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1117 アラタの修行

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「倒れないようにはなったか・・・この三か月、よく頑張ったな、アラタ」

両手を膝の上に置いて上半身を支え、肩で大きく息をするアラタに、ウィッカーは労いの言葉をかけた。

「ハァッ!ハァッ!ゼェッ・・・ハァッ・・・」

「お前の光の力は生命エネルギーだ。光の力を使い切った後は、いつも指一本も動かせないくらいに消耗すると聞いていたが、そのままではリスクが大き過ぎる。だからエネルギーの源である心身を徹底的に鍛え直し、力を付けさえる事を重視した。どうだ?限界まで力を使っても、動けない程ではないだろう?」

「ハァッ、ハァッ・・・ぜぇ・・・はぁ・・・て、店長・・・」

呼吸を落ち着かせながら、何か言いたげにウィッカーに顔を向ける。
ウィッカーの言う通り、頭を動かせるのだから、以前と違い指の一本も動かないという程ではない。
質問に対する返事はなかったが、自分に目を向けた事を見て取ると、ウィッカーは言葉を続けた。


「お前の修行は二点。まず光の力に対応できる体を作る事。そして光の力をより効果的に使いこなす事。この二つだ。今日までの修行で、体の基礎はできたと考えていい。光の力がどれだけ生命エネルギーを消耗するかは俺も理解しているつもりだ。この三か月でよくここまで体を作った」

「はぁ・・・はぁ・・・店長が・・・鬼のように鍛えてくれたからですよ・・・本当に、何回死ぬと思ったか・・・・・」

「そのオニというものを俺は知らないが、ヤヨイさんもたまに口にしていたな・・・オニのように忙しいとか、オニのように大変だったとか、お前の故郷の空想上の生物らしいが、キツイ時に出てくる言葉のようだな?」

腕を組んで、しげしげとアラタを見るウィッカー。

「・・・まぁ、そんな感じですね・・・それで、一つは合格みたいですけど、もう一つはどうなんですか?」

ようやく呼吸が落ち着いたアラタは、両膝を、パン!と叩いて上半身を起こした。
光りの力を使うための体作りはできた。だがもう一つ、光の力の効果的な使い方はどうなのか?

しかしアラタはウィッカーに訪ねてはいるが、それの合否をどうやって決めるのかは、すでに十分承知していた。


「それは聞くまでもないだろう?これまで通りだ」

そう答えると、ウィッカーの両手が光輝き出した。
ウィッカーが光魔法の研究の過程で生み出した、闇に通じるもう一つの力、闘気である。

まだ少しは動けるだろ?そう言うと、やや肘を曲げ、左手は顔の前、右手は腰の上、両手の平をアラタに向ける形で構えた。


「・・・そうですね。じゃあ、これまで通り、全力でいかせてもらいます」

右足を後ろに引き、左半身に体を構えた。
右手は顔の横で拳を握り、左腕は肘を少し曲げて、拳を軽く握り前に出す。

そしてその両の拳に光は無かった。


「アラタ。この三か月あまりで、力の使い方にも大分慣れてきたとは思う。だが、まだ硬さがあるな。光はお前の体の一部だと思え。呼吸と同じだ。力まず自然に使えて当然だと思うんだ」

「・・・これまで何度も教えられてきましたけど、俺にできますか・・・いや、やるしかないですよね、やらなければ店長には一生一発も入れられないでしょうし、村戸さんにも勝てない」

「その通りだ。アラタ、自信を持て。拳はお前の最大の武器なんだろ?これまで拳一つに打ち込んで来た自分を信じろ、できるはずだ」


これからアラタがやろうとしている事は、攻撃が当たる瞬間にだけ光の力を開放するというものである。

攻防の中で、光を出すか消すかの判断を瞬時に行う事の難しさは、ウィッカーも百も承知である。
頭で考えるよりも、むしろ慣れが必要な面が大きいだろう。

この数か月でそれなりにスムーズに行えるようになってきた。
だが光を発動する際の一瞬の力み、それが問題だとウィッカーは指摘していた。


力量に差がある相手ならばそれでも勝てるだろう。
だが格上や実力が拮抗した相手であれば、それは致命的な弱点であり、命取りになる。


「アラタ、その力みをどうしても消せないのであれば、これまで通り最初から光の力を発動させて戦った方がマシだろう。だがこれを自分のものにできれば、お前は何倍も強くなる・・・」

そこで言葉を切ると、ウィッカーはアラタの目をまっすぐに見据えた。

かかってこい・・・言葉には出さないが、ウィッカーの目はそう言っている。


「・・・いきます」

アラタは心を落ち着けるように一つ息をついた。そして一言呟くと、意を決して地面を蹴った。





「あまい!」
「まだ力んでいるぞ!」
「集中しろ!光を体の一部として捉えるんだ!」

足を払われ転ばされる。拳を躱され掌打を腹に入れられる。腕を掴まれ投げ飛ばされる。

アラタが何発拳を繰り出そうと、ウィッカーはそのことごとくをさばき、そして何度もアラタを倒してのけた。

百回やろうが、千回やろうが絶対に勝てない。
いや、勝てないどころか、パンチの一発さえ入れる事ができない。

ウィッカーは、あまりにも圧倒的な力の差を見せつけた。



「・・・そうだ、立て・・・」


数えきれない程倒され、もはや立ち上がる事もできないだろうと思われた。
だがアラタは立ち上がった。

膝を掴み、ふらつく足に力を入れて、無理やり立ち上がった。

「ハァッ!ハァッ!ゼェッ!ハァッ!」


「・・・限界か、だが力を使い果たした先に見えるものもある・・・」

気力を振り絞って立ち上がる事はできた。だがスタミナはすでに底をついている。

とても戦える状態ではない。
だがウィッカーは何か思惑があるのか、あと一度だけ拳を交える事を受け入れた。

そして次に倒したら、そこで今日の訓練は止めるつもりだった。



体は重く、目も虚ろだ。もう横になりたい。
疲労はとうに限界を超え、休息を求めて体が悲鳴を上げていた。

だがアラタは顔を上げて、立ち向かうべき相手をその目に映した。


今日こそ・・・一発いれるんだ・・・・・
できる事は全部やった・・・・・こんなに努力したのは生まれて初めてだ。
帝国との決戦の日まで、もうあまり時間がない・・・・・
俺だけ、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかないんだ

今日こそ・・・今日こそ・・・・・・・


「勝つ」


力の入らない足で地面を蹴った。アラタの最後の攻撃である。




・・・遅い、やはり限界だな。

もはや動きにキレも無く、構えさえ満足にとれないアラタを見て、ウィッカーは一発で眠らせてやろうと考えた。


・・・やはりいつも通り左拳からか、これを躱し、次に来る右拳を掴んで投げて・・・!?


アラタの左ジャブを一歩下がって躱し、次いで飛んでくる右拳、その手首を掴もうと右手を伸ばした時、ウィッカーの目が見開かれた。


「っ!?」








「・・・はぁ・・・はぁ・・・・・」

雪原の上に倒れ見上げる青い空。もう何度この形で空を見た事だろう。


「・・・最後の一撃は見事だった。アラタ、どうやらモノにできたようだな?」


「はぁ・・・はぁ・・・よく、分からないです・・・でも、最後は全然力が入らなくて・・・それで、一番楽に打てるパンチを打ったんです・・・そしたら・・・・・」

見上げるウィッカーの右の頬は、パックリと切れて鮮血が流れ落ち、真っ白な雪原に赤い色を付けていた。

「ああ、こうして一発もらってしまったな。アラタ、合格だ。その感覚を忘れるなよ」

右の頬に手を当て癒しの魔力を使う。すると淡い光と共に傷口が塞がっていった。


「店長・・・ありがとうございます」

「ん、なにがだ?」


「最後の最後・・・本当に力が入らなくて、何も考えられなくて・・・それで、余計な力が全部抜けたんだと思います・・・店長は、俺がその感覚を掴めるようにするために、ギリギリまで追い込んでくれたんでしょ?」

最後に繰り出した一発は、理想的な形で力が抜けて、拳がウィッカーの頬の触れる瞬間に光が発せられた。
ウィッカーがアラタに求めていたものが、実現された瞬間だった。


「・・・さてな、俺はいつも通りしごいただけだ。お前が力の使い方を掴めたのは、お前がこの訓練に精一杯打ち込んだからだ。アラタ、胸を張れ。誇っていい事だ」

頬の傷が塞がると、ウィッカーは倒れているアラタに右手を差し伸べた。


「立てるか・・・」

「・・・はい」


その手を掴み、アラタは実感した。

日本で自分にボクシングを教えてくれた村戸修一。

そしてここ異世界クインズベリー国で、自分を鍛え力の使い方を教えてくれたウィッカー・バリオス。

自分には二人の師がいるのだと。


「・・・店長、俺頑張ります」

「ああ、期待しているぞ、アラタ」



立ち上がり、今一度心に刻んだ。絶対にこの戦争に勝つと。

そして村戸修一の心を取り戻して見せると・・・・・
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