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1116 カチュアの修行
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「店長・・・えっと、この炎が風の精霊さんなんですか?」
午後の晴れやかな日差しの中、目の前に浮かぶ緑色の炎を目にし、カチュアは戸惑いながらウィッカーに訊ねた。
「そうだ、その緑色の炎が風の精霊だ・・・やはりカチュアは心が綺麗だな、こんなにすぐに風の精霊が認めるのは、ヤヨイさん以来か・・・」
「いえ、そんな、私なんて・・・でも、認めてもらえるのは嬉しいですね」
ストレートに褒められ、カチュアは照れたように顔の前で両手を振る。
「いや、これは事実なんだ。精霊は心を見る。ジョルジュが言っていたんだが、赤子の頃は誰でも精霊と触れ合えるそうだ。だが成長し物心がついてくると、だんだん精霊の声が聞こえなくなり、大人になると精霊と心を通じ合える人間はほんの一握りらしい。成長するにつれて、魂が汚れていく人が多いという事だな。純粋で穢れの無い精神の持ち主でなければ、精霊とは分かり合えないという事だ」
ウィッカーから聞かされた精霊の実態に、カチュアは関心を持ったように頷いた。
「そうなんですか・・・あの、それでしたら、帝国はどうなんですか?」
ウィッカーはカチュアの質問の意図をすぐに理解した。
侵略戦争をしかけるような国が、なぜ火の精霊の加護を受けているのかと言うのだ。
「ああ、前にも話したと思うが、火の精霊だけは違う。火の精霊は好戦的で、平和よりむしろ争いを好む。だから帝国のように野心的で暴力が生きる国は、火の精霊には都合が良いくらいなんだ」
「どうして火の精霊さんは戦いを好むのですか?他の精霊さん達のように、平和を願ってくれれば争いなんて起きないのに・・・」
カチュアが悲し気に眉を下げると、ウィッカーは腕を組みながら顎に手を当て、どう答えるべきか少しの間思案した。
「・・・これは、俺が師匠から聞いた話しなんだがな・・・」
そう前置きをして、ウィッカーは話し出した。
何千年、何万年もの昔・・・人間が誕生するより以前は、火の精霊も他の精霊と同じく平和を愛していたそうだ。
地上には適切な温もりを与え、寒い冬には凍えそうな動物達を暖かく癒していたという。
きっかけは人類が誕生した事だった。
大自然に囲まれた美しい国カエストゥス。
豊潤な大地の恵みを受ける国クインズベリー。
母なる海がもたらす、無限の如き水産資源を持つ国ロンズデール。
この三国に生まれた人間は、その土地の持つ糧を頼りに、自立して生きる術を得た。
樹々があれば家が作れる。恵の大地があれば作物が育つ。海に出れば魚が獲れる。
だが火の国ブロートン帝国で、最初に皇帝の座についた男が選んだ道は奪う事だった。
今でこそ帝国は人が住める地となったが、当時は荒野と砂漠が広がった不毛の土地だった。
そして得られる加護は火であり、鉄だけは余る程にあった。人々は当然のように武器を作り、生きるために狩りに出た。
まだクインズベリーもロンズデールも国としての体を成していなかった頃、ブロートン帝国は圧倒的な武器と人の数を持って、殺戮を繰り返しながら領土を広げて行った。
殺戮のためだけに火を起こし、その火で作られた武器によって命を奪う。
殺す者の醜く残酷な心。殺される者の恨みと憎しみ。そうしたドス黒い負の感情は、長い年月をかけて火の精霊を侵食していった。
「そしていつからか、火の精霊は争いを好むようになった。鍋や包丁、人の生活に必要な物を作っていれば火の精霊も歪む事はなかっただろう。だが帝国は殺戮のための道具を作り過ぎたんだ。カチュア・・・人と精霊は共存して生きるものだ。人の心が憎悪に満ちていれば、精霊も影響を受ける。その逆も然りだ・・・これが火の精霊が戦いを好むようになった理由だ。全ては人間の業だ・・・」
ウィッカーから聞かされた話しは、カチュアに少なくないショックを与えていた。
カチュアは優しい。優し過ぎると言っていいくらいだ。他人の悩みを自分の事のように考えて、親身に相談に乗るくらいである。
今聞かされた話しも、遠い昔の事とは思っていない。そんな争いの歴史が今も続いている事に、胸を痛めている。
「・・・悲しい、お話しですね。店長・・・火の精霊さんを救う方法はないのでしょうか?」
「・・・火の精霊を、救う・・・?」
ずっと黙って話しを聞いていたカチュアの口から出た言葉は、ウィッカーの予想だにしないものだった。
問い返すと、カチュアはウィッカーの目を真っすぐに見て、自分の気持ちを口にした。
「はい。だって元々は火の精霊さんも、平和を願う優しい精霊さんだったんですよね?それなのに悪い影響を受けて、何千年も何万年も争いのために生きているなんて悲し過ぎます。私は火の精霊さんを元の優しい精霊さんに戻してあげたいと思います」
「・・・そんなにふうに考えた事、俺は一度もなかった・・・カチュア、本当にキミは優しいな・・・」
火の精霊を救いたい。
その想いを聞いたウィッカーは驚きよりも、その心根の深さに感動さえ覚えた。
そして可能性を答えた。
「・・・確証はないが、祈りが通じれば精霊の心を変えられるかもしれない」
「祈り・・・ですか?」
「そうだ。さっき話したように、精霊は人の心を見る。今は帝国の邪悪な心に染められてしまったが、それを上回る綺麗な心と通じる事ができれば、あるいは・・・・・」
可能性は極めて低いがな、そう付け加えて言葉を締めた。
何千年、何万年と受け続けた殺意と憎悪、悪意に染まりきった火の精霊を今更変える事など、不可能としか思えない。
だがウィッカーは・・・目の前で慈愛に満ちた表情で微笑むカチュアを見て、懸けてみたくなった。
「店長、私やってみます!だって、火の精霊さんにも平和を願ってほしいから」
「・・・分かった。カチュア、精霊について俺が知る全てを教えよう。理解が深まればそれだけ精霊と一体になれる」
カチュア・・・
この戦争を本当の意味で終わらせる事は、キミの言う通り火の精霊をも救ってこそなのかもしれないな。
俺はキミに魔法を教える事ができて誇りに思う。
その優しさをいつまでも変わらず持ち続けてくれ。
決戦までの残りの時間で、カチュアと精霊の意識を可能な限り通じ合わせてみせよう。
午後の晴れやかな日差しの中、目の前に浮かぶ緑色の炎を目にし、カチュアは戸惑いながらウィッカーに訊ねた。
「そうだ、その緑色の炎が風の精霊だ・・・やはりカチュアは心が綺麗だな、こんなにすぐに風の精霊が認めるのは、ヤヨイさん以来か・・・」
「いえ、そんな、私なんて・・・でも、認めてもらえるのは嬉しいですね」
ストレートに褒められ、カチュアは照れたように顔の前で両手を振る。
「いや、これは事実なんだ。精霊は心を見る。ジョルジュが言っていたんだが、赤子の頃は誰でも精霊と触れ合えるそうだ。だが成長し物心がついてくると、だんだん精霊の声が聞こえなくなり、大人になると精霊と心を通じ合える人間はほんの一握りらしい。成長するにつれて、魂が汚れていく人が多いという事だな。純粋で穢れの無い精神の持ち主でなければ、精霊とは分かり合えないという事だ」
ウィッカーから聞かされた精霊の実態に、カチュアは関心を持ったように頷いた。
「そうなんですか・・・あの、それでしたら、帝国はどうなんですか?」
ウィッカーはカチュアの質問の意図をすぐに理解した。
侵略戦争をしかけるような国が、なぜ火の精霊の加護を受けているのかと言うのだ。
「ああ、前にも話したと思うが、火の精霊だけは違う。火の精霊は好戦的で、平和よりむしろ争いを好む。だから帝国のように野心的で暴力が生きる国は、火の精霊には都合が良いくらいなんだ」
「どうして火の精霊さんは戦いを好むのですか?他の精霊さん達のように、平和を願ってくれれば争いなんて起きないのに・・・」
カチュアが悲し気に眉を下げると、ウィッカーは腕を組みながら顎に手を当て、どう答えるべきか少しの間思案した。
「・・・これは、俺が師匠から聞いた話しなんだがな・・・」
そう前置きをして、ウィッカーは話し出した。
何千年、何万年もの昔・・・人間が誕生するより以前は、火の精霊も他の精霊と同じく平和を愛していたそうだ。
地上には適切な温もりを与え、寒い冬には凍えそうな動物達を暖かく癒していたという。
きっかけは人類が誕生した事だった。
大自然に囲まれた美しい国カエストゥス。
豊潤な大地の恵みを受ける国クインズベリー。
母なる海がもたらす、無限の如き水産資源を持つ国ロンズデール。
この三国に生まれた人間は、その土地の持つ糧を頼りに、自立して生きる術を得た。
樹々があれば家が作れる。恵の大地があれば作物が育つ。海に出れば魚が獲れる。
だが火の国ブロートン帝国で、最初に皇帝の座についた男が選んだ道は奪う事だった。
今でこそ帝国は人が住める地となったが、当時は荒野と砂漠が広がった不毛の土地だった。
そして得られる加護は火であり、鉄だけは余る程にあった。人々は当然のように武器を作り、生きるために狩りに出た。
まだクインズベリーもロンズデールも国としての体を成していなかった頃、ブロートン帝国は圧倒的な武器と人の数を持って、殺戮を繰り返しながら領土を広げて行った。
殺戮のためだけに火を起こし、その火で作られた武器によって命を奪う。
殺す者の醜く残酷な心。殺される者の恨みと憎しみ。そうしたドス黒い負の感情は、長い年月をかけて火の精霊を侵食していった。
「そしていつからか、火の精霊は争いを好むようになった。鍋や包丁、人の生活に必要な物を作っていれば火の精霊も歪む事はなかっただろう。だが帝国は殺戮のための道具を作り過ぎたんだ。カチュア・・・人と精霊は共存して生きるものだ。人の心が憎悪に満ちていれば、精霊も影響を受ける。その逆も然りだ・・・これが火の精霊が戦いを好むようになった理由だ。全ては人間の業だ・・・」
ウィッカーから聞かされた話しは、カチュアに少なくないショックを与えていた。
カチュアは優しい。優し過ぎると言っていいくらいだ。他人の悩みを自分の事のように考えて、親身に相談に乗るくらいである。
今聞かされた話しも、遠い昔の事とは思っていない。そんな争いの歴史が今も続いている事に、胸を痛めている。
「・・・悲しい、お話しですね。店長・・・火の精霊さんを救う方法はないのでしょうか?」
「・・・火の精霊を、救う・・・?」
ずっと黙って話しを聞いていたカチュアの口から出た言葉は、ウィッカーの予想だにしないものだった。
問い返すと、カチュアはウィッカーの目を真っすぐに見て、自分の気持ちを口にした。
「はい。だって元々は火の精霊さんも、平和を願う優しい精霊さんだったんですよね?それなのに悪い影響を受けて、何千年も何万年も争いのために生きているなんて悲し過ぎます。私は火の精霊さんを元の優しい精霊さんに戻してあげたいと思います」
「・・・そんなにふうに考えた事、俺は一度もなかった・・・カチュア、本当にキミは優しいな・・・」
火の精霊を救いたい。
その想いを聞いたウィッカーは驚きよりも、その心根の深さに感動さえ覚えた。
そして可能性を答えた。
「・・・確証はないが、祈りが通じれば精霊の心を変えられるかもしれない」
「祈り・・・ですか?」
「そうだ。さっき話したように、精霊は人の心を見る。今は帝国の邪悪な心に染められてしまったが、それを上回る綺麗な心と通じる事ができれば、あるいは・・・・・」
可能性は極めて低いがな、そう付け加えて言葉を締めた。
何千年、何万年と受け続けた殺意と憎悪、悪意に染まりきった火の精霊を今更変える事など、不可能としか思えない。
だがウィッカーは・・・目の前で慈愛に満ちた表情で微笑むカチュアを見て、懸けてみたくなった。
「店長、私やってみます!だって、火の精霊さんにも平和を願ってほしいから」
「・・・分かった。カチュア、精霊について俺が知る全てを教えよう。理解が深まればそれだけ精霊と一体になれる」
カチュア・・・
この戦争を本当の意味で終わらせる事は、キミの言う通り火の精霊をも救ってこそなのかもしれないな。
俺はキミに魔法を教える事ができて誇りに思う。
その優しさをいつまでも変わらず持ち続けてくれ。
決戦までの残りの時間で、カチュアと精霊の意識を可能な限り通じ合わせてみせよう。
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