ?今日は時間的にこの村一つで終わるだろうが、明日は二か所以上は回ると思うぜ」
「そうだな、回れるところは全てまわるだろうから、明日も明後日もギリギリまで慰問をするだろうな」
横で話しを聞いていたレイチェルも、ヴァンの説明に言葉を添えて頷く。
「・・・あ~・・・」
「あきらめろ。このペースだとあと2日くらいで中間地点に着くと思う、王子達はそこまでしか同行しないから、慰問はそこで終わりだ」
「・・・はぁ、しかたないか。慰問の間はつっ立ってるしかないんでしょ?それなら私も護衛として村に入りたいくらいだよ」
地面に突き刺した薙刀によりかかりながら、大きな溜息をついて露骨に顔をしかめるアゲハを見て、ヴァンとレイチェルは顔を見合わせて笑った。
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