上 下
1,111 / 1,263

1100 怒る仲間達

しおりを挟む
・・・リカルド、ありがとう。
あんたは一人であの水を引き受けてくれた。お店を護って反撃するには、それしかなかったかもしれない。ひねくれてるくせに、たまに損な役回りをしてくれるよね。

そしてあんたはアタシに反撃を託した。この一瞬は絶好の機会。
今の水で分かる。この女はだいぶ面倒くさい魔道具を持ってる。長引かせると被害が拡大する。早々に終わらせた方がいい。


アタシは右足で地面を蹴ると、上半身を低くしてこの銀髪の女の足元に飛び込んだ。
アラタから教わったボクシングのステップだ。

体の真ん中に鉄の棒が入ったイメージで、重心をブレさせない。それができるようになってから、動きながらでも安定して強いパンチが打てるようになった。

そしてこれはアタシが得意としているパンチ。

最初にアラタに見せた時、アラタはポカンとした顔で固まっていた。
理由を聞くと、アタシが見せたパンチはカエル飛びアッパーと言うらしく、実際にある種類のパンチらしい。だけど試合ではまず使われないパンチのようだ。

だからそんなパンチを、ボクシングを知らないアタシが使った事が、驚きでしかなかったらしい。


ステップインは鋭いし、足のバネも強い。ユーリにはカエル飛びが合ってるんだな。


そう言ってアラタはアタシのボクシングを認めてくれた。
試合で使われないなら、このカエル飛びは効率的でないとか、色んな理由で使い難いパンチなんだろう。でもアラタはそういう事は何も言わず、アタシのボクシングスタイルを認めてくれた。

一撃必殺のカエル飛びアッパー!
シャクールの顎だって割ったこのパンチで、あんたの顎も割ってやる!

「ヤァァァァァァーーーーーーーーーーッツ!」




ユーリの左拳がルーシーの顎を打ち抜こうとしたその時、銀髪の女の青い瞳が鋭い光を放った。

「ッ!?・・・み、ず?」

「・・・正直危なかったぞ。私に水の壁を使わせるとはな」

ルーシーの顎を砕くはずだったユーリの左拳は、あと拳一つ分で届く顎スレスレのところで、突如出現した分厚い水の塊によって受け止められていた。

打ち抜こうと力を込めて押しても、水はまるで鉄のように硬く、殴った自分の拳の方が痛いくらいだった。

接近を許してしまったが、必殺の一撃は止めてみせた。
場の主導権が再びルーシーに移る。

「教えてやろう、これが私の魔道具、水流のマントの力だ。このマントは浴びた水を無尽蔵に吸収し、吸収した水は装備している者の意思で、自由に放出する事ができる」

そこで言葉を区切ると、ルーシーは右手の平をユーリの腹部に当てた。

「ッ!」

「強く圧縮した水は鉄のように堅くもできる。拳を止める事なんて造作もない。そしてこういう使い方もできる」

「ウァッ・・・・・・!」

ルーシーの右手から放出された水は、まるでロープのようにユーリの体をグルグルと巻き付ける。
そしてそのまま天井高くにまで持ち上げた。

「どうだ?なかなか良い眺めなんじゃないか?」

「くっ、こ、この!」

力任せに水のロープを外そうともがくが、水はユーリの体を縛りつつも、力の流れに合わせるように動くため全く外せそうになかった。

「無駄だ。私の水は絶対に外せない。さて、体力型ならこの高さから落ちても死ぬ事はないだろうが、ちょっと痛い目はみてもらおうか。しかしさっきの身のこなし・・・お前かなり身軽のようだな?」

レイジェスの天井までの高さはおよそ4メートル。日本の住宅を基準に例えるならば、二階建ての屋根辺りである。打ちどころが悪ければ命を落とすが、足から落ちれば助かる可能性は高いだろう。

ルーシーはユーリを殺そうとまでは考えていなかった。
だが邪魔をするのであれば、動けなくなる程度には痛めつける。そのつもりだった。

「くぅぅっ!このっ!この水外せない!」

「このまま落としても綺麗に着地して反撃をしてきそうだ。よし、やはりこうするのが一番だな」


ルーシーが右手を頭上に掲げてグルリと円を描くように回すと、それに合わせて水のロープも回り出した。

「う、うわぁぁぁぁぁ!」

水のロープの先端に巻きつけられたユーリは、天井付近でグルグルと振り回された事で、銀髪の女ルーシーが自分に何をしようとしているか察して悲鳴を上げた。

「このまま下に叩きつけてやる!なぁに、死ぬ事はないだろう!骨の一本や二本は覚悟してもらうけどね!」

ニヤリと笑い、勢いよく床に向かって右手を振り下ろした!




「むっ!?」

空気を斬り裂く鋭い音をルーシーの耳が捉えた。
考えるよりも先に首を振った次の瞬間、風の刃が頬をかすめていった。

「ウインドカッターか!」

風の刃を躱した事でバランスを崩し、右手から伸びる水のロープが緩んだ。

縛られてもがいていたユーリだったが、力を込める方向に合わせて動いていた水のロープに隙間ができ、放り投げられる形で空中に舞った。


「おっと!」

予期せぬタイミングで拘束が解け、うまく体勢を整える事ができなかったユーリだったが、黒髪の男が後ろから飛び出して両腕で受け止めた。


「アラタ!」

「ふぅ、危なかったなユーリ」

アラタがユーリを抱えたまま着地すると、ユーリは慌てたようにアラタの腕から飛び降りた。

「リカルド!リカルドは!?」

さっき自分をかばって水の鞭の直撃を受けたリカルド。
水が破裂したあの大きな音が、ユーリの耳にまだ残っていた。大怪我を負っていたなら、すぐに治療を始めなければならない。

「落ち着けユーリ、大丈夫だ。カチュアも一緒に来ている。カチュアだけじゃない、みんなだ。全員ここにいる」

取り乱すユーリを安心させるように、アラタはゆっくり、そして優しい声でユーリの目を見ながら語り掛けた。


「ユーリ、リカルド君は大丈夫だよ!」

アラタとユーリから離れて、カチュアがリカルドを横たわらせてヒールをかけていた。
カチュアは大丈夫だと言っているが、動かず横になっているところを見ると、気は失っているのだろう。

そしてその隣には、二人を護るようにジーンが立っていた。

「アラタ、ユーリ、二人の事は心配しないでいい。もしもの時は僕が護る」

例えここまで攻撃の余波が来ても、カチュアとリカルドの身は自分が護る。
ジーンは油断なく銀髪の女を見据え、いつでも結界を張れるように魔力を研ぎ澄ませていた。


「お客さんは事務所から帰してきたよ・・・」

事務所側の通路からケイトが歩いて来た。その声には怒りが滲んでおり、この騒ぎの原因である銀髪の女を鋭く睨み付けた。

「やってくれたよねぇ・・・喧嘩売るにしてもさぁ、まさかお客さんまで巻き込むなんてねぇ。アタシ、久しぶりに本気でムカついたよ」

黒い鍔付きキャップを指で弾く。そしてケイトの後ろからは、赤い髪の女戦士が顔を見せた。

「おい、そこの銀髪・・・これ、どういう事か説明してもらおうか?」

レイジェス副店長のレイチェル・エリオットは、静かだが殺気すら混じった言葉を口にした。



「・・・お前達に用はない。私が探しているのは、ジャレット・キャンベルとシルヴィア・メルウィーだ。なかなか出てこないから、少し暴れさせてもらったよ。だが・・・やっと出て来たようだな」

ルーシー・アフマダリエフは、切られた頬から流れる血を指で拭うと、正面の通路奥から出て来る一組の男女に目を向けた。


「あら残念、スパっと首を飛ばすつもりだったんだけど、手元が狂っちゃたかしら?」

ウェーブがかった白に近い金色の髪を耳にかけて、シルヴィアは小首を傾げた。

「おいおいシーちゃん、いろいろ聞かなきゃならねぇんだから、いきなり殺そうとすんなよな?万引きと一緒だ。とりあえず事務所に連行して、逃げられねぇように回り固めて詰めんだよ」

シルヴィアをたしなめるジャレットだが、眉間にシワを寄せて青筋を浮かべたその表情は、とっくにブチ切れていた。


「日焼けした肌、パーマがかった金髪、鼻と耳にピアスの男。色白で、白に近いウェーブがかった金髪、青い瞳の女。なるほど、人相書きと一致するな。貴様らがジャレット・キャンベルとシルヴィア・メルウィーだな?」

「あら、どこかでお会いしたかしら?お店を荒すようなお行儀の悪い人に、知り合いはいないんだけどね」

「まぁいいじゃねぇか、とりあえずこいつを捕まえて、それから動機と素性を調べて・・・ん?」

前に出ようとするジャレットの前に、シルヴィアが手を伸ばして制しをかけた。


「ジャレット・・・この子は私に任せてくれない?女同士、キツく注意してあげるわ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...