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1085 誓いの握手
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「あ!アラタ君、レイチェル!お久しぶりね!」
店に入ってきたリンジーは、アラタ達と再会するなり、両手を振って駆け寄って来た。
腰まである長い髪は、銀髪と言うよりグレー寄りの色。
首元から左右に分けて結ばれており、髪の先には宝石のような小ぶりで丸い玉がリボンで付けられているのだが、これはリンジーの魔道具、念操玉(ねんそうぎょく)。その名の通り念じて玉を操り攻撃するものである。
着ている服は水の衣というロンズデールの衣装であり、黒い生地の一枚布に、青や桃色で幾何学的な刺繍が施されている。
初めてリンジーがレイジェスを訪れた時と同じ衣装であり、これはロンズデールの正装でもあった。
「リンジーさん!結婚式以来ですね。元気そうで何よりです」
リンジーの背丈は、175cmのアラタより少し高いため、アラタが目線を上げる事になる。
アラタの黒い瞳と、リンジーの薄いグレーがかった瞳が合うと、リンジーは桜色の唇に笑みを浮かべて、アラタと握手を交わした。
「私はいつも元気よ。アラタ君も変わりなさそうね?大蛇退治をしたって聞いたけど、後で詳しく教えてね」
そう言ってリンジーは、今度は隣のレイチェルに顔を向けた。
「レイチェルも、会いたかったわ」
「リンジー、久しぶりだな。遠いところよく来てくれた」
リンジーはレイチェルともギュッと握手をすると、後ろを振り返った。
「ファビアナ、ガラハド、二人も久しぶりだな」
レイチェルの視線の先には、ロンズデールで共に戦った二人の仲間が立っていた。
「おう、久しぶりだな。今回はパウンド・フォーに蛇退治に行ったんだって?大したもんだよ、相変わらずすげぇ女だ」
豪快に笑う白髪頭の男は、デヴィン・ガラハド。
リンジーとファビアナの保護者のような立場である。
50歳を過ぎているが、身長は190cm程もあり、筋肉質の体からはまだまだ衰えは見えない。
「レイチェルさん、アラタさん、お久しぶりです。またお会いできて嬉しいです」
先の折れた三角帽子を取って、ペコリとお辞儀をするのはファビアナ・マックギー。
ロンズデール国王の娘である。
相手の目を見てハキハキと話すファビアナからは、以前のおどおどとした姿はまったく連想できなかった。
「ファビアナ、ビリージョーさんとは順調と聞いているぞ、なによりだ」
ファビアナは王位継承権を放棄する事で、自由に生きる権利を得た。
ロンズデールで共に戦ったクインズベリーの料理人、ビリージョー・ホワイトと恋仲になっており、いずれはクインズベリーに嫁ぐ予定となっている。
たまにビリージョーから届く手紙には、慣れない貴族生活への愚痴と、時間を見つけては自分の料理を食べに来るファビアナとの近況が書かれており、レイチェルは初々しい二人の仲を温かい目で見ていた。
「フフフ、はい、ビリージョーさんは領地経営とか、貴族としての仕事が忙しいから、できるだけ私が行くようにしてるんです。私が行くといつも手料理をふるまってくださるんですよ。もうお抱えの料理人もいるんですから、ご自分で作らなくてもいいのに、私には自分が作ったものを食べて欲しいっておっしゃるんです・・・・・」
頬を赤く染めて、照れたように笑うファビアナを見ると、レイチェルも目を細めて微笑んだ。
「良かったな、ファビアナ。愛されてるじゃないか。ビリージョーさんの人柄は私が保証する。安心して嫁いで来い」
「えへへ、そ、そうかな」
猫のような丸みのある紫色の瞳には、嬉しくてたまらないという感情がハッキリと見える。
愛情に飢えていたファビアナにとって、一途な気持ちを向けられる事は一番の喜びだった。
レイチェルとファビアナは同じ年齢だが、友人でありどこか妹気質のあるファビアナを、レイチェルは可愛く思っていた。
「ははは、自信を持てファビアナ。キミはきっと幸せになれる」
ファビアナの両肩に手を置き、優しく声をかける。
「フフ、レイチェル、立ち話しもなんだし、積もる話しは事務所でしたらどうかしら?もう閉店だし、鍵は私がかけておくから」
「おっと、それもそうだな。すまない、嬉しくてついな」
後ろで見ていたシルヴィアが声をかけると、レイチェルは思い出したように笑って、三人を事務所に案内した。
「アゲハ・シンジョウだ。聞いていると思うが、帝国軍で第二師団長を務めていた。あなた達ロンズデールの国民からすれば、恨みの対象でしかないだろう。謝ってすむ事ではないが、申し訳なかった」
事務所に入ったリンジー達が、レイジェスのメンバー達と挨拶を終えると、最後に残ったアゲハが立ち上がり、リンジー達に深く頭を下げた。
長い黒髪が顔を隠すように下りて表情は見えない。だがアゲハの声色はやや硬く、自発的に頭を下げた事からも、この謝罪に気持ちが入っている事は感じ取れた。
「・・・ええ、シルヴィアさんから聞いているわ。あなたが帝国にいたって・・・正直、複雑な気持ちよね」
リンジーは抑揚のない声で答えた。
アゲハに対して良い感情を持っていないのは確かだろう。
当然と言えば当然だ。今は抜けたと言っても、帝国軍で師団長をしていたのならば、ロンズデールの侵略に無関係とは言えない。
リンジーの隣に立つファビアナも、表情が険しい。口を結んで厳しい目でアゲハを見ている。
ファビアナからすれば、父親を狂わせた原因は帝国なのだ。憎んで当然である。
リンジー達がどんな想いで国家に刃を向けたかを知っているだけに、アラタもレイチェルも口を挟む事はできなかった。
ずっと頭を下げ続けているアゲハに、リンジーがゆっくり近づいて行く。その冷たい眼差しを見たアラタは、リンジーがアゲハに手を出すのではないかと思い、止めに入ろうとした。
「待って、アラタ君」
しかし手を伸ばそうとした寸前で、シルヴィアに腕を掴まれてしまう。
「大丈夫よ・・・見てて」
どうして?止める理由を訊ねようとしたが、シルヴィアは落ち着いた声でアラタを止めて、リンジーとアゲハに顔を向けた。
「・・・顔を上げてくれる?」
決して大きな声ではない。
だが静まり返った事務所内には、リンジーの冷たい声がよく通った。
「・・・・・」
アゲハは言われるがままに顔を上げる。
正面に立つリンジーと視線が合った。二人の間の空気が、緊張で張りつめる。
「私はリンジー・ルプレクト。ロンズデールで生まれ育った海の民。ロンズデールの海を汚し、国の安寧を脅かす者は決して許さない」
そう言ってリンジーが右手を振り上げると、アゲハは予想できる衝撃を受け止めるためにキツく目を閉じた。
「・・・・・え?」
強い痛みが頬を叩くと思っていたが、予想に反して優しく撫でられ、アゲハは驚きのあまり目を開いて声をもらした。
「フフ・・・ごめんなさいね、ちょっとだけ意地悪しちゃった」
さっきまでとは打って変わり、優しい瞳を向けるリンジーに、アゲハは意図が読めず目を瞬かせる。
「・・・シルヴィアさんから聞いたって言ったでしょ?あなたがどんな想いで帝国を抜けたのか、どんな気持ちで今戦っているのか・・・侵略の事を許すとは言えないけど、あなたと向き合いたいとは思ったの。私達にあなたを信じさせてくれるかしら?」
「・・・いい、のか?私は・・・」
「アゲハ、仲良くしてねって言ったでしょ?」
思いもしなかった優しい態度にアゲハが驚きを隠せずにいると、シルヴィアがアゲハの隣に立った。
「シルヴィア、そうだが・・・いや、分かったよ」
シルヴィアが自分のために、事前に話しをつけていた事を知り、アゲハはフッと笑いリンジーに目を向けた。
「よろしく頼む。私が信じるに値する人間かどうか、これからの私の戦いで証明したい。あなた方の目で見極めてくれ」
スッと右手を伸ばすアゲハ。
リンジーはその手を少しだけ見つめて、そしてギュっと握った。
「ええ、そうさせてもらうわ」
笑顔で交わした握手。それは共に力を合わせて戦うという誓いだった。
店に入ってきたリンジーは、アラタ達と再会するなり、両手を振って駆け寄って来た。
腰まである長い髪は、銀髪と言うよりグレー寄りの色。
首元から左右に分けて結ばれており、髪の先には宝石のような小ぶりで丸い玉がリボンで付けられているのだが、これはリンジーの魔道具、念操玉(ねんそうぎょく)。その名の通り念じて玉を操り攻撃するものである。
着ている服は水の衣というロンズデールの衣装であり、黒い生地の一枚布に、青や桃色で幾何学的な刺繍が施されている。
初めてリンジーがレイジェスを訪れた時と同じ衣装であり、これはロンズデールの正装でもあった。
「リンジーさん!結婚式以来ですね。元気そうで何よりです」
リンジーの背丈は、175cmのアラタより少し高いため、アラタが目線を上げる事になる。
アラタの黒い瞳と、リンジーの薄いグレーがかった瞳が合うと、リンジーは桜色の唇に笑みを浮かべて、アラタと握手を交わした。
「私はいつも元気よ。アラタ君も変わりなさそうね?大蛇退治をしたって聞いたけど、後で詳しく教えてね」
そう言ってリンジーは、今度は隣のレイチェルに顔を向けた。
「レイチェルも、会いたかったわ」
「リンジー、久しぶりだな。遠いところよく来てくれた」
リンジーはレイチェルともギュッと握手をすると、後ろを振り返った。
「ファビアナ、ガラハド、二人も久しぶりだな」
レイチェルの視線の先には、ロンズデールで共に戦った二人の仲間が立っていた。
「おう、久しぶりだな。今回はパウンド・フォーに蛇退治に行ったんだって?大したもんだよ、相変わらずすげぇ女だ」
豪快に笑う白髪頭の男は、デヴィン・ガラハド。
リンジーとファビアナの保護者のような立場である。
50歳を過ぎているが、身長は190cm程もあり、筋肉質の体からはまだまだ衰えは見えない。
「レイチェルさん、アラタさん、お久しぶりです。またお会いできて嬉しいです」
先の折れた三角帽子を取って、ペコリとお辞儀をするのはファビアナ・マックギー。
ロンズデール国王の娘である。
相手の目を見てハキハキと話すファビアナからは、以前のおどおどとした姿はまったく連想できなかった。
「ファビアナ、ビリージョーさんとは順調と聞いているぞ、なによりだ」
ファビアナは王位継承権を放棄する事で、自由に生きる権利を得た。
ロンズデールで共に戦ったクインズベリーの料理人、ビリージョー・ホワイトと恋仲になっており、いずれはクインズベリーに嫁ぐ予定となっている。
たまにビリージョーから届く手紙には、慣れない貴族生活への愚痴と、時間を見つけては自分の料理を食べに来るファビアナとの近況が書かれており、レイチェルは初々しい二人の仲を温かい目で見ていた。
「フフフ、はい、ビリージョーさんは領地経営とか、貴族としての仕事が忙しいから、できるだけ私が行くようにしてるんです。私が行くといつも手料理をふるまってくださるんですよ。もうお抱えの料理人もいるんですから、ご自分で作らなくてもいいのに、私には自分が作ったものを食べて欲しいっておっしゃるんです・・・・・」
頬を赤く染めて、照れたように笑うファビアナを見ると、レイチェルも目を細めて微笑んだ。
「良かったな、ファビアナ。愛されてるじゃないか。ビリージョーさんの人柄は私が保証する。安心して嫁いで来い」
「えへへ、そ、そうかな」
猫のような丸みのある紫色の瞳には、嬉しくてたまらないという感情がハッキリと見える。
愛情に飢えていたファビアナにとって、一途な気持ちを向けられる事は一番の喜びだった。
レイチェルとファビアナは同じ年齢だが、友人でありどこか妹気質のあるファビアナを、レイチェルは可愛く思っていた。
「ははは、自信を持てファビアナ。キミはきっと幸せになれる」
ファビアナの両肩に手を置き、優しく声をかける。
「フフ、レイチェル、立ち話しもなんだし、積もる話しは事務所でしたらどうかしら?もう閉店だし、鍵は私がかけておくから」
「おっと、それもそうだな。すまない、嬉しくてついな」
後ろで見ていたシルヴィアが声をかけると、レイチェルは思い出したように笑って、三人を事務所に案内した。
「アゲハ・シンジョウだ。聞いていると思うが、帝国軍で第二師団長を務めていた。あなた達ロンズデールの国民からすれば、恨みの対象でしかないだろう。謝ってすむ事ではないが、申し訳なかった」
事務所に入ったリンジー達が、レイジェスのメンバー達と挨拶を終えると、最後に残ったアゲハが立ち上がり、リンジー達に深く頭を下げた。
長い黒髪が顔を隠すように下りて表情は見えない。だがアゲハの声色はやや硬く、自発的に頭を下げた事からも、この謝罪に気持ちが入っている事は感じ取れた。
「・・・ええ、シルヴィアさんから聞いているわ。あなたが帝国にいたって・・・正直、複雑な気持ちよね」
リンジーは抑揚のない声で答えた。
アゲハに対して良い感情を持っていないのは確かだろう。
当然と言えば当然だ。今は抜けたと言っても、帝国軍で師団長をしていたのならば、ロンズデールの侵略に無関係とは言えない。
リンジーの隣に立つファビアナも、表情が険しい。口を結んで厳しい目でアゲハを見ている。
ファビアナからすれば、父親を狂わせた原因は帝国なのだ。憎んで当然である。
リンジー達がどんな想いで国家に刃を向けたかを知っているだけに、アラタもレイチェルも口を挟む事はできなかった。
ずっと頭を下げ続けているアゲハに、リンジーがゆっくり近づいて行く。その冷たい眼差しを見たアラタは、リンジーがアゲハに手を出すのではないかと思い、止めに入ろうとした。
「待って、アラタ君」
しかし手を伸ばそうとした寸前で、シルヴィアに腕を掴まれてしまう。
「大丈夫よ・・・見てて」
どうして?止める理由を訊ねようとしたが、シルヴィアは落ち着いた声でアラタを止めて、リンジーとアゲハに顔を向けた。
「・・・顔を上げてくれる?」
決して大きな声ではない。
だが静まり返った事務所内には、リンジーの冷たい声がよく通った。
「・・・・・」
アゲハは言われるがままに顔を上げる。
正面に立つリンジーと視線が合った。二人の間の空気が、緊張で張りつめる。
「私はリンジー・ルプレクト。ロンズデールで生まれ育った海の民。ロンズデールの海を汚し、国の安寧を脅かす者は決して許さない」
そう言ってリンジーが右手を振り上げると、アゲハは予想できる衝撃を受け止めるためにキツく目を閉じた。
「・・・・・え?」
強い痛みが頬を叩くと思っていたが、予想に反して優しく撫でられ、アゲハは驚きのあまり目を開いて声をもらした。
「フフ・・・ごめんなさいね、ちょっとだけ意地悪しちゃった」
さっきまでとは打って変わり、優しい瞳を向けるリンジーに、アゲハは意図が読めず目を瞬かせる。
「・・・シルヴィアさんから聞いたって言ったでしょ?あなたがどんな想いで帝国を抜けたのか、どんな気持ちで今戦っているのか・・・侵略の事を許すとは言えないけど、あなたと向き合いたいとは思ったの。私達にあなたを信じさせてくれるかしら?」
「・・・いい、のか?私は・・・」
「アゲハ、仲良くしてねって言ったでしょ?」
思いもしなかった優しい態度にアゲハが驚きを隠せずにいると、シルヴィアがアゲハの隣に立った。
「シルヴィア、そうだが・・・いや、分かったよ」
シルヴィアが自分のために、事前に話しをつけていた事を知り、アゲハはフッと笑いリンジーに目を向けた。
「よろしく頼む。私が信じるに値する人間かどうか、これからの私の戦いで証明したい。あなた方の目で見極めてくれ」
スッと右手を伸ばすアゲハ。
リンジーはその手を少しだけ見つめて、そしてギュっと握った。
「ええ、そうさせてもらうわ」
笑顔で交わした握手。それは共に力を合わせて戦うという誓いだった。
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