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1018 魔法騎士の三人

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「氷漬けになりやがれッツ!」

フィル・マティアスはその碧い目を鋭く光らせると、己が放った氷の上級魔法、竜氷縛に一層強い魔力を込めた!

茶褐色の大蛇に噛みついていた氷の竜が、フィルの魔力を受けてより強く牙を突き立てる!
すると氷の竜が噛みついている喉元から強い冷気がほとばしり、茶褐色の大蛇の体を氷覆い固めてしまった。

「へっ、化け物蛇が!大した事ねぇな」

氷の彫像と化した大蛇を見て、フィルはにニヤリと笑った。
いかに大きかろうが、固めて動けなくしてしまえばそれでお終いである。

「蛇は寒さに弱いか、そういやどっかで聞いた事がある気もするけど、この場でよく気が付くな?さすがロゼだ」

「ふふ、大した事じゃないわ。蛇ってね、高温と低温に弱いのよ。気温の変化に対抗するのが難しい生き物なのね。だから暑い夏は日陰にいるし、寒い冬は土の中に潜っているのよ」

「なるほどね、高温か低温か、灼炎竜じゃ山まで焼いちまうからな。この場じゃ竜氷縛が最適だったってわけか」

隣に立つロゼの解説に、フィルは感心して頷いた。
シルバー騎士としてチームで動く時、いつの間にかロゼがチームの指揮を執っている事が多い。

回復役の白魔法使いが指揮を執る事はあまりない。一番戦闘に向かない白魔法使いは、内向的な性格の人間も多く、自然と後方支援に回る事がほとんどだからだ。

「そういう事。でも、これだけの大きさでしょ?並の魔法使いじゃ無理よ、序列二位のフィル・マティアスだからできた事よ」

「たくっ、おだてても何もでねぇぞ?」

「あら、残念ね。キッチン・モロニーくらい奢ってくれるかと思ったわ」

ロゼは自分の能力を誇示する事はない。むしろ周りに花を持たせる。そうする事で余計な嫉妬、妬みを持たれる事もなく、円滑に場が回ると知っているからだ。
ロゼ自身は二番手のようにふるまっているが、フィルはロゼが優れた指揮能力を持っている事をあらためて感じ取った。

緊張する場面でも、こうして軽口の一つも口にできる雰囲気に変えてしまう。
これだけの場の掌握能力があるのだ、もしロゼがもっと自分を全面に出して売り込んでいれば、序列はもっと上だっただろう。少なくとも自分が二位には成れていないはずだ。

「本当、もったいねぇヤツだぜ」

「ん?それってなんの事かし・・・?」

ロゼはそこで言葉を切ると、前方で氷漬けになっている茶褐色の大蛇に目を向けた。


フィルの竜氷縛で氷漬けになっている大蛇スターン。
具体的にどことは言えないが何か変だ、おかしい・・・ロゼがそう違和感を覚えたその時・・・

スターンを覆う氷がガタガタと左右に揺れ動き、竜氷縛で封じた氷に大きな亀裂が走った。

「ッ!エミリーーーーーーッツ!」

ロゼは前を向いたまま大声を張り上げた!
隣に腰を下ろして呼吸を整えていたエミリーだったが、それだけで何を求められているか分かった。

「くッ!」

エミリーの耳にもその音は聞こえた。嫌な予感しかない不吉な音だった。
まさか氷が・・・・・

さっきまで黒い煙に結界を蝕まれていた疲労はまだまだ残っている。
だがこれは危険だ。この後なにが起きるのかは予想できる。
エミリーは両手を前に出して、瞬時に青く輝く結界を張り巡らせた。

そして次の瞬間!

まるで氷の内側から爆発でも起こったかのような、耳をつんざく轟音が鳴り響いた。

そして大蛇を固めていた氷は、内側から粉砕された衝撃で無数の礫(つぶて)となって、凄まじい勢いでロゼ達三人に降りかかった!


「ぐぅッ!うッ・・・うぅ・・・ッ!」

拳大から人の頭程もある大きさの氷の礫が、息つく間もない程に結界にぶち当たっては砕けていく。
結界を張っているエミリーには、結界が受けた衝撃が魔力の消耗という形で伝わってくる。
当然衝撃が大きければ大きい程、魔力の消耗は激しい。
結界を維持するには絶えず魔力を流すしかないが、さっきまで黒い煙を防ぐために結界を張っていたエミリーには、この礫も大打撃だった。


「はぁっ・・・はぁっ・・・も、もぅ・・・げん、かい・・・!」

全ての礫を受けきったところで、エミリーの魔力が尽きた。
風に溶けて消えるように結界が消失すると、エミリーは倒れこむように両手と両膝を地面に着いた。
苦しそうに浅く短い呼吸を繰り返す。茶色い地肌が見える地面に、エミリーの額から落ちた汗が染みこんでいく。

「うっ・・はぁっ!・・はぁっ!・・・」

「エミリー、助かったぜ。よく頑張ったな、後はまかせろ」

目の前に影が下りた。
顔を上げると、エミリーを護るようにフィルが背を向けて立っていた。

「はぁっ!・・・はぁっ!・・・フィ、フィル・・・」

呼吸が安定せず、額から大粒の汗を流すエミリーの体を、優しく温かい光が包み込む。
白魔法のヒールである。

「ロ、ロゼ?」

魔力は尽きたが怪我はしていない。なぜ今自分にヒールをかけるのか?
戸惑うエミリーの肩に手を当てながら、ロゼは静かに話した。

「魔力切れにヒールが何の効果もないのは分かってるわ。だけどかけさせて。魔力は回復しなくても、乱れた呼吸くらいは落ち着かせられると思うから」

「・・・はぁっ・・はぁっ・・ロゼ、ありが、とう・・・」

「こっちのセリフよ。エミリー・・・ありがとう」

自分達を助けるために、エミリーはここまで頑張ったのだ。感謝の気持ちでいっぱいだ。
ここからは自分達がエミリーを護る番だ。

エミリーにヒールをかけながら、ロゼは自分の達の前に立つフィルに目を向けた。

「フィル、その蛇の魔法耐性は異常よ。気を付けて」

ロゼの言葉を背中で聞いて、フィルは前を向いたまま、ああ、と短く言葉を返した。


大蛇の異常さはフィル自身、肌で感じ取っていた。
竜氷縛をこんなにあっさりと破ったんだ。これを異常と言わずになんと言う?
しかもダメージらしいダメージは、まったくと言っていいほど見られなかった。

「化け物蛇が・・・」

フィルは両手に風の魔力を溜めて、はるか高い位置から自分を見下ろす茶褐色の大蛇を睨み付けた。

茶褐色の大蛇は、氷漬けにされた事など何でもないかのように、チロチロと二つに裂けた舌を出してフィルを見下ろした。余裕からか、その表情は笑っているようにも見える。


「その体から出ている黒い煙、それがお前の異様な防御力の源ってわけか。竜氷縛が効かないなんて思わなかったぜ。だがよ・・・」

両腕を左右に広げて伸ばすと、正面に向かって勢いよく交差させた!

「風ならどうだ!」

鋭く研ぎ澄まされた風の刃が、大蛇の体を挟むようにして斬り裂いた!・・・と思った。

茶褐色の大蛇の胴体には、傷一つ付いていなかった。
体から滲み出る闇の瘴気は、フィルのウインドカッターを完全に無力化していたのだ。

大蛇スターンの底なし沼のような黒い目が、ギロリとフィルを捉える。
ダメージは無いが、氷漬けにされた事と風の刃をぶつけられた事で、フィルを餌ではなく敵として認めたようだ。
薄桃色の舌をチロッと振るうと、人一人簡単に潰せそうな巨大な尾を高々と振り上げた!

「!?」

「へっ、竜氷縛が効かねぇのに、ウインドカッターが効くなんて思ってねぇよ」

両足を左右に広げ、しっかりと大地を踏みしめる。
両手を握り合わせ、頭の上で腕を伸ばして標的に狙いを付ける。


「吹っ飛べオラァァァァァァーーーーーーーーーーッツ!」


振り下ろした拳から、激しく渦巻いた風が撃ち放たれる!

風の上級魔法トルネードバースト!

「フシャァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッツ!」

喉から漏れ出る空気音が、声にならない叫びのように発せられる。

さながら竜巻の如き風が大蛇にぶち当たり、その巨体を地上から持ち上げた!
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