上 下
1,055 / 1,277

1054 リカルドの罠

しおりを挟む
リカルド・ガルシアは自分の手が微かに震えている事に気付き、小さく舌を打った。

原因は言うまでもない。
目の前のボウズ頭の男と向かい合っているからだ。

この男の発する異様な空気、それは静かだが呼吸をする事さえ躊躇われるような、恐ろしいまでの重圧となってリカルドの体にぶつけられていた。



「んだよ・・・ふざけんな」

あえて言葉にしたのは、吞まれないようにするため。
ただ対峙しているだけでも気圧されそうになる自分を、懸命に踏みとどまらせているのだ。

額から流れた落ちた一滴の汗が、地面に吸い込まれて小さなシミを作った。
いつの間にか全身にぐっしょりと汗を掻いていた。

手の平も濡れて、弓も矢も滑り落ちそうになる。だが今弓矢を下ろすわけにはいかない。

この弓矢はデューク・サリバンとの距離だ。
この弓矢を構えている限り、デューク・サリバンと一定の距離を保つ事ができる。
もし今この弓矢を下ろせば、一瞬で間合いを詰められ、自分もあの拳の餌食になるだろう。

アゲハもリーザも騎士達も、なすすべがなく簡単に倒されてしまった。

まともに正面からやっても、勝てるイメージがまるで描けない。あっさりと殺されてしまうだろう。その恐怖心が、リカルドに戦う姿勢を取らせ続けた。


「・・・俺が怖いのか?」


リカルドをじっと見つめ続けていたデュークが、ふいに口を開いた。

勇ましく弓を構えて睨んで来るが、頬を伝う汗と体の震えから、それが虚勢だと言うのは分かる。
弓の腕は良いものを持っているようだが、ただそれだけだ。

デューク・サリバンにとってはリカルドも、敵として認識するには足りない小物でしかなかった。
二人の距離は十数メートル程離れている。デュークの声も呼びかけるような大きなものではなかった。だが口にした言葉は、ハッキリとリカルドの耳に届いた。



「・・・あ?」

それはプライドが高いリカルドにとって、許せない言葉の一つだった。
いつも憎まれ口を叩いているが、リカルドは卑怯な振る舞いや、臆病と言われる行動はした事がない。
仕事にも弓にも誇りを持っている。それゆえに今のデュークの言葉は、リカルドにとって侮辱でしかなかった。


「・・・てめぇ、なめてんじゃねぇぞ?」

リカルドの、男としてのプライドに火が付いた。
怒りが恐怖を上回り、力強く弓を引くと、デューク・サリバンの額に狙いを付けた。

「ほう・・・臆病風に吹かれたと思ったが、あくまでやるつもりか?いいだろう、相手になってやる」

突如としてリカルドの目つきが変わり、自分に対する怯えも見えなくなった。
一瞬にして恐怖を消したリカルドに、デュークは僅かながらに驚きも感じていた。

だがそれでもデューク・サリバンにとって、眼の前の弓使いは脅威となりうる存在ではない。
己の額に狙いをつけられながらも、デュークはリカルドに向かって真っすぐ足を踏み出した。


「ッ野郎!?」

完全に舐められている。そうとしか思えなかった。

矢を向けているにも関わらず、一切警戒する様子も見せず、ただ自分に向かって最短の距離を歩いて来る。
お前など眼中にない。そう言わんばかりに、デュークはリカルドに対して無防備だった。

「舐めてんじゃねぇぞォォォォォーーーーーーーッツ!」

怒りと共に、鉄の矢を撃ち放つ!
真っ直ぐに射られた矢は、一直線にデュークの額に向かっていく!


「・・・フッ」

小さく息をつくと、デュークはリカルドの放った鉄の矢を、拳で一つで軽々と弾いて見せた。


「ッ!?」


「貴様の狙いが首から上なのは分かり切っている。そこしか矢が刺さるところはないからな」

そう話しながら、デュークは身に着けている深紅の鎧を指差した。
首から下は全身ガッチリと固めている。矢で狙う場所など、何にも守られていない頭部しかなかった。

二人の距離はおよそ十メートル程にまで迫った。
この間隔で軽々と矢を弾かれた事に、リカルドは驚き息を飲んだ。
だがデュークにとっては、狙いが分かっている簡単な作業だった。

「くそ野郎がァァァーーーーッツ!」

声を張り上げると、リカルドは連続して矢を撃ち放った!
単発では通用しない。ならば一射、二射、三射、矢が尽きるまででも撃つ!

「フン、芸の無いことだ」

デューク・サリバンは次々に飛んでくる矢を、表情一つ変えずに両の拳で打ち落とした。
デュークの目とハンドスピードは、撃ち放たれた矢を完全に捉えていた。
そして狙いが唯一剥き出しになっている顔面しかないと分かっていれば、十メートルの距離であろうと、何発射られようと、防ぐ事は造作もなかった。

「・・・無駄なあがきだ、そろそろ諦めたらどうだ?」

打ち落とした矢の数が二十を数えた頃、デュークはつまらなそうに呟いた。
馬鹿正直に顔だけをずっと狙って来る、数を撃てば当たるとでも思っているのかもしれないが、もう飽きた。十分に付き合ってやったし、そろそろ終わりにしよう。

次の矢を弾いたら、距離を詰めて殴り殺す。

そう決めて眼前に迫る矢に、左の拳を合わせようとしたその時・・・デュークは見た。

散々矢を防がれた弓使いが、口の端を持ち上げて不敵に笑ったのだ。

自分の攻撃が全く通用しないのだから、もっと焦ってもいいだろう。
だがこの緑色の髪の少年は、まるで獲物を罠にハメたように、ニヤリと笑いデュークを見た。


「ばーか!単純なんだよ」

右手の親指を下に向けて、リカルドは勝ち誇ったよう舌を出した。

デュークがリカルドの狙いに気付いたのは、その直後だった。
己の左拳が目の前の矢に触れた時、その矢尻の色が、これまでの銀色に光る鉄製ではなく、土色だと気付いた。

なんだ?この矢だけ色が違うぞ。

この弓使いの勝ち誇った顔・・・馬鹿正直に顔だけ狙って来た事・・・無駄だと分かっていたのに撃ち続け、ここにきて突然今までと違う矢が放たれた・・・まさか!この俺を嵌めたのか!?

デュークの拳が土色の矢に触れたその瞬間、耳をつんざく轟音が鳴り響き、デューク・サリバンは空高く吹き飛ばされた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...