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1079 向こう側

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闇の気配が色濃くなった。
生暖かい空気が肌にまとわりつく様な、嫌な感じが一気に強くなる。

陽が落ちて夜の闇の時間が来たんだ。


ここまで闇の濃度が上がれば、トバリに気付かれないだろうか?

消身の壺は俺達の気配を希薄にしてる。だが透明になったわけではない。
触る事もできるし、声を出せば聞かれる。

ここまではなんとか躱し続けた。
しかしこれからは夜の時間だ。いったいどこまで通じるだろうか・・・・・



不安は大きい、けれど俺達は歩き続けるしかない。

一度エミリーがトバリに狙われたようだが、なんとか凌ぎきった。
そこからは更に慎重に足を進め、ゆっくりと、だが確実に山を下っているところだった。




・・・・・笑い声が聞こえた

男性のような、女性のような・・・子供ような老人のような・・・高くもあり低くもある
耳から聞こえるようでいて、頭に直接響いて来る

視界を闇に閉ざされた中で、あちこちから聞こえる幾人もの笑い声に囲まれた

これは・・・なんだ?

まさか、これは黒渦・・・トバリなのか?
闇の中から聞こえるこの笑い声は、トバリの声なのか!?

じっと息を殺して歩くだけの状況に加えて、この薄気味の悪い笑い声は、俺の精神を強烈に圧迫した


・・・うるさい・・・うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!

頭の中を埋め尽くす笑い声にどうにかなりそうだ!

たまらず俺は大声を上げそうになった






『アラタ、あんまり夜遊びしていると、向こう側に連れて行かれるよ』


玲子れいこお婆ちゃん・・・・・

爆発寸前だった俺の頭に突然光が射し、なぜか大好きだったお婆ちゃんを思い出した


玲子お婆ちゃんは不思議な人だった


小学校に入ったばかりだった
近所の子と公園で遊んでいたら、つい夢中になって暗くなってしまったんだ

家に帰ると、当然父と母に怒られた
だけどその時の俺は、反省するどころか不貞腐れてしまったんだ

するとお婆ちゃんが出て来て、父と母を、まぁまぁ、となだめると、俺の前にしゃがんで話しだしたんだ


『アラタ、夜は本当に怖いんだよ。この世界の向こう側には、暗闇で生きる夜の住人の世界があるの。夜の世界には赤い月があってね、満月になると幽霊がゾロゾロ出て来て、生きてる人間を連れて行っちゃうんだよ。アラタは連れて行かれたくないでしょ?だったら暗くなる前に帰って来ないとね』


玲子お婆ちゃんの話しには、嘘とは思えない迫力があって、俺はあまりの怖さに泣き出してしまった

小学校に入ったばかりの子供だったから、特に怖く感じたのかもしれないけど、まるで見て来たように話すから真実味があったんだ


俺が小学校の高学年になってから教えてもらった事だが、お婆ちゃんは亡くなった健一お爺ちゃんと一緒に、中学生の時に向こう側に行って冒険をしてきたらしい

赤い月が浮かび、夜の住人がいるあの向こう側だ


その頃には俺も、お婆ちゃんの話しに現実味が無い事は分かっていたけれど、どうしてもお婆ちゃんの話しが作り話しだとは思えなかった

作り話しにしてはあまりに詳細で、本当にお婆ちゃんは向こう側へ行ってきたんだと、信じてしまうだけの迫力があったんだ

俺はお婆ちゃんが大好きで、何度も何度も向こう側の話しを聞いた


玲子お婆ちゃんは、俺が中学を卒業した頃に亡くなってしまったけれど、亡くなる一週間くらい前に会った時、とても穏やかな顔でこう言っていた

『アラタ、お前は大人になったら、人とは違う道を歩く事になる。その道の先に何があるかは分からない。苦労するかもしれない、辛い思いもするかもしれない・・・けどね、恐れずに信じた道を歩きなさい。お爺ちゃんもお婆ちゃんも、アラタを照らす光になって、ずっと見守っているからね』





・・・・・そうか、今ハッキリと分かった

俺もお婆ちゃんの言っていた、向こう側に来たんだ

ただ、この世界の月は赤くはないし、夜の住人という者もいない
だからお婆ちゃんから聞いていた世界とは、違う世界のようだ

きっと他にも沢山の世界があるんだ
そして俺はその中の一つである、この世界に迷い込んだ


そして俺の中に宿るこの光は、お婆ちゃんとお爺ちゃんなんだ
俺は玲子お婆ちゃんと、健一お爺ちゃんが大好きだったし、二人も俺を可愛がってくれていた

お婆ちゃんは不思議な人だった

まるで未来が分かるように、いろんな事をズバリと言い当てたりするんだ
だからきっと、俺がこの世界に来ることも分かっていたんだろう

そして俺がこの世界でも生き残れるように、光となって護ってくれているんだ




・・・・・お婆ちゃん、ありがとう・・・俺頑張ってみるよ


胸の内が温かくなり、使い果たしたはずの光が、再び宿る感覚があった
頭の中もスッキリして、笑い声も遠くなっていく

そしてこれも光の力の恩恵だろうか
暗闇に包まれているのに、不思議と辺りがよく見えた

やはり俺だけじゃなかった
みんなあの笑い声にやられて、頭を押さえてうずくまっている


もうみんな限界だ
俺がこの闇を取り払ってみせる!

拳を握り締めて光の力を全身に漲らせた!
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