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1024 十日目

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冷たい石でできた洞窟の中。
陽の光はほとんど射さず、お互いの顔さえ見えないくらい暗く閉ざされた空間。

闇の大蛇サローンと、その主人バドゥ・バックの追跡を振り切ったレイマート達4人は、この洞窟に身を隠していた。

石壁に背を預けていたレイマートは、閉じていた瞼を静かに開けた。


あれから十日経った。
エクトールが無事にクインズベリーにたどり着いていれば、すでに救援隊を組んでこっちに向かっているはずだ。

スピードが要求される事を考えれば、救援隊は体力型を中心に組んでいるはず。
だとすればこの山に着くまでの日数は、おそらく6~7日・・・。

「・・・今日まで見つからなかった・・・このままいけばなんとか凌げそうだな」

髪と同じ青い瞳で、目の前の石壁をじっと見つめて独り言ちる。

フェリックスとアルベルトの性格を考えれば、2日以内にはクインズベリーを発っているはずだ。
全てがうまくいった場合の計算だが、順調に行けばあと4日、多少遅れても5日で来れるだろう。

全て推測だが、確率は高いと考えている。



「・・・レイマート様」

脇から小さくかけられた声に顔を向けると、青魔法使いのエミリーが心配そうな顔をして立っていた。

「・・・エミリーか、どうした?」

お隣よろしいですか?そう聞いて、エミリーはレイマートの隣に腰を下ろした。


「ずいぶん長く考え事をされていたようなので・・・」

「ああ、大した事じゃない。ここで後4~5日くらい凌げば、何とかなりそうだって考えてただけだ」

なにか心配ごとでもあるのでは?そう目で問いかけるエミリーの気持ちを察してか、レイマートは小さく笑って答えた。

「そうでしたか・・・エクトールなら大丈夫です、きっと救援を呼んでくれますよ」

「ああ、それまでここでじっとしてなきゃならないのは、ちょっと退屈だけどな」

何もない洞窟を見回してレイマートが息を着くと、エミリーは目を伏せて表情に陰を落とした。


「レイマート様・・・申し訳ありませんでした」


突然口にしたエミリーの謝罪に、レイマートはピクリと眉を動かして顔を向けた。
驚きも疑問も無い。何に対しての謝罪かは分かっているからだ。

「・・・まだ気にしてるのか?」

すでに何度も頭を下げられた。
レイマートはまったく気にしていないのだが、エミリーはここにいる時間が長引く程に、気落ちしているのだ。

「あの時私が動ければ、山を降りられたかもしれません。でも私の足は震えて一歩も動けなくて・・・レイマート様がおぶってくださったから、私は生き永らえる事はできましたが、みんなの逃げるチャンスを奪ってしまいました・・・」

「・・・エミリー、何度も言ってるだろ?それは気にしなくていい。それに俺達は全員限界が近かった、どのみち山を降りるだけの体力はなかったんだ。だけど誰一人欠ける事なく逃げられたんだ、それでいいだろ?」

闇の大蛇サローンから逃げる時、闇の瘴気に当てられて腰を抜かしたエミリーを、レイマートがおぶって逃走したのだった。
そしてエミリーは自分を背負っていたがために、逃げ切る事ができなかったと思い胸を痛めていた。

「ですが・・・」

「たまたまだが、この洞窟を見つけられたのは運が良かった。それにあのまま無理に下山しようと走り続けていたら、いずれ追いつかれただろうよ。だからこれが最良の選択だったと思うぜ」

まだ言葉を紡ごうとするエミリーだったが、レイマートが肩にポンと手を乗せると、はい、とだけ返事をして、それからしばらく口を閉じて黙り込んだ。

自分を納得させるために、気持を切り替えるために、時間が必要だったのだろう。
レイマートも特に何か話す事もせず、かと言ってこの場から動く事もせず、二人はそのまま冷たい石壁を背にして、静寂に耳を傾けていた。



「・・・闘気は、完全に戻ったのですか?」

やがてエミリーがぽつりと言葉を口にした。

「ん・・・ああ、まぁ大丈夫みたいだ。これだけ休めば流石に回復するって」

「本当ですか?」

「本当だって、そう心配するな。大丈夫だ」

「・・・レイマート様はしっかりしてそうで、案外てきとうですからね」

軽い調子で話すレイマートを、エミリーはじろりと睨むように見る。

「ひでぇな、けっこう真面目にやってるつもりなんだぜ?」

「そう思ってるのはレイマート様だけです。けっこう大雑把ですよ?」

ズバズバと言われ、レイマートは頭を掻いて苦笑いするしかなかった。

「・・・本当に心配してるんです。この洞窟に逃げ込むまで、さらに二匹の大蛇が現れました。あの二匹は10メートルはなかったようですが、6~7メートルはあったと思います。その二匹もレオンクローで仕留めて、闘気が尽きたじゃないですか?それでも私の事を見捨てずずっとおぶってここまで走って・・・レイマート様、無理し過ぎなんです」

「別にいいじゃねえか、結果的に全員助かったんだしよ」

「よくありません!結局ここに着くと同時に倒れてしまったじゃないですか!本当に心配したんですよ!」

強い言葉だったが、真剣に自分を想っているからこそというのは十分に伝わった。

「・・・分かった・・・うん、分かった。気を付ける」

頭を掻きながら、少しだけバツが悪そうに答えると、エミリーはまたじっとレイマートを見つめる。
数十秒程そうしてレイマートを見つめると、納得できたのか小さく頷いて口を開いた。

「・・・本当に気を付けてくださいね。助けていただいたのは本当に感謝してるんです。でもレイマート様が倒れた時は、心臓が止まるかと思いました。どうかご自分の事も大事にしてください」

分かった、レイマートがもう一度そう答えると、エミリーはやっと安心したように微笑んだ。




「レイマート様、そろそろ飯にしませんか?」

二人の話しに区切りがついたところで、洞窟の奥からフィルとロゼが歩いて来た。

「おうフィル、ロゼ、そうだな、腹も減ってきたしそろそろ飯にするか。今日はなんだ?」

「ふふふ、レイマート様、今日も干し肉に決まってるじゃないですか?分かってて聞いてますよね?」

保存食しか持ってきていない事は全員が知っている。
わざわざ確認する必要もない事を聞いてくるレイマートに、ロゼは口を押えてクスクスと笑った。

四人で輪を作って座ると、それぞれが黙々と干し肉をかじり始める。


・・・節約してあと四日、いや五日は持たせなくてはならない。

残りの食料は僅かだ。一日三食なんてとても食べられない。二食でも五日は持たないだろう。
そうなれば、一日一食、もしくは一食分を朝と夜に分けて食べるか・・・・・

固い肉を奥歯で噛みちぎり、レイマートは救援が来るまでの残りの日数を、どう凌ぐか考えていた。



救援はきっと来る。そう信じているし、信じるしかない。

だが、もし間に合わなかったら・・・・・

エミリー・・・フィル・・・ロゼ・・・・・・・・

自分と一緒の輪の中で、干し肉をかじる三人に目を向けた

こいつら三人だけは何としても帰す

最悪の場合、俺が囮にでもなんにでもなってやる


「・・・レイマート様?あの、どうかしました?」

怖い顔をしていたのかもしれない
エミリーが少し眉を寄せてたずねてきた


「・・・いや、帰ったら何を食べようかなってね・・・」


十日目の夜が更けていった
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