1,181 / 1,263
1170 マルスの変化
しおりを挟む
「軍団長、被害状況を教えてくれ」
意志の強そうな目に端正な顔立ちをした青年、第一王子マルス・アレクサンダーは、十万の大軍を率いる軍団長、バーナード・ロブギンスの前に立った。
自分より10センチも背の低いロブギンスと向かい合うと、意図せず見下ろす形になる。
だがマルスは決してロブギンスを、小さいなどと侮る事はなかった。
なぜなら齢70を超えているにも関わらず、ロブギンスからは目に見えない強い圧が発せられていたからだ。ソレは並の兵士では緊張と圧迫感でまともに話す事さえも難しい。
本当の強者しか纏う事のできないものであり、本人の意思に関わらず滲み出るものだった。
王族として幼少の頃から、精神を強く鍛えられてきたマルスは動じる事なく話せる。
だがマルスは、ロブギンスの戦闘力、そして圧倒的なカリスマ性を肌で感じ取っていた。
それは自分達王族にとって代わり、国を治める事さえ可能な程である。
立場上口には出さないが、それほどのものだと認めざるを得なかった。
「先ほど部下から受けた報告ですと、死者185人、負傷者243人、この負傷者に関しては全員がヒールで助かる見込みです」
ロブギンスはマルスを見上げる形で聞かれた事に答えた。
そのロブギンスの隣では、軍団副長のカルロス・フォスターが口を閉じて二人のやりとりに目を向けていた。
「な・・・し、死者185人だと?そんなに多いのか?」
ロブギンスから具体的な数字を聞いたマルスは、予想以上の数に驚きを隠せなかった。
目を開いて言葉を失うマルスに、ロブギンスは言葉を続けた。
「最初の奇襲で数十人殺られたそうですな。レイジェスのメンバーが一早く人形に気付き、攻撃を当てた事で人形の注意を自分達に向ける事ができたそうですが、人形は二体いたのです。一体しかいないと思いこんだところに、もう一体の人形が現れて一気に被害が拡大しました」
「・・・そうか・・・しかし人形二体に死者が185人とは・・・負傷者もすぐには戦線に戻れない者も多いだろう。出立して二日目でこんなにも被害を受けるとは・・・」
腕を組んでうなるマルスを見ながら、ロブギンスは言葉を続けた。
「この二体の人形ですが、レイジェスとフィゲロアが協力して破壊したそうです。人形の使い手も、公爵家のディリアンとルーシー・アフマダリエフが倒したと報告を受けました」
「・・・またレイジェスか・・・昨日に続き、彼らにばかり負担をかけているな」
マルスは昨年の偽国王との戦いで、レイジェスがクインズベリー国にとって、無くてはならない存在だと認めていた。
母であり女王のアンリエールが、レイジェスを信頼しているというのもあるが、マルス自身幼少の頃より、レイジェス店長のウィッカーに様々な教えを受けていた事が大きい。
ウィッカー以外のメンバーと深く関わったのは、偽国王との戦いが初めてだったが、そこで目にした彼らの強さ、そして国を想う心を感じ取り信頼するようになっていた。
「左様ですな。本来は我々軍人が前に出なければならないところですが、敵の奇襲に対して防戦とならざるをえず、撃退は身軽な彼らに頼ってしまいました。しかし、彼らのやり遂げる力は素晴らしい。この戦争、彼らが勝利の鍵を握っているやもしれませんぞ」
ロブギンスもまた、この二日で二度の襲撃を受け、それを見事撃退したレイジェスを高く評価していた。
彼らはこの戦争の勝敗を左右するかもしれない。そんな可能性さえも感じる程に高く。
「・・・軍団長、俺とオスカーは中間地点までしか同行できんし、軍の動かし方に口を挟むつもりもない。だが、彼らの働きは目を見張るものがある。できるだけ彼らの負担が減るようにサポートはしてやってくれ」
「・・・マルス殿下、変わられましたな?」
真っ直ぐに自分の目を見て支援を頼むマルスに、ロブギンスは少しの驚きを声に乗せた。
「ん?突然なんだ?」
「・・・失礼かもしれませんが、以前の殿下は前国王、お父上の言葉を盲目的に受け取っていた節がありました。そのため偽国王との戦いで、御身が危険に晒されたと伺ってますぞ。ワシもあの頃の殿下には少々思う事もありました。でも今は違う・・・ご自分で考えて行動されている。それに今も最低限の要望を伝えるだけで、軍の動かし方はワシに委ねている。ずいぶん変わられたというのが正直な印象です」
「・・・軍団長はハッキリ言うなぁ・・・まぁ色々気付かされたって事だよ。俺もあの戦いのあと、女王陛下とよく話しあったしな」
自覚のあったマルスは、バツが悪そうに頭を掻き、苦笑いをしながら言葉を返す。
ほんの一年前はこんなに気安く話す事などなかった。
次の王にはエリザベートを推薦しようとさえ考えていた。
だがマルスは本当に変わったのだと、ロブギンスは感じ取っていた。
「・・・マルス殿下、レイジェスのサポートの件、承知しました。さて、お話しはこのくらいにして、そろそろ先へ行きましょう。予定よりだいぶ遅れております。夜営の準備もありますからな」
ロブギンスが空に目を向けると、マルスも眉の上に手を当てながら、空を見上げた。
「・・・ああ、確かに日が傾いてきた。急いだ方がよさそうだな」
マルスとの話しを終えると、ロブギンスの号令で軍隊は再び進行を始めた。
事前に調べておいた夜営地点に着くと、クインズベリー軍は陽が沈む前にテントを張って、夜の対策をすませた。
夜の対策とは無論トバリである。
およそ十万の軍勢は、とても村には泊る事ができない。そのため夜営は必然である。
そして夜営をする以上、夜の主トバリから身を隠さなければならない。
対策はいたってシンプルである。
数人の班を作りテントを張ったら、夜明けまで一歩も外には出ない。
ただそれだけである。
だが言うは易しである。
テントの外には確実に闇がうごめいている。一歩外に出れば食われてしまうのだ。
外から感じる闇の視線にじっと一晩耐える事は、想像以上に神経を擦り減らすものである。
三日目の朝、外へ出た兵達の顔には明らかな消耗が見えた。
意志の強そうな目に端正な顔立ちをした青年、第一王子マルス・アレクサンダーは、十万の大軍を率いる軍団長、バーナード・ロブギンスの前に立った。
自分より10センチも背の低いロブギンスと向かい合うと、意図せず見下ろす形になる。
だがマルスは決してロブギンスを、小さいなどと侮る事はなかった。
なぜなら齢70を超えているにも関わらず、ロブギンスからは目に見えない強い圧が発せられていたからだ。ソレは並の兵士では緊張と圧迫感でまともに話す事さえも難しい。
本当の強者しか纏う事のできないものであり、本人の意思に関わらず滲み出るものだった。
王族として幼少の頃から、精神を強く鍛えられてきたマルスは動じる事なく話せる。
だがマルスは、ロブギンスの戦闘力、そして圧倒的なカリスマ性を肌で感じ取っていた。
それは自分達王族にとって代わり、国を治める事さえ可能な程である。
立場上口には出さないが、それほどのものだと認めざるを得なかった。
「先ほど部下から受けた報告ですと、死者185人、負傷者243人、この負傷者に関しては全員がヒールで助かる見込みです」
ロブギンスはマルスを見上げる形で聞かれた事に答えた。
そのロブギンスの隣では、軍団副長のカルロス・フォスターが口を閉じて二人のやりとりに目を向けていた。
「な・・・し、死者185人だと?そんなに多いのか?」
ロブギンスから具体的な数字を聞いたマルスは、予想以上の数に驚きを隠せなかった。
目を開いて言葉を失うマルスに、ロブギンスは言葉を続けた。
「最初の奇襲で数十人殺られたそうですな。レイジェスのメンバーが一早く人形に気付き、攻撃を当てた事で人形の注意を自分達に向ける事ができたそうですが、人形は二体いたのです。一体しかいないと思いこんだところに、もう一体の人形が現れて一気に被害が拡大しました」
「・・・そうか・・・しかし人形二体に死者が185人とは・・・負傷者もすぐには戦線に戻れない者も多いだろう。出立して二日目でこんなにも被害を受けるとは・・・」
腕を組んでうなるマルスを見ながら、ロブギンスは言葉を続けた。
「この二体の人形ですが、レイジェスとフィゲロアが協力して破壊したそうです。人形の使い手も、公爵家のディリアンとルーシー・アフマダリエフが倒したと報告を受けました」
「・・・またレイジェスか・・・昨日に続き、彼らにばかり負担をかけているな」
マルスは昨年の偽国王との戦いで、レイジェスがクインズベリー国にとって、無くてはならない存在だと認めていた。
母であり女王のアンリエールが、レイジェスを信頼しているというのもあるが、マルス自身幼少の頃より、レイジェス店長のウィッカーに様々な教えを受けていた事が大きい。
ウィッカー以外のメンバーと深く関わったのは、偽国王との戦いが初めてだったが、そこで目にした彼らの強さ、そして国を想う心を感じ取り信頼するようになっていた。
「左様ですな。本来は我々軍人が前に出なければならないところですが、敵の奇襲に対して防戦とならざるをえず、撃退は身軽な彼らに頼ってしまいました。しかし、彼らのやり遂げる力は素晴らしい。この戦争、彼らが勝利の鍵を握っているやもしれませんぞ」
ロブギンスもまた、この二日で二度の襲撃を受け、それを見事撃退したレイジェスを高く評価していた。
彼らはこの戦争の勝敗を左右するかもしれない。そんな可能性さえも感じる程に高く。
「・・・軍団長、俺とオスカーは中間地点までしか同行できんし、軍の動かし方に口を挟むつもりもない。だが、彼らの働きは目を見張るものがある。できるだけ彼らの負担が減るようにサポートはしてやってくれ」
「・・・マルス殿下、変わられましたな?」
真っ直ぐに自分の目を見て支援を頼むマルスに、ロブギンスは少しの驚きを声に乗せた。
「ん?突然なんだ?」
「・・・失礼かもしれませんが、以前の殿下は前国王、お父上の言葉を盲目的に受け取っていた節がありました。そのため偽国王との戦いで、御身が危険に晒されたと伺ってますぞ。ワシもあの頃の殿下には少々思う事もありました。でも今は違う・・・ご自分で考えて行動されている。それに今も最低限の要望を伝えるだけで、軍の動かし方はワシに委ねている。ずいぶん変わられたというのが正直な印象です」
「・・・軍団長はハッキリ言うなぁ・・・まぁ色々気付かされたって事だよ。俺もあの戦いのあと、女王陛下とよく話しあったしな」
自覚のあったマルスは、バツが悪そうに頭を掻き、苦笑いをしながら言葉を返す。
ほんの一年前はこんなに気安く話す事などなかった。
次の王にはエリザベートを推薦しようとさえ考えていた。
だがマルスは本当に変わったのだと、ロブギンスは感じ取っていた。
「・・・マルス殿下、レイジェスのサポートの件、承知しました。さて、お話しはこのくらいにして、そろそろ先へ行きましょう。予定よりだいぶ遅れております。夜営の準備もありますからな」
ロブギンスが空に目を向けると、マルスも眉の上に手を当てながら、空を見上げた。
「・・・ああ、確かに日が傾いてきた。急いだ方がよさそうだな」
マルスとの話しを終えると、ロブギンスの号令で軍隊は再び進行を始めた。
事前に調べておいた夜営地点に着くと、クインズベリー軍は陽が沈む前にテントを張って、夜の対策をすませた。
夜の対策とは無論トバリである。
およそ十万の軍勢は、とても村には泊る事ができない。そのため夜営は必然である。
そして夜営をする以上、夜の主トバリから身を隠さなければならない。
対策はいたってシンプルである。
数人の班を作りテントを張ったら、夜明けまで一歩も外には出ない。
ただそれだけである。
だが言うは易しである。
テントの外には確実に闇がうごめいている。一歩外に出れば食われてしまうのだ。
外から感じる闇の視線にじっと一晩耐える事は、想像以上に神経を擦り減らすものである。
三日目の朝、外へ出た兵達の顔には明らかな消耗が見えた。
0
お気に入りに追加
142
あなたにおすすめの小説
幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~
月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。
「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。
そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。
『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。
その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。
スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。
※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。)
※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる