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1031 問われる覚悟

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「・・・ふぅん、じゃあアラタにとって、そのムラトシューイチって人は、兄貴分であり恩人ってわけなんだ?」

「・・・ああ、村戸さんが俺を雇ってくれなかったら、きっと俺は家で引きこもっていたと思う。村戸さんが俺をボクシングに誘ってくれたから、今こうしてみんなと肩を並べて戦う事ができている。一生頭の上がらない人だよ」

簡単にだが自分と村戸修一の関係性を説明すると、リーザは共感するように何度も頷いた。


「そっか、良い出会いだったんだな。私と師匠も同じようなもんだよ。師匠が私とローザを鍛えてくれたから、私らは自分の力を生かした仕事に就くことができた。師匠と出会わなかったら、きっとあの村でなんとなくの毎日を過ごしていただろうなって思う。平穏で穏やかで・・・・・でもとても退屈な毎日・・・それはとても贅沢な事だって分かる。でも私はさ、自分の力を生かしたいと思った。体力型として子供の頃から大人以上の力を持っていた私は、きっとこの力で何かを成すために産まれたんだ。そう思っていたからね」

握り締めた拳をじっと見つめるその瞳からは、自分の力を信じてここまで生きて来たリーザの、確固たる信念が感じられた。

レイジェスの店長ウィッカー・バリオスは、リーザとローザのアコスタ姉妹の師でもある。
二人の素質を見抜き、女王専属の護衛にまで鍛え上げたのだ。
リーザの口ぶりからも、ウィッカーに対する大きな恩義が感じられた。


「・・・そっか、リーザも店長との出会いがあったから、今充実してるんだね?」

「そういう事だね、アラタ・・・その人にいつかまた会えるといいね」

その言葉はリーザの本心だった。

アラタが異世界から来た事は分かっている。
だから同郷の村戸修一と再会できる可能性が、どれだけ低いかも分かっている。
普通に考えればゼロだ。

だがそれでも願いたい。
誰かを大切に想う心は一緒なのだからと・・・・・



「・・・・・帝国に、いるらしいんだ」



「・・・え?」



思いもよらない言葉にリーザの目が見開かれた。

あまりに突然過ぎて、アラタが何を言ったのかすぐには脳が理解できなかった。

今なんて言った?

帝国にいる?ムラトシューイチが帝国にいるのか?

アラタはニホンという異世界から来た。そして恩人のムラトシューイチという男は、そのニホンにいる。それがどうして帝国にいる?


困惑するリーザに顔を向けて、アラタは意を決したように話しを続けた。

「ごめん、話すきっかけみたいなのが無くて・・・それに俺も話しに聞いただけで、自分の目で見たわけじゃないから、信じたくなくてなかなか話せなかった。村戸さんは、俺を殺したあの男に殺された可能性があるんだ。そしてこの世界に来て今は帝国にいるらしい」

「・・・・・ちょっと待って、そんな事あるの?それで今ムラトシューイチは帝国で何してんの?捕らわれてたり、助けが必要な状況?」

「・・・マルゴンが昔戦ったらしいんだ、あっさり負けたって言ってたけど・・・今は皇帝の最側近だって事までは聞いた。でも、俺にはどうしても信じられない、村戸さんがそんな・・・・・・・」

「マルゴンが!?・・・アラタ、あんたそんな大事な話しなら、もっと早く・・・ん?ちょっと待って、皇帝の最側近ってもしかしてデューク・サリバン?」

何か思い当たったのかリーザは一度口をつぐむと、眉根を寄せてその男の名を確かめてきた。


「あ、うん、そう、今は名前を変えて、デューク・サリバンって名乗っているようだ。リーザ、知ってるのか?」

「・・・名前だけね、帝国の師団長の名前くらいは全部知ってるさ。デューク・サリバンは第七師団長にして皇帝の最側近の男だ。そう・・・デューク・サリバンがアラタのニホンの恩人か・・・・・」

「リーザ・・・・・」


少しの沈黙の後、リーザはアラタの両肩をガシっと掴み、真っすぐに目を見て問いかけた。


「ねぇアラタ・・・あんた、デューク・サリバンと・・・あんたの恩人と戦える?」


「え・・・・・」

リーザの言葉に、アラタは目に見えて動揺した。
デューク・サリバン、村戸修一と戦う事など考えてもいなかった、いや考えようとしなかったのだろう。

村戸修一が帝国軍にいる以上、いつか戦う可能性は十分にあった。
だがその可能性を最初から見ないようにしていた。目を背け続けた。
なぜなら村戸修一は、アラタにとって新庄弥生と並ぶ大切な恩人だからだ。

「・・・帝国と戦争するんだよ?戦う可能性は十分にあるよね。デューク・サリバンを目の前にした時、あんた戦える?」

リーザの問いかけは、当然あってしかるべきものだった。

二人がいざ対面した時、戦う事になるのかならないのか、それは分からない。
だがクインズベリーと帝国の戦争が始まろうとしている今、戦う事になる可能性が非常に高い。

その時になって、覚悟ができておらず動けなかったでは話しにならない。
命すら落としてしまうだろう。

今リーザに覚悟を問われた事は、アラタにとって運が良かったとさえ言える事だろう。


「・・・・・俺は・・・」

言葉がうまく出て来ない。
デューク・サリバン・・・村戸修一と戦えるのか?アラタが直面した問題は、あまりに大きく、そしてあまりに苦痛を伴う選択だった。

恩人に拳を向ける事ができるのか?
だが大切な仲間を、妻を護るためには戦わなければならないだろう。
戦わずにすむ道はないのか?

様々な考えが頭を駆け巡り、アラタは言葉を発する事ができず、冷たい汗が額から流れ出た。


「・・・・・アラタ、あんた・・・」

リーザがもう一度言葉をかけようとしたその時、アルベルトの休憩の終わりを告げる声が聞こえた。


「・・・・・時間か、アラタ行くよ。今の話しよく考えておきな。戦争は待ってくれないからね」

立ち上がったリーザに続いて、アラタも無言で腰を上げた。

「気持ち切り替えなよ?今は目の前の任務に集中するんだ」


「・・・ああ、分かった」

そう答えて、前を歩き始めたリーザの背中を追って歩き出した。

一歩がひどく重く感じられたのは、ぬかるみのせいだけではないだろう。
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