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1036 形勢が傾くのは

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「な・・・なんだと・・・き、貴様!?」

バドゥ・バックは驚愕した。
闇の拳で目の前のゴールド騎士の頭を、叩き潰したと思った。

闇の瘴気で作った腕には、伸ばせる限界値というものはない。瘴気が出せる限りどこまでも長く伸ばせるし、大きくする事も可能なのだ。

そしてこの闇は人間の体を害するものである。

大蛇サローンの吐いた黒い煙がエミリーの結界を蝕んだように、闇の瘴気にうかつに触れればただではすまない。
レイマートもバドゥ・バックの闇の拳を、無防備な頭に叩き込まれていれば、一発で戦闘不能だった可能性は高い。

だがそうはならなかった。なぜなら・・・・・


「何を驚いてやがる?闇を斬り裂けるなら、受け止める事もできる。それだけだぜ」

青い髪のゴールド騎士は、その輝く右手でバドゥ・バックの闇の拳を受け止めていた。

「ば、馬鹿な!わ、私の闇を受け止めるだと!?」

「オラァッツ!」

闇の拳を受け止められて動揺したところを、レイマートは闘気を込めた右手を振るって払い飛ばした。
振り払われた衝撃で体勢を崩し、足元がよろけたところをレイマートは見逃さなかった。

右足で地面を強く蹴ると、一歩でバドゥ・バックの首を刈り取れる距離まで詰め寄った。
右手に込めた闘気も充実している。
初撃程の威力は望めないが、それでもバドゥ・バックの頭を飛ばすくらいの力は十分に残っていた。

「終わりだ」

左足で懐深く踏み込むと、腰を左に捻りながら右手を突き上げるようにして、バドゥ・バックの顔面に真っすぐ繰り出す!

レオンクローがバドゥ・バックの首から上を刈り取ろうとしたその時、レイマートの耳は確かに聞いた。


「かかったな」


それはほんの小さな囁き。
独り言とも言えないような、声にならない声。

だがレイマートは敵の命を刈り取る寸前で、バドゥ・バックは己の命が奪われる直前、一つの命がかかった極限状態が、互いの神経を限界まで研ぎ澄ました結果、レイマートの耳は本来聞こえるはずのない微かな声さえも拾う事ができた。


かかったな、だと?

俺を誘ったといういうのか?つまりここまでの流れがこの蛇野郎の筋書きだったと言うのか?

いや、そんなはずはない。最初のレオンクローで死んでいた可能性だってあるんだ。
あの反応はどう考えても、俺の奇襲を予見できていなかった。

だが、だったらこの、かかったな、という言葉はなんだ?
どういう意味で口にした?
ハッタリか?いや、それならこんな小さな声で呟くか?それすらもハッタリのうちか?
くそっ、分からない!だがどうする?このまま振り抜くか?少なくともこのレオンクローは間違いなく当たる。当たればこいつの首は飛ぶ。それで決着だ。

だが・・・・・


「・・・くそッ!」

バドゥ・バックの懐深くに踏み入れた左足に力を込めて、レイマートは大きく後ろに飛び退いた。
標的を仕留める絶好の機会だったが、レイマートの選んだ選択は、距離を取る、だった。

なぜレオンクローを振り抜かなかったのか?

レイマートは自分に万一の事があった場合、残されたフィル達三人の安否を気にかけていた。
この一撃でバドゥ・バックを仕留められるのならばそれでいいい。
だがもし頭を刈り取っても生きていたらどうすべきか?人間ならば間違いなく死ぬ。
だがバドゥ・バックはすでに闇に染まっている。頭を失ったら死ぬという保証はないのだ。

もしバドゥ・バックの罠にハマリ、自分が倒れフィル達だけになった場合、彼らは無事に山を降りられるだろうか?
その懸念がレイマートを安全な方へと決断させた。


言い訳のできる理由ではあった。だがあそこで攻撃の手を引く事は我ながら不本意だったと、自分自身への苛立ちから舌を打った。
だがこの選択で正しかったと、一瞬の後にレイマートは実感する事になる。


なぜなら、一瞬前までレイマートの立っていた地面が突然砕け割れて、土砂を巻き上げながら、大口を開けた巨大な蛇が姿を現したからだ。

「なにッ!?」

「チィッ!勘の良いヤツだ!」

バドゥ・バック自身ギリギリの状況であったため、自分がレイマートに回避を選ばせた言葉を呟いた自覚はなかった。
だがあのままレイマートが右腕を振り抜いていれば、次の瞬間には地中に潜んでいたこの大蛇によって、レイマートは足から丸呑みにされていただろう。

バドゥ・バック自身、レオンクローによって頭を飛ばされていた事を考えれば、相打ちになっていたという事だ。

レイマートは三人の部下のために死ぬわけにはいかない。
バドゥ・バックは息子とまで呼ぶ蛇達のために死ぬわけにはいかない。
両者共にここで死ぬわけにはいかないのだ。

仕切り直す形になったが、この結果はお互いにとって望むべくものだった。
しかし、形勢が有利に傾いたのはバドゥ・バックだった。


「・・・またでけぇ蛇を潜ませてたもんだな?」

「ふはははははは!この子はユーン、体の大きさに似合わぬ静かな動きが得意でね、土潜りもほとんど音を出さないんだ。私をただの激情家の馬鹿だと思ったか?貴様の不意打ちには驚かされたが、私だって無策で来たわけじゃない」

それはサローンと同等の大蛇だった。
白い鱗に薄桃色の斑模様、目は血のように真っ赤だった。
そしてレイマートを獲物と見定めたのか、先が二つに割れた舌を出して、チロチロと舌なめずりをしている。

「なるほど・・・俺らが何の準備もしてないで、追い詰められて洞窟から飛び出してきたら、その蛇に食わせるつもりだったてとこか?」

「その通りだ。結果的に貴様への攻撃も失敗に終わったが、それでもこの状況は私が有利になったようだな?」

バドゥ・バックの考えをくみ取るように、大蛇ユーンが前に進み出た。自然とバドゥ・バックが蛇の胴の後ろに隠れる形になる。

「・・・本当に面倒くせぇな」

レイマートは眉間にシワを寄せ、スッと目を細めた。


これで何匹目だ?
この野郎、いったい何匹の大蛇を飼ってやがる?

短い攻防だったが、ここまでの感触で分かった。この蛇使いの男自身は大して強くない。
闇に染まって人間も辞めている、闇の力も使えるようだが、それだけだ。
闇の力を使えても、使いこなせていない。
剣に例えるなら力とスピードは持っていても、剣術を知らずに、ただ剣を振り回しているって感じだ。

だからもう一度懐に入りさえすれば、今度こそレオンクローで首を斬り落とせる。

問題は二つ。一つは首を落とせばこいつが死ぬのかって点だが、やってみれば分かるだろう。
どのみちまずは、それしか倒し方が思いつかない。

そしてもう一つ・・・とりあえずこっちの方が深刻だな。



「・・・おい、お前の息子ってのはよ、いったい何匹いるんだよ?」

最初は微かな揺れだった。だがそれは次第に大きくなり、足元を大きく揺るがす程になっていった。

「貴様らに殺されて減ってしまったが・・・・・」

レイマートの問いかけに答えながら、バドゥ・バックは見てみろと言わんばかりに両手を大きく広げて声を上げた。

「育ち盛りの大きい子は全部で88体!まだこれだけいるぞ!」


レイマート達を中心として囲むように、その背後から、横から、前から、何十匹もの大蛇が一斉に姿を現した。


「さぁゴールド騎士よ!これだけの数の息子達を相手にしても、生き残れる自信はあるのかなぁ!?」
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