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1170 マルスの変化
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「軍団長、被害状況を教えてくれ」
意志の強そうな目に端正な顔立ちをした青年、第一王子マルス・アレクサンダーは、十万の大軍を率いる軍団長、バーナード・ロブギンスの前に立った。
自分より10センチも背の低いロブギンスと向かい合うと、意図せず見下ろす形になる。
だがマルスは決してロブギンスを、小さいなどと侮る事はなかった。
なぜなら齢70を超えているにも関わらず、ロブギンスからは目に見えない強い圧が発せられていたからだ。ソレは並の兵士では緊張と圧迫感でまともに話す事さえも難しい。
本当の強者しか纏う事のできないものであり、本人の意思に関わらず滲み出るものだった。
王族として幼少の頃から、精神を強く鍛えられてきたマルスは動じる事なく話せる。
だがマルスは、ロブギンスの戦闘力、そして圧倒的なカリスマ性を肌で感じ取っていた。
それは自分達王族にとって代わり、国を治める事さえ可能な程である。
立場上口には出さないが、それほどのものだと認めざるを得なかった。
「先ほど部下から受けた報告ですと、死者185人、負傷者243人、この負傷者に関しては全員がヒールで助かる見込みです」
ロブギンスはマルスを見上げる形で聞かれた事に答えた。
そのロブギンスの隣では、軍団副長のカルロス・フォスターが口を閉じて二人のやりとりに目を向けていた。
「な・・・し、死者185人だと?そんなに多いのか?」
ロブギンスから具体的な数字を聞いたマルスは、予想以上の数に驚きを隠せなかった。
目を開いて言葉を失うマルスに、ロブギンスは言葉を続けた。
「最初の奇襲で数十人殺られたそうですな。レイジェスのメンバーが一早く人形に気付き、攻撃を当てた事で人形の注意を自分達に向ける事ができたそうですが、人形は二体いたのです。一体しかいないと思いこんだところに、もう一体の人形が現れて一気に被害が拡大しました」
「・・・そうか・・・しかし人形二体に死者が185人とは・・・負傷者もすぐには戦線に戻れない者も多いだろう。出立して二日目でこんなにも被害を受けるとは・・・」
腕を組んでうなるマルスを見ながら、ロブギンスは言葉を続けた。
「この二体の人形ですが、レイジェスとフィゲロアが協力して破壊したそうです。人形の使い手も、公爵家のディリアンとルーシー・アフマダリエフが倒したと報告を受けました」
「・・・またレイジェスか・・・昨日に続き、彼らにばかり負担をかけているな」
マルスは昨年の偽国王との戦いで、レイジェスがクインズベリー国にとって、無くてはならない存在だと認めていた。
母であり女王のアンリエールが、レイジェスを信頼しているというのもあるが、マルス自身幼少の頃より、レイジェス店長のウィッカーに様々な教えを受けていた事が大きい。
ウィッカー以外のメンバーと深く関わったのは、偽国王との戦いが初めてだったが、そこで目にした彼らの強さ、そして国を想う心を感じ取り信頼するようになっていた。
「左様ですな。本来は我々軍人が前に出なければならないところですが、敵の奇襲に対して防戦とならざるをえず、撃退は身軽な彼らに頼ってしまいました。しかし、彼らのやり遂げる力は素晴らしい。この戦争、彼らが勝利の鍵を握っているやもしれませんぞ」
ロブギンスもまた、この二日で二度の襲撃を受け、それを見事撃退したレイジェスを高く評価していた。
彼らはこの戦争の勝敗を左右するかもしれない。そんな可能性さえも感じる程に高く。
「・・・軍団長、俺とオスカーは中間地点までしか同行できんし、軍の動かし方に口を挟むつもりもない。だが、彼らの働きは目を見張るものがある。できるだけ彼らの負担が減るようにサポートはしてやってくれ」
「・・・マルス殿下、変わられましたな?」
真っ直ぐに自分の目を見て支援を頼むマルスに、ロブギンスは少しの驚きを声に乗せた。
「ん?突然なんだ?」
「・・・失礼かもしれませんが、以前の殿下は前国王、お父上の言葉を盲目的に受け取っていた節がありました。そのため偽国王との戦いで、御身が危険に晒されたと伺ってますぞ。ワシもあの頃の殿下には少々思う事もありました。でも今は違う・・・ご自分で考えて行動されている。それに今も最低限の要望を伝えるだけで、軍の動かし方はワシに委ねている。ずいぶん変わられたというのが正直な印象です」
「・・・軍団長はハッキリ言うなぁ・・・まぁ色々気付かされたって事だよ。俺もあの戦いのあと、女王陛下とよく話しあったしな」
自覚のあったマルスは、バツが悪そうに頭を掻き、苦笑いをしながら言葉を返す。
ほんの一年前はこんなに気安く話す事などなかった。
次の王にはエリザベートを推薦しようとさえ考えていた。
だがマルスは本当に変わったのだと、ロブギンスは感じ取っていた。
「・・・マルス殿下、レイジェスのサポートの件、承知しました。さて、お話しはこのくらいにして、そろそろ先へ行きましょう。予定よりだいぶ遅れております。夜営の準備もありますからな」
ロブギンスが空に目を向けると、マルスも眉の上に手を当てながら、空を見上げた。
「・・・ああ、確かに日が傾いてきた。急いだ方がよさそうだな」
マルスとの話しを終えると、ロブギンスの号令で軍隊は再び進行を始めた。
事前に調べておいた夜営地点に着くと、クインズベリー軍は陽が沈む前にテントを張って、夜の対策をすませた。
夜の対策とは無論トバリである。
およそ十万の軍勢は、とても村には泊る事ができない。そのため夜営は必然である。
そして夜営をする以上、夜の主トバリから身を隠さなければならない。
対策はいたってシンプルである。
数人の班を作りテントを張ったら、夜明けまで一歩も外には出ない。
ただそれだけである。
だが言うは易しである。
テントの外には確実に闇がうごめいている。一歩外に出れば食われてしまうのだ。
外から感じる闇の視線にじっと一晩耐える事は、想像以上に神経を擦り減らすものである。
三日目の朝、外へ出た兵達の顔には明らかな消耗が見えた。
意志の強そうな目に端正な顔立ちをした青年、第一王子マルス・アレクサンダーは、十万の大軍を率いる軍団長、バーナード・ロブギンスの前に立った。
自分より10センチも背の低いロブギンスと向かい合うと、意図せず見下ろす形になる。
だがマルスは決してロブギンスを、小さいなどと侮る事はなかった。
なぜなら齢70を超えているにも関わらず、ロブギンスからは目に見えない強い圧が発せられていたからだ。ソレは並の兵士では緊張と圧迫感でまともに話す事さえも難しい。
本当の強者しか纏う事のできないものであり、本人の意思に関わらず滲み出るものだった。
王族として幼少の頃から、精神を強く鍛えられてきたマルスは動じる事なく話せる。
だがマルスは、ロブギンスの戦闘力、そして圧倒的なカリスマ性を肌で感じ取っていた。
それは自分達王族にとって代わり、国を治める事さえ可能な程である。
立場上口には出さないが、それほどのものだと認めざるを得なかった。
「先ほど部下から受けた報告ですと、死者185人、負傷者243人、この負傷者に関しては全員がヒールで助かる見込みです」
ロブギンスはマルスを見上げる形で聞かれた事に答えた。
そのロブギンスの隣では、軍団副長のカルロス・フォスターが口を閉じて二人のやりとりに目を向けていた。
「な・・・し、死者185人だと?そんなに多いのか?」
ロブギンスから具体的な数字を聞いたマルスは、予想以上の数に驚きを隠せなかった。
目を開いて言葉を失うマルスに、ロブギンスは言葉を続けた。
「最初の奇襲で数十人殺られたそうですな。レイジェスのメンバーが一早く人形に気付き、攻撃を当てた事で人形の注意を自分達に向ける事ができたそうですが、人形は二体いたのです。一体しかいないと思いこんだところに、もう一体の人形が現れて一気に被害が拡大しました」
「・・・そうか・・・しかし人形二体に死者が185人とは・・・負傷者もすぐには戦線に戻れない者も多いだろう。出立して二日目でこんなにも被害を受けるとは・・・」
腕を組んでうなるマルスを見ながら、ロブギンスは言葉を続けた。
「この二体の人形ですが、レイジェスとフィゲロアが協力して破壊したそうです。人形の使い手も、公爵家のディリアンとルーシー・アフマダリエフが倒したと報告を受けました」
「・・・またレイジェスか・・・昨日に続き、彼らにばかり負担をかけているな」
マルスは昨年の偽国王との戦いで、レイジェスがクインズベリー国にとって、無くてはならない存在だと認めていた。
母であり女王のアンリエールが、レイジェスを信頼しているというのもあるが、マルス自身幼少の頃より、レイジェス店長のウィッカーに様々な教えを受けていた事が大きい。
ウィッカー以外のメンバーと深く関わったのは、偽国王との戦いが初めてだったが、そこで目にした彼らの強さ、そして国を想う心を感じ取り信頼するようになっていた。
「左様ですな。本来は我々軍人が前に出なければならないところですが、敵の奇襲に対して防戦とならざるをえず、撃退は身軽な彼らに頼ってしまいました。しかし、彼らのやり遂げる力は素晴らしい。この戦争、彼らが勝利の鍵を握っているやもしれませんぞ」
ロブギンスもまた、この二日で二度の襲撃を受け、それを見事撃退したレイジェスを高く評価していた。
彼らはこの戦争の勝敗を左右するかもしれない。そんな可能性さえも感じる程に高く。
「・・・軍団長、俺とオスカーは中間地点までしか同行できんし、軍の動かし方に口を挟むつもりもない。だが、彼らの働きは目を見張るものがある。できるだけ彼らの負担が減るようにサポートはしてやってくれ」
「・・・マルス殿下、変わられましたな?」
真っ直ぐに自分の目を見て支援を頼むマルスに、ロブギンスは少しの驚きを声に乗せた。
「ん?突然なんだ?」
「・・・失礼かもしれませんが、以前の殿下は前国王、お父上の言葉を盲目的に受け取っていた節がありました。そのため偽国王との戦いで、御身が危険に晒されたと伺ってますぞ。ワシもあの頃の殿下には少々思う事もありました。でも今は違う・・・ご自分で考えて行動されている。それに今も最低限の要望を伝えるだけで、軍の動かし方はワシに委ねている。ずいぶん変わられたというのが正直な印象です」
「・・・軍団長はハッキリ言うなぁ・・・まぁ色々気付かされたって事だよ。俺もあの戦いのあと、女王陛下とよく話しあったしな」
自覚のあったマルスは、バツが悪そうに頭を掻き、苦笑いをしながら言葉を返す。
ほんの一年前はこんなに気安く話す事などなかった。
次の王にはエリザベートを推薦しようとさえ考えていた。
だがマルスは本当に変わったのだと、ロブギンスは感じ取っていた。
「・・・マルス殿下、レイジェスのサポートの件、承知しました。さて、お話しはこのくらいにして、そろそろ先へ行きましょう。予定よりだいぶ遅れております。夜営の準備もありますからな」
ロブギンスが空に目を向けると、マルスも眉の上に手を当てながら、空を見上げた。
「・・・ああ、確かに日が傾いてきた。急いだ方がよさそうだな」
マルスとの話しを終えると、ロブギンスの号令で軍隊は再び進行を始めた。
事前に調べておいた夜営地点に着くと、クインズベリー軍は陽が沈む前にテントを張って、夜の対策をすませた。
夜の対策とは無論トバリである。
およそ十万の軍勢は、とても村には泊る事ができない。そのため夜営は必然である。
そして夜営をする以上、夜の主トバリから身を隠さなければならない。
対策はいたってシンプルである。
数人の班を作りテントを張ったら、夜明けまで一歩も外には出ない。
ただそれだけである。
だが言うは易しである。
テントの外には確実に闇がうごめいている。一歩外に出れば食われてしまうのだ。
外から感じる闇の視線にじっと一晩耐える事は、想像以上に神経を擦り減らすものである。
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