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1089 優しい沈黙
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また、同じ夢を見た。
私とイリーナは暗闇の中をしっかりと手を繋いで、後ろから追いかけてくる、緋色の髪の女から走って逃げている。
だけどどんなに頑張って逃げても、結局最後は追いつかれて、イリーナは攫われてしまう。
待って!イリーナを返して!
私はそう必死に声を上げながら追いかけるけど、結局追いつく事はできない。
そして悲し気に微笑むイリーナが、唇を動かして・・・・・
大好きだよ、ルナ
そう言い残したところで目が覚める
「・・・疲れた顔をしているな、またいつもの夢を見たのか?」
ゴールド騎士のフェリックス・ダラキアンは、執務室のソファに腰を掛けながら、テーブルを挟んで向かい側のソファに座る白髪の女性を見た。
小柄で細い指先、そして雪のように白い肌が、儚げな印象を与える。
芯に秘めた強い意思を映す黒い瞳も、今日は力が無く輝きが見えない。
「・・・はい」
闇の巫女ルナは、視線を下げたまま返事をした。
普段のルナであれば、目も合わせずに返事をする事などありえない。
フェリックスは命の恩人であり、今も専属の護衛として、常にルナと行動を共にしている。
万一にも失礼にあたる態度など取るはずがない。
だが、ルナの心は追い詰められていた。
今、フェリックスへの返事で聞こえた声も、辛い心の内を絞り出すような、痛々しい声だった。
クインズベリーの城に部屋を用意してもらい、何一つ不自由のない暮らしをさせてもらっている。
女王アンリエールからすれば、ルナが帝国との戦いにおいて重要人物である事から、手厚く保護をしているという理由なのだが、自分が厚遇を受ければ受ける程、ルナは罪悪感に苛(さいな)まれていた。
自分はこんなに良くしてもらっている。恵まれている。
だけどイリーナは・・・・・・
イリーナの事を考える度に胸が苦しくなる。ルナは自分をずっと責めてきた。
あの時に逃げて本当によかったのか?いくらイリーナが逃げろと言っても、残って二人で戦うべきだったのではないか?
自分自身を攻め続けているうちに、悪夢を見るようになった。
何もできずに、緋色の髪の女にイリーナを攫われ、そして泣き叫んだところで目が覚める。
夜ごとの悪夢はルナを苦しめ続けた。
そしてとうとうルナの心が壊れる寸前まで追い込んだ。
「・・・ルナの友人で、もう一人の闇の巫女イリーナ・・・彼女を捉えたのが帝国軍師団長のスカーレット・シャリフ、だったよね?」
フェリックスはテーブルの上の置かれたティーカップに手を伸ばす。
ほのかなレモンの香りが漂う紅茶を、唇を湿らす程度に少しだけ口に含んだ。
「・・・・・はい」
フェリックスの視線を感じてか、ルナが顔を上げる。
「うん、僕は見た事はないんだけど、かなりキツイ女みたいだね?あ、とりあえず紅茶飲んだら?レモンの酸味が丁度良くて美味しいよ」
フェリックスに促されて初めて、ルナは自分の前に置かれたカップに気付いたように、目を向けた。
「あ・・・はい、いただきます・・・・・」
そっと手を伸ばして、カップを包みこむように取る。
少し冷めてしまっているようだが、まだかすかなに温かみを感じられる。
ルナはゆっくりと口をつけて、レモンの香りのする紅茶を静かに口に含んだ。
「・・・どう?」
「・・・美味しい、です・・・・・う・・・うぅ・・・・・」
「うん・・・美味しいなら良かったよ」
ほのかな甘みがルナの心に染み入り、押し止めていた感情が溢れだしてくる。
頬を伝い流れ落ちる雫は、あの日逃げた後悔・・・そしてイリーナを想う心。
「ルナ、安心してよ。キミの友達のイリーナは、僕が必ず助けるからさ」
そっと手を伸ばして、ルナの頭をポンと撫でた。
「フェ、フェリックス、さま・・・・・あ、ありがとう、ございます・・・」
それからルナが泣き止むまで、フェリックスは何も話さなかった。
ただじっとルナの前に座り、零れ落ちる涙が止まる事を待っていた。
二人の間に言葉はいらなかった。
フェリックスとルナを包み込むもの、それは優しい沈黙だった。
私とイリーナは暗闇の中をしっかりと手を繋いで、後ろから追いかけてくる、緋色の髪の女から走って逃げている。
だけどどんなに頑張って逃げても、結局最後は追いつかれて、イリーナは攫われてしまう。
待って!イリーナを返して!
私はそう必死に声を上げながら追いかけるけど、結局追いつく事はできない。
そして悲し気に微笑むイリーナが、唇を動かして・・・・・
大好きだよ、ルナ
そう言い残したところで目が覚める
「・・・疲れた顔をしているな、またいつもの夢を見たのか?」
ゴールド騎士のフェリックス・ダラキアンは、執務室のソファに腰を掛けながら、テーブルを挟んで向かい側のソファに座る白髪の女性を見た。
小柄で細い指先、そして雪のように白い肌が、儚げな印象を与える。
芯に秘めた強い意思を映す黒い瞳も、今日は力が無く輝きが見えない。
「・・・はい」
闇の巫女ルナは、視線を下げたまま返事をした。
普段のルナであれば、目も合わせずに返事をする事などありえない。
フェリックスは命の恩人であり、今も専属の護衛として、常にルナと行動を共にしている。
万一にも失礼にあたる態度など取るはずがない。
だが、ルナの心は追い詰められていた。
今、フェリックスへの返事で聞こえた声も、辛い心の内を絞り出すような、痛々しい声だった。
クインズベリーの城に部屋を用意してもらい、何一つ不自由のない暮らしをさせてもらっている。
女王アンリエールからすれば、ルナが帝国との戦いにおいて重要人物である事から、手厚く保護をしているという理由なのだが、自分が厚遇を受ければ受ける程、ルナは罪悪感に苛(さいな)まれていた。
自分はこんなに良くしてもらっている。恵まれている。
だけどイリーナは・・・・・・
イリーナの事を考える度に胸が苦しくなる。ルナは自分をずっと責めてきた。
あの時に逃げて本当によかったのか?いくらイリーナが逃げろと言っても、残って二人で戦うべきだったのではないか?
自分自身を攻め続けているうちに、悪夢を見るようになった。
何もできずに、緋色の髪の女にイリーナを攫われ、そして泣き叫んだところで目が覚める。
夜ごとの悪夢はルナを苦しめ続けた。
そしてとうとうルナの心が壊れる寸前まで追い込んだ。
「・・・ルナの友人で、もう一人の闇の巫女イリーナ・・・彼女を捉えたのが帝国軍師団長のスカーレット・シャリフ、だったよね?」
フェリックスはテーブルの上の置かれたティーカップに手を伸ばす。
ほのかなレモンの香りが漂う紅茶を、唇を湿らす程度に少しだけ口に含んだ。
「・・・・・はい」
フェリックスの視線を感じてか、ルナが顔を上げる。
「うん、僕は見た事はないんだけど、かなりキツイ女みたいだね?あ、とりあえず紅茶飲んだら?レモンの酸味が丁度良くて美味しいよ」
フェリックスに促されて初めて、ルナは自分の前に置かれたカップに気付いたように、目を向けた。
「あ・・・はい、いただきます・・・・・」
そっと手を伸ばして、カップを包みこむように取る。
少し冷めてしまっているようだが、まだかすかなに温かみを感じられる。
ルナはゆっくりと口をつけて、レモンの香りのする紅茶を静かに口に含んだ。
「・・・どう?」
「・・・美味しい、です・・・・・う・・・うぅ・・・・・」
「うん・・・美味しいなら良かったよ」
ほのかな甘みがルナの心に染み入り、押し止めていた感情が溢れだしてくる。
頬を伝い流れ落ちる雫は、あの日逃げた後悔・・・そしてイリーナを想う心。
「ルナ、安心してよ。キミの友達のイリーナは、僕が必ず助けるからさ」
そっと手を伸ばして、ルナの頭をポンと撫でた。
「フェ、フェリックス、さま・・・・・あ、ありがとう、ございます・・・」
それからルナが泣き止むまで、フェリックスは何も話さなかった。
ただじっとルナの前に座り、零れ落ちる涙が止まる事を待っていた。
二人の間に言葉はいらなかった。
フェリックスとルナを包み込むもの、それは優しい沈黙だった。
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