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1051 たった一つだけ覚えているもの
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帝国軍第七師団長デューク・サリバン。
身長180cm、長身ではあるが見上げる程ではない。
だが筋骨隆々の体躯は、男を身長の以上に大きく見せていた。
鼻の下と口の周りに生やしているヒゲはほとんどが白く、黒い毛は少ない。
頭髪はボウズだが、やはり白髪の割合が多い。
そして顔に刻まれた深いシワも相まって、男の実年齢は41だが、一見すると五十代に見えてもおかしくなかった。
この風貌は、この男・・・デューク・サリバンが、今日この日までどうやって生きて来たのか?
その壮絶な人生を物語っているようだった。
そして帝国軍の幹部の象徴とも言える、深紅の鎧を身に纏い、デューク・サリバンはアゲハ達の前に立った。
アゲハとデューク・サリバン、両者の間にはおよそ5メートル程の間隔があった。
長物を持つアゲハにとって、この距離は射程圏である。
対してデューク・サリバンは、武器らしい物は何も手にしていない。
射程の不利を埋めるために、攻撃用の魔道具を持っている可能性はゼロではないが、デューク・サリバンを知っているアゲハは、デュークに限ってはそれは無いと確信していた。
なぜならアゲハの知る限り、デューク・サリバンは剣だろうと槍だろうと斧だろうと、武器という武器を使った事はただの一度も無いからだ。
ではデューク・サリバンは何を使い戦うのか?
「・・・久しぶりだな、デューク・・・」
右手で薙刀の柄を上から掴み、左手は刃側を下から握る。
そしてデュークの顔に刃を突きつけるように向けて、アゲハは口を開いた。
顔にも声にも動揺を出さないように平静を装っているが、心臓は平常より速く鼓動を打ち、気負いから上半身がやや前のめりになっていた。
「・・・懐かしい匂いに足を運んでみたが・・・アゲハ、お前ではないな。瓜二つだが、お前は懐かしむ相手ではない」
デューク・サリバンは、目を細めてじっとアゲハを見つめた後、小さく息を吐き出した。
「懐かしむ?・・・何のことだ?」
デュークの言葉の真意が分からず、アゲハは怪訝な顔で言葉を返した。
アゲハの質問に答えたのか、それともただ自分が心の内を口にしたかっただけなのか、デューク・サリバンは空を仰いで口を開いた。
「遠い・・・遠い昔の話しだ。今となってはあの日々が現実だったのか、それとも長い夢を見ていただけなのか・・・俺にも分からなくなった。朝目が覚めれば見慣れた自分の部屋があり、何もかも元に戻っているはずだ・・・毎日そう思っていた。だが時が経つにつれて、だんだんと今を受け入れなければならないと気が付いた・・・・・」
「だから、いったい何の話しをしている!」
デューク・サリバンの突然の独白に、アゲハは異様さを感じて、薙刀を握る腕に力が入った。
この男は自分に話しかけているようで、その実は相手の反応など求めていない。
自分が話そうと思ったから話している。ただそれだけなのだ。
目の前には刃を向けているアゲハがいるにも関わらず、構えを取る事もせず、まったく警戒している様子さえない。
つまり、デューク・サリバンにとって、アゲハは警戒するに値しない相手と判断されているのだ。
舐められている。
言葉に出さずとも、この状況ではそう捉えるしかない。
確かにデューク・サリバンは、皇帝の最側近だ。
同じ師団長という肩書でも、デュークが明らかに一つ上の位に立っていた事は分かっている。
だがそれでも師団長は師団長。
デューク・サリバンと肩を並べていた事に変わりはない。そう思っていた。
だが現実はどうだ?
この男は目の前にいる自分を全く見ていない。
アゲハの実力を知っているのなら、刃を向けられてこうも無防備にできるはずがない。
・・・・・自分の事などまるで眼中にないのだ
屈辱が刃のように胸に突き刺さり、奥歯がギリッと音を鳴らすくらい強く噛み締めた。
「・・・俺にはもう何が現実で何が夢なのか分からない。今この瞬間でさえな・・・だが、たった一つ・・・たった一つだけ、今もハッキリと覚えている事がある」
そこまで話して、デューク・サリバンは視線を正面に戻した。
「え・・・・・?」
思わず言葉が口を突いて出た。
なぜなら向かい合うデューク・サリバンの黒い瞳には、深い悲しみが浮かんで見えたからだ。
帝国にいた時もあまり話す事はなかった。
口数が少なく、あまり感情を表に出すタイプではなかったからだ。
皇帝の傍にいる事が多く、他の師団長とも最低限の関わりしか持たない。
淡々とした男だと思っていた。
「デューク・・・お前、いったいなに・・・ッ!?」
アゲハが戸惑いを見せたその時、デューク・サリバンは一瞬にしてアゲハの脇を通り抜けていた。
デューク・サリバンから視線を外さなかった。
最大限の警戒を持っていた。
だがそれでもデューク・サリバンを見失った。
そして背後から耳元で囁かれた言葉が、アゲハの耳に届いた。
「弥生の顔は今でもハッキリ覚えている。瓜二つだがお前は違う・・・」
左肩に感じたズシリとした重さ・・・それがデューク・サリバンの手だとアゲハが認識し、振り返ろうとしたその瞬間、一瞬の抵抗さえできない物凄い力が全身に圧し掛かった。
「ッ!?」
潰される!そう感じてしまう程の、凄まじい圧力だった。
アゲハの体は、デュークの左手一本で地面に押し付けられていた。
体を起こす事など到底できない、あまりにも圧倒的な腕力。
デュークがアゲハの背中を更に一押しすると、メリメリと嫌な音を立てて、アゲハの体を中心に地面に亀裂が入り出した。
デュークがその時になれば、このまま地中に沈める事も可能だろう。
「ウッ!アガァァァーーーッツ!」
背骨が砕けてしまいそうな耐え難い痛みに、アゲハは叫び声を上げた。
「お前は偽物だ」
淡々としたデュークの声が、頭の上からかけられた。
身長180cm、長身ではあるが見上げる程ではない。
だが筋骨隆々の体躯は、男を身長の以上に大きく見せていた。
鼻の下と口の周りに生やしているヒゲはほとんどが白く、黒い毛は少ない。
頭髪はボウズだが、やはり白髪の割合が多い。
そして顔に刻まれた深いシワも相まって、男の実年齢は41だが、一見すると五十代に見えてもおかしくなかった。
この風貌は、この男・・・デューク・サリバンが、今日この日までどうやって生きて来たのか?
その壮絶な人生を物語っているようだった。
そして帝国軍の幹部の象徴とも言える、深紅の鎧を身に纏い、デューク・サリバンはアゲハ達の前に立った。
アゲハとデューク・サリバン、両者の間にはおよそ5メートル程の間隔があった。
長物を持つアゲハにとって、この距離は射程圏である。
対してデューク・サリバンは、武器らしい物は何も手にしていない。
射程の不利を埋めるために、攻撃用の魔道具を持っている可能性はゼロではないが、デューク・サリバンを知っているアゲハは、デュークに限ってはそれは無いと確信していた。
なぜならアゲハの知る限り、デューク・サリバンは剣だろうと槍だろうと斧だろうと、武器という武器を使った事はただの一度も無いからだ。
ではデューク・サリバンは何を使い戦うのか?
「・・・久しぶりだな、デューク・・・」
右手で薙刀の柄を上から掴み、左手は刃側を下から握る。
そしてデュークの顔に刃を突きつけるように向けて、アゲハは口を開いた。
顔にも声にも動揺を出さないように平静を装っているが、心臓は平常より速く鼓動を打ち、気負いから上半身がやや前のめりになっていた。
「・・・懐かしい匂いに足を運んでみたが・・・アゲハ、お前ではないな。瓜二つだが、お前は懐かしむ相手ではない」
デューク・サリバンは、目を細めてじっとアゲハを見つめた後、小さく息を吐き出した。
「懐かしむ?・・・何のことだ?」
デュークの言葉の真意が分からず、アゲハは怪訝な顔で言葉を返した。
アゲハの質問に答えたのか、それともただ自分が心の内を口にしたかっただけなのか、デューク・サリバンは空を仰いで口を開いた。
「遠い・・・遠い昔の話しだ。今となってはあの日々が現実だったのか、それとも長い夢を見ていただけなのか・・・俺にも分からなくなった。朝目が覚めれば見慣れた自分の部屋があり、何もかも元に戻っているはずだ・・・毎日そう思っていた。だが時が経つにつれて、だんだんと今を受け入れなければならないと気が付いた・・・・・」
「だから、いったい何の話しをしている!」
デューク・サリバンの突然の独白に、アゲハは異様さを感じて、薙刀を握る腕に力が入った。
この男は自分に話しかけているようで、その実は相手の反応など求めていない。
自分が話そうと思ったから話している。ただそれだけなのだ。
目の前には刃を向けているアゲハがいるにも関わらず、構えを取る事もせず、まったく警戒している様子さえない。
つまり、デューク・サリバンにとって、アゲハは警戒するに値しない相手と判断されているのだ。
舐められている。
言葉に出さずとも、この状況ではそう捉えるしかない。
確かにデューク・サリバンは、皇帝の最側近だ。
同じ師団長という肩書でも、デュークが明らかに一つ上の位に立っていた事は分かっている。
だがそれでも師団長は師団長。
デューク・サリバンと肩を並べていた事に変わりはない。そう思っていた。
だが現実はどうだ?
この男は目の前にいる自分を全く見ていない。
アゲハの実力を知っているのなら、刃を向けられてこうも無防備にできるはずがない。
・・・・・自分の事などまるで眼中にないのだ
屈辱が刃のように胸に突き刺さり、奥歯がギリッと音を鳴らすくらい強く噛み締めた。
「・・・俺にはもう何が現実で何が夢なのか分からない。今この瞬間でさえな・・・だが、たった一つ・・・たった一つだけ、今もハッキリと覚えている事がある」
そこまで話して、デューク・サリバンは視線を正面に戻した。
「え・・・・・?」
思わず言葉が口を突いて出た。
なぜなら向かい合うデューク・サリバンの黒い瞳には、深い悲しみが浮かんで見えたからだ。
帝国にいた時もあまり話す事はなかった。
口数が少なく、あまり感情を表に出すタイプではなかったからだ。
皇帝の傍にいる事が多く、他の師団長とも最低限の関わりしか持たない。
淡々とした男だと思っていた。
「デューク・・・お前、いったいなに・・・ッ!?」
アゲハが戸惑いを見せたその時、デューク・サリバンは一瞬にしてアゲハの脇を通り抜けていた。
デューク・サリバンから視線を外さなかった。
最大限の警戒を持っていた。
だがそれでもデューク・サリバンを見失った。
そして背後から耳元で囁かれた言葉が、アゲハの耳に届いた。
「弥生の顔は今でもハッキリ覚えている。瓜二つだがお前は違う・・・」
左肩に感じたズシリとした重さ・・・それがデューク・サリバンの手だとアゲハが認識し、振り返ろうとしたその瞬間、一瞬の抵抗さえできない物凄い力が全身に圧し掛かった。
「ッ!?」
潰される!そう感じてしまう程の、凄まじい圧力だった。
アゲハの体は、デュークの左手一本で地面に押し付けられていた。
体を起こす事など到底できない、あまりにも圧倒的な腕力。
デュークがアゲハの背中を更に一押しすると、メリメリと嫌な音を立てて、アゲハの体を中心に地面に亀裂が入り出した。
デュークがその時になれば、このまま地中に沈める事も可能だろう。
「ウッ!アガァァァーーーッツ!」
背骨が砕けてしまいそうな耐え難い痛みに、アゲハは叫び声を上げた。
「お前は偽物だ」
淡々としたデュークの声が、頭の上からかけられた。
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