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1132 黒い球

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「なぁ、ふと思ったんだけど、アンリエール様はなんで決戦を冬にしたんだろ?」

町を出て隊に付いて雪原を歩きながら、アラタはとなりを歩くリカルドに、気になった事をそのまま質問してみた。

「はぁ~・・・兄ちゃんよぉ、俺が知ってるわけねぇだろ?ちょっとは聞く相手考えろよ?人にはな、得手不得手ってのがあるんだぜ?俺は食べる人、小難しい事を考えて答えるのは他の人、分かった?」

「・・・え?・・・えぇ~~~・・・!?」

とんでもない言葉が返ってきて、これまで無理難題なリカルド節を聞かされてきたアラタも、目を丸くせざるをえなかった。


「も~、リカルド君、いくらなんでもそれは無茶苦茶だよ?あのねアラタ君、それは冬の方がクインズベリーにとって有利だからだよ」

一緒に並んで歩いていたカチュアが、リカルドのあまりの暴論を見かねて口を挟んで来た。

「え?冬の方がクインズベリーに有利なの?なんで?」

「はぁ~!これだから兄ちゃんは、いいか?帝国は雪が降らねぇんだよ。最後に降ったのは、店長が言ってたカエストゥスと帝国の戦争の時、つまり200年前だ。んなの例外中の例外だから気にしねぇでいいレベル。つー事はだ、帝国の兵士は雪の中での戦闘経験が無い、もしくは浅ぇヤツばっかなんだ。だから冬はクインズベリーが攻め込まれる可能性が低い。国内の兵力が少なくなっても危険性が下がるし、こっちだって進軍しやすいってもんなんだ。帝国軍だって、慣れない雪の中で仕掛けて来るとは考え難いからな」

リカルドが呆れたように溜息をついて事細かく説明すると、アラタは信じられないというように目を大きく見開いて、ぷるぷる震えながらリカルドを指差した。

「お、お前!お前!なにシレっと語ってんだよ!知ってんじゃねぇか!知ってんならさっき聞いた時に答えろよ!」

アラタが怒鳴りつけてもリカルドは涼しい顔だった。それどころか肩をすくめて、ピシっとアラタの鼻先に指を突き付ける。

「はぁ~~~、兄ちゃんよぉ、あんまガッカリさせんなよ。そりゃね?そりゃぁね?教える事は簡単だぜ?でもよ、でもだよ?簡単に答えが得られる事って兄ちゃんのためになんのかね?聞いたらなんでも教えてくれるって、世の中そんな親切なもんじゃねぇと俺は思うんだよ。だからよ、だからだよ?俺はあえてね?あえて知らねぇふりして、兄ちゃんに自分で考えるって事を覚えてほしかったってわけ。獅子は我が子を谷底へぶん投げるって言うだろ?そういう事。そういう事なんだよ?兄ちゃんを想う親心ってヤツだ。ありがとうを言ってほしいくらいだぜ」

「こ、この!お前なぁ・・・」

「ア、アラタ君落ち着いて!リカルド君!リカルド君ちょっとひどすぎる!私のアラタ君をあんまりからかわないで!これ以上何か言ったら、もうリカルド君はうちを出入り禁止にします!」

今にもリカルドに掴みかかりそうなアラタをカチュアが押さえると、めずらしく厳しい口調で、カチュアがリカルドに警告を与えた。

「え!?えええええぇぇぇぇぇーーーーーーー!ちょ、ちょっと待てって!で、出入り禁止!?出禁!?そんな事されたら俺の飯はどうなんだよ!俺に死ねって言うのかよ!?」

「知りません!アラタ君をいじめるのが悪いんです!」

「わ、分かった!分かったから出禁は止めろって!俺はちょっと兄ちゃんに、世間の真理を教えてやろうと思っただけなんだって!悪気はねぇんだよ!」

一転して態度をあらためて、ぺこぺこと頭を下げるリカルドに、腕を組んで顔を背けていたカチュアも、クスリと笑って優しく声をかけた。

「ふふふ、冗談だよ、リカルド君。いつでも来ていいからね。でも、本当にあんまりアラタ君をからかったら私も怒るからね」

「ふぅ~~~・・・分かった、分かったから、心臓に悪いしもう物騒な事言わねぇでくれよな。寿命が3分縮んだぜ」

よほど焦ったのか、額に滲む大粒の汗を右手の甲で拭うと、リカルドはカチュアのとなりに立つアラタに顔を向けた。

「じゃあ兄ちゃん、俺は任務に集中すっから邪魔すんじゃねぇぞ。やる時はやる、オンとオフを切り替えんが大事なんだぜ?」

「・・・お、おう」

「ん~・・・リカルド君、やっぱり分かってないかも・・・」

キリっと表情を引き締めて、ビシっと言い放つリカルドに、アラタは頬を引きつらせて頷き、カチュアも半分諦めたように苦笑いするしかなかった。





それはクインズベリー軍が国を発って、三時間程歩いた時だった。時刻は正午を迎えた頃だろう、陽の高さから計算できる。

先頭集団の更に数メートル先を歩いているのは、クインズベリー軍のバイロン・ロサ。
一定の歩調で進んでいたが、何かを感じ取ったのか、ロサはふいに足を止めて右手を真横に出した。

それは全軍に止まれという合図である。


二十八歳、体力型のバイロン・ロサは、抜きんでた腕力があるわけでもなく、体力型としては極平均的な身体能力しか持っていなかった。

しかしロサは冷静沈着な男だった。
準備を怠らず、何事も慎重に慎重を重ねる性格なため、ロサがいる隊では失敗というものが非常に少なかった。

そして今回、帝国へ進軍するにあたって、バイロン・ロサはその慎重な性格と、危険を回避する能力を評価され、一人先頭に立って道を作っていたのだ。



ロサの合図を見て、クインズベリー軍はすぐに歩みを止めた。そして指揮官の一人が後続にも迅速に止まるよう伝令を出した。


ロサは警戒するように腰を落として目を閉じた。
そして意識を耳に集中させるよえうに、両手を耳に添えると、たった今自分の耳が捉えた音の正体を探った。


・・・炎や爆発など魔法の類ではない・・・何かがすごい速さでこっちに向かってくる。
そして高い、俺達のはるか上だ。

物は・・・風切り音から察するに球状?大きくはない、片手で投げれるくらいの球か?

待て・・・この広い雪原で敵の姿が見えない。つまりこの球を投げたのか飛ばしたのかは分からないが、とにかくこの球を使ったヤツは、姿が確認できないくらい遠くから仕掛けてきたというのか?

なにか嫌な予感がする。このまま球がここに届くのを、黙って待っている事だけはまずい!


「上からくるぞォォォォォーーーーーッツ!結界を張れェェェェーーーーーーーッツ!」


バイロン・ロサは振り返り、大声を張り上げた。




「青魔法兵ッッッツ!」

クインズベリー軍総大将のバーナード・ロブギンスが叫ぶと、軍の青魔法兵達は統率された動きで空に手をかざし、青く輝く結界を張り巡らせた。
数万の青魔法兵達が、大将の指示を聞くなり瞬時に行動に移したのは、日々の厳しい訓練の賜物であろう。

数万の青魔法兵によって、軍全体を覆う巨大な結界が完成すると、空に一個の黒い球が現れた。

「・・・・・あれは、なんだ?」


兵の一人が空を見上げ、謎の黒い球体に眉根を寄せたその時、黒い球体から無数の光線が撃ち放たれた。
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