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1092 宴会 ①

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「おいおいおい、ガラハドさんよぉ、あんたイケる口だねぇ!」

空いたグラスに酒を注ぎながら、ジャレットが楽しそうに笑う。

レイジェスの営業終了後、レイジェス一行とリンジー達は、クリスの酒場宿に集まっていた。
昨日十分なおもてなしができなかったという事と、遠いロンズデールからはるばる来たリンジー達と、親睦を深めると言う目的である。

「はっはっは!そういうお前こそ強いじゃないか!今度はビリージョーも入れて飲みてぇな」

ガラハドは注がれた酒を一口で飲み干すと、まだまだイケると言うように、ケロっとした表情で笑ってみせた。




「失礼しまーす、焼き鳥の盛り合わせお待たせしました・・・あらぁ、みんなすっかり出来上がってるね」

宴会用の大部屋に入ってきたクリスは、男連中の盛り上がりを見ると、一つ息をついて笑った。

「あ、クリスさんありがとうございます」

カチュアが席を立って、大皿に乗った焼き鳥を受け取りに行く。

「あ、カチュアちゃん、ありがとう。ジャレット君とあの大きいオジさん、すっごい盛り上がってるね」

「あ、はい。ガラハドさんって言うんですけど、お酒大好きみたいなんです。でも普段はなかなか飲めないみたいで、今日はジャレットさんが付き合ってるから楽しいみたいですね」

宴会が始まって一時間、すでにいくつかのグループが出来上がっているが、ジャレットとガラハドが一際声も大きく、実に楽しそうに酒を飲んでいた。

ハメを外し過ぎないかと、カチュアも最初は心配して見ていたのだが、顔色も変わらず飲み続ける二人を見て、今は好きにさせておく事にしたのだ。


「そっかそっか、楽しく飲めてるんなら良いね。ところでミゼル君は?ジャレット君と一緒かと思ったのに、今日は違うんだね?」

クリスはキョロキョロと部屋を見渡し、自分の婚約者を探した。
いつもジャレットとつるんでいて、二人でよく飲みに来るから、今日も一緒かと思ったらその姿が見えなかったのだ。


「あ、ミゼルさんならあそこです」

カチュアが部屋の奥を指差すと、そこにはシルヴィアと向かい合って座っているミゼルがいた。

「あれ?ミゼル君、シルヴィアさんと一緒なんてめずらしい。どうしたんだろ?」

遠目に見ても、楽しく話し込んでいるような雰囲気ではなかった。
だがギスギスとした感じでもなく、なにか神妙な顔をしているミゼルに、シルヴィアがあれこれ言って聞かせているように見える。

「ミゼルさん、今日は最初の一杯しか、お酒飲んでないんですよ」

「え、そうなの?沢山注文入るから、またミゼル君がバカ飲みしてるかと思った」

クリスが驚いたように声を出すと、カチュアは優しい眼差しをミゼルに向けながら、クリスに言葉を向けた。

「完全に禁酒したってわけじゃないんですけど、クリスさんと婚約してから、あんまり飲まなくなったみたいなんです。ジャレットさんと一緒にお酒飲みに行っても、一杯か二杯くらいで止めてるそうです。今日はシルヴィアさんに色々相談してるみたいですよ、これからの事」

「これからの事って?・・・もしかして、私との事?」

その最後の言葉に反応したクリスが、カチュアに顔を向ける。

身長は170cm以上あり、女性にしてはやや長身のクリスに、カチュアは少し見上げる形で目を合わせた。


「はい、結婚の事、真剣に考えてるみたいです。それでシルヴィアさんに、色々話しを聞いてもらってるみたいです。クリスさんを幸せにするためには、どうしたらいいかって。最近は貯金も頑張ってるし、タバコを吸ってるところも見ません。本当に変わりましたよ、ミゼルさん」

レイジェスの女性の中で、シルヴィアは弟妹をよく見る姉のような立ち位置である。
困った時や悩み事がある時、あるいは贈り物を選ぶ時など、カチュアもよく話しを聞いてもらっている。
落ち着きがあり、気配りのできるシルヴィアは、こういう時によく頼られる存在だった。


「・・・ミゼル君・・・私は、ミゼル君が健康でいてくれたら、それでいいのに・・・」

目元に涙が浮かんでくる。
思えば何度タバコを取り上げ、酒を捨てた事だろう。ギャンブルを止めさせるため、給料を取り上げた事だってある。

そんな男、別れちゃえばいいじゃん。と、何度友人に言われただろうか。

けれどクリスは待った。
ミゼルの根っこは真面目である。喧嘩をしても暴力を振るわれた事はなかったし、暴言だって吐かれた事はない。ミゼルはただだらしないだけなのだ。それが分かっているから、クリスは待った。

いつか分かってくれると信じて・・・

婚約を結んだあの日から、少しづつ変わってきているなと感じる事もあった。
だけど、こんなにも一生懸命考えてくれているとは思わなかった。

「・・・クリスさん、今のミゼルさんは、とっても素敵ですよ」

「うん、本当にね・・・・・信じて良かった・・・」


頬を伝い流れる涙は、想いが実を結んだ喜びの雫だった。






「おい、ユーリ、それは俺のホッケだぞ」

ユーリがテーブルの中央にあるホッケに手を伸ばすと、リカルドがジロっと睨みつけた。
宴会が始まってからのリカルドは、誰と話すでもなくただひたすらに食べ続けている。そして食べる事に集中しているかと思えば、テーブルの上の料理の動きには、油断なく目を光らせており、誰かが何かを取ろうとすると、今のように口を出してくるのだ。

しかしユーリには通用しない。

「知らない。目の前のソレを完食してから言って。ガーリックライスに唐揚げ、オニオンリング、ハムカツ・・・どんだけ盛ってるの?すごい偏ってるし」

ユーリはリカルドを一瞥すると、リカルドが抱えている皿の料理、揚げ物オンパレードに眉を潜めた。

「あ?ちゃんと枝豆だって食ってんだろ?」

「・・・胃もたれして苦しめばいい」

呆れたように息を付くと、ユーリはホッケを手元に寄せて、骨を取り始めた。

「あ!おいコラ!俺のホッケって言っただろ!」

「そんなに食べたいなら追加注文すればいい。本当に食い意地ばっかり」

「んだとコラ!」


リカルドがユーリにあれこれ文句を言ってつっかかるが、食べ物でリカルドが騒ぐのもいつもの事なので、特に誰も気にかける事もなかった。

ひとしきり言いたい事を言ったが、ユーリはまるで聞こえていないかのように全く無反応だった。
リカルドも疲れてきたのか、舌打ちをして食事を再開すると、それを待っていたかのようにユーリは一言だけ呟いた。


「あの時はありがとう」


「・・・え?」

突然お礼を言われて、リカルドはわけが分からないと言うように、ぽかんと口を開けている。
ユーリもリカルドに顔を向けず、静かにホッケの骨を取りながら、言葉を続けた。

「・・・パウンド・フォーを降りる時・・・背負ってくれた」

「あ?・・・あぁ、んだよいきなり?兄ちゃんへばってたし、し、しかたねーから・・・おんぶしただけだし」


まさかお礼を言われると思っていなかったリカルドは、モゴモゴと口を動かしながら、目を逸らして言葉を返した。


「うん。でも、ありがとう・・・・・はい、あげる」


ユーリはニコリと微笑んで、またお礼の言葉を口にすると、骨を取り除いたホッケをリカルドに差し出した。


「え・・・・・あ、お、おう・・・いいのか?」


「いい。お礼だから。食べて」


「・・・ありがとよ」

「うん・・・」


口を開けば文句ばかり言っていた二人だった。
だが今日、今この時は、穏やかで優しい空気に包まれていた。
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