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1060 馴れ合い

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レイチェルは戦況を気にかけ、先に行くと言って、走って行ってしまった。

俺は背負うユーリに負担をかけないよう、急ぎ足ではあったが走らずに後を追いかけた。

正直、戦闘をみんなにまかせきりなのは心苦しく感じていたが、ユーリは相当疲労が溜まっているように見えた。心配し過ぎなのかもしれないが、できるだけ体に負担をかけないようにするには、早歩きくらいがギリギリだった。

そしてやっと目的地にたどり着いた時、俺の目に飛び込んで来たのは、ボウズ頭の大柄な男に頭を掴まれ、ぐったりとしているレイチェル。
そして険しい表情で、その大柄な男に向かって行くリカルドだった。


何が起きているのか理解はできなかった。
だが、このままリカルドが突っ込んで行けば、リカルドの身が危ない事だけは瞬時に感じ取った。
なぜならこの大柄な男は、俺に似た光をその体から放出していたからだ。

ただし俺の光とは違い、邪悪ささえ感じられる黒い光だったが・・・・・


「行って!」


短くも鋭い言葉が耳元で聞こえ、同時にユーリが背中から飛び降りた。

それを合図に、俺は弾かれたように飛び出した!

すでにリカルドもボウズ頭の男も、右ストレートのモーションに入っている。
そしてボクサーの俺には分かった。

リカルドと対峙しているボウズ頭の男は、やっている者の動きだ。
足、腰、肩の回し方、そして拳の打ち方、素人ではありえない滑らかで熟練した動き。
完全にカウンターで合わせている。

これはボクシング経験者の動きだ。
だからこそ見えた。このぶつかり合いは、ボウズ頭の男に軍配が上がる。


まずい・・・!あの黒い光、とんでもないエネルギーだ!
あんなのでカウンターの右をもらったら死ぬぞ!


俺は無我夢中で地面を蹴った!
リカルドは生意気だし、いつも一言多いし、可愛げがない。
だけど俺の事を兄ちゃんって呼んで、本当に困った時には文句を言いながら助けてくれるんだ。

健太とはタイプが違うけど、俺はリカルドの事を、弟のように思ってる。



・・・本当にギリギリの際どいタイミングだった。

だが間一髪でリカルドを押し飛ばす事ができた。
そしてほぼ同時に俺の髪を、まるで大砲のような、もの凄い圧を持った拳がかすめた。

もし、本当にこれをくらっていたらと思うと、背筋がゾッとする思いだった。
俺はそのまま転がるようにして前方に着地し、後ろを振り返った。


そして・・・・・


「・・・・・村戸、さん?」


そのボウズ頭の男には、見覚えがあった。

記憶にある村戸さんの姿より、白髪もシワも多くてだいぶ老けている。
村戸さんは三十歳だったはずだ。だが今俺の目の映る村戸さんは、五十歳と言われても信じてしまう。

だがそれでも俺は、この男が村戸さんだと分かった。
どんなに姿が変わっても、それでも俺には分かる。この人は村戸さんだ・・・・・


弥生さんは今から200年も前の時代に転移していた。
ならば村戸さんにも、同じ事が当てはまるのだろう。俺はこの世界に転移してまだ二年目だが、村戸さんは十年以上も前にこの世界に来た。そういう事なのだろう。


「・・・・・・・・・新、か」


耳に残る村戸さんの声より、少し渋みと重さが出ていた。
だがやはりこの声は村戸さんのものだった。


「村戸さん、なんで・・・」

回りに目を向けて、俺は愕然とした。

聞きたい事は山のようにあった。
だがなにより先にも、最初に聞かなければならない事がある。


陥没した地面にうつ伏せで倒れているアゲハ。
土砂を被って倒れているリーザ。
口から血を吐いて倒れているエクトール。
仰向けで体を投げ出して倒れているレミュー。

そして村戸さんの足元で、頭から血を流して倒れているレイチェル・・・・・


「これは、村戸さんが・・・・・」

村戸さんがやったんですか?

その言葉は最後まで口にできなかったが、村戸さんは俺の聞きたい事に答えた。


「そうだ。ここで倒れているヤツらは俺がやった」


村戸さんは何でもない事のように、この惨状は自分の手でやったとあっさり認めた。


「そんな・・・俺の、俺の大切な、仲間なんです・・・・・なんで・・・」

心臓が大きく高鳴った。
聞きたくなかった。認めてほしくなかった。

村戸さんが・・・あの村戸さんが、俺の大切な人達を傷つけるなんて・・・・・


「新・・・何を世迷言を言っている?これは戦争なんだ。すでに帝国とクインズベリーは、引き返せないところまで来ている。ここは日本とは違う・・・・・戦いとは命のやりとりなんだ。お前、その覚悟も無くここまで来たのか?」

村戸さんから、冷たささえ感じる低い声を向けられる。
そしてそれは、あまい考えのままこの場に立った俺を、非難しているように聞こえた。

「新、お前がアマでデビューした時、俺が言った言葉を覚えているか?」

「え?」

そして腹の底まで冷えるような、鋭い殺気を込めた目で俺を睨むと、次の瞬間その姿を消した。


「ガッッ!?」

突然の腹を突き刺す強烈な衝撃に、呼吸が止まり意識が飛びそうになる。

一瞬にして俺の懐に入り込んだ村戸さんが、左のボディブローを俺の腹に突き刺していた。


「覚悟を持ってリングに上がれ。新、お前戦場で敵と馴れ合うようじゃ、死ぬだけだぞ」
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