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1072 覚悟と覚悟
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中級火魔法 双炎砲
両手に漲らせた炎を高出力で撃ち出し、対象を焼き尽くす黒魔法である。
火魔法は火力に注目されがちだが、スカーレット程の術者が使う双炎砲は、野外で使えば熱波で樹々をへし折り、地面を抉るまでに高められている。
スカーレットの双炎砲は、もはや中級魔法の枠を超えていると言ってもいいだろう。
スカーレットが微塵も躊躇わずにアラタの拳を迎え打ったのも、己の魔力に裏打ちされた絶対の自信ゆえである。
そしてその双炎砲が今、アラタの左拳とぶつかった!
「馬鹿め!私の双炎砲を拳で止められると思ったか!?」
両手から撃ち放たれている紅蓮の炎が感じる手ごたえ、それは黒髪の男の拳は自分にまでは届いていないという感触。ならばこのまま押し切れるという事だった。
「フン、堪えるだけで精一杯のようだな?だがこれで終わりだ!」
スカーレットが止めの魔力を込める。そして紅蓮の炎がアラタを呑み込んだ。
両手から放出した炎が消える。目の前の抉られた地面から立ち昇る黒い煙は、濛々と空へと立ち昇っている。スカーレットは己の勝利に笑みを浮かべると、一つ息をついた。
「少しヒヤリとさせられはしたが、私の勝ちだな。あとはアゲハともう一人の女を始末して・・・!?」
戦いは終わった。そう結論付けて正面から視線を移した時、突如スカーレットの五感が訴えた。
待て・・・なにか変だ。
どこかおかしい・・・今のせめぎ合いに違和感はなかったか?
確かに私の双炎砲が打ち勝った。だが打ち勝ったと言うには、手応えが無さ過ぎた。
この違和感の正体は・・・そう、ヤツは本当に勝とうとしていたのか?
私の双炎砲とヤツの拳、二つの力のぶつかり合いで感じたものは、ヤツの拳は私の双炎砲を破ろうというよりは・・・受ける。
そうだ!ヤツは私の双炎砲を受け切る、つまり耐え抜こうとしていたのではないか!?
「貴様・・・ッ!」
一度外した視線を再びスカーレットが戻したその時、黒煙を突き破って黒髪の男が飛び出した!
ゼロ距離で浴びせられた双炎砲は、いかに風の精霊によって護られているとはいえ、アラタに大きなダメージを与えていた。
特に左腕は骨が見えるくらい肉が裂け、血がボタボタと滴り落ちている。
火傷もひどく、もうこの戦いでは使いものにならないだろう。
アラタは最初から、スカーレットの双炎砲に打ち勝つつもりはなかった。
新緑の欠片が与えてくれる風の護りを頼りに、左腕一本を犠牲にして受けきるつもりだったのだ。
力と力のぶつけ合いで押し切る事ができれば、用心深いスカーレットでも一瞬の緩みは出るはずだ。
その時が勝負だ。残った右拳に全てを込めて打つ!
「俺の勝ちだ」
顔の横で右の拳を握り締め、アラタは一言だけ呟いた。
左腕だけでは防ぎ切れなかった。
衣服はボロボロに切れて、頬や首、肩や胸にも裂傷や火傷が目立つ。
立っているのが不思議なくらいダメージは大きい。
だがそれでも、満身創痍の身でありながらも、最後の一握りを振り絞った!
スカーレットは驚愕した。
ば、馬鹿な!こいつ最初から腕一本捨てて、私の双炎砲を受けきるつもりだったのか!?
私が勝利を確信した時に一瞬の気の緩みが出ると見越して、それに懸け、そこを突くためだけに腕一本犠牲にして、双炎砲を受けきったというのか!?
ありえない!イカレている!腕一本ですむ保証などないではないか!死ぬかもしれないんだぞ!
それなのにこの男、迷いはなかったのか!?
くそっ!この私が、このスカーレット・シャリフが見誤った!この私が!この私がァァァァッツ!
「ガァッ・・・ァ・・・・!」
スカーレットの腹にめり込んだ拳が腹部を強く圧迫し、微かな呻き声を漏らし呼吸が止まる。
「ハァッ!・・・ゼェッ!・・・ハァッ!・・・ぐぅ・・・」
ギリギリだが・・・届いた・・・・・
大きく息を乱し、今にも崩れ落ちそうな体を気力で支える。
正真正銘最後の一発・・・緑色の風を纏ったアラタの右拳が、スカーレットの腹部に突き刺さっていた。
「ぐぅ・・・・・ッ!」
呻き声と共に、スカーレットの意識が遠のきそうになる。魔法使いのスカーレットは、身体能力は一般人となんら変わらない。体力型のアラタの拳を耐えるなど、到底無理な話しだった。
だがスカーレットは帝国軍師団長。
万を超える軍勢を従える者としての意地、黒魔法使いの頂点に立ったプライドが、ここで倒れる事を許さなかった。
「ア・・・アァァァァァァァーーーーーーーーーッツ!」
膝から力が抜けて倒れそうになるが、気力で踏みとどまると、腹に力を入れて無理やり叫び声を上げた。
「なッ!?」
膝から崩れ落ちそうになったスカーレットが突然上げた大声で、今度はアラタが目を見開かされた。
こ、この女、魔法使いなのに今ので倒れないのか!?
手応えは十分にあった。確実に意識を絶つボディブローだった。だが執念か?絶叫して無理やり意識を呼び戻しやがった!
この女、まだやる気なのか!?
俺のダメージも大きい。今の右だって、威力はだいぶ落ちていたと思う。骨も折れてはいないだろう。
だがそれでも手応えで分かる。今の一発は内臓にダメージを与えたはずだ。
ましてこの女は魔法使い、物理に対する防御力なんて無いに等しいだろう。
呼吸をするだけでも腹部が痛んで、本当なら立つ事もできないはずだ。
「ハァッ・・・ゼェッ!・・・なめる、なよ、私は、スカーレット・シャリフだ、この程度で・・・負けるものかァァァッツ!」
口内の血を吐き出すと、スカーレットはアラタを鋭く睨みつけた。
額から流れる汗、口元に残る血の跡、スカーレットのダメージの大きさは明らかに見て取れる。
しかしその金茶色の瞳には、衰える事ない戦闘意欲が漲っていた。
「・・・こいつ・・・やるしか、ないか」
スカーレットの尋常ではない執念に、アラタも右の拳を握り締めて、顔の横で構えた。
左腕はもう動かせない。足にも力が入らず、もう戦う力なんて残っていない。それなのにまだ自分が立っていられるのは、おそらくこの風だ。
周囲の炎から、自分を護ってくれるこの緑色の風。
これは風の精霊だ。新緑の欠片を通して、風の精霊が護ってくれている。
そして風の精霊は炎から護ってくれるだけでなく、立てる力も貸してくれているんだ。
ありがとう・・・・・
風の精霊、キミ達のおかげで俺はまだ戦える。
弥生さん・・・弥生さんが感じた風がどういうものだったか、俺にも少し分かる気がします。
風はこんなにも大きくて優しいんですね。
俺は絶対に帰らなければならない。待っててくれる人がいるんだ。
俺は絶対に仲間を護る。みんなで帰るんだ。
「俺はこんなところで死ぬわけにはいかないッ!」
足元から立ち昇る緑色の風が一気に強さを増し、周囲の炎を吹き飛ばす程に激しく渦を巻いた!
「なにッ!?」
スカーレットは目を見張った。
今自分達が立っている場所は、空をも焼こうと立ち昇る、超高熱の火柱の中だ。
山の形を変える程の大爆発、それによって生まれたこの火柱は、何日も何十日にもわたり燃え続けるだろう。そう思わせる程のパワーを見せていた。
だが今、目の前で起こっているこれは何だ?
瀕死の黒髪の男から発せられる凄まじい風が、炎をかき消すように吹き飛ばしていく。
火の粉が飛ばされ、空に消えていく様は、スカーレットの脅威を感じさせた。
風の精霊の力を借りたとしても、ここまで引き出せるものなのか?
「き、貴様・・・いったい・・・」
限界を超えて尚、底の見えない力を発した黒髪の男。
こいつは生かしておいては駄目だ。今ここで殺しておかなければ・・・・・
手負いのスカーレットがある種の覚悟を決めて、一歩前に出ようとしたその時、背後から伸びた大きな手がスカーレットの肩を掴んだ。
「っ!?・・・お前・・・」
振り返ると、意識を失っていたはずのボウズ頭の男、デューク・サリバンが立っていた。
「・・・ここまでだ、退くぞ、スカーレット」
両手に漲らせた炎を高出力で撃ち出し、対象を焼き尽くす黒魔法である。
火魔法は火力に注目されがちだが、スカーレット程の術者が使う双炎砲は、野外で使えば熱波で樹々をへし折り、地面を抉るまでに高められている。
スカーレットの双炎砲は、もはや中級魔法の枠を超えていると言ってもいいだろう。
スカーレットが微塵も躊躇わずにアラタの拳を迎え打ったのも、己の魔力に裏打ちされた絶対の自信ゆえである。
そしてその双炎砲が今、アラタの左拳とぶつかった!
「馬鹿め!私の双炎砲を拳で止められると思ったか!?」
両手から撃ち放たれている紅蓮の炎が感じる手ごたえ、それは黒髪の男の拳は自分にまでは届いていないという感触。ならばこのまま押し切れるという事だった。
「フン、堪えるだけで精一杯のようだな?だがこれで終わりだ!」
スカーレットが止めの魔力を込める。そして紅蓮の炎がアラタを呑み込んだ。
両手から放出した炎が消える。目の前の抉られた地面から立ち昇る黒い煙は、濛々と空へと立ち昇っている。スカーレットは己の勝利に笑みを浮かべると、一つ息をついた。
「少しヒヤリとさせられはしたが、私の勝ちだな。あとはアゲハともう一人の女を始末して・・・!?」
戦いは終わった。そう結論付けて正面から視線を移した時、突如スカーレットの五感が訴えた。
待て・・・なにか変だ。
どこかおかしい・・・今のせめぎ合いに違和感はなかったか?
確かに私の双炎砲が打ち勝った。だが打ち勝ったと言うには、手応えが無さ過ぎた。
この違和感の正体は・・・そう、ヤツは本当に勝とうとしていたのか?
私の双炎砲とヤツの拳、二つの力のぶつかり合いで感じたものは、ヤツの拳は私の双炎砲を破ろうというよりは・・・受ける。
そうだ!ヤツは私の双炎砲を受け切る、つまり耐え抜こうとしていたのではないか!?
「貴様・・・ッ!」
一度外した視線を再びスカーレットが戻したその時、黒煙を突き破って黒髪の男が飛び出した!
ゼロ距離で浴びせられた双炎砲は、いかに風の精霊によって護られているとはいえ、アラタに大きなダメージを与えていた。
特に左腕は骨が見えるくらい肉が裂け、血がボタボタと滴り落ちている。
火傷もひどく、もうこの戦いでは使いものにならないだろう。
アラタは最初から、スカーレットの双炎砲に打ち勝つつもりはなかった。
新緑の欠片が与えてくれる風の護りを頼りに、左腕一本を犠牲にして受けきるつもりだったのだ。
力と力のぶつけ合いで押し切る事ができれば、用心深いスカーレットでも一瞬の緩みは出るはずだ。
その時が勝負だ。残った右拳に全てを込めて打つ!
「俺の勝ちだ」
顔の横で右の拳を握り締め、アラタは一言だけ呟いた。
左腕だけでは防ぎ切れなかった。
衣服はボロボロに切れて、頬や首、肩や胸にも裂傷や火傷が目立つ。
立っているのが不思議なくらいダメージは大きい。
だがそれでも、満身創痍の身でありながらも、最後の一握りを振り絞った!
スカーレットは驚愕した。
ば、馬鹿な!こいつ最初から腕一本捨てて、私の双炎砲を受けきるつもりだったのか!?
私が勝利を確信した時に一瞬の気の緩みが出ると見越して、それに懸け、そこを突くためだけに腕一本犠牲にして、双炎砲を受けきったというのか!?
ありえない!イカレている!腕一本ですむ保証などないではないか!死ぬかもしれないんだぞ!
それなのにこの男、迷いはなかったのか!?
くそっ!この私が、このスカーレット・シャリフが見誤った!この私が!この私がァァァァッツ!
「ガァッ・・・ァ・・・・!」
スカーレットの腹にめり込んだ拳が腹部を強く圧迫し、微かな呻き声を漏らし呼吸が止まる。
「ハァッ!・・・ゼェッ!・・・ハァッ!・・・ぐぅ・・・」
ギリギリだが・・・届いた・・・・・
大きく息を乱し、今にも崩れ落ちそうな体を気力で支える。
正真正銘最後の一発・・・緑色の風を纏ったアラタの右拳が、スカーレットの腹部に突き刺さっていた。
「ぐぅ・・・・・ッ!」
呻き声と共に、スカーレットの意識が遠のきそうになる。魔法使いのスカーレットは、身体能力は一般人となんら変わらない。体力型のアラタの拳を耐えるなど、到底無理な話しだった。
だがスカーレットは帝国軍師団長。
万を超える軍勢を従える者としての意地、黒魔法使いの頂点に立ったプライドが、ここで倒れる事を許さなかった。
「ア・・・アァァァァァァァーーーーーーーーーッツ!」
膝から力が抜けて倒れそうになるが、気力で踏みとどまると、腹に力を入れて無理やり叫び声を上げた。
「なッ!?」
膝から崩れ落ちそうになったスカーレットが突然上げた大声で、今度はアラタが目を見開かされた。
こ、この女、魔法使いなのに今ので倒れないのか!?
手応えは十分にあった。確実に意識を絶つボディブローだった。だが執念か?絶叫して無理やり意識を呼び戻しやがった!
この女、まだやる気なのか!?
俺のダメージも大きい。今の右だって、威力はだいぶ落ちていたと思う。骨も折れてはいないだろう。
だがそれでも手応えで分かる。今の一発は内臓にダメージを与えたはずだ。
ましてこの女は魔法使い、物理に対する防御力なんて無いに等しいだろう。
呼吸をするだけでも腹部が痛んで、本当なら立つ事もできないはずだ。
「ハァッ・・・ゼェッ!・・・なめる、なよ、私は、スカーレット・シャリフだ、この程度で・・・負けるものかァァァッツ!」
口内の血を吐き出すと、スカーレットはアラタを鋭く睨みつけた。
額から流れる汗、口元に残る血の跡、スカーレットのダメージの大きさは明らかに見て取れる。
しかしその金茶色の瞳には、衰える事ない戦闘意欲が漲っていた。
「・・・こいつ・・・やるしか、ないか」
スカーレットの尋常ではない執念に、アラタも右の拳を握り締めて、顔の横で構えた。
左腕はもう動かせない。足にも力が入らず、もう戦う力なんて残っていない。それなのにまだ自分が立っていられるのは、おそらくこの風だ。
周囲の炎から、自分を護ってくれるこの緑色の風。
これは風の精霊だ。新緑の欠片を通して、風の精霊が護ってくれている。
そして風の精霊は炎から護ってくれるだけでなく、立てる力も貸してくれているんだ。
ありがとう・・・・・
風の精霊、キミ達のおかげで俺はまだ戦える。
弥生さん・・・弥生さんが感じた風がどういうものだったか、俺にも少し分かる気がします。
風はこんなにも大きくて優しいんですね。
俺は絶対に帰らなければならない。待っててくれる人がいるんだ。
俺は絶対に仲間を護る。みんなで帰るんだ。
「俺はこんなところで死ぬわけにはいかないッ!」
足元から立ち昇る緑色の風が一気に強さを増し、周囲の炎を吹き飛ばす程に激しく渦を巻いた!
「なにッ!?」
スカーレットは目を見張った。
今自分達が立っている場所は、空をも焼こうと立ち昇る、超高熱の火柱の中だ。
山の形を変える程の大爆発、それによって生まれたこの火柱は、何日も何十日にもわたり燃え続けるだろう。そう思わせる程のパワーを見せていた。
だが今、目の前で起こっているこれは何だ?
瀕死の黒髪の男から発せられる凄まじい風が、炎をかき消すように吹き飛ばしていく。
火の粉が飛ばされ、空に消えていく様は、スカーレットの脅威を感じさせた。
風の精霊の力を借りたとしても、ここまで引き出せるものなのか?
「き、貴様・・・いったい・・・」
限界を超えて尚、底の見えない力を発した黒髪の男。
こいつは生かしておいては駄目だ。今ここで殺しておかなければ・・・・・
手負いのスカーレットがある種の覚悟を決めて、一歩前に出ようとしたその時、背後から伸びた大きな手がスカーレットの肩を掴んだ。
「っ!?・・・お前・・・」
振り返ると、意識を失っていたはずのボウズ頭の男、デューク・サリバンが立っていた。
「・・・ここまでだ、退くぞ、スカーレット」
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