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1118 レイチェルの修行

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冬の日の午後、店舗裏の空き地で、レイチェルは修行の最終段階を迎えたところだった。

「よし、完璧だ。この短い期間でよくモノにしたな、レイチェル」

「ありがとうございます。店長の教えがいいからですよ」

一つ息をついて力を抜くと、両手に集めた光が少しづつ薄くなり消えていった。
今しがた店長に認めてもらえた私の新たな力、闘気である。


「・・・デューク・サリバンという男は、レイチェルの限武闘争を一分以上まともにくらっても、ほとんどダメージがなかったそうだな?」

「・・・はい、以前マルコス・ゴンサレスにぶつけた時とは違います。マルコスは防御に徹して、急所へのクリーンヒットだけは許しませんでした。でもあの男は防御をしなかった。全部まともに受けて、それでもダメージらしいダメージはありませんでした」

デューク・サリバン。
アラタの日本での恩人である村戸修一の、この世界での名前である。

クインズベリーと帝国の国境の山、パウンド・フォーで遭遇し戦ったのだが、レイチェルはなすすべもなく敗れてしまったのだ。

敗北を思い出し、レイチェルは悔しそうに眉を寄せて視線を落とした。


「・・・おそらく闇を体内に宿し、内側から闇で体を護っているんだろう。素手だろうが剣を使おうが、闇がある限り決定的なダメージを与える事は不可能だ。せいぜい、少し痛い、くらいだな。倒す事はできないだろう」

ウィッカーの推察にレイチェルも頷いた。
自分の打撃は決して軽くない。そして百を超える連打をまともにうけて、ケロっとしているなんて、とても同じ人間とは思えなかった。

「・・・勝つためには新しい力が必要でした。闇に対抗できる力が・・・」

「そうだ。闇に対抗できる力、それが光と闘気だ」

レイチェルはパウンド・フォーから帰還して以降、ウィッカーに闘気の使い方を学んでいた。
本来であればもっと長い時間をかけて習得する力だが、たぐいまれなる才能と、休む事なく訓練に打ち込んだ結果、三か月でウィッカーに認められたのである。

「だがレイチェル、忘れないでくれ・・・闘気とは、アラタの持つ光の力とは似て非なるものだ。本物の闇には通じないだろう」

「はい・・・」

自分で闘気を身につけた事で、レイチェルにはウィッカーの忠告が十分に理解できた。
それは、アラタの光の力を間近で見ているからでもあるが、闘気と光の力はウィッカーの言葉通り、似て非なるものだった。

アラタの光の力は、アラタがこの世界来た時に身につけたものである。
そしてアラタが言うには、その光からは祖父母の魂が感じられると言う事だった。

今は亡き祖父母が、光となってアラタを見守っていてくれると言うのだ。
この話しから推察できる光の力とは、人の想いや魂が形を成したものなのではないだろうか?


そして闘気とは気力と体力、つまり精神と肉体の力を合わせたものである。
あくまで自分自身、己の中から出している力であり、アラタの光の力とは明確に違うのだ。

ゴールド騎士のアルベルトやレイマート、女王専属護衛のリーザも闘気を使い、闇の大蛇を倒した。その事実から、闘気とは確かに闇と戦える力である。

だがウィッカーの言う本物の闇、そう黒渦の本体には通用しないという事だろう。
それどころかデューク・サリバンや師団長クラスの闇にも、通じるかどうか分からないという事だ。


「・・・・・店長」

「うん・・・」

「やるだけやってみます・・・いいえ、この闘気で本物の闇だって打ち倒して見せます。だって私は・・・店長の弟子だから!」


握り締めた拳に闘気を漲らせ、レイチェル・エリオットは決意を見せた。
師ウィッカーを真っすぐに見るその黒い瞳には、揺るぎない強い意思が宿り、レイチェルの覚悟が伝わってくる。



「・・・レイチェル・・・・・これを渡しておく」

自分を慕いこれまで付いて来てくれたレイチェル。
これからの戦いにも強い決意を語ってみせた愛弟子に、ウィッカーは優しく微笑んで見せた。

そしてレイチェルの手をそっと掴むと、その手の中に小さな革袋を握らせた。


「・・・店長、これは?」

握らされた革袋の中を見ると、いくつかの小さな石が入っていた。
丸くて青みがかったその石は、一見すると宝石のようにも見える。

「転移石だ」

「え?・・・てんいせき?・・・」

ウィッカーの口にした言葉に、レイチェルは袋から顔を上げて、少しだけ眉根を寄せた。
馴染みの無い言葉に、それがどういう物なのか掴めていないのだ。


「ああ、転移石だ。簡単に説明すると、一瞬で違う場所に移動できる魔道具だ。俺が以前話した戦争の歴史で、テリーとアンナの戦いを覚えているか?」


「はい、皇帝と戦った二人ですよね・・・え?まさか、店長・・・」

「思い出したようだな。そうだ、皇帝を師団長から引き離し、決戦の場に飛ばしたアンナの魔道具だ。過去も現在も、転移の魔道具を完成させたのはアンナ一人だ。俺は二人の戦いを知ってから、その戦いがあった場所に行ったんだ。それを見つけたのは偶然・・・いや、戦いがあって何十年も経っていたんだ、それだけの時間が過ぎたのに、荒野で俺がアンナの魔道具を見つけられたのは、アンナの導きかもしれない・・・・・」

ヤヨイとパトリックの子供であるテリーとアンナは、カエストゥスが敗戦した後、労働力として帝国に連れて行かれた。二人は力をつけながら復讐の機会を伺っていた。
そして青魔法使いだったアンナは、皇帝を撃破しうる条件を整えるために研究を重ね、転移石を完成させたのだった。

「・・・人の想い、というものはすごいですね・・・・・」

ウィッカーがアンナの魔道具を見つけた事は、レイチェルも偶然だとは思えなかった。
復讐のために生きたテリーとアンナだったが、最後は兄を生かすために犠牲になったアンナと、自分の息子を助けるために最後の力を使ったテリー。大切な人のために命を使ったこの二人は、心の奥底では復讐よりも平和を願っていたのではないだろうか。

だからアンナはウィッカーに託したのではないだろうか。
同じカエストゥスの風を感じる事ができる男に、未来の平和を託したのでは・・・・・


「・・・残念ながら、俺が見つけた転移石は一つだけだった。何十年も前に荒野に放置された石が、たった一つ見つかるだけでも奇跡だとは思うがな。だが転移石は一つでは力を発揮しないんだ。転移させる対象を囲むだけの数が必要だからな。だから俺はその一つの転移石を解析して複製したんだ・・・気の遠くなるような年月がかかったがな・・・」

転移の魔道具を完成させたアンナは、間違いなく天才だった。
それはウィッカーの師、ブレンダンでさえ成しえなかった事であり、その力を受け継いだウィッカーでもゼロからは作り出せなかったからだ。
それほど転移魔法、魔道具は実現が不可能とされてきたのだ。


「・・・・・店長、私はこれで何をすればいいのでしょうか?」

この転移石がどれほどの魔道具かは分かる。
そしておそらく、帝国との戦争で使われるのだろうという事も予想できる。

問題は、なぜウィッカーがこれを自分に渡し、どう使うつもりなのかだ。


「帝国の首都ベアナクールまでたどり着いたら、これで俺を呼んでくれ」


「・・・店長・・・はい、分かりました」

レイチェルは全てを理解した。

以前ウィッカーから聞かされていた。
この世界を覆う闇は、カエストゥスの王子タジーム・ハメイドが使った闇魔法黒渦が正体である。
だが今では黒渦に飲み込まれたかつてのカエストゥスの大臣、ベン・フィングの怨念が黒渦と一体と化しているのだ。

だからウィッカーは、ギリギリまで存在を消しておかなければならない。
ベン・フィングのいる帝国に近づけば近づく程、ヤツに気取られるからだ。
そしてベンがウィッカーの存在を捉えた時、ヤツは敵も味方もなく、全てを飲み込もうともウィッカーを捉えようとするだろう。


「すまない、レイチェル・・・俺が最初から出れば、暴走した闇によって国民にまで多大な被害が出るかもしれない。皇帝は俺がやる・・・だからレイチェルは道を作ってくれ。レイチェルならできると信じている」

託された青い石は、想い人からの信頼の証。

信じてもらえる事が嬉しかった。
頼ってもられる事が嬉しかった。
その気持ちが力となって、人は戦う事ができる。


「はい、任せてください。必ずやりとげてみせます」

帝国との決戦に挑む赤い髪の女戦士の胸は、優しい温もりで満ちていた。
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