上 下
1,093 / 1,253

1082 夕焼けを背に

しおりを挟む
「あれ、エルウィンじゃん、あんたまた来たの?」

リサイクルショップ・レイジェス。
メインレジに立っていたケイトは、入口から入ってきた金色の髪の少年に目を止めて、クスリと笑った。

ケイトが笑うのも無理はなかった。エルウィンが来るのはこれで三日連続である。
町の見回りのついでと言い訳をしているが、本当の理由がバレバレなだけに、ケイトはエルウィンをついイジリたくなってしまうのである。

「あはは~・・・ケイトさん、おはようございます。はい、毎日すみません」

エルウィン本人も意識しているところはあるらしく、ごまかすように愛想笑いをして、ペコリと頭を下げた。

治安部隊所属のエルウィン・レブロンは、レイジェスと治安部隊の橋渡し的な存在である。
何かあればエルウィンを通して連絡をとるのだが、ここ三日は特に用もないのに毎日店に来る。
ケイトはカウンターに肘を着くと、チロッと意味深な視線を向けた。

「エルウィンさぁ、レイチェルが帰って来てないか気になってるんでしょ?」

「あ、えっと・・・はい、もう予定日は過ぎてますよね?」

気持ちを見透かされて照れたのか、エルウィンは少し顔を赤くして、後ろ手に頭を掻いた。


「あははは、ごめんごめん、イジワル言うつもりじゃないんだって。しっかし、あんたもこんなに一途に想ってんだから、アタシはなんとか上手くいってほしいんだけどね」

自分も一途にジーンを想い続けて、やっと実らせたケイトだからこそ、エルウィンの気持ちがよく分かった。

「ありがとうございます。ケイトさんに話しを聞いてもらってから、俺前向きになれたんで。これからも頑張ります!」

まだあどけなさは残っているが、ニカっと笑うエルウィンの表情からは、少年から大人へと変わる雰囲気が漂うようになっていた。

「あはは!うん、良いね。エルウィン、なんかカッコ良くなった。アタシは応援してるからさ、悩んだらいつでも相談してよ」

ケイトがニコリと笑うと、エルウィンも、はい、と元気良く返事をした。


「お、なんか話し声するなと思ったら、エルウィンじゃん?最近毎日来るな?」

メインレジで話しているケイトとエルウィンのところへ、ボサボサ頭のミゼルが両手に工具を持って声をかけてきた。

「あ、ミゼルさん!おはようございます。へへ、また今日も来ちゃいました」

「おお、いいんだいいんだ、ここは店なんだからいつでも来いよ。あ~、でもお前の場合はレイチェルか?残念だけどまだ帰って来てねぇんだ。もう二週間過ぎてるから、予定より遅れてはいるんだよな。流石にそろそろ帰ってきてもいいとはおもうんだけどよ」

エルウィンが挨拶をすると、ミゼルはレジカウンターの上に工具を置きながら、出入口の外に目を向けた。
順調に事が運べれば、レイチェル達救出隊は今日あたり帰って来る予定だ。だが今のところ一行の姿は見えない。


「・・・まぁ、あいつらが失敗するとは思えないし、だんだん帰ってくるだろ。エルウィン、今日は非番か?時間あるなら事務所で待っててもいいぞ、今ジャレットがいるからよ」

「あ、いえ、実は外周りの途中なんです。近くを通ったから寄ってみただけで、すみません。あんまりお邪魔しても悪いので、もう行きますね」

ミゼルが事務所に親指を向けてエルウィンに促すが、エルウィンは頭をポリポリ掻きながら、一礼して店を出て行った。



「・・・エルウィンさ、昨日も一昨日も来てたよ。よっぽど気になるんだろうね」

カウンターに肘を着いたまま、ケイトはエルウィンが出て行った後の出入口を見つめて呟いた。

「ああ、まぁ心配なのは分かるけどよ。最短で昨日か一昨日帰ってこれるかもって日程だろ?そうそう予定通りには行かないと思うぜ。カっちゃんもソワソワしてるけど、こればっかりは待つしかないからな。俺らはドンと構えてようぜ。しかしエルウィンはレイチェルの事本当に好きなんだな。年上の女に憧れるってヤツなのかな?」

ミゼルはレジカウンターの中に入ると、ケイトの話しに相槌を打ちながら、工具を後ろの棚に置き並べた。

「いや、エルウィンはマジなヤツだよ。最初は憧れだったかもしれないけど、今はマジだね。アタシは応援するよ、一途なヤツは好きだからね。ミゼルはどう?」

「ん、俺は人の恋愛にはあんま口出ししたくないんだけど、レイチェルは店長が好きだろ?だから難しいよな。できればレイチェルもエルウィンも、傷付かない結果になってほしいね」

ケイトに背中を向けたまま返事をして、ミゼルは工具箱の中から指先くらいの小さな黒い玉を取り出すと、そっとカウンターに置いた。

「まぁ、確かに誰も傷付かないのが一番理想だけど、それって難しいよね。て言うかミゼルさぁ、それ何?」

「ん、ああ、そろそろメインレジ交代だろ?だから俺の仕事持って来たんだよ。新作の魔道具作ってんだ」

ケイトの質問に答えながら、ミゼルはノミで玉を二つに割った。黒い玉の中は空洞になっており、ミゼルは白い粉を中に詰めると、今度は割った玉に粘着性のある液体を付けて、もう一度付け合わせた。

「ふんふん、それで次はどうすんの?」

「じっと見られてるとやりづらいんだけど・・・・・あとは接着面にこのテープを付けて、割れを見えなくする。それで完成だ」

興味深そうに後ろから覗き見てくるケイトに、ミゼルはチラリと目を向けると、器用に手を動かして完成させた。

「一回割ってからくっ付けるのは、割れやすくするためって事?」

「ああ、そのとおりだ。使う時は壁でも地面でもいいから、叩きつけて割るんだよ。そしたら粉が煙に変化して濛々と出てくるんだ。それで姿を隠して逃げる。撤退用だよ」

「・・・煙玉ってヤツだよね?新作って言ってるけど、他所でも売ってるし別に珍しくなくない?」

「かぁ~!あまいなぁケイトは、確かに煙玉だけどよ、俺の煙玉は特別なんだよ。他所のと一緒にしないでくれる?」

「え!そうなの?なになに?どんなふうに特別なのさ?」

ぐいっと距離を詰めて、期待の眼差しを向けるケイトに、ミゼルは口の端を持ち上げると、自信満々にニヤリと笑って見せた。


「聞いて驚けよ?俺の煙玉はな、目に沁(し)みんだよ!」


「・・・・・あ、そうなんだ・・・なんか、地味だね」


効果的だとは思うが、自信満々に胸を張るミゼルに対し、ケイトは困ったように眉を寄せて半笑いするしかなかった。






8月も下旬になると、夜も早くなってくる。
少し前までは19時を過ぎても明るかったが、今では時計の針が17時を差す頃には、陽もだいぶ傾いてた。

レイジェスを赤く染める夕陽が一日の終わりを告げて、カチュアの心を寂しくさせる。

今日も帰ってこないと・・・・・


「・・・アラタ君、大丈夫かな・・・」

出入口の周りを箒(ほうき)で掃きながら、カチュアは溜息を一つついた。

もちろんレイチェルやリカルド、みんなの事も心配している。
だが一番最初に出てくる名前は、やはり夫となったアラタだった。

今回の救出は、順調に行けば往復で2週間、14日の日程だった。
もちろん予定はあくまで予定であり、当然遅くなる場合だってある。今日で16日目だったが、彼らの任務を考えれば、二日程度の遅れは十分ありえるだろう。

魔法使いのユーリを連れて走って行き、その上山を登って蛇と戦う事まで想定されているのだから、そもそも最短の14日で帰還というのが無理な話しなのだ。
二日どころか一週間の遅れくらいは、考えに入れておいてもよかっただろう。

だが分かっていてもカチュアは考えてしまう。
理屈ではないのだ。14日で帰って来れる可能性があるのならば、どうしても期待してしまうのだ。

ジャレットやシルヴィアに、きっと大丈夫だよ、と声をかけられているし、なるべく周りに気を使わせないようにしているつもりだが、昨日今日と、どうしてもソワソワして落ち着かない。

「・・・こんなんじゃダメだよね。しっかりしないと」

カチュアは、パチンと両手で挟むように頬を叩くと、気持ちを切り替えるように自分に言い聞かせて、止めていた手を動かし始めた。



「みんながいつ帰ってきてもいいように、ちゃんとお仕事してお店を護らないと・・・・・」

「ねぇねぇ、カチュア」

箒(ほうき)で落ち葉や紙くずを集めていると、シルヴィアが後ろから背中をつついてきた。

「ん、あ、シルヴィアさん?」

振り返って、何の用事かと問うように見ると、シルヴィアは店と町を繋ぐ石畳の道の先を指差した。

「あれ、なーんだ?」

「え?」

シルヴィアの細い指の先を追って、カチュアが顔を向ける。


「・・・・・あ!」


夕焼けを背にして、レイジェスに向かって歩いて来る数人の人影を見て、カチュアは声を上げた。


「アラタ君!みんな!」


箒を放り出して、カチュアは走り出した。
その背中を見送りながら、シルヴィアは優し気に微笑んだ。


「フフ、良かったわね、カチュア・・・」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

処理中です...