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1029 捻くれ者と憎まれ役

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帝国との国境の山パウンド・フォー、西峰は標高4477メートル。
北、南、東の三峰と比べ、標高は一番低い。

雪の降らない帝国との国境地帯であるため、この辺りからは比較的乾燥した土地になってくる。
だが西側はクインズベリー寄りのため、乾燥の影響は少ない。
赤茶色の土を踏むと、僅かに靴が沈み込む。ぬかるみから昨晩雨が降った事を感じ取る。

「俺達は3000メートル地点から、帝国の動きを監視していましたが、突然大勢の蛇に囲まれていました」

事前に聞いていた話しではあるが、エクトールは山を指しながら、自分達に起こった出来事を話し始めた。

「俺が確認できた10メートル級の大蛇は三匹だけでしたが、山を降りるまでにも4~5メートルくらいの蛇には何度も襲われました。この山は蛇の巣窟だと思って、用心に用心を重ねて入ってください」

「分かった。それでレイマート達は今どの辺りにいるか分かるか?」

アルベルトの質問にエクトールは、いくつか思い当たります、と答えた。

「帝国を監視していた場所で襲われたのですが、そこから200メートル程降りたところに洞窟があります。俺達はそこを拠点にしていました。それと1900メートル地点と、800メートル地点にも洞窟があります。この三つの洞窟のどれかに身を隠している可能性はあります」

「よし、みんな聞いたな?まずは800メートル地点の洞窟を目標に向かう。周囲への警戒は最大限に行ってくれ。蛇はどこにでもいる。樹の上から、落ち葉の下から、どこからでも襲って来るだろう」

先頭に立つアルベルトは振り返ると、全員の顔を見ながら話し始めた。

「隊列は先頭を俺、次いでエクトール、しんがりをレミュー、残りのメンバーは白魔法のユーリを中心に固めてくれ。仮に毒蛇に噛まれたとしても、彼女のキュアがあれば解毒できる。彼女は生命線だ、しっかり護ってくれ」

「承知した、まぁユーリは私達の大事な仲間だ。元より全力で護るつもりだ、リーザもよろしく頼むぞ」

アルベルトの言葉を聞いて、レイチェルもしっかりと頷き返した。
話しを向けられたリーザも、その力を見せるように大剣を頭の上で一回転させて地面に突き刺すと、まかせろ、と力強い言葉を返した。

「ユーリ、俺達がしっかり護るからな」

「ん、頼りにする」

アラタもユーリの隣に立って、握り拳を見せながら笑顔を向ける。
頼もしい言葉に、ユーリもニコリと微笑んだ。

「兄ちゃんよぉ、浮気はいけねぇぞ?兄ちゃんにはカチュアって嫁がいんだかんな?」

アラタとユーリの間からひょっこり顔を出したリカルドは、干し肉を噛みながらジロリとアラタを睨んだ。

「おわっ!び、びっくりしたぁ・・・何言ってんだよ!?浮気じゃねぇって、ユーリは大事な仲間だし、ここまでの移動で疲れてんだから護るのは当たり前だろ?」

「なんかよぉ~、最近の兄ちゃんユーリと良い感じだかんなぁ~、なんかあやしいんだよなぁ~」

「そんな事言うんなら、お前が付きっ切りで護ってやれよ?元々ユーリはお前を頼ってたんだぞ?お前が俺におんぶしろとか何とか言うから、ユーリだって俺を頼るんじゃないか?」

「あーあー、はいはいはいはい、うっせーうっせー、どうせ俺が悪いんですよぉー、山の空気は美味いはずなのに、ここだけ空気が濁ってんなぁーなんでだろぉなぁー」

「このっ!リカルド、お前いい加減に・・・」

「嫉妬かな?」

リカルドのあまりの態度にアラタが顔をしかめると、後ろに立っていたシルバー騎士のラヴァル・レミューが間に入ってきた。

「あぁ?んだよお前?」

「いきなり申し訳ないね、盗み聞きするつもりはなかったんだが、声が大きいから全部聞こえてしまってね。リカルド君はアラタ君が、ユーリさんと仲良くしているから嫉妬している。つまりそういう事ですね?」

「あ?・・・何言ってんだお前?」

リカルドに凄まれても、レミューは笑顔を崩す事なく話しを続けた。

「アラタ君、こういう時に感情的になって言い返してはいけません。リカルド君がなぜ絡んでくるのか分析するんです。今回は嫉妬しているのは明らかです。そして嫉妬している理由は、リカルド君はユーリさんが気になっているからなんですよ」

レミューはニコニコとした笑みをユーリに向けながら、ずばりと言い切った。

一方のユーリは思いもよらぬ事を告げられ、目を丸くしている。


「は?・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!?」

リカルドは絶叫した。




「お、お、お、お前てきとーこいてんじゃねぇぞッ!馬鹿!お前馬鹿!すごい馬鹿!」

「うーん、リカルド君、語彙力(ごいりょく)が・・・おもいっきり動揺してますよね?ユーリさん、これは本当に本当だと思いますよ?」

リカルドが顔を真っ赤にして掴みかかるが、レミューは眉一つ動かさず、ニコニコと笑顔を絶やさない。

「えっと・・・」

突然の事にユーリもどう返事をしていいか分からず、戸惑ったように眉を下げた。

「ちょっ、ユーリ、お前もマジで困ってんじゃねーよ!この騎士野郎!お前が変な事言うから!」

レミューの胸倉を掴んでがなり立てるが、レミューはまったく意に介さない。
あくまで余裕の笑みである。

「リカルド君、キミはもう少し素直になった方がいいですね。ひねくれた事ばかり言っていると、いつか後悔する事になりますよ?」

「んな!?・・・チッ・・・もういい!お前嫌いだ!」

レミューを突き飛ばすようにして離すと、オラ行くぞ!と叫んで、ずんずんと山に向かって歩いて行く。

「おやおや、嫌われちゃいましたね」

パンパンと寄れた服を叩き、肩をすくめて笑って見せる。

「レミュー・・・なんであんな事言ったんだ?」

怒って先に行ってしまったリカルドの背中を見つめながら、アラタが声をかける。


アラタにはレミューがあえて挑発したように見えた。
だがアラタは以前、騎士団の宿舎でレミューに会った時の印象から、レミューがわざわざ誰かを怒らせるような人間にはとても思えなかった。だからこそ不思議でならず、怪訝な表情を見せた。

「・・・彼、根は優しい子だと思うんです。でも本心を隠そうとするあまり、捻くれた言動が目立ちますね。あなたやレイジェスのメンバーは、そういう子だからという理由で大目に見ているようですが、こういう他の団体との集団行動でもあれでは、あまりよろしくないですよね?釘を刺させてもらいました」

騒げばまたレミューに何か言われるかもしれない。
それが抑止力となって、リカルドを大人しくさせると言うのだ。

「・・・なるほど、確かにこれでリカルドは、レミューに苦手意識を持ったはずだ。何か言われると思って、そうそう絡んで来なくなると思う。大人しくなりそうだよ・・・でも、よかったのか?リカルドのためって言っても、あえて嫌われるような事・・・」

「いえいえ、そう気にしないでください。私は立場上こういうの慣れてますからね。これでチームが動きやすくなるなら、私が嫌われるくらい安いものですよ」

すまなさそうに話すアラタに、レミューは笑顔で言葉で返した。
シルバー騎士筆頭として、ブロンズ騎士も鍛えながら全体を見ているレミューは、厳しい事を口にする機会が多い。憎まれ役は日常茶飯事だった。

「・・・いや、本当は俺達レイジェスがなんとかすべき問題だったんだ。本当にすまない。今からでも俺もリカルドとちゃんと向き合うよ」

レミューは大丈夫だと話すが、アラタは納得しなかった。
なぜならこれは自分達レイジェスの問題だ。それを他人まかせにしていいはずがない。

アラタの強い視線を受けて、レミューは少し驚いたように目を開いた。

何もこれで恩を売ろうとか、貸しを作ろうなどと思ったわけではない。本当に集団行動で差しさわりがあると思ったから、口を出しただけにすぎない。

だが、思いもよらぬアラタの食い下がりに、レミューはクスリと笑い声を漏らした。

「なるほど、あなたは真面目なんですね」

「それ、よく言われるよ」


真面目・・・坂木新という人間を表現する時、最もよく言われてきた言葉だった。

碧い目を細めて笑顔を作ると、レミューは前方を指差した。

「それでは、そろそろ行きましょうか?私達が話している間に、先頭のアルベルト様とエクトール、他の皆さんもとっくに準備ができたようですよ」

レミューに指摘され、アラタが前方に顔を向けると、アルベルト達が待ちくたびれたように腕を組んで、ジロっとアラタ達を見ていた。


「お前ら、もうおしゃべりはもう終わったのかー?」

こんな時に何をいつまでも話しているのか?
そう言わんとばかりに、アルベルトが呆れた声を投げかける。

「あ、す、すみません!もう大丈夫です!」

慌てて駆けだすアラタの後ろを、ユーリとレミューも付いて走った。



そして一行は足を踏み入れた。
闇が渦巻く国境の山パウンド・フォーへ。
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