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1050 戦場に現れた男

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「おい、青髪!お前大丈夫かよ!?」

地面に手を着き、荒い呼吸で大粒の汗を流しているレイマートに、リカルドが駆け寄った。

「はぁッ!はぁッ!ぐぅっ・・・はぁッ!ぜぇッ!・・・う、ぐうぅ・・・」

「おい、お前・・・顔色めっちゃ悪いぞ、やべぇな・・・おーい!ユーリ!いねぇのか!?」

血の気が引いた青白い顔で、苦しそうに辛うじて呼吸だけを繰り返しているレイマートを見て、リカルドは状況が一刻を争うと察した。

レオンクローで白い大蛇ユーンの頭を斬り裂いた後、レイマートは残っていた胴体にも闘気の爪を突き立てた。
そして完全にユーンを始末したのだが、レイマートはユーンが噴き出した毒の霧を頭からかぶってしまった。言わばレイマートは、毒を浴びる事と引き換えに、ユーンを倒したのだ。

そして今、そのレイマートは蛇の毒によって、自分の命が危機にさらされていた。


リカルドは何度かユーリの名前を呼んだが、一向に返事が無い。
どうやらユーリは、まだここまでたどり着いていないようだ。
戦闘の気配を察して、自分達が先行して飛ばして来た事を思い出し、リカルドは舌を打った。

「チッ、ユーリがここに来るまでもう少しかかりそうだな。しかたねぇ・・・キュアには負けるけど、リカルドさん特性の毒消しをくれてやんよ。お前これから俺の事、リカルドさんて呼べよ?」

もったいつけた言い方をしているが、リカルドはレイマートの様子を見て、手早く腰に巻いたポーチから小さな金属製のビンを取り出すと、フタを外してレイマートの口元に差し出した。

レイジェスで働く前は、父親と狩りをしに山へ入っていたリカルドは、動物の生態系にも詳しい。
蛇が沢山いると聞いていれば、当然毒消しの準備を怠るはずがなかった。
普段のいい加減な言動からは想像できないくらい、リカルドは事前準備をする几帳面な性格をしていた。

「オラ、ちゃんと自分で飲めよ?俺は死ぬ寸前でも、男に口移しだけは絶対にしねぇって誓ってんだ」

「ぐぅ・・・はぁッ!はぁッ!・・・」

レイマートは言い返す余裕もなく、震える左手でビンを受け取ると、そのまま一気に喉に流し込んだ。

「・・・よし、飲んだな?んじゃ後は寝てろ。すぐに効いてくっからよ」

レイマートから返事は無かったが、リカルドの声が聞こえたのだろう。
張りつめていた物が切れたように、その場に崩れ落ちた。





「おーいリカルド、こっちは終わったぞー」

少し離れたところで戦っていたアゲハとリーザが歩いて来た。
その数歩後ろには、レミューとエクトールも付いて来ている。

四人で88匹の大蛇を全滅させ、小さな蛇達も確認できる範囲では始末してきた。
この戦いは、これで決着を迎えたと言っていいだろう。


「ん、なにかあったのか?」

呼びかけても背中を向けたままで、こちらに振り返ろうとしないリカルドに、アゲハは眉を潜めた。
声が聞こえない距離ではない。つまり意図的に無視をしているのだ。

アゲハ達四人は顔を見合わせた。
それぞれが黙って頷くと、いったいリカルドが何をしているのか確認しようと、背中越しにのぞき込んで驚きの声を上げた。

「えっ!?」

アゲハ達は驚きに顔を強張らせた。

そこには青白い顔で、力無く横たわっているレイマートがいた。
そしてそリカルドは、そのレイマートの頭を抱え、小さなビンを口にあてがっている。
何かを飲ませているようだ。

リカルドには、いつものふざけた様子は一切見えない。真剣な眼差しには焦燥感さえ浮かんで見える。
緊迫感漂うその様子を見て、全員がただ事ではないと見て取った。


「レイマートがこんな・・・・・まさか、毒か?」

レミューはリカルドの隣に腰を下ろすと、レイマートの顔を見つめたままリカルドに問いかけた。

「・・・ああ、こいつ蛇のボスの毒をまともに被ったんだよ。俺特性の毒消しを飲ませたんだけど、ほとんど効果がなかった・・・マジ予想外だぜ。ここまで強ぇ毒なんて初めてだ。今は残りの毒消しを飲ませてなんとか持ちこたえてっけど、このままだとこいつマジで死ぬぞ」

眉間にシワを寄せながら、リカルドはレミューの質問に答えた。
そして説明を終えると、ここでやっと顔を上げてアゲハを見た。

「アゲハ、お前ダッシュで戻ってユーリを連れて来いよ。ユーリのキュアならなんとかなっから。俺の持ってる毒消しはこれでラストだ。マジでやべぇから、マジ急げ!」

「ユーリだな、分かった」

額から汗を流して、切羽詰まった表情を見せるリカルドに、アゲハもレイマートがどれだけ深刻な状態かを感じ取った。



そしてすぐに来た道を戻ろうと、一歩足を踏み出したその時・・・

「えッ!?・・・」

アゲハは目を見開いた。
体は硬直したようにビタリと動かなくなり、心臓が大きく跳ね上がった。

視線の先、まだ数十メートル程離れているが、その男は真っすぐこっちに向かって歩いていた。
足取りに迷いが無い。それは男が明確な目的を持っていると察せられる。


一筋の冷たい汗が、アゲハの頬を伝い落ちた。


まさか・・・いや、間違いない、あの男は・・・・・

なぜだ?・・・なぜあの男がここにいる?
あの男が皇帝の傍を離れるなんて・・・いったい・・・・・




「おい、アゲハ!お前さっさと・・・?」

動こうとしないアゲハに苛立ち、リカルドは言葉をぶつけようとした。
だがアゲハの様子が普通じゃない事に気が付いた。

まるでそこから目が離せないと言うように、口を結んでじっと前方を見ている。

リカルドは怪訝な顔で、アゲハの視線を追って顔を向けた。
そして一人の男の姿が目に入った。


「あ?・・・誰だアイツ?」


リカルドの呟きは聞こえていたが、アゲハは答える事ができなかった。


手の平にジワリと汗が滲み、滑り落ちそうになる薙刀を強く握り直した。
男は一歩一歩近づいて来る。その歩みは早くも無く、遅くも無いが、一歩近づいて来るごとに、その輪郭がハッキリと見えてくる。


・・・・・緊張から動悸が早くなり、飲みこんだ唾がやけに大きく耳に届いた。



「・・・アゲハ、あの男を知っているのか?」

硬い表情のアゲハと、その視線の先に映る人物を交互に見て、隣に立つリーザが問いかけた。

レミューとエクトールも尋常ではない雰囲気を感じとり、鉄の剣を握り締めて、こちらに向かって歩いて来る男に警戒態勢をとった。


そして全員の視線がアゲハに集まると、アゲハは一度大きく息を吸って、意を決したように口を開いた。


「・・・アイツは、ブロートン帝国皇帝ダスドリアン・ブルーナーの最側近、そして帝国軍第七師団長のデューク・サリバンだ」
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