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1093 宴会 ②

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「店長、今日は来てくれてありがとうございます。でも、忙しかったんじゃないですか?」

ウィッカーの隣に座るレイチェルは、大皿から料理を取り分けると、どうぞと言ってウィッカーの前に置いた。

周囲の喧騒を他所に、端の席に座るレイチェルとウィッカーの二人の間には、静かな時間が流れていた。


「ああ、ありがとう。まぁ、色々話し合って詰めていく事はあるが、城の修復も済んだし、俺がいなくても回るようにはなっている。これからは店に顔を出せる日も増えるだろう」

「そうなんですか・・・あの、体は大丈夫ですか?」

「体・・・レイチェルは、俺が病気にでも見えるのか?」

「あ、いえ、そういうわけではないんですが・・・・・」

体調を聞かれたウィッカーは、僅かな時間目を閉じると、落ち着いた声でレイチェルに聞き返す。

顔色が悪く見えるわけではない。
そしてじっとレイチェルを見つめる様子からは、思い当たる節は無いように見える。


「・・・止めていた時間を動かしたんですよね?・・・その影響があるんじゃないんですか?」

だがレイチェルは、一歩踏み込んだ。

おそらく何かあっても、ウィッカーが自分から口にする事はない。
そして顔色を見る限り、今すぐ何かがあるという事でもないのだろう。

けれど何もないはずが無い。

根拠はないが、レイチェルの直感がそう言っていた。


「レイチェル、心配してくれてありがとう。だけど本当に大丈夫だ・・・俺はこの通り元気で健康だよ」

ウィッカーが笑って見せる。

自分に心配をかけないようにするためだ。
それが分かるからこそ、レイチェルはそれ以上の追求をする事ができなかった。


「・・・分かりました。でも店長、私で何か力になれる事があったら、いつでも言ってくださいね」

「ああ、もちろんだよレイチェル、頼りにしてる」

「・・・はい、じゃあ食べましょうか」

それ以上この話題を口にはせず、二人は食事を再開した。

ウィッカーが言うように、体に異変は無さそうに見える。
話した感じもいつも通りで、何もおかしなところはない。
ウィッカー自身も否定しているし、本当にただ心配し過ぎているだけなのかもしれない。


けれどどんなに大丈夫だと、自分を納得させようとしても、レイチェルは心に生まれた懸念を払拭する事はできなかった。


・・・・・店長、本当に大丈夫なんですか?





宴会が始まって二時間程経った。
ジャレットとガラハドはまだ飲んでいるが、食事もほとんど終わって、後は各々が話し込んでいるような状態になっていた。

「アラタ君、また考え事?」

カチュアは隣に座るアラタの顔を覗き込んだ。

「あ、カチュア・・・ごめん」

話しかければ返事をする。料理にも箸をつけている。一見普通に見える。
だが生活を共にしているカチュアには、アラタの様子は明らかにいつもと違って見えた。
アラタにも自覚があったのか、カチュアに問いかけられて、ごまかす事はしなかった。

「謝らなくていいよ。でも、何を考えてるのかは教えてほしいな。だって、あんまり良くない事なんでしょ?」

「え・・・分かるの?」

言い当てられて、アラタは目を瞬かせた。
心配をかけないように普通にしていたつもりだったが、確かに思い悩んでいたからだ。

「分かるよ。だって、毎日アラタ君を見てるんだもん・・・顔を見れば分かるよ。だからね、一人で悩まないで、話してほしいの。もしかして、パウンド・フォーで会ったニホンの恩人の事?」


「・・・うん・・・どうしても、考えちゃうんだ・・・」

何について悩んでいるかも当てられて、アラタは自分が何を思っているのか、カチュアに打ち明けた。


村戸修一と戦う覚悟を決めたはずだった。

自分は今クインズベリーで生きていて、護るべき大切な人達がいる。
相手が恩人である村戸修一であっても、決して退く事はできない。

だから村戸修一が帝国にいるのならば、戦うしかないのだ。

けれどパウンド・フォーで別れ際、村戸修一がかけてくれた言葉が、頭に残って忘れる事ができなかった。


・・・・・いいパンチだったぜ・・・・・



「・・・村戸さんって、ボクシングには本当に厳しい人でさ。俺は試合で勝っても、褒めるより駄目だしばかりされてたんだ。もっと速く動け、パンチの打ち方があまい、ガードが駄目だ、そんな事ばかり言われてた。でも、あの時・・・最後に背中を向けて、村戸さんが認めてくれたんだ。いいパンチだったって・・・初めてボクシングで俺を認めてくれたんだ」

アラタは自分の拳を見つめながら、胸の内を整理するようにゆっくりと話した。

アラタが話している間、カチュアは時折相槌を打つだけで、決して口を挟む事はしなかった。
溜め込まないで、今ここで全てを出してほしい。迷いを残したまま戦ってほしくない。
それがカチュアの想いだったからだ。


「あの山で戦って分かったんだ。村戸さんは心の底まで悪に染まってはいないって。変わってしまった事は確かだけど、俺の知っている村戸さんもいたんだ。俺と村戸さんは、きっともう一度会う事になる。その時俺は・・・俺は・・・・・」


そこまで言ってカチュアに目をむけると、カチュアはその薄茶色の瞳で、じっとアラタを見つめていた。


「・・・アラタ君のしたいようにしていいと思うよ」


「え?・・・それって、どういう?」

戸惑うアラタに、カチュアは優しく語り掛けた。

「ムラトさんて人の事は、私は知らないけど、アラタ君にとってすごく大切な人だって事は分かるよ。それにムラトさんも、まだアラタ君の大事に想ってるんだなって思うの。だから、アラタ君のしたいようにしていいと思うんだ。会えたらもう一度話してみてもいいと思うの。だって、このままじゃアラタ君、ずっと苦しいままだよ。だから後悔しないようにしてほしい。本当は仲直りしたいんでしょ?」

「・・・カチュア・・・・・うん、俺、おれ・・・・・」


涙ぐむアラタを、カチュアはそっと抱きしめた。


パウンド・フォーから帰って来たアラタは、いつもと同じに見えた。
それが逆に不自然に見えて、カチュアは昨日も今日も、ずっとアラタを見ていた。

二週間以上の遠征の疲労は大きいだろう。
だが、アラタはニホンの恩人と戦ったと言うのだ。カチュアもよく話しには聞いていた、ムラト・シュウイチという、アラタの兄貴分であり恩人とも言える人物なのだ。

そんな大恩ある人が敵として現れ、戦ったというのだ。それで普通でいられるはずがない。


「うん、大丈夫だよ・・・きっとアラタ君の気持ちは伝わると思う。だから、信じて頑張って」


やっぱりアラタは無理をしていた。
辛い気持ちに無理やり蓋をして、自分達のために戦おうとしていたのだ。
でも、それではアラタの心はどうなる?

本当の気持ちをごまかしたまま戦っても、それではアラタの心は救われない。

だからカチュアは、アラタに気持ちを吐き出してほしかった。
こういう時は一度泣いた方がいい。

かつて自分も涙を受け止めてもらった事があるから・・・・・


「アラタ君、辛い時、苦しい時は泣いていいんだよ。私が受け止めるから」


優しく背中を撫でながら、カチュアはしばらくの間、アラタを抱きしめ続けた。
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