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1088 ジーンへの祝福
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時刻は深夜0時を回ろうとしていた。
リンジー達との話し合いを終えた時にはすっかり夜も更けており、アラタ達はいつものように店内に寝袋を並べて横になっていた。
「・・・・・う~ん」
じっと目を閉じていたが、なぜか目が冴えて眠る事ができず、アラタは体を起こした。
昨日パウンド・フォーから戻ってきたばかりで、まだ体の疲れも完全に癒えているとは言えない。
本当であれば、真っ先に眠りに入ってもよさそうなものだった。
隣でイビキをかいているリカルドに目をやる。リカルドも疲れているのだろう、熟睡しているようで、ちょっとやそっとでは起きそうに見えない。
それでもこういう時は気を使うもので、アラタは物音を立てないように立ち上がった。
やはり体は少し重い。あれだけの光の力を使ったんだ、体の芯に抜けきらない疲れがある。
しばらくは無理をせず、体を休めた方がいいだろう。
真っ暗な店内をぐるりを見回した。窓から差し込む月明かりが、店内を淡く照らしてくれるので、発光石を使わなくても歩く事に不便はない。
日本にいた頃もこういう寝付けない時はあった。
あの頃はベランダに出て夜風を浴びたり、外を散歩して気分転換をすれば、その後はぐっすりと眠れたものだが、この世界ではそれはできない。
だからアラタは店内を回る事にした。
女性陣と男性陣は反対方向に分かれている、女性側に行かないようにしつつ、寝ている男達を起こさないように歩くとなると、古着エリアが丁度良かった。
「あ、これまだ売れ残ってんだ・・・これも・・・このシャツ値下げしたのか・・・」
「在庫が多いからね」
天井近くまで高さのある、木製の什器にかけられたシャツを見ていると、ふいに後ろから聞こえた声にアラタは振り返った。
「え、ジーン?なんだ、ジーンも寝付けなかったのか?」
そこには青く長い髪を、後ろで縛ったジーンが立っていた。
ジーンはアラタの質問に答えるようにニコリと笑うと、やはり足音を立てないように、静かにアラタの隣に歩み寄った。
「アラタも知ってるでしょ?パウンド・フォーに行く前から、古着の買い取りが増えてるって。アラタ達がいない間もそれは変わらなかったよ。国を出て田舎に移った人も少なからずいるみたいだし、荷物をかさばらせたくないんだろうね。このシャツだって良い生地を使ってるんだけど、この値段でも売れないんだよ?去年とは売れ行きが全然違うよね」
「ああ、そう言えば・・・でも、あらためて見ると、本当に古着の在庫すごいよな?掛け切らないのがバックヤードにもあるでしょ?値下げしても売れないってんなら、どうすればいいかな?」
「う~ん、古着はジャレットとシルヴィアが見てるからね、あの二人も何か考えてるとは思うよ。とりあえず今は買い取り価格を押さえて、売値を見直してるけど・・・うわっ、これも利益無いような値段だよ」
手に取ったシャツの値札を見ながら、ジーンはアラタに質問に答える。
「こっちもすごいぞ、これも今がこんな状況でなけりゃ、一瞬で売れてるよな」
「うん、考えようにとっては、今が買い時なんだよね。まぁ、あと数か月で戦争が始まるっていう状況じゃ、服どころじゃないんだろうけどね」
残念そうに眉を下げると、ジーンは手にしていたシャツを什器に掛けて戻した。
「ねぇアラタ・・・頑張ろうね」
「・・・急になんだよ?」
月明かりがジーンの横顔を照らす。
ジーンは顔を上げると、自分を照らす月を見つめて言葉を紡いだ。
「来月、ケイトと結婚をしようと思うんだ。こんな時だから悩んだけど、こんな時だからこそ、戦争が始まる前に結婚をしようと思った。ケイトはずっと僕との結婚だけを願って生きてきた、だからその気持ちに応えたいと思って」
ジーンはアラタに顔を向けると、またニコリと笑って見せた。
「アラタ、祝福してくれるかい?」
「当たり前じゃないか!やったなジーン!そうか、ようやく決断したか!」
思わず大きな声が出てしまい、ハッとして慌てて口を押えると、ジーンも口を手を当ててクスクスと笑っていた。
「ハハハ、アラタ、喜んでくれるのは嬉しいけど、ちょっと声が大きすぎるよ?」
「悪い、いや、でも俺も嬉しくてさ・・・ケイトの事は色々聞いてたから、本当に良かったなって」
誰も起きて来ないよな?と確認するように辺りを見回して、物音も何も聞こえない事を確認すると、アラタはジーンに向き直った。
「おめでとう、ジーン。俺、心から祝福するよ」
「ありがとう、アラタ」
ジーンはこの世界に来て、最初にできた男友達だった。
年も同じで話しやすく、ジーンがケイトとの関係で悩んでいる時も、アラタはよく話しを聞いていた。
ジーンがプロポーズをした事は以前聞いたが、来月結婚する事が正式に決まった事は、本当に自分の事のように嬉しく思った。
翌日はレイチェルはリンジー達三人を連れて、シャノンに会いに、アラルコン商会クインズベリー支店に出かける事になった。
商人として、クインズベリーとロンズデールを行き来するシャノンは、両国の交流を結ぶ大切な存在となっている。
パウンド・フォーから戻って来て三日目。
そろそろ城へ行って女王への謁見もすべきなのだが、アルベルト達がすでに報告をすませている事と、リンジー達もだんだん国へ帰らなければならないため、リンジー達を優先する事にしたのだ。
またレイチェル自身、パウンド・フォーから戻って、まだシャノンに顔を見せていなかったため、会って話しがしたい気持ちもあった。
「じゃあ、すまないが店は任せた。夕方くらいには戻るようにするから」
「ああ、こっちは気にしないでゆっくりして来いよ、あ、リンジーさん達もまだ今日はこっちに泊まれるんだろ?」
午前八時、開店前の店の入り口では、レイジェスのメンバー達が見送りに立っていた。
そしてリンジー達と同行するレイチェルは、ジャレットに予定を伝えていた。
ジャレットがレイチェルの隣に立つリンジーに話しをふると、リンジーはコクリと頷いた。
「はい、今日までお世話になります。ご面倒おかけしますが、よろしくお願いします」
微笑みながら一礼をすると、ジャレットはニヤっと頷いて、リンジーの後ろに立つ一際大きな男に顔を向けた。
「よかった、昨日はちゃんとした持て成しができなかったし、店ん中で雑魚寝だったろ?悪いと思ってたんだよ。今日は良い酒場宿取っておくからよ、パーっと飲もうぜ!ガラハドさんよ、あんたイケる口だろ?見るからに強そうだぜ?」
話しを向けられたガラハドは、太い指で顎をつまむと、ニヤっと笑ってジャレットと目を合わせた。
「おぉ、そいつは楽しみだな!リンジーもファビアナもあんまり飲めなくてな、いつも一人晩酌ばかりだったんだ。お前さんが酒好きなら、今夜が楽しみだ」
「ガラハド、楽しみなのは分かるけど、あんまり飲み過ぎちゃダメだよ?」
ファビアナがガラハドを見上げて釘を刺すが、ガラハドは、分かった分かった、と笑いながら言葉を返す。
「あ~、こりゃ絶対分かってないね」
後ろ手に頭を掻きながら、レイチェルが呟く。
「う~ん、私達のお目付けだから、ガラハドってあんまり自由な時間がないのよ。だからこういう時にハメを外したいって言う気持ちは分かるんだけど・・・でもガラハドも今年で53なのよね、いい年だからファビアナも心配なのよ。まぁ、無茶な飲み方しないように私が見ておくわ」
リンジーはしかたないな、と言うように笑って、ガラハドに微笑ましい目を向けた。
10年以上も付き合いがあり、自由気ままに動くリンジーの面倒を見て、ずっと世話をしてきたのはガラハドだった。そんなガラハドには、もはや肉親の情に近いものを感じているのだ。
「さて、じゃあ私達はそろそろ行くよ。みんな、あとは頼むね」
話しの区切りがついたところで、レイチェルが手を振って背中を向けると、リンジー達三人もそれに続いて出発した。
四人の後ろ姿を見送ると、ジャレットが振り返って、両手を、パン!と打ち合わせた。
「よーし!それじゃあ開店だ!今日も一日頑張ろうぜ!」
リンジー達との話し合いを終えた時にはすっかり夜も更けており、アラタ達はいつものように店内に寝袋を並べて横になっていた。
「・・・・・う~ん」
じっと目を閉じていたが、なぜか目が冴えて眠る事ができず、アラタは体を起こした。
昨日パウンド・フォーから戻ってきたばかりで、まだ体の疲れも完全に癒えているとは言えない。
本当であれば、真っ先に眠りに入ってもよさそうなものだった。
隣でイビキをかいているリカルドに目をやる。リカルドも疲れているのだろう、熟睡しているようで、ちょっとやそっとでは起きそうに見えない。
それでもこういう時は気を使うもので、アラタは物音を立てないように立ち上がった。
やはり体は少し重い。あれだけの光の力を使ったんだ、体の芯に抜けきらない疲れがある。
しばらくは無理をせず、体を休めた方がいいだろう。
真っ暗な店内をぐるりを見回した。窓から差し込む月明かりが、店内を淡く照らしてくれるので、発光石を使わなくても歩く事に不便はない。
日本にいた頃もこういう寝付けない時はあった。
あの頃はベランダに出て夜風を浴びたり、外を散歩して気分転換をすれば、その後はぐっすりと眠れたものだが、この世界ではそれはできない。
だからアラタは店内を回る事にした。
女性陣と男性陣は反対方向に分かれている、女性側に行かないようにしつつ、寝ている男達を起こさないように歩くとなると、古着エリアが丁度良かった。
「あ、これまだ売れ残ってんだ・・・これも・・・このシャツ値下げしたのか・・・」
「在庫が多いからね」
天井近くまで高さのある、木製の什器にかけられたシャツを見ていると、ふいに後ろから聞こえた声にアラタは振り返った。
「え、ジーン?なんだ、ジーンも寝付けなかったのか?」
そこには青く長い髪を、後ろで縛ったジーンが立っていた。
ジーンはアラタの質問に答えるようにニコリと笑うと、やはり足音を立てないように、静かにアラタの隣に歩み寄った。
「アラタも知ってるでしょ?パウンド・フォーに行く前から、古着の買い取りが増えてるって。アラタ達がいない間もそれは変わらなかったよ。国を出て田舎に移った人も少なからずいるみたいだし、荷物をかさばらせたくないんだろうね。このシャツだって良い生地を使ってるんだけど、この値段でも売れないんだよ?去年とは売れ行きが全然違うよね」
「ああ、そう言えば・・・でも、あらためて見ると、本当に古着の在庫すごいよな?掛け切らないのがバックヤードにもあるでしょ?値下げしても売れないってんなら、どうすればいいかな?」
「う~ん、古着はジャレットとシルヴィアが見てるからね、あの二人も何か考えてるとは思うよ。とりあえず今は買い取り価格を押さえて、売値を見直してるけど・・・うわっ、これも利益無いような値段だよ」
手に取ったシャツの値札を見ながら、ジーンはアラタに質問に答える。
「こっちもすごいぞ、これも今がこんな状況でなけりゃ、一瞬で売れてるよな」
「うん、考えようにとっては、今が買い時なんだよね。まぁ、あと数か月で戦争が始まるっていう状況じゃ、服どころじゃないんだろうけどね」
残念そうに眉を下げると、ジーンは手にしていたシャツを什器に掛けて戻した。
「ねぇアラタ・・・頑張ろうね」
「・・・急になんだよ?」
月明かりがジーンの横顔を照らす。
ジーンは顔を上げると、自分を照らす月を見つめて言葉を紡いだ。
「来月、ケイトと結婚をしようと思うんだ。こんな時だから悩んだけど、こんな時だからこそ、戦争が始まる前に結婚をしようと思った。ケイトはずっと僕との結婚だけを願って生きてきた、だからその気持ちに応えたいと思って」
ジーンはアラタに顔を向けると、またニコリと笑って見せた。
「アラタ、祝福してくれるかい?」
「当たり前じゃないか!やったなジーン!そうか、ようやく決断したか!」
思わず大きな声が出てしまい、ハッとして慌てて口を押えると、ジーンも口を手を当ててクスクスと笑っていた。
「ハハハ、アラタ、喜んでくれるのは嬉しいけど、ちょっと声が大きすぎるよ?」
「悪い、いや、でも俺も嬉しくてさ・・・ケイトの事は色々聞いてたから、本当に良かったなって」
誰も起きて来ないよな?と確認するように辺りを見回して、物音も何も聞こえない事を確認すると、アラタはジーンに向き直った。
「おめでとう、ジーン。俺、心から祝福するよ」
「ありがとう、アラタ」
ジーンはこの世界に来て、最初にできた男友達だった。
年も同じで話しやすく、ジーンがケイトとの関係で悩んでいる時も、アラタはよく話しを聞いていた。
ジーンがプロポーズをした事は以前聞いたが、来月結婚する事が正式に決まった事は、本当に自分の事のように嬉しく思った。
翌日はレイチェルはリンジー達三人を連れて、シャノンに会いに、アラルコン商会クインズベリー支店に出かける事になった。
商人として、クインズベリーとロンズデールを行き来するシャノンは、両国の交流を結ぶ大切な存在となっている。
パウンド・フォーから戻って来て三日目。
そろそろ城へ行って女王への謁見もすべきなのだが、アルベルト達がすでに報告をすませている事と、リンジー達もだんだん国へ帰らなければならないため、リンジー達を優先する事にしたのだ。
またレイチェル自身、パウンド・フォーから戻って、まだシャノンに顔を見せていなかったため、会って話しがしたい気持ちもあった。
「じゃあ、すまないが店は任せた。夕方くらいには戻るようにするから」
「ああ、こっちは気にしないでゆっくりして来いよ、あ、リンジーさん達もまだ今日はこっちに泊まれるんだろ?」
午前八時、開店前の店の入り口では、レイジェスのメンバー達が見送りに立っていた。
そしてリンジー達と同行するレイチェルは、ジャレットに予定を伝えていた。
ジャレットがレイチェルの隣に立つリンジーに話しをふると、リンジーはコクリと頷いた。
「はい、今日までお世話になります。ご面倒おかけしますが、よろしくお願いします」
微笑みながら一礼をすると、ジャレットはニヤっと頷いて、リンジーの後ろに立つ一際大きな男に顔を向けた。
「よかった、昨日はちゃんとした持て成しができなかったし、店ん中で雑魚寝だったろ?悪いと思ってたんだよ。今日は良い酒場宿取っておくからよ、パーっと飲もうぜ!ガラハドさんよ、あんたイケる口だろ?見るからに強そうだぜ?」
話しを向けられたガラハドは、太い指で顎をつまむと、ニヤっと笑ってジャレットと目を合わせた。
「おぉ、そいつは楽しみだな!リンジーもファビアナもあんまり飲めなくてな、いつも一人晩酌ばかりだったんだ。お前さんが酒好きなら、今夜が楽しみだ」
「ガラハド、楽しみなのは分かるけど、あんまり飲み過ぎちゃダメだよ?」
ファビアナがガラハドを見上げて釘を刺すが、ガラハドは、分かった分かった、と笑いながら言葉を返す。
「あ~、こりゃ絶対分かってないね」
後ろ手に頭を掻きながら、レイチェルが呟く。
「う~ん、私達のお目付けだから、ガラハドってあんまり自由な時間がないのよ。だからこういう時にハメを外したいって言う気持ちは分かるんだけど・・・でもガラハドも今年で53なのよね、いい年だからファビアナも心配なのよ。まぁ、無茶な飲み方しないように私が見ておくわ」
リンジーはしかたないな、と言うように笑って、ガラハドに微笑ましい目を向けた。
10年以上も付き合いがあり、自由気ままに動くリンジーの面倒を見て、ずっと世話をしてきたのはガラハドだった。そんなガラハドには、もはや肉親の情に近いものを感じているのだ。
「さて、じゃあ私達はそろそろ行くよ。みんな、あとは頼むね」
話しの区切りがついたところで、レイチェルが手を振って背中を向けると、リンジー達三人もそれに続いて出発した。
四人の後ろ姿を見送ると、ジャレットが振り返って、両手を、パン!と打ち合わせた。
「よーし!それじゃあ開店だ!今日も一日頑張ろうぜ!」
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