上 下
1,052 / 1,298

1051 たった一つだけ覚えているもの

しおりを挟む
帝国軍第七師団長デューク・サリバン。

身長180cm、長身ではあるが見上げる程ではない。
だが筋骨隆々の体躯は、男を身長の以上に大きく見せていた。

鼻の下と口の周りに生やしているヒゲはほとんどが白く、黒い毛は少ない。
頭髪はボウズだが、やはり白髪の割合が多い。

そして顔に刻まれた深いシワも相まって、男の実年齢は41だが、一見すると五十代に見えてもおかしくなかった。

この風貌は、この男・・・デューク・サリバンが、今日この日までどうやって生きて来たのか?
その壮絶な人生を物語っているようだった。


そして帝国軍の幹部の象徴とも言える、深紅の鎧を身に纏い、デューク・サリバンはアゲハ達の前に立った。




アゲハとデューク・サリバン、両者の間にはおよそ5メートル程の間隔があった。
長物を持つアゲハにとって、この距離は射程圏である。
対してデューク・サリバンは、武器らしい物は何も手にしていない。

射程の不利を埋めるために、攻撃用の魔道具を持っている可能性はゼロではないが、デューク・サリバンを知っているアゲハは、デュークに限ってはそれは無いと確信していた。

なぜならアゲハの知る限り、デューク・サリバンは剣だろうと槍だろうと斧だろうと、武器という武器を使った事はただの一度も無いからだ。


ではデューク・サリバンは何を使い戦うのか?


「・・・久しぶりだな、デューク・・・」

右手で薙刀の柄を上から掴み、左手は刃側を下から握る。
そしてデュークの顔に刃を突きつけるように向けて、アゲハは口を開いた。

顔にも声にも動揺を出さないように平静を装っているが、心臓は平常より速く鼓動を打ち、気負いから上半身がやや前のめりになっていた。


「・・・懐かしい匂いに足を運んでみたが・・・アゲハ、お前ではないな。瓜二つだが、お前は懐かしむ相手ではない」

デューク・サリバンは、目を細めてじっとアゲハを見つめた後、小さく息を吐き出した。

「懐かしむ?・・・何のことだ?」

デュークの言葉の真意が分からず、アゲハは怪訝な顔で言葉を返した。

アゲハの質問に答えたのか、それともただ自分が心の内を口にしたかっただけなのか、デューク・サリバンは空を仰いで口を開いた。


「遠い・・・遠い昔の話しだ。今となってはあの日々が現実だったのか、それとも長い夢を見ていただけなのか・・・俺にも分からなくなった。朝目が覚めれば見慣れた自分の部屋があり、何もかも元に戻っているはずだ・・・毎日そう思っていた。だが時が経つにつれて、だんだんと今を受け入れなければならないと気が付いた・・・・・」

「だから、いったい何の話しをしている!」

デューク・サリバンの突然の独白に、アゲハは異様さを感じて、薙刀を握る腕に力が入った。

この男は自分に話しかけているようで、その実は相手の反応など求めていない。
自分が話そうと思ったから話している。ただそれだけなのだ。

目の前には刃を向けているアゲハがいるにも関わらず、構えを取る事もせず、まったく警戒している様子さえない。

つまり、デューク・サリバンにとって、アゲハは警戒するに値しない相手と判断されているのだ。



舐められている。

言葉に出さずとも、この状況ではそう捉えるしかない。

確かにデューク・サリバンは、皇帝の最側近だ。
同じ師団長という肩書でも、デュークが明らかに一つ上の位に立っていた事は分かっている。

だがそれでも師団長は師団長。
デューク・サリバンと肩を並べていた事に変わりはない。そう思っていた。


だが現実はどうだ?
この男は目の前にいる自分を全く見ていない。

アゲハの実力を知っているのなら、刃を向けられてこうも無防備にできるはずがない。

・・・・・自分の事などまるで眼中にないのだ

屈辱が刃のように胸に突き刺さり、奥歯がギリッと音を鳴らすくらい強く噛み締めた。


 「・・・俺にはもう何が現実で何が夢なのか分からない。今この瞬間でさえな・・・だが、たった一つ・・・たった一つだけ、今もハッキリと覚えている事がある」


そこまで話して、デューク・サリバンは視線を正面に戻した。

「え・・・・・?」

思わず言葉が口を突いて出た。
なぜなら向かい合うデューク・サリバンの黒い瞳には、深い悲しみが浮かんで見えたからだ。

帝国にいた時もあまり話す事はなかった。
口数が少なく、あまり感情を表に出すタイプではなかったからだ。

皇帝の傍にいる事が多く、他の師団長とも最低限の関わりしか持たない。
淡々とした男だと思っていた。


「デューク・・・お前、いったいなに・・・ッ!?」


アゲハが戸惑いを見せたその時、デューク・サリバンは一瞬にしてアゲハの脇を通り抜けていた。

デューク・サリバンから視線を外さなかった。
最大限の警戒を持っていた。

だがそれでもデューク・サリバンを見失った。



そして背後から耳元で囁かれた言葉が、アゲハの耳に届いた。



「弥生の顔は今でもハッキリ覚えている。瓜二つだがお前は違う・・・」



左肩に感じたズシリとした重さ・・・それがデューク・サリバンの手だとアゲハが認識し、振り返ろうとしたその瞬間、一瞬の抵抗さえできない物凄い力が全身に圧し掛かった。

「ッ!?」

潰される!そう感じてしまう程の、凄まじい圧力だった。

アゲハの体は、デュークの左手一本で地面に押し付けられていた。
体を起こす事など到底できない、あまりにも圧倒的な腕力。

デュークがアゲハの背中を更に一押しすると、メリメリと嫌な音を立てて、アゲハの体を中心に地面に亀裂が入り出した。

デュークがその時になれば、このまま地中に沈める事も可能だろう。

「ウッ!アガァァァーーーッツ!」

背骨が砕けてしまいそうな耐え難い痛みに、アゲハは叫び声を上げた。


「お前は偽物だ」


淡々としたデュークの声が、頭の上からかけられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家
ファンタジー
 科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。  実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。  無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。  辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~

白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。 日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。 ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。 目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ! 大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ! 箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。 【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】

異世界で『魔法使い』になった私は一人自由気ままに生きていきたい

哀村圭一
ファンタジー
人や社会のしがらみが嫌になって命を絶ったOL、天音美亜(25歳)。薄れゆく意識の中で、謎の声の問いかけに答える。 「魔法使いになりたい」と。 そして目を覚ますと、そこは異世界。美亜は、13歳くらいの少女になっていた。 魔法があれば、なんでもできる! だから、今度の人生は誰にもかかわらず一人で生きていく!! 異世界で一人自由気ままに生きていくことを決意する美亜。だけど、そんな美亜をこの世界はなかなか一人にしてくれない。そして、美亜の魔法はこの世界にあるまじき、とんでもなく無茶苦茶なものであった。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

処理中です...